砦攻防戦
城壁内側――
シディカ、ドルージ、そして騎兵隊長が、辻褄の合わない死傷者に頭を悩ませている暇はなかった。
「報告……鉄甲騎五騎、街道のL字峡谷より砦に向けて尚も進行中……続いて、騎馬二十八騎、兇賊五十前後、後方に、凱甲騎も見ゆ……敵は、鉄甲騎を先頭に進軍する布陣に切り替えた模様」
その報告に、シディカはすぐさま城壁の外郭塔に登り、双眼鏡を手にしつつ、補佐官アガルに命令を下す。
「すぐに手筈通り、迎え撃つ準備を……それと、砦内部の警戒もお願いします。もしかしたら、間者に入り込まれたかも知れません……
ただし、味方に混乱が出ないよう、一部士官にのみ、知らせて下さい。
……これより、城壁への出入りは昇降口のみとします」
「間者に対する捜査の方は……」
「無論、それは徹底しますが、残念ながら、人手が足りません……もう間もなく、自警団の皆様方が駆けつけてきますが、もし、その中に紛れ込まれたら、発見は困難になるでしょう……」
命令を受けたアガルは、
「(厄介なことになった……)」
と、呟きつつも各隊に命令を伝達する。一方で、ドルージは城門右の外郭塔から、鉄甲騎の各小隊に下知を飛ばしている。
「いよいよ来るぞ!……相手の鉄甲騎は兇賊でも辺境の田舎騎士でもない。反逆者とはいえ、元は正規の王国軍だ。気合いを入れてかかれぇ!!」
その声に、鉄甲騎全機が「応っ!!」と、拡声器越しに掛け声を上げ、駆動音と共に右腕の長柄斧を天に向けて突き上げる。
持ち場に戻った騎兵隊長も、部下へと下知を飛ばす。
「敵は鉄甲騎戦の合間を突き、必ず騎兵を繰り出してくる。その時こそ、我らの出番だ……田舎騎兵の槍が如何ほどかを、奴らに知らしめる。
いいか、ここからが我ら騎兵隊の本当の見せ場だ!!」
鉄甲騎同様、歓呼を上げる騎兵隊を見渡すトゥルムの心境は複雑だった。
――我々が間者を引き込んだようなものだ……
小脇に抱えた兜を持つ手の震えが止まらなかった。
そんな中、降伏勧告を携えた使者が城門前に来たという知らせが届いた。
それは、この後に本格的な城砦戦が始まるという宣言でもあった。
街道、L字峡谷地形――
「やはり、ゼットスは行方不明であるか……」
姿を見せないゼットスに苛立ったものの、すぐに気を取り直すドルトフ。
「まぁ良いのである。奴と引き合わせてくれた[覆面]には感謝するが、すでに吾輩は砦の前、もはや道案内など不要である。置き去りの部下は、せいぜい捨て駒に使うのであるほどに……」
[覆面]とは、ウライバへの逃走の折、逃走するドルトフにゼットスとの共闘を勧めたものであろうか。また、ダーマスルと某辺境伯との連絡役であった[覆面]とも同一の存在なのであろうか。
もとよりドルトフは、ゼットスも捨て駒にするつもりであった。ウーゴとウライバを手中に収めた場合、治安回復のためには、彼等は邪魔でしかない。可能なら、戦場にいる内に……生き残ったとしても、最終的には始末を付けるつもりであったのだ。
「ところで、砦は降伏勧告に、応じるつもりはないのであるな?」
ドルトフの問いに、副官が答える。
「……使者として遣わしたものよりますと、彼等は書簡の受け取りを拒否したそうです。ウーゴ砦は徹底抗戦の構えと思われます」
「……そうであろうな」
溜息混じりで返事を返す。
ドルトフとしては、出来れば戦わずに終わらせたかった。ウーゴ砦は、作戦が無事に成功した場合、今度は自身にとって大事な防衛拠点となる。よって、可能な限り少ない損害で手に入れたかった。
だが、ゼットスの作戦が砦側を必要以上に刺激するものであることは承知の上であった。よほど大打撃を与えでもしていない限り、彼等はこちらに対してかなりの悪感情を抱き、報復を考えるのは必定である。おそらくは死にものぐるいで抵抗するであろうことは、容易に想像できた。
本来の作戦通りに事が運んでいたら、やがて王城より停戦命令が発せられ、ドルトフは難なく、あるいは最小限の戦闘でウーゴ砦の門を通ることが出来たはずであるが、作戦開始の狼煙が一向に上がらない以上、ダーマスルの王城占拠に期待することも出来ないだろう。
