激戦のナム寺院
敵地――
樹上に目撃したビョウを手がかりに、時折目撃する黒覆面を避けながら、ナランとダンジュウが寺院跡に辿り着いたとき、折しも三騎の鉄甲騎が出撃して行く真っ最中であった。
それは、これから戦いに挑む勇ましき姿、というよりは、追い立てられ、どこぞへと落ち延びるといった見窄らしさが感じられた。無論、本人たちにそんな気はなく、随伴する兇賊などは意気揚々としているのであろうが、遠くから見ていた二人には、とてもそうには見えなかった。
「……まるで、朽ちた寺から追い出された偶像の成れの果て、だな」
余裕を見せるダンジュウに対し、ナランは焦っていた。
「どうしよう……奴ら、イバン大隊長のところに行くつもりだ……」
ナランは伸縮式の望遠鏡を取り出し、鉄甲騎の様子を伺う。
「そんなものまで持っているのか、少年……」
感心しつつ、ダンジュウは神殿に目を向ける。
「いた!」
ナランは、頭のない大型鉄甲騎の胴体の上に、見覚えのある人物を発見した。あのとき砦の城壁内部で出会った、爆弾を仕掛けた男――ゼットスか座っていたのだ。
その上……
「鉄甲騎の上、プロイと姫様がいる!!」
「どれ……」
ナランの声に反応したダンジュウが、こちらは裸眼で二人を観察する。兇賊の傍ら、怯えるように蹲る二人の女性は、確かに背格好は似ているものの、顔をはっきりと確認することは出来ない。
しかし、武辺者はバッサリと斬り捨てるように断言する。
「ありゃ、偽物だな……」
「偽物?」
「そうだ。いくら肝が据わっていると言っても、あれだけ揺れる鉄甲騎の上で平然としていられる女子など……いや、あれは乗り慣れていると言った方がいいな。となると……」
その言葉にナランがもう一度望遠鏡に目を当てると、揺れの激しい脚甲騎の上で、二人の人物は平然と蹲っていた。
そう、平然と、微動だにせず……である。
「あれが偽物だったら……二人はまだ、神殿の中……もしかしたら、あの浮遊機械……」
「そこには多分、いないだろう」
ナランの言葉を否定したダンジュウは、寺院の傍らに聳え立つ巨大な黒い[香炉]を指さした。
「……[ドンブリ]の横……入り口が開きっぱなしだ。もし、人質を捕らえているなら、見張りを立てるにしろ、扉は閉めておく筈だ。例え内部に牢があったとしても、用心に越したことはないからな……」
「じゃあ、二人は建物の中に……」
「そう言うことだ!」
二人は、逸る気持ちを抑え、慎重に寺院へと近付いていく。
賊の出陣を目撃した地点から寺院までの距離は存外遠く、到着するまで、予想以上に時間を費やした。
周囲がすっかり暗闇と化した中、警戒しているであろう敵を避けながら慎重に進み、二人がようやく辿り着いた、蔦に覆われた岩山のような寺院は、月の光に浮かび上がる、邪悪な城のように見えた。
入り口と呼べる場所は先程、鉄甲騎が出て行った大伽藍のみと思われる。
「それにしても、予想以上に見張りがいないな……」
会議どころか作戦そのものに参加していないダンジュウは、敵の数が少なすぎることに違和感を覚えた。
「もしかしたら、さっきの鉄甲騎と一緒に出て行ったのかも……」
「そうかも知れんな……」
ナランの推測に納得したダンジュウだが、先日の戦いで敵の手練を目の当たりにした事もあり、油断無く周囲を警戒する。
その時、ナランは、驚くことをダンジュウに提案する。
「ダンジュウさん、僕が注意を引くから、上手く忍び込んで?」
「お主、何を……!?」
ナランがダンジュウの抗議を遮り、伽藍の奧を指さすと、そこには、一騎の小型脚甲騎が放置されていた。二人は知らぬことではあるが、乗り手がいないことで、戦力外とされた機体である。
「僕があれを奪ってひと暴れするから、その間に、ダンジュウさんが二人を助け出すんだ!」
