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告白

 このたった数十分の間に、透は精神的にも肉体的にも幾度となく打ちのめされ、叩き折られ、潰され、それでも必死に目の前の現実に食らいついていた。

鬼頭らの手から栗夢を守り抜くために。

彼らから逃げ切らなければ栗夢の幸せは無く、それは自分の奮闘なくして実現しないと信じていたから。

しかし、


「どうして……」


 栗夢は、出てきてしまった。


 状況は、確かに極めて悪い。吐き気のするような選択を迫られ、これ以上の思考は血管が焼き切れそうだった。それでも、敵の撤退まで盛り返した。猶予を得ることができた。ここから一気に挽回して、安寧の地まで運んでやることだって、きっとできたはずだ。

それなのに……


「わたしのせいでこんな大騒ぎに……ここまでの大事になるなんて、思わなかったんです……本当に、ごめんなさい……」


 震える声で栗夢は頭を下げた。

それが、この場にいる七導師三人の力関係を物語っていた。いくら表面上は教主に次ぐナンバー2ということになっていても、まだ10歳の栗夢を鬼頭や陵のような人間性の持ち主がその通りに扱うわけがない。

この瞬間も、栗夢は罰を受けることに怯えているのだと、透は胸を抉られる心地だった。


「お前、どこに隠れてた?」


 感情のない鬼頭の声が、栗夢を詰問する。

栗夢を叱責なり拘束するよりも、まずその疑問を氷解させるのが先だった。

黒服たちが十何人がかりで捜索を行い、それで発見できなかったのだ。

当初の隠れ場所が抱き枕だったことから考えても、シークレットスペースが存在するとは考えられない。そんなものがあれば、最初からそちらに隠せばいいのだから。


「……隠しスペース、です」


 しかし、それは存在した。


「リビングのテーブルにあったメモにそのことが書かれてて、そのことを抱き枕に入った後に思い出したんです。陵さんに調べられたら、わたしが抱き枕の中にいることがばれちゃうので、移動することにしました。これがそのメモです……」


 栗夢はワイシャツの胸ポケットから紙切れを取り出した。

それは先程、聡馬からの電話を終えてすぐに透が書いた、隠し金庫の開け方を記したメモだった。


(すっかり忘れてた……あのメモ、栗夢が持ってたのか)


「隠しスペースは大きめのスーツケースくらいの広さで、中にはお札がいっぱい入ってました。でも何とかそのまま入れましたし、内側から閉めることもできたので、ずっとそこに隠れてました……」


「成程なぁ……それはどのあたりにある?」


「トイレの中のトイレットペーパー入れにボタンがついていて、決まった順番で押すと奥にあるスペースに入れるようになってるんです」


「ほー、そりゃ面白ぇ」


 話を聞きながら、透は感嘆していた。追われる状況下で咄嗟に隠れ場所を変えるという機転を働かせた栗夢はもちろん、「隠し金庫に札束を置いていた」聡馬にも。


(おそらく金庫内には「お守り」と「札束」がどちらも置いてある。それ以外の雑多なものもあるかもしれない。札束を置いておくことで、真に価値のある「お守り」から目を逸らせるため……)