こちらから直に狼煙を上げることも考えられたが、地形の関係上、砦の内側から、あるいは程近くの場所から上げなければ、王城からそれを発見するのは困難であった。峡谷の上に登ればあるいは、と思われたが、砦の城壁よりも遙かに高い崖を登るのは兇賊の登攀力を以てしても困難であり、それが可能であれば、寧ろそちらを進路としていたであろう。
ある意味では、ドルトフもまた、窮地に立たされていると云っても良かった。手早く砦を落とさなければ、最悪、王城の残存戦力まで相手にしなければならないのだ。
「閣下!……攻撃準備が整いました」
拡声器による副官の報告を受けたドルトフは、神経を砦攻略に集中した。
複雑な峡谷の出口と云える、Lの字に曲がる地形を越え、ようやく広い空間へと展開する軍勢が目にしたものは、文字通り南向きの巨大な壁として立ちはだかるウーゴ砦の姿だった。その高さ二十五メートル強、幅七十メートル以上、石材と金属で作られ、両端と中央に計四本の外郭塔を持つ城壁は、これまでも地形を味方に付け、この地を守護し続けてきたのだろう。
更に言えば、例え敵が大軍で取り囲み、兵糧攻めを仕掛けたとしても、この砦を完全に取り囲むことは当然不可能で、しかも背後には本国であるウライバが最大の兵站補給地として控えているため、実行するだけ無駄であると云える。
尤も、ドルトフの現状戦力では、兵糧攻めのような長期戦は想定さえしていないのであるが。
「この地形では、どのみち大群を擁することも叶わぬであるか……」
現在、軍勢が布陣を展開する場所は、城砦から千二百メートル地点に位置する。この位置から城砦までは、高さ百メートル以上の崖に挟まれた、九十メートルの道幅を持つ平地が北へと続き、砦の側で一気に狭まっていく。少軍勢が展開するには十分な広さを持つが、鉄甲騎のような巨大兵器が戦うには、決して広いとは云えない。
「飛空船が無事であったなら、少なくともここまでは、軍勢を運べたであろうに……メリアンヌ号を失ったのは、痛いのである……」
ドルトフが飛空船を失ったのは、実の所、機関部の損傷により航行不能に陥ったからだけではない。ゼットス一党による合力への見返りとして、飛翔装置をはじめとする、重要な部品などを全て提供させられたからでもあったのだ。
当初、その申し出に悩んだドルトフではあったものの、彼の兇賊が持つ地の利と翼の亜人による連絡手段は喉から手が出るほど欲しいものであり、結局はそれらの貴重品を提供したのだが……
その結果について、拡声器に拾われぬよう、小声で専属機関士に愚痴をこぼすドルトフではあるが、それでも、この攻城戦に対しては危険な賭とも考えてはいなかった。
もとより鉄甲騎は、この世界最強の武具であると同時に、この世界最強の攻城兵器でもある。鋼鉄の機体による突進力と、驚異的な膂力による破壊力は、城壁や城門を突き崩し、それらに対処した城壁が登場した後も、鉄甲騎が投げつける投擲槌は、中規模以上の砲に匹敵する。それ故に、鉄甲騎は登場当時、戦略兵器として扱われた事もあった。
すなわち、敵がどれだけ頑強な城を持とうとも、最後に鉄甲騎戦で勝利さえすれば、どうとでもなるのである。
また、ウーゴ砦は周囲を峡谷に囲まれ、正面以外は攻めようがない。が、逆を云えば、攻め込む場所を絞り込むことが出来るため、戦力を集中して投入することが可能となり、戦術次第では攻略が不可能ではない。
ただ、もし、この程度の戦力でウーゴを制圧できるとしたら、それは誰にでも可能なこととなり、ドルトフは手に入れたこの地を守りきれないことを現わしていると云うことにもなる。
ドルトフはとりあえず考えないことにし、すぐに気を取り直して、拡声器で副官に下知を発する。
「……鉄甲騎は前進、盾で敵の砲撃を防ぎつつ、砦に向けて投擲槌の投擲を開始せよ! 騎士と歩兵は、この場に留まり沙汰を待つのである!」
ドルトフの下知を受けた副長は、直ちに復唱し、鉄甲騎に前進を命じる。
「全騎、前へ!」
受像器からガイシュの進軍を眺めるドルトフは、ウーゴ砦を目の当たりにした初見の疑問を、機関士に問うた。
「……何故、あの砦には堀がないのであるか?」
「資料によりますと、岩盤が固すぎて、掘れなかったとか……」
その答えに、ドルトフも凱甲騎の脚から伝わる地面の感触を実感し、なるほど、と納得した。
直後、機関士から、
「意見具申……」
「何であるか?」
「敵主力は脚甲騎が多数を占めております。故に、過剰充填による浮上現象を用いて城壁を跳び越せば、砦を一気に制圧できるのでは?」
しかし、ドルトフはその案を一蹴する。
「無駄である。城壁の裏には対空用の噴進兵器を用意するのは防衛の基本である。跳び上がったとたんに弾幕を張られれば、撃破されなくとも、空中で均衡を崩して墜落、直後にとどめを刺される有様が目に浮かぶわ」
親の七光りで将軍職になったとは云え、ドルトフとて、決して無能ではなかった。
ウーゴ砦城壁――
「……動いた!」
外殻塔に据え付けられた測距儀を覗き、ガイシュ五騎の前進を確認したシディカは、軽く呪文を唱えて印を組み、二つの具現化を完成させる。
「……転移!!」
転瞬、外郭塔の伝声管全てに魔方陣のような光が浮かび上がった。
それは、複数の伝声管を一つに繋ぎ、任意の場所に声を飛ばすための[式]であった。これにより、シディカは一箇所の伝声管より砦全ての伝声管から指示を出すことができる。
その後、拡声器を開いて各砲台長に下知を発す。
「先手を取らせてはなりません、全砲門、砲撃用意……」
言葉の直後、シディカの傍では、ひとりでに六本の万年筆と六個の計算尺が踊るように動き出し、同様に浮き上がった六枚の紙に次々と計算式を書き出していく。それらはすべて、書き上げられたと同時に、やはりひとりでに筒状に丸められ、そのまま各砲台へと続く伝声管に飛び込んでいく。
これが、シディカの仕掛けたもう一つの[式]である。
「来た……」
伝声管から飛び出してきた紙を、砲台長は躊躇無く受け取り、それを広げ、読み上げる。その指示を受けた二人の砲手は、七十五ミリ速射砲を定められた目標に対して照準を合わせ、必要な弾種、薬嚢の量を設定する。
この時シディカは、まずは手始めに、六門の内、第一から第三砲台は徹甲弾、第四から第六砲台は榴弾とした。
やがてすべての砲台が準備を整えた。
伝声管を通じて報告を受けたシディカは、直ちに命令を下す。
「では、作戦を開始します……全砲門、斉射!」
その直後、ウーゴ砦の城壁六ヶ所に備え付けられた砲が一斉に火を噴いた。
轟音が辺りに響き渡り、振動が城壁を通じ、内側施設をビリビリと振るわせる。
「……小口径とはいえ、斉射は響きますねぇ……」
外郭塔でひっくり返ったシディカは、起き上がりながらも、目標めがけて飛翔する砲弾へと目を向ける。
「砲台より砲撃を確認……各騎、前へ!」
その眼下では、城壁からバイソール二騎を先頭に、味方の鉄甲騎が前進、城砦前面に展開を始めていた。
ウーゴ砦前面――
砦からの砲撃は、ドルトフ側も確認していた。副官騎のガイシュより下知が発せられる。
「砲撃見ゆ……防御態勢!!」
轟音と振動を伴って発射された砲弾は、二発は外れたものの、徹甲弾二発と榴弾一発がガイシュの抱えた巨大な盾に命中する。
徹甲弾を受けた盾は1発程度では砕かれることはないものの、その前進を阻み、一方で、榴弾の直撃を盾で防いだ機体は、爆発の衝撃で吹き飛ばされ、膝を突く。
そして榴弾一発は、スパルティータに命中した。
榴弾は盾の表面で爆発を起こし、周りにいた騎兵や歩兵から、響めきと悲鳴が聞こえた。
「静まるのである!……これしきのことで、狼狽えるでない!……」
その言葉通り、凱甲騎は少々蹌踉めくものの膝を屈することはなかった。ドルトフは機体を立て直しつつ、動揺する兵に喝を入れる。
城壁外郭塔――
敵鉄甲騎の態勢が乱れたことは、シディカにも確認できた。
「効果はあったのはやはり榴弾……第二次砲撃準備、今度は全弾とも、榴弾を装填、急いで下さい!」
着弾と効果を確認したシディカが、伝声管に向けて叫ぶ。その傍らでは、先ほど同様、計算尺と万年筆が宙に浮き、自動書記による弾道計算を開始していた。そんな中でも彼女は敵の動きを逐一観察する。
「無事な敵機が投擲槌を構えだした……なんとか先に砲撃しないと……」
鉄甲騎の膂力で投げつけられた投擲槌が砦の城壁―特に砲台や銃座に命中すれば、間違いなくその箇所は粉砕される。また、投げ方によっては城壁を越えることも十分考えられ、そうなると、被害がどれほどになるか、見当も付かない。
命令を受けた砲手は、砲の再装填を始める。
砲の両側に立つ砲手が螺旋式の尾栓を緩め、火口を開き、砲弾と炸薬を装填し、そして栓を閉める。
「無煙火薬のおかげで、砲身を掃除しなくて済むのは助かる……」
「そういえば、何で七十五ミリ砲なんですかぁ?……もっと大きな砲だったら、倒せないにしろ、もっと打撃を与えられるんじゃないですかぁ!」
「そんなデカイの、この砲台に入るかよ! 文句言ってねぇで、手を動かせ!!」
防音のために耳栓をしているため、砲手の声が喧嘩腰に大きくなるのはやむを得ないことである。
この世界に於いて、火砲の類は銃器同様、発展しているとは言えない。
そも、火薬そのものが心象具現化同様、発掘技術ではなく、およそ三百年前に発明された新技術である。その発祥はラ諸国の辺境国とも、グランバキナの地方都市とも云われている。
その後、西方暦五三六年に西方諸国で銃砲の原型が生まれ、それは発展を繰り返しながら世界中に拡散していくのだが、現在のところ、銃や砲は、錬成によって強化された装甲を貫通、破壊することは困難とされており、有効性は認められているものの、支援火器止まりとなっている。
また、鉄甲騎は構造上、弓も含む射出武器ならびに火砲が主力武器として搭載されたものはいない。補助武器としても、脚甲騎に銃座を据え付けたものくらいである。従って、自走砲や戦車と言った、火砲を備えた機動力もまた、この世界では今だ、出現していないのだ。
無論、これは現時点での話であり、このまま発展を続ければ、招来は火砲の時代となる可能性もあるだろう。
ちなみに、ウーゴ砦に配備されている砲は、専用の要塞砲ではなく、実の所、野戦砲を改造したものである。そも、この砦は大昔の城壁を、強引に近代化改修を施しただけの即席要塞であり、これ以上の大型砲を設置するためには、砲台長の言うとおり、砦全体を作り直す必要がある。
「次弾、薬嚢、装填よろし!」
砲手による喚呼応答の後、砲台長は伝声管でその旨を副隊長に知らせる。
「砲撃準備、よろし!」
シディカが各砲台から報告を受けた頃、鉄甲騎第二小隊と第三小隊が、敵鉄甲騎の隊に接敵する直前であった。実のところ、戦闘はここからが本番と云える。砲撃はあくまで支援であり、この戦場に於ける主力は鉄甲騎なのだ。
「次は、味方に命中させないようにしないと……」
万年筆が計算を終了させ、指令書代わりのメモ紙が再び伝声管へと飛び込み、直後に砲台長から照準修正完了の報告が届く。
「了解しました。では……斉射!」
号令の元、再び七十五ミリ砲が斉射される。
「ひっ!?」
シディカがまたもひっくり返るほどの振動と轟音が城壁に響き渡る。
鉄甲騎の身長より比較的高所より撃ち下ろされた砲弾は、今度は全弾が五騎のガイシュ全機に命中した。それらは全て盾により防がれるが、やはり爆発による衝撃は凄まじく、攻撃準備をしていた機体は膝こそ付かないものの、構えていた投擲槌を取り落とし、先の砲撃で膝を突いてしまったものは、立ち上がり際に二発喰らってしまい、仰向けに倒れてしまった。
「……なんと、たった二射で全弾命中であるか!?」
ドルトフは信じられないものを見たような気がした。
次弾発射までの速度もさることながら、目標が大きい上に、高所よりの砲撃、決して長距離とは云えないとはいえ、この命中率は異常と云えた。
この攻撃の正体に気付いた機関士によると、
「これは、グランバキナ製の新型速射砲かと思われます!」
「何だと!?……おのれ、属国の分際で宗主国を謀りおって……」
「それと、副隊長のシディカ・トノバ・ウライバは、魔術師と聞き及んでおります!」
機関士のその言葉で、ドルトフは納得し、その上で、
「それを何故、早く言わんのであるかっ!?」
と、憤慨する。
戦場に於いて魔術――心象具現化術に求められるのは、術による攻撃能力ではない。正直なところ、鉄甲騎に対して、心象具現化による攻撃を射程、破壊力ともに効果的なものにするには相当手間を掛けた儀式が必要となり、そんなことをするくらいなら砲撃でもした方がマシと云える。
術者であり、識者である彼等が求められるのは、参謀としての知識、戦略や、情報収集、伝達能力などの知的能力なのである。
そう言う意味では、シディカの自動書記による六門同時の弾道計算は相当なものである。
その的確な砲撃による先制攻撃に続いて、バイソールとリストール計六騎が、体勢を崩したガイシュの隊に接敵、戦闘を仕掛けた。
「敵は態勢を崩した!……付け入れぇ!」
鉄甲騎戦に於ける戦力差は、ウーゴ砦側六騎に対してドルトフ側六騎。幸い、凱甲騎は後方に待機中である為、実質ガイシュ五騎が相手である。
数の上では同等ではあるが、砦側は鉄甲騎が二騎と脚甲騎が四騎。対するドルトフ側は鉄甲騎五騎に凱甲騎が加わるため、実際のところ、砦側は非常に不利と云える。
本来であれば、脚甲騎は、鉄甲騎に対しては最低二騎以上で挑むのが理想とされている。だが、現在の砦の戦力では、それは望めない。この攻防戦に於ける鉄甲騎戦を有利に進めるためには、砲撃支援が鍵となるのだ。
そのことを熟知していたシディカは、自動弾道計算を再開する。しかし、まもなく鉄甲騎による戦闘が始まり、こうなっては斉射による集中砲火を試みることは困難である。
「さて、ここからは複雑な計算がいりますねぇ……」
シディカが覗く測距儀の先では、鉄甲騎同士が戦闘を開始していた。
「リストール三号機と四号機は倒れた奴を二機掛かりで一気に叩け!」
各小隊長の下知に従い、リストール二機が、ようやく膝立ちになったガイシュに襲いかかる。その他のリストール二機ならびにバイソール二機も、それぞれ相手を定め、戦斧を向ける。
状況を見極めたドルトフは、慌てることなくこちらも下知を飛ばす。
「全騎、盾を翳して防ぎつつ、前進の手を緩めるな! 敵は脚甲騎が中心である故、力任せに押し出すのである!」
その言葉に奮起したのか、ガイシュは大盾を、振り回し、殴りつけるように翳して、敵の長柄斧を跳ね飛ばし、再び前進を開始する。
事実この反撃は有効で、特に、性能の劣るリストールは徐々に押されつつある。二機のリストールに攻められたガイシュも、力任せに盾と戦斧を振り回し、群がる脚甲騎を引き離して一気に立ち上がる。
「……やはり、集団戦は相手が有利か!?」
バイソール操縦士が溢すように、砦側が鉄甲騎と脚甲騎という、性能差がありすぎる組み合わせに対し、ドルトフ側は同機種で構成されている上、ガイシュは性能を落としてでも個体差を無くすことにより、統一された指揮による、統一された動きで繰り出す攻撃を可能としており、それは、集団戦に於いては最大の武器となる。
「……このままじゃ、押し返される!」
その言葉通り、砦側の陣形は、リストールの部分から突き崩されそうになっていく。
「支援砲撃はまだか……!?」
砦の鉄甲騎隊は焦りつつも、味方の支援砲撃に期待を寄せ、ガイシュの猛攻に対し、バイソール二騎とリストール四騎は必死に対抗、その甲斐があってか、後退しつつあるものの、どうにか戦線を維持する。
だが……
「…………これは!?」
ガイシュの侵攻意図にシディカは気付いた。敵は、一気に戦線を突き崩す意図はなかったのだ。
「そうだ、離れるでないぞ! そのまま敵との密着を続けのだ。そいつらを盾にすれば、支援砲撃を封じられるのである!」
ドルトフの叫びに答えるかのように、ガイシュはその手の盾を、自らの眼前に立ちはだかる敵機に向けて押しつけつつ、前進を続けた。
「そう来るのでしたれば……」