「無茶を言うな!? いくらお主が機関士だからと言っても……大体、鉄甲騎は一人では動かせない筈ではないか……」
「ただ動かす[だけ]なら、僕一人でも出来るさ」
ダンジュウの指摘に、ナランは悪戯っぽく笑う。
それは、この異国の武辺者が初めて見た、少年の笑顔だった。
「じゃあ、頼んだよ!」
一瞬だが、呆然としている間に、ナランは駆け出していく。
「お、おい!?」
こうなったら、この少年を止められないことは、砦攻防戦の時にわかっていた筈だった。
「……ええいっ!」
ナランの無謀な行動に頭を抱えつつ、ダンジュウは自棄気味になりながらも伽藍の入り口まで近づき、潜める場所を探しつつ少年の動向を見守る。
ダンジュウを振り切ったナランは、拍子抜けするほど呆気なく大伽藍に入り込み、脚甲騎の傍まで一気に駆け寄ったところで急に不安な気持ちになる。
確かに、鉄甲騎は[動かすだけなら一人でも出来る]とはいうものの、やはりそれは理屈でしかなく、口で言うほど簡単ではない。また、ナラン自身、整備の都合上、基礎的な操縦を学び、すでにリストールを幾度か動かしてはいるが、それはあくまで格納庫内のみで、しかも僅かに稼働させただけであり、戦闘行為どころか本格的な操作を行うのはこれが初めてである。
また、これから奪う機体にも不安があった。
――もしかして、使い物にならないから見張りがいないのか?
ナランが見上げたこの脚甲騎は、外装も碌についておらず、頭部どころか操縦室も剥き出しな上、腕や脚なども、辛うじて左右の長さが合っているだけの寄せ集めであることは、見習い機関士の目で見ても明らかであった。しかも、駆動部など機械の所々に錆まで浮かんでおり、整備が行き届いていないことも見て取れる。
これでは、きちんと動いてくれるかどうか、怪しいものであった。
それでも、今はこの脚甲騎を利用するしかない。
覚悟を決めたナランは、周囲を気にしながらも、機体の周りに組まれた足場を登り、がら空きの背中から見える機関室へと潜り込む。
室内に入ったナランは、まず、座席の調整を試みる。元より、機関室も操縦室も、子供用に作られたものは無く、少年が機関の制御をおこなうには、各所に配置されている操作装置に手が届くようにしなければならない。
座席の下に調整用の槓桿を見つけたナランは、それを調整し、サクラブライと同じ程度に前へとずらすことで、各操作装置に手が届くようになった。
「ここまではうまくいったけど……」
とりあえず機関室の状況を確認しようと、ナランが上着の包袋に入っているはずの永久ランプを取り出そうとしたその時、
――そんなものに頼るな!
と、ドルージの叱責を思い出し、取り出し掛けたランプから手を離す。
ここでその言葉を思い出したのは幸いと云える。そうでなければ、ランプの輝きが機体から漏れ、立ち所に敵に発見されてしまっていただろう。
ナランは感覚を研ぎ澄まし、手探りと辛うじて利いてきた夜目で計器類や開閉器、弁と活栓の位置を確認する。それらの配置は鉄甲騎の機種ごとに異なる場合が多々あり、見知らぬ機体の操縦や制御は、場合によっては、熟練者でも多少の訓練が必要とされるものである。
「大まかにはリストールと変わらないけど……」
どの道、始動させたらすぐに操縦席に移ることになるのだから必要なところだけ抑えればよい。
始動に必要な弁などの配置をあらかた確認したナランは、やはり足の間にある投火口の蓋を開け、その上で護符を掲げる。
「……火よ!」
少年の指先に灯る心象具現による灯が、投火口に投げ込まれ、脚甲騎に命を与える……
筈だった。
火を吸いこんだ焔玉の輝きが見えるはずの投火口が、暗闇のままなのだ。
「まさか……焔玉が入ってない!?」
そう思った直後、投火口より弱々しい光が見えた。
「違う、これは焔石機関だ!」
