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渡時過行  作者: いせゆも
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九月十九日(木)・1

 さて、今日のメインイベント。裁可中学へ、兄と登校。もちろん、朝の登校時間に行くわけではない。一度兄は普通に学校へ行って、授業を受け、帰宅してから、私と一緒にまた裁可中学へとんぼ返りというわけだ。その間暇な私は、兄の持っている知恵の輪に挑戦したりしてみたりする。昨日も挑戦していたのだけれど、何一つとしてはずれない。

「お、どこからどう見ても中学生発見」

「気にしてるからやめて」

 もっと身長は欲しかった。せめてあと、二十センチぐらいは。

「でも……随分似合ってるなあ」

 私は自分の身体を姿見に映す。

 まだ秋の初めだというのに今から黒いセーラー服を着るのは少々暑苦しくはあるが、まあ私は暑さに耐性はあるので我慢できる。足元は膝丈のスカート。膝から脚の付け根までの中間地点ぐらいