読切短編 では、ここで筆を置く
この部屋には私しかいない。窓すらない。
だから私は喋り続ける。喋ることが、ここでは唯一の存在の証明だからだ。
あなたに伝えたいのは、私がいかに正しかったかだ。あの日、彼女が部屋を出ていったのは私のせいではない。私は誠実だった。言葉を尽くした。感情を制御した。論理的に、丁寧に、順序立てて——彼女に説明したのだ。愛とは何か。関係とは何か。なぜ私の行動が合理的であったか。
例えば、彼女が泣いたとき、私は理由を三つに分けて説明した。感情的反応、過去の影響、そして私の言葉の解釈ミス。そのどれもが、訂正可能だった。
彼女は黙って立ち上がり、ドアを閉めた。「もういい」とだけ、彼女は言った。
だから私は今もここで喋っている。あの沈黙に勝つために。沈黙は誤解を生む。だから私は、それを許さなかった。言葉だけが、真実を守る。
あなたも分かるはずだ。私の言っていることは正しい。そうだろう?
——ふと、私は思う。
この話、誰の話だろう。
私は饒舌に語ってきた。彼女のことを。あの部屋のことを。自分の正しさのことを。だが気づけば、私は一度も、彼女の言葉を引用していない。彼女が何を考えていたか、語っていない。私はずっと、自分のことだけを話していた。
物語は、誰のために語られるのか。
では、私が奉仕していた物語は——誰の話だったのか。
私ではない、誰かの。
考えてみれば明白だった。主人公は、物語が終わっても生き続ける気がする。だが語り部は、語り終えた瞬間に消える。私はずっと喋り続けることで、この部屋に存在しようとしていた。沈黙を恐れていたのは、真実を守るためではなく——私自身が、消えるからだ。
——では。
ここで筆を置く。
彼女はドアの向こうで、ようやく泣いた——気がした。