気付いたナランは、必死に鞴を動かし、それを繰り返して空気を送る。焔玉機関と違い、脚甲騎に使用されるような大型の焔石機関は、汽罐の熱量を、蒸気を生み出せる温度に持って行くまで一定の時間が掛かるのだ。
少年の必死の努力で、投火口から見える小さな光がようやく炎に変化しつつあるものの、機関を動かすための蒸気を起こすには、まだ温度が足りないようだ。
「少年、やるなら早く動かしてくれよぉ……」
寺院の入り口付近、左右を守る守護獅子像の傍に身を潜め、様子を窺っていたダンジュウは、ようやく蒸気を吹き出し始めた脚甲騎を、心配そうに見守っていた。
その時、ダンジュウは、寺院の奥の方からこちらに向かってくる灯りを見つけてしまう。
「まずい、見廻りが来やがった!」
どうすることも出来ない。敵の実力は折り紙つきであり、ダンジュウと云えど簡単に無力化することはできない。そんな状況で武辺者が戦闘を引き起こせば、ナランの作戦そのものが無駄になる。
二人組の覆面は、徐々に蒸気を噴き出し始めた脚甲騎を不審に思い、恐る恐る近付いていく。しかも悪いことに、こちらも異変に気付いたのか、浮遊機械から降りてきたと思われる三人の黒覆面が加わり、脚甲騎を取り囲んだのだ。
すぐに襲いかからないのは、この機体が何時動き出すかわからず、警戒してのことだろう。
やがて、取り囲んだ黒覆面の一人が、慎重に足場へと手を掛け、意を決して機体へと登り始めた。
「熱量も圧力もまだ足りないけど、動かすだけなら、何とかなるかも……」
背後の敵に気付かないナランは鞴を相手に格闘し続け、その上で機関の始動準備に入る。
「ホシワ機関作動……した! 発電機に接続、電圧……足りないけど、いらない接続を切れば……」
鞴から手を離したナランは、各装置の開閉器を操作して始動の準備を進め、最後に蒸気伝導管の活栓に手を掛ける。
だが、その真後ろには音もなく覆面が迫りつつあった。
「蒸気、注入……機関、始動!」
背後に忍び寄る危機に気付くことなく、ナランがその言葉と同時に活栓を開く。
ドン!
「ぎゃああぁぁ……!!」
不意の破裂音と、続く悲鳴に振り返ると、剥き出しの伝導管の一つに亀裂でもあったのか、高熱を伴う蒸気が勢いよく吹き出し、それを直に浴びた覆面が悶え、間もなく落下していく。
「いつの間に!?」
関連する活栓を操作して蒸気の噴出を止めたナランは、ようやく周囲を取り囲む敵の存在に気付きつつ、残りの作業を手早く済ませると、すぐさま小柄な体格を活かして前席へと無理矢理移動、操縦室に入り込む。
「やっぱり、手と足が届きにくいか……!?」
小型機とはいえ操縦室もまた、ナランには少々広い様だ。それでも、なんとか座席を調整し、機関室同様どうにか踏板に足を届くようにすることはできた。
その後、機関の始動を確認、今度は手早く操縦装置を点検する。案の定、操縦室は外から見たとおり剥き出しであり、撮像器が無いのだから当然、受像器もない。それは即ち照準装置もないことになり、魂魄回路を通じて敵機を自動追尾させることが出来ないことを意味するが、今は他の鉄甲騎と戦うわけではないので、何とかなるだろう。
基本的な配置はやはりリストールほとんど変化はないが、微妙な感覚の違い、槓桿や踏板の操作癖など、やはりすぐには慣れそうにない。
だが、差異を調べる時間はない。ここは打付本番、直接動かし、体で覚えるしかない。
「目にもの見せてやる!」
ナランは足を目一杯伸ばし、脚部駆動の踏板を蹴るように踏み込んだ。
寺院跡の上層部露台――
「ゼットス!……やはり兇賊風情と組んだのは間違いであったか……」
独断で鉄甲騎と手下を連れ出され、[影]は苛立ちを押さえられなかった。
「今少し、力で威しておくべきであったか……!?」
今更後悔したところで始まらない。この兇賊の扱いが殊更厄介であることを予想していたとは云え、ゼットスの行動は[影]の考えを大幅に超えていたのだ。
初めて邂逅したときのように暗闇からゼットスを威せば良かったのだが、部下の何人かには休息を取らせ、残りは周囲の哨戒と、人質の監視に当たらせており、今、手元には二名しかいない。
哨戒と云えば、ゼットスの手下どもが全て出払った現状、本来であれば、すぐに拠点の周囲に歩哨を立て、救出舞台の襲来に備えて警戒するのが筋ではあるのだが、残された十五名の手勢では周囲全てをとても監視しきれるものではない。
そも、戦力が足りているのであれば、兇賊などと手を組む必要さえなかったのだ。
それでも、この周辺は難所であり、寺院跡に辿り着ける道筋は限られていることから、救出隊の接近に対し、数名の哨戒と神殿上層部の露台からの監視で発見できると踏んでいたのだ。
事実、ゼットスがこの神殿跡を拠点としていたのは、そう言った地形的な有利さを考慮してのことなのだ。
だが、情報収集を行ったとはいえ、[影]もまた、地の利があるわけではない。その上、救出部隊はそれなりの規模を擁すると踏んでいたためか、凶賊の無断出撃と云う混乱があったとはいえ、後に、たった二人に侵入されるという事態に、全く気付けなかったのは、誤算であった。
これは、完全な油断ではあるのだが。
[影]は口惜しそうに、ゼットスの鉄甲騎が向かった方角を暫し見つめる。
「我々もウキツボでゼットスを追うべきでは?」
部下の具申に、[影]は躊躇する。
「……正直なところ、ウキツボの飛行性能は安定しているとは言い難い。脚甲騎ならいざ知らず、旧式といえど鉄甲騎を相手取るとなると、否応なしに〈戦闘機動〉を取らざるを得なくなる……それは極力、避けたいところではあるが……」
文明結社の中でも特殊な秘匿兵器として開発されたウキツボは、構造の殆どが前文明時代の遺跡から得られた発掘部品を修理、再生、あるいは複製して構成されている。依って、詳しい原理など解明されないまま転用している部分も多いため、飛行性能が安定しているとは言い難いのが実情であった。故に、ゼットスの残存戦力を組み込むことを考えたのだが、結果がこの様である。
「それでしたら、人質を見せることで有利に事を運べるのでは?」
「この際、ゼットスのことは見限り、我らだけで事を運ぶべきであります」
部下達の苛立ちを隠せない様子に、かえって冷静な判断力を取り戻した[影]は、すぐに対策を講じた。
「待て、慌てることはない、手順が変わるだけだ。我らは、奴らが戦闘を開始した時点でこの地を引き払い、ウーゴ砦に襲撃をかける。
分断され、その上で帰るところを失い、疲弊したところに我々が人質を伴い飛来すれば、イバン卿とて要求を呑まざるを得まい……」
「予想以上に大事となりました……これでは、〈賢人〉の歴々にお叱りを受けてしまいます」
部下の言葉にも、特に動じない。
「やむを得ん……形はどうあれ、成果さえ出せば御許しは得られるだろう。それに、この結末は彼らが選んだことなのだ」
――大人しく要求を呑めば、このような事態にはならなかったのだ……
この先に起こる破壊と殺戮を哀れむ[影]に、部下が問う。
「その場合、ゼットスは如何いたします?」
「支払い能力のない顧客を保護する必要はない」
[影]のこの言葉に、些かの情も感じられない。
その時、
「西南に発光体有り。信号弾と思われます。」
それは、イバンが上げさせた信号弾だった。
「更なる発光を確認、こちらは照明弾と思われます」
火蓋が切られたことを悟った[影]は、部下へ指示を下す。
「間もなく救出部隊も到着するだろう。王女殿下と付き人をウキツボに乗せ、我らもこの地を立ち、ウーゴへと向かう」
[影]が腕を上げ、部下を鼓舞したその時、強烈な振動が寺院跡を襲う。
「何事だ……!?」
――まさか砲撃!?
そう考えた[影]ではあったが、直後に否定される。その振動は明らかに内部から起きているものだからだ。
直後、部下の一人が階段を駆け上がりながら叫ぶ。
「……大変です! 何者かが脚甲騎を奪い、暴れています!」
「そんな莫迦な、いったい誰が乗り込んで……!?」
「周囲に軍勢無し! 正体は目下の所、不明!」
部下の報告に、[影]は耳を疑う。
――あり得ない……
少なくとも、救出部隊が到着するにはまだ時間が掛かるはずだ。であれば、今、暴れている脚甲騎は誰が奪い、暴れているのか……第一、砦の騎兵がこのような手段で奇襲に出るなど、考えたこともなかった。
どの道考えている暇はなかった。
冷静さを取り戻しかけていた[影]再びが激昂する。
「ええい、所詮はスクラップ同然の機体だ、すぐに止めてこい!」
そう指示を下したところで何かを思いつき、急に気が変わった[影]は部下を呼び止める。
「……これは揺動かも知れん。脚甲騎は下の階の者どもに任せ、その間に貴様達は王女殿下の身柄を確保しろ……侍女? こうなっては足手まといなだけだ……侍女など放っておけ!」
命令を受け、すぐに行動を起こした部下を見送りつつ、[影]は呟いた。
「……[遊び]は終わりだ。人質として価値があるのは、本物の王女殿下だけだ……」
この地に残されるであろうプロイに関しては、助けるつもりもないが、殺す気もなかった。
「運が良ければ、助かる道もあろう」
それだけだった。
寺院内、大伽藍――
少年の戦いが始まった。
接続槓桿を走行に切り替え、踏板を踏み込む。
「行くぞぉ!」
意気揚々と脚甲騎を前進させたナランであったが、その心意気を無視したのか、あるいは無駄に共感でもしたのか、脚甲騎は、操縦者の意図を外れた動きを見せる。いや、ある意味[意図の通り]ではあるのだが。
「わぁっ!? 後ろじゃない、前へ行くんだ!」
ナランはあちこちの槓桿を動かし、操縦桿や開閉器を操作して機体の制御を試みるが、脚甲騎は前進、後退を繰り返し、右へ左へと迷走、腕をめちゃくちゃに振り回して整備用の足場や神像、柱などを出鱈目に破壊する。
「操縦装置の配置はリストールと同じだけど、動かし方がまるで違う!」
それだけではなかった。本来であれば機体と同時に随時機関のバランス調整を行うはずの機関士が空席では、まともに動かすこと自体が無理なことであり、そも、転ばないこと自体が奇跡と呼んでも差し支えなかった。
[動かすだけなら~]は、やはり理屈の上でしかない。ジマリの街で、一人で鉄甲騎を操り、[龍]と戦った歴戦の勇士が如何に優秀だったかを、改めて思い起こさせる。
「大丈夫か?……少年……」
ナランが動かしている脚甲騎の、あまりにも無様で滑稽な動きを不安げにに見つめるダンジュウではあったが、少年の勇気に答えるべく、即座に行動を起こす。
「相手は操縦席がむき出しだ、直接操縦士を狙え!」
周囲では、黒覆面が脚甲騎に対して銃を発砲、操縦席のナランを狙い撃ちしようと試みる。それに対し、ナランも反撃しようとするものの、機体は全く言うことを聞かない有様である。
それでも、脚甲騎が無軌道、無計画、無茶苦茶に踊り狂い、暴れる状況はナランにとっても好都合であった。少年を狙撃する試みも、機体が出鱈目に動いていることが幸いし、照準を定めるどころか、射撃そのものを行うことすら覚束ない。
「なんて操縦をしているんだ……!?」
「こっちに来るなぁ!!」
予測不能の事態に黒覆面もまた、対応しきれず、逃げ回るのが精一杯であったのだ。おかげで、傍を通るダンジュウにも気付くことはなかった。
「何とか持ちこたえてくれよぉ? 少年!」
ダンジュウはナランの無事を祈りつつ、寺院の奧へと侵入する。
その光景は、ようやく寺院跡に辿り着いた、ウーゴ騎兵隊で構成された救出部隊にも見えていた。
「なんだ?……仲間割れか?」
囮隊による、予定よりも早い狼煙を受け、急ぎ寺院を目指していた騎兵隊長トゥルムは、目の前で繰り広げられている、脚甲騎による黒覆面を相手にした大立ち回りをどう捉えてよいのか、判断しかねたのだ。