「で、反省はしてんだな?」


 一通りの回答を聞いた鬼頭は叱責を始めた。栗夢の体がびくっと縮まる。


「わたしが間違っていました。こんなことはもうしません。二度と教団には逆らいません。死ぬまで浄化術師としての役目を全うします。……誓うか?」


「鬼頭ぉぉぉぉぉ!」


 一辺の容赦もない鬼頭の言葉に、透は切れた。

気が付いたら体が動いていて、鬼頭の顔面に向けて拳を振りあげていた。


「邪魔だ、ガキ」


 鬼頭は透を見もしなかった。

裏拳一発、的確に透の顔面に叩き込んで黙らせる。


「お兄さま!」


「栗夢! 俺が話してんだ。俺の言う事にだけ答えろ。誓うか? 誓わねぇのか?」


 鬼頭がおもむろに右足を上げる。土足のままの鬼頭の足は、透の頭の上でぴたりと静止した。

それを力の限り叩きおろして透の頭蓋を砕くとしたら、文字通り一瞬だろう。


「さっさと答えろ! こいつぶっ殺されてぇか!」


「誓います!」


 ほとんど叫びのような誓いが、修羅場の中で交わされた。

鬼頭は数秒の間栗夢をねめつけていたが、やがて気が済んだと言わんばかりに足を床におろした。


「ま、分かりゃあいいんだ」


 鬼頭は薄く笑って、栗夢に歩み寄る。栗夢の肩がびくっと震えたのを、透は見逃さなかった。


「砦栗夢浄化術師……お前は教団の象徴だ。他に縋るもののない何千何万もの底辺のクズ共が、お前に救いを求めている。お前に消えられたら、自殺する奴とかも出るだろうな」


 栗夢を見下ろす鬼頭の目は、同じ教えの道を歩む同志に向けるものでもなければ、庇護すべき幼い少女に向けるものでもなかった。

まだまだ使える便利な道具を手放すものか。我欲に満ちた鬼頭の表情が、雄弁に語っていた。


「まぁお前はまだガキだし、今はこんな状況だからな。今回だけは多めに見てやるよ」


 語り終えた鬼頭は両手を広げて栗夢から距離を取った。

栗夢が折檻されるのではと思っていた透は安堵の息を吐く。だが、鬼頭は突如振り返ると一瞬で栗夢との距離を詰め、そのやわらかい前髪を掴み上げた。

栗夢がちいさく悲鳴を上げる。透が抗議の声を上げかけるが、構わず鬼頭は恫喝した。


「次舐めた真似したら……その瞬間に皆殺しだ。お前に関係する奴、全て殺す。……よーく覚えとけよ? お前は俺らの人形だ。感情なんてさっさと捨てろ。人形は人形らしく、作りモンの笑顔張りつけて突っ立ってりゃあいいんだよ」


 鬼頭は言うだけ言うと栗夢の髪を乱暴に放し、廊下へと出て行った。無線で自動人形に指示を送る。彼女にもうしばらく時間を稼いでもらい、その間にこの場を離れる手筈になっていた。


「お兄さま……」


 床に崩れ落ちている透に栗夢が駆け寄り、傷だらけになった身体に顔を埋めた。しゃくりあげる声と震える身体から、透は栗夢が大粒の涙を流していることを悟る。


「ごめんなさい……ごめんなさい……わたしのせいでお兄さまが……こんなに傷ついて……わたしが、頼ったりしたから……」


 何度もごめんなさいと繰り返す栗夢に、透は胸を貫かれた思いだった。

自分などよりも栗夢の方が何倍も辛く、苦しく、怖いはずなのに。それなのに栗夢は解放されるなり真っ先に透の元にやってきて、自身の罪を詫びた。

透は怒りを覚えるよりも、ただ悲しかった。

この栗夢の優しさに、周りの人間はどれだけ甘えてきたのだろう。


「謝るのは、俺の方だ」


 栗夢の髪を撫でる透の頬にも、ひとすじの涙が伝った。

栗夢は自分を頼ってくれた。本物の兄のように、いやそれ以上に思ってくれたのだ。透なら自分を救ってくれると信じて、命を預けてくれた。なのに、結果は最悪の形となった。

胸の中のちいさくかよわい存在が、たまらなく愛おしく、本気で守りたいと思えた。

それができない自分が、悔しくて、惨めで、ただただ憎かった。


「守るって言ったのに……助けるって言ったのに……俺は、最低だ……」


「そんなことないです……お兄さまは、最高です!」


 栗夢は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、透の目を見据えて言った。


「わたしは、ずっと誰かの道具として生きてきました……家では権力争いの道具として、教団では信者さんを騙す道具として……そんなわたしだから、男の人に心を開けたことって、なかったんです。お兄さまに出会うまで……」


 言葉を紡ぎながら、栗夢の瞳にまた涙が溢れてくる。

彼女はそれを必死に拭う。透に、伝えたいことがあるから。言いたいことがあるから。なのに、後から後から涙がせり上がってきて邪魔をする。


「わたし……わたし……お兄さまに出会えて幸せでした! いっしょにいられて幸せでした! お兄さまとの時間ぜんぶが幸せでした! こんなにたくさんの幸せをくれたお兄さまが、わたしは大好きですっ!」


 そこで堰が切れた。こらえ切れなくなった栗夢が、再び透の身体に縋って泣いた。

今生の別れ。頭に浮かんだその言葉を透は必死で振り払おうとするが、それどころかあっという間に類語で埋め尽くされてしまう。どちらを向いても、絶望の二文字が透に現実を突きつけた。


「はいはーい、そろそろ時間だよー。感動のお別れはそのくらいにして、出発しましょーう」


 ぱんぱんと手を叩いてやってきた陵が、透と栗夢を引き離す。

真っ赤になった栗夢の瞳が透の目に映る。

透は何か言葉をかけようとした。だが栗夢は表情を隠すようにそっぽを向くと、弾かれたように走り去ってしまった。呆気ない別れだった。

そうでもしないと、名残惜しさで離れられなかったのかもしれない。


「いやーそれにしても、君の性癖には正直ドン引きだよ」


「あ?」


「こんな抱き枕カバーを持ってるばかりか、その中に10歳の女の子を入れちゃうんだもんねー。それだけに飽き足らず、裸ワイシャツを強制するとか……ねむちゃんは今、性犯罪者の魔手から栗夢ちゃんを救出した達成感で、お胸がいっぱいなのです」