シディカは、城門外郭塔で戦局を見るドルージに目を向け、外殻塔への伝声管を開く。
「機関士長、鉄甲騎への指示を!」
そういってシディカは、指で空中に[陣]を描く。
「あの距離なら、術でも声は届けられるはず……転移!!」
仕上げに印を組み、術を完成させると、先ほど指で描いた[陣]が、光のそれとなってドルージの目の前に実体化する。
「よしきた!」
シディカの意図を汲んだドルージは、その[陣]に向けて叫ぶ。
「全機、隙を見て戦線を離脱、二十メートル後退!」
その声は、シディカの術により砦側の鉄甲騎にのみ、確実に伝達されていた。先程の伝声管といい、憖こんな術があるから、この世界に於ける通信技術が発達しないとも考えられるが、これもまた、魔法と科学が同居している世界の弊害だろう。
ともかく、指示を受けた鉄甲騎隊は動きを見せる。バイソールはガイシュの盾を蹴り、リストールは全体重を掛けた体当たりを喰らわし、怯んだ隙に後ろ向きに後退、距離を取ったところで踵を返した。
「敵は恐れを成したぞ、このまま突撃、一気に踏みつぶすのである‼」
だが、ドルトフが叫んだ直後、機関士による、
「……砲撃見ゆ!」
との報を受け、すぐさま兵を引かせようとしたが時遅く、砲弾はガイシュの列に着弾する。榴弾の爆発により、再び体勢を崩す鉄甲騎隊を目の当たりにしたドルトフは、
「おのれぇ……!?」
と、操縦席で地団駄を踏む。その声と音は拡声器から外に伝わり、兵を焦らせる。将の苛立ちはそのまま兵のそれに変わり、それは士気の低下を招く事になる。それを察した副官のガイシュが声を上げる。
「怯むなぁ! 奴らの砲は虚仮威しぞ、盾と装甲で弾き返すのである!」
戦線外――
兇賊どもは、一ヶ所に集まっていた。
「お頭さんからの命令だ。俺たちは、巻き込まれない程度に戦闘を隠れ蓑にして、砦に近付く。後は[時]が来たら城壁に張り付いちまえば、砲も機関銃も怖くねぇ……!
[時]はお頭さんがうまく作って下さる。そうすりゃ、奴らはおしまいだ」
男の言葉に、兇賊どもは、にんまりと不気味な笑みを浮かべる。
「そろそろ日没だ……俺達の時間が始まるぜ……」
城門に於ける開戦から二時間以上が経過していた。いよいよ日没となり、辺りは暗がりに包まれる。
この間、互いに大きな損害はないが、現状は、砦側が微妙に不利と言ったところだろうか。鉄甲騎と砲撃により食い止めてきた戦線も、すでに砦から六百メートル地点にまで後退していた。
敵の侵攻を阻んでいた砲撃支援も、日没による視界低下と、指揮と弾道計算を司るシディカの精神力の疲弊により、命中精度も徐々に低下してきた。
本来はそれを支えるためにアガルのような補佐官がいるはずなのだが、彼は現在、密かに間者探索の指揮を執っており、この場にはいない。
このような戦闘長期化は、この攻防戦に限った話ではない。決戦兵器同士の戦闘というものは、互角の力でぶつかり、拮抗状態が続くか、あるいは、その破壊力により一瞬にして集結するかのどちらかとも言える。そして、防御に重点を置く傾向のある鉄甲騎は、その特性上前者に陥りやすい。
誰もが、明らかに不利となりつつある長期戦に疲弊していた。
砦の内部では、戦闘員も非戦闘員も、そして駆けつけた自警団も一丸となって戦闘を支えていた。
市民というものは、本来、自らの故郷を守る義務があり、最悪の場合は兵と共に武器を取り、侵略者に立ち向かうだけの備えと心構えが必要なものである。事実、ホドの村や滅びたジマリの街など、外敵に対して戦う意志を示している。
しかし、心構えとはうらはらに、出来ることと出来ないことはある。
現在、城壁の外で戦闘を繰り広げているのは鉄甲騎と火砲であり、自警団どころか歩兵、騎兵すら出番がない。従って、彼等は出番が来るまで、後方支援がその役目となる。
兵舎では、給仕長、料理長が中心となり、長期戦に備えての戦闘食を作り、いつでも配れるように手配している。また、負傷に備えて医務官のみならず、民間の医者や治癒術師なども集まり、待機していた。