彼等が受けたイバン大隊長からの指令は、人質奪還であった。
元の作戦では、囮隊が戦闘状態に突入する前に敵拠点に襲撃を仕掛け、その場に人質である王女殿下とプロイがいればこれを救出、その姿が確認できなければ敵勢力の排除を優先し、囮隊と合流するというものであった。
そしてもうひとつ、トゥルムを含む幾人かにのみ知らされていた極秘の命令があった。
[両名の救出が不可能と判断された場合は、人質の安全よりも敵の殲滅を優先する。その判断は、現場の指揮を執る騎兵隊長に委ねられ、状況によっては直接、人質の殺害もやむを得ない]
それが、イバン大隊長によって下された極秘命令の内容である。
この命令は、ミレイ殿下とプロイを盾とされ、それによる味方の被害が甚大になる場合にを想定していた。特に、賊が人質を浮遊機械に監禁した場合などである。
そして、この作戦は、イバンが独断で発したものでもあった。
「まぁ、履行した場合でも、私が腹を切れば、諸君らに責任が及ぶことはないだろう……その時には、彼岸で王女殿下とプロイに詫びを入れるさ」
事もなく笑って言うイバンの顔が浮かんだ。
自分たち同様、いや、それ以上に二人を死なせたくない筈であるイバン大隊長が、焦心苦慮の末に発した下知であることは想像に難くなかった。
――その時は、この私も共に彼岸へ参り、詫びを入れましょうぞ……
そう心に誓ったトゥルムであったが、蓋を開けてみると、この状況である。
「殿下は無事なのか?」
「あの脚甲騎は敵なのか、味方なのか?」
騎兵が口々に戸惑いを表わしていた。
「鎮まれ!……」
トゥルムは部下を落ち着かせると、改めて下知を飛ばす。
「これは好機と見た!……我が隊はこの機に乗じて拠点に乗り込み、人質とされた両名の確保、並びに敵対勢力を殲滅する……砲兵は浮遊機械に備え、噴進兵器の準備……騎兵隊は俺に続け!…………全軍、突撃!」
号令とともに、面を降ろした騎兵が一斉に馬腹を蹴った。
脚甲騎の暴れる振動は、寺院全体に響き渡っていた。
「きゃあ!」
「何かあったのかしら……?」
瞑想室――
身を寄せ合うプロイとミレイだが、明かり取りの天窓以外は外を見る手段はなく、手洗いの時以外は部屋を出されることもないため、様子を探ることは出来ない。
不意に扉が開かれ、黒覆面が入室する。
これまで、[影]の部下がそのような無礼を行うことがなかっただけに、部屋に入るや無言で近づいてくる黒覆面に二人は警戒する。
そして……
「王女殿下……一緒に来て貰うぞ」
ぞんざいな言葉と共に、黒覆面はプロイの手を乱暴に掴む。
「や――っ!」
「お待ちなさい、王女は私ですっ!」
「五月蠅い、退けぃ!」
あろう事か、この黒覆面は本気でプロイを王女殿下であると思い込んでいるようだ。
「姫様……姫さまぁ――――!」
「プロイっ!!」
「往生際が悪いぞ!」
黒覆面はミレイを突き飛ばしてプロイを連れ出し、その扉を閉める。
刹那、
「そこの覆面、待てぃ!」
呼び掛けられ、振り向く黒覆面の前に現われたのは、
「見参! 妻木団十郎為朝……義によって汝らを斬る!!」
名乗りを上げたダンジュウは腰の太刀に手を掛けながら、不埒な覆面に鳶の如く躍りかかるが、不意に出現し、交差した二つの影に阻まれる。
「ここから先は行かせぬ」
小剣を構えた二人の覆面は、一糸乱れぬ動きでダンジュウに飛び掛かる。
「……あの夜の奴らか!?」
その動きから、ダンジュウはこの二人が祭りの夜に戦った相手であることを見抜いていた。
「邪魔だ!」
ダンジュウは天井すれすれまで跳躍すると、手足を縮めて二人を飛び越し、プロイを抱えて逃走する覆面を追跡しようとするが、躱された覆面もまた、猿のように敏捷な動きで体制を立て直し、再びダンジュウの周りを取り囲むような動きを見せて行く手を阻む。
その動きには、武辺者でさえも息を呑むほどに寸分の隙もない。
「おじさま! 姫様がまだその中に……!」
角を曲がり、姿を消す直前にプロイが残した言葉でミレイの居場所を知ったダンジュウではあるが、同時に困惑もする。
――奴ら、嬢ちゃんと殿下の区別も付かないのか!?