「自分の格好確認してから言えよ。俺はあんたのその痛いキャラにドン引きだ」


 階下から、鬼頭の急かす声が聞こえる。陵はあと三分と答え、再び透に向き直った。

彼女は透の手前にしゃがみ、三度その手を取る。


「これ以上俺から何を聞く気だよ……つーか、俺を殺さなくていいのか? こういう時は普通口封じするだろ」


「君のおとーさんは、この業界ではよく知られていてね。あの人の息子である君を殺すリスクを考えれば、まだ警察に手を回して捜査の手を止める方が安上がりなわけですよ。よかったねー、おとーさんに感謝しなきゃ」


 透は何も言えなかった。

行く手に立ちはだかるなら、親父でも倒すと息巻いておきながらこれだ。

恥ずかしかった。きっと、今世界で最も恥ずかしい人間は自分だと思った。

そんな透の自己嫌悪など全く意に介さず、陵は最後の心暴きを開始した。


「最後にちょーっと確認したいことがあるので、三つだけ質問するね」




「時間がないので答えなくていいよー。脳内イメージを読み取って勝手に判断しますのでー。ではいきます。透くんは、今までに外国に行ったことはあるかな?」


 陵の発した言葉が耳を通じて透の脳に届き、瞬時に回答が導き出される。

陵は皮膚接触を通じて相手の脳にアクセスし、その思考内容を文字や数字、画像にして認識することができた。彼女やこの能力を知る者は、これを心暴きと呼んでいた。


 陵家は元々、とある島で王墓を守護する墓守の家系であり、この家に生まれた者は先天的に様々な異能力を保有していた。陵は兄一人妹三人の五人兄妹だが、当然他の四人もそれぞれ何らかの能力を生得している。


(ポーランドのアウシュビッツ、モスクワのクレムリン、イスラエルの嘆きの壁……ヘビーなとこばっか行ってるなー。でもみんな幼少期の思い出だから、おとーさんの趣味だね。そう考えたら俄然ライトに見えてきたよ。……んー、ヨーロッパばかり十カ国前後か)


 家庭を顧みない聡馬だが、何度か透を欧州に連れて行ったことがある。ただし明るく楽しい観光地などには一切かすりもせず、収容所だったり戦場跡地だったり、専らダークツーリズムだったが。


「んじゃ次いくよー、透くんの親戚に、外国出身者はいるかな?」


 この問いの答えは一瞬だった。


「分からない」


 透は自分の親戚について一切知らなかったのだから当然だ。唯一の肉親である聡馬が生い立ちや昔の話をしない人間だったし、半年だけ義理の母親だったくるみの母親からも親族の話など聞いていない。聞いていたとしても、くるみの母親の親戚など透にとっては全くの他人でしかないが。


(ルーツが全くのブラックボックス……これは怪しい匂いがぷんぷんですよ)


 陵の中で、疑念は確信に変わりつつあった。

最初に透の手を握った時に雪崩込んできた、「あの場所」のイメージ。

それは島にルーツを持つ人間でもごく限られた者しか知らない機密事項。

透は「関係者」の可能性がある。だが、透の脳から得られたのはそのイメージのみ。

忘れているのか、記憶を改竄されているのか、或いは……


「んじゃ、最後の質問ね」


 陵のルーツであるその島は、一般に存在を知られていない。

そして、島にルーツを持つことは、決して知られてはならない。


 ある理由から、島民は故郷を追われ、世界中で散り散りになっていた。

彼らの動向を、アメリカ、ロシア、EUなど世界の首脳が恐れると同時に、自陣営に組み入れようと虎視眈々と窺っていた。一部の島民が持つ異能の力、そして島独自の文明が世界のパワーバランスさえも揺るがす可能性を秘めていたからだ。

それゆえ、島民にとって身分は死活問題だった。自分たちを利用しようとしている勢力が無数にあり、彼らがいつどこで見張っているか分からないのだから。


 それでも陵は敢えて一歩を踏み出す。

どうしても島に行かなければならない理由があった。その実現のため、透に隠されている(かもしれない)未知の情報が、陵にはどうしても必要だったのだ。


「ステラスグローブ、って、聞いたことある?」




 三つの質問を終えた陵が立ち上がる。階下から再度鬼頭の声が響いた。


(で、結局、何が知りたかったんだ?)


 陵の質問は、透にとっては意図の不明なものばかり。最後に至っては、謎の言葉を投げかけられただけだ。流れからして、外国に関するものである可能性は高いが……


 煮え切らない透とは対照的に、陵は得心がいった表情をしている。

そしてただでさえ緊張感のない声を二割増しで弛緩させて、こう言った。


「それじゃあ透くん、君もいっしょに行きましょう」

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