現在、負傷者は、グルズと戦ったセレイと、先行して戦闘を行った騎兵隊のみで、戦死者以外はすでに復帰、城門前で待機していた。
兵舎、医務室――
砲撃の音と振動で目を覚ましたナランが見たものは、隣のベッドで俯せに眠るセレイの包帯姿と、傍で心配そうな顔を見せるプロイの姿だった。
「……僕は、一体……ここは、砦?」
「ナラン!?……まだ起きちゃダメよ!」
体を起こすナランを、プロイが心配し、再び体を横たわらせる。
「僕は……あれから、気絶しちゃったのか……」
砲撃の音と振動が再び周囲を襲い、それにより、ナランはようやく事態の異常さを実感する。
「あの怪物はどうなったの!? セレイは何で怪我を!? 今、砦で一体何が……痛っ!」
再び体を起こし、詰め寄るナランを、プロイは宥めながら説明する。
「……怪物は、巨人さんがやっつけたわ。セレイは、敵の密偵と戦って、傷ついたって……今は、痛み止めの薬が効いて、眠っている。砦はゼットスに襲われて、今、みんなが戦っているの……」
「そう、なのか……」
簡単な説明ではあるが、事態を把握するには十分であった。
――僕に、何か出来ることはないだろうか……
街の中において、怪物からプロイを救い出したことが、ナランの心に生まれた(慢心になりかねないほどの)自信は、「また、誰かの役に立ちたい」という想いを沸き立たせるまでになっていた。
ここにイバンやドルージがいれば、そんなナランを叱りつけたかも知れない。あるいはシディカであれば、やんわりと、安全な役目に誘導したことだろう。
そんな想いを抱くナランを余所に、プロイは、
「私、そろそろ行くね……給仕長のお手伝いしなきゃいけないから」
と、立ち上がる。
「僕も、手伝うよ」
「え?」
ナランの言葉に、プロイは一瞬戸惑い、そして焦ってナランを止める。
「ダメよ! ナランは怪我人なんだから、温和しくしてよ……」
「もう大丈夫さ……それに、僕にも手伝いくらいは出来るよ」
「でも……」
「今は、一人でも手が多い方が良いだろ?」
にっこりとした笑みを浮かべたナランの顔を見たプロイは、何故か止める気を失った。
「(ナランって、こんな顔も出来たんだ……)」
これまで見せたこともない、人懐っこい笑みを浮かべたナランの顔を思わず見惚れてしまうプロイは、「どうしたの?」と、声を掛けられ、思わず、
「……な、何でもないわよ!」
と、咄嗟に顔を背けてしまう。
「て、手伝うんなら、早く行きましょう!?」
真っ赤になった顔を隠すように部屋の扉の方を見たプロイは、どこか浮ついた声を残して駆け出した。
城壁内側――
兵舎の外では、守備兵と自警団の手により、弾薬庫から砲弾、火薬など物資の搬入が勧められていた。武器庫から運び出されたそれらの物資は、城壁裏に張り出した昇降機によって持ち上げられ、搬入口へと運び込まれる。
「砲弾と薬嚢を昇降機に乗せろ、そっと、だ!」
外の戦況が不明のままであることに加え、反復作業が続く状態は、慣れぬものに不安と苛立ちを覚えさせるのか、自警団の一人が、指揮を執る守備兵に詰め寄る。
「おいっウライバからの援軍は来ないのか!?……このままじゃ、敵が城門を破って押し寄せるんじゃないのか!?」
詰め寄られた守備兵は、男を宥めるように、
「今、援軍要請の為の早馬が出ている。辛抱してくれ!」
と、説得するが、男は納得しない。守備兵に詰め寄る男の苛立ちは、やがて他のものにも伝播し、次々と周囲の兵に詰め寄るものが出始める。
「ツバサビトの伝令がいるはずだ。何で、そいつを出さない……!?」
「いくら何でも、対応がザル過ぎるぞ!?」
市街地に出現した怪物、突然の敵襲、予想外の長期戦……
これまで、経験したことがない出来事が短時間のうちに襲いかかる事態に、人々は不安を募らせていた。そこに、まるで誰かに嗾けられたかのごとく、自警団と兵達の間に一触即発の空気が流れる……と、思われたその時、
「静まれ!!……」
突然の怒鳴り声に、辺りが静まりかえる。
「アリームさん……」
後ろに、ダンジュウとムジーフを従えたアリームが立っていた。