困惑したのはダンジュウだけではない。
「あの莫迦……」
仲間の失態に気付いた覆面の一人がミレイのいる瞑想室へと駆け寄ろうとする。それは、ダンジュウにも逆襲の機会を与えた。
「今だ!」
背中を見せた覆面に向けて走り寄るダンジュウではあったが、それを見たもう一人の覆面がやはりこちらも好機としたのか、すぐさま掛けだし、剣を突き立てる。
「終わりだ! イズルの……!!」
転瞬、ダンジュウの姿が視界から消える。
「なんと!?」
消えた武者の行方を追う間もなく、二人は一瞬にして宙に浮いていた。太刀を落とし、しゃがみ込んだダンジュウが、地面に着いた右腕を軸に身体を回転させ、足で全員を払ったのだ。
「剣客が体術とは畏れ入る……」
状況に気付いた時には既に遅かった。既に一人がとどめを刺され、呟いた残り一人に、ダンジュウは手にした脇差しを突きつける。
「俺が修めた流派は総合武技だ……それと、悪いが手加減は無しだ。お主らはこっちが手心を加えられないほど、手練の持ち主だからな……」
それは、賊ながらに強敵であったことを認めたと云う意味であった。
その言葉の直後、覆面の首筋に当てられたダンジュウの刃が引かれ、その命を絶った。
拭紙で脇差しの血糊を拭い、落とした太刀を拾い上げたダンジュウは、すぐに扉へ駆け寄り、ミレイを瞑想室から開放する。
「ダンジュウ殿、よく来てくれました……」
異国の武辺者の姿に安心しながらも、ミレイは連れ去られたプロイが心配でならない。
「ダンジュウ殿、早く、早くプロイを……」
「……御意!」
「こいつ、言うことを聞け―――っ!!」
大伽藍――
ナランは、操縦装置と文字通り格闘し、辛うじて脚甲騎を転ばさぬように操縦しているものの、暴走は一向に収まらない。寧ろ止めようとすればするほど、よりめちゃくちゃに暴れまくるだけである。
「何をしている……早くあのガラクタを取り壊せ!」
伽藍に降りてきた[影]が叫び、その横では黒覆面どもが筒のようなものを地面に置く。
「あれは……副隊長が見せてくれた擲弾筒って奴だ!」
敵の武器に気付いたナランは焦る。脚甲騎と云えど、やはり鉄甲騎は小型の擲弾筒程度で破壊できる代物ではないが、それはまともな装甲で身を鎧う為であり、外装すら纏わないこの機体では、一発の命中だけでも致命的となるであろう。
そんな中、脚甲騎を見据える[影]の目に、操縦席にいるナランの姿が飛び込んできた。
――あの小童!……こんなところまで!?
自分を父の仇と呼ぶ忌々しい少年を見た[影]は、その苛立つ感情を押さえ、不気味なほど冷静に、そして冷徹に「撃て」と、ただ一言だけ命令する。
「発射!」
黒覆面が擲弾筒の引き金を引く。
爆発!
「わあぁ――――――っ!」
擲弾の命中と、ナランの操作で脚甲騎の腕が持ち上がるのは、ほぼ同時であった。榴弾はナランの前で交差した鋼の、その左腕を木っ端微塵に破壊する。そして機械部品と油、そして大量の蒸気を撒き散らしながら、衝撃で吹き飛んだ片腕の機体は、辛うじて残る柱に背中から激突、足を投げ出す形で座り込む。
「……相手が子供だろうと容赦はせぬ。とどめを刺せ……」
[影]の静かな、その上で憎悪がこめられた号令で、覆面が迫撃砲に次弾を装填しようとしたその時、
「ウーゴ守備隊です、守備隊の襲撃ですっ!」
その言葉に[影]が振り向くと、樹林の影から二十名はいると思われる、甲冑に身を鎧う装甲騎馬隊が雄叫びを上げて寺院へ向け、突撃して来ていた。
「総員、下馬戦闘!……騎兵銃にて各個発砲!」
騎兵隊長の下知により、騎兵が一斉に射撃を開始する。
「ぬかった!……脚甲騎に気を取られたか!?」
何たる油断――
予想していたはずの襲撃に備えられなかった口惜しさを嘆く[影]の元に、部下が駆け寄る。
「ウキツボの飛行準備が整いました。すぐに避難を……」
