二千四年九月十五日・4
私が一種の宣言を叩きつけると、水城先輩は「今から菜瀧に、行くのか?」と私に訊いてきた。駅の裏に自転車を止めてあるから、もし行きたいならば、私を後ろに乗っけてってくれるのだと。私としてはできれば今日のうちにケリをつけたいところだから渡りに船ではあるのだが、こんな時間まで付き合ってもらうのはなんとなく尾を引く。
「いいんですか? 本当に付き合ってもらって」
「そんなに燃えてる行喜名、久しぶりに、見たから」
久しぶりと言えるほど私が何か燃えていることなんてあったか? と幾分かの過去を回想していると、水城先輩は「それに、俺も、あの中になにがあるのか、興味あるし」と付け加えた。
「乗って」
駐輪禁止ではない場所に止めてある自転車の所へ行き、水城先輩は自転車に跨る。私はその後ろの荷台に脚を揃えて座り、水城先輩の腰に手を回す。兄と違い、大きいだけあってかなりの安定感。私を後ろに乗せ、都会なりの極貧な星空のもと、水城先輩は必至に自転車を漕ぎだす。
「水城先輩の初恋って、いつですか?」
がたごとと自転車に揺られながら、私はそんなことを口にした。なんてことない、ただの暇つぶしだ。
「初恋?」
「まさか、私が初カノどころか初恋相手だとか、そんなことは言いませんよね」
「……他の女を、好きになってた方が、よかった?」
「まさか。嫉妬はしますよそりゃ。けれど、初恋っていうのは実らないものです。嫉妬の心と実らない想い、天秤に掛ければ前者に傾きますから私の場合」
「そうか。……実は俺、一度だけ、好きになった、人がいる」
「どんな人だったんですか」
「それも、言わなきゃ、駄目?」
「当然です。私は、水城先輩のことならなんでも知りたいんですから」
「えっと、それは……小学生の時に、俺に、サッカーの技術を、教えてくれた、師匠がいたんだ。凄く、強かった。俺の弱点も、簡単に、見抜いた。師匠が、こうした方が、いいよって言うから、当たりが強くなるように、練習した。そうしたら、本当に、うまくなった」
「…………」
「けど、その人の命は……長くなかった。一週間ぐらい毎日俺にサッカーを教えてくれたけど、突然いなくなった。その時、『もしも私みたいな人がいたら、助けになってあげて』って言われた」
「その人が、私に似ていたわけですか」
「……? どうして」
「『分かるのか』、ですか。分かりますよ。人畜無害な水城水城先輩が、私みたいな女に惚れるなんて。……意味ないじゃないですか。私の気持ち」
勝手に記憶の美化までしてくれちゃって。確かに私は、今生の別れと言ったが、それは少年の姿の水城先輩とは二度と会わないというだけで、それ以上の意味はない。
それ以前の問題として。初恋は実らないというのに。だから私は嫉妬を抑えてまで訊いたのに。本当、意味がない。