この街に来たばかりであるはずの恰幅の老商人は、大店として名高いナーゼル商会の前当主である立場と、お節介とも云える義侠心で積極的に、そして的確な指揮力を発揮し、気が付くと自警団と守備兵双方に一目置かれる存在となっていた。
人々が静まりかえったところで、アリームが最初は静かに、やがて声高に叫ぶ。
「……ツバサビトのお嬢ちゃんは勇敢にも、敵の放った密偵と戦い、負傷した……巨人の嬢ちゃんも、見知らぬお主達のために、懸命に戦った……
そんな女の子が砦のため、街のために懸命に頑張ったのに、男である、お前達はなんじゃ!? 今、ワシらがここで踏ん張らないでどうするんじゃ!?」
アリームの一喝は、一気に混乱を鎮め、再び人々の結束力を促した。
「この街は、俺たちの街だ……俺たちが守らなくてどうする!?」
守備隊、自警団共に鬨の声を上げ、結束を確認し合った彼等は、再び持ち場に戻る。
だが、それを快く思わないものがいた。最初に守備兵へと詰め寄った男だ。彼は人々の中から抜け出ると、壁際に潜む別の男と、なにやら話し出す。
「……失敗です、お頭さん。あの爺さえしゃしゃり出なければ……」
「混乱に乗じることは、出来ねぇか……仕方ねぇ。このまま手筈通りに……」
いったいどこで手に入れたのだろうか、男――ゼットスの手には、給仕の服があった……
兵舎――
戦闘食の準備が進められている厨房に、ナランとプロイが入ってきたのを見た給仕長は驚きを隠せなかった。
「……給仕長、僕たちも手伝います!」
「ナラン、もう大丈夫なのか!?……それに、プロイも、今は戦闘中なんだ、君たちは避難を……」
「大丈夫です。それに、私たちも出来ることをしたいんです!」
そう言いながら二人は、運ばれる予定の戦闘食が入れられた鞄を手に取る。
「おい、それはまだ運び入れる許可は……」
その時、兵の報告が給仕長の言葉を遮った。
「給仕長……鞄が、足りなくなっています」
「そんなはずは!?……言われた数を用意し終えたんだが……」
首を傾げる給仕長を余所に、ナランとプロイは構わず鞄をいくつか抱える。
「これ、戦闘食ですよね?……僕たちが城壁に運んでおきます!」
「ちょっと待て、ナラン、プロイ……今行っても見張りに追い……」
給仕長の制止の声は、再び響いた砲声にかき消された。
城壁外――
戦闘は、一進一退の攻防が続いていた。
砦側は支援砲撃の元、鉄甲騎による一撃離脱を中心とした戦術を取り、ドルトフ側は、高い防御力を活かして砲撃を耐えつつ、リストールに攻撃を集中して突破を図る戦術を仕掛けていた。
ここに来て、互いの鉄甲騎の性能差が如実に現われ始めていた。
旧式とはいえ、膂力、装甲共に敵機に対して決して引けを取らないバイソールはともかく、六騎の内、四騎を占めるリストールは、やはり脚甲騎であり、鉄甲騎であるガイシュとは歴然とした差がある。
現状、気力と操縦技術で補っているものの、押されていることに変わりはない。しかも、敵はそれを承知しており、故に、確実にリストールから切り崩す動きに出ていたのである。
「……リストール各機の破損と消耗が目立ち始めた。こりゃ、まずいな……」
城門外郭塔から鉄甲騎に指揮を出すドルージは、正直、焦りを見せていた。城内に戻れれば、補給ならびに修理も可能であるのだが、現状一騎でも戦線を離れれば、そこから完全に崩壊することは目に見えていたのだ。
ともかく今は戦線に目を配り、味方機を退却させるタイミングを計ることに神経を注いでいた。
それ故か、「戦闘食です」と、鞄を置いていかれても、特に関心を示さず「応」と、振り向くことなく声を返した。
一方、シディカも術の酷使により、かなりの疲労が蓄積していた。
敵を観察し、弾道計算を行い、味方に向けて的確な指示を出す。
そこに心象具現化術まで加わるのだから、精神が消耗しても仕方がない。
「全く、これだから自動計算機を購入して欲しいって、あれほど……」
思わず愚痴を溢すシディカだが、副長の役目を果たすべく、戦況へと目を向ける。
「あぁ、お茶が欲しいなぁ……」