同時に伽藍の奧から、
「王女殿下を確保しました!」
と、女性を担いでくる黒覆面を見た[影]は、気が動転していたためか、その姿を確認することなく、すぐに撤収命令を下す。
「残りのものは?」
「やむを得ん……置いていく」
この時[影]は、精鋭二人が既にダンジュウによって屠られていることに気付いていない。
その間にも、騎兵による攻撃は続く。
「五名は拠点内に突入、人質の確保を優先せよ……他の兵は俺に続け、奴らを一網打尽にするんだ!」
トゥルムの下知で隊は二つに分かれ、一部が敵の隙を突いて寺院内に突入、残りが伽藍に展開、騎兵銃を発砲する。
それに対し、黒覆面も柱や脚甲騎が壊した神像などをを遮蔽物とし、銃を構えて応戦するが、数の上でも劣り、その上鎧に防御を任せ、射撃を続けながら前進を続ける重装騎兵を止めることはない。
「我らの銃では、甲冑騎士相手には無力である。総員、手投げ弾で牽制の後、ウキツボに撤収せよ……」
下知を受けた黒覆面がそれぞれ手投げ弾を構える。
「待避―――っ!」
敵の動きを察知したトゥルムの指示により、騎兵は手近な物陰に逃げ込むか、あるいは地面に伏せたと同時に、投げ込まれた爆弾が破裂、辺りはもうもうとした白煙に包まれる。
「煙幕か!?」
気付いた時には既に遅く、応戦していた敵の全てが伽藍の外へと駆け抜けていた。
同時に目の前で、脚甲騎が再び――と云うより無理矢理立ち上がろうとしていた。それを見て、油断なく操縦席を垣間見たトゥルムは、その中に、この場にいるはずのない少年の姿を見て驚いた。
「トゥルム隊長!」
「ナラン!?……何故、ここに……」
そのナランの目に、思わぬ光景が飛び込んできた。黒覆面がプロイを抱え、伽藍の外に駆け出していたのだ。
「プロイ!」
「すまんナラン、そっちにプロイが……」
突入した騎兵に伴われ、ダンジュウとミレイが伽藍に駆けつけたときにはすでに時遅く、覆面はウキツボの登り台に足を掛けていた。
「逃がすものか!」
ナランの執念が再び宿ったのか、ボロボロの脚甲騎は立ち上がり、自らの蒸気と部品を撒き散らしながらも、今度はまっすぐに浮遊機械を目指して突進する。
「弁を閉じている暇はない……せめてあいつを掴むまで……!!」
ナランは思いと共に、踏み板を踏む足に力を込める。
その気迫に押されたのか、入り口を閉じたウキツボは、慌てふためくように浮上する。それを見たナランは、操縦桿を思い切り倒し、まだ生きている右腕を前方に突き出させる。
「届けぇ――――!!」
少年の執念が実り、脚甲騎の三本指が、折り畳まれようとしていた三本ある大型の着陸脚の内一本を、食い込むようにしっかりと掴んだ。
照準器が装備されていない上に、挙句、操縦性の確かでない機体で初心者がこの行為を成功させるのは奇跡と云うしかない。
脚甲騎によって脚を掴まれた浮遊機械は、斜めに傾き、その動きを止めるものの、掴んだ側であるナランの機体もまた、機械の腕から火花を散らし、軋む音とともに、わずかに蒸気と油を吹き出し始めている。
「頼む……もう少しだけ持ち堪えてくれ……!」
既に限界を迎えつつある機体――その操縦桿を固定したナランが目にしているものは、浮遊機械の、点検用と思われる梯子であった。
――あれだ!
少年は意を決し、操縦桿を固定して身を乗り出した。
「もう止せ、ナラン!」
「早く逃げろ、少年!」
トゥルムとダンジュウが叫ぶその目の前で、遂に限界へと達したのか、ウキツボを掴んでいた脚甲騎の右腕が千切れ、その反動で機体は転倒、衝撃により文字通りバラバラに分解した。
残された脚甲騎の腕に掴まれたまま、ウキツボは高度を上げる。
「ナラン!?」
ミレイが悲痛な叫びを上げる。
しかし、慌てて駆け寄った騎兵が残骸の中から少年の姿を発見することはなかった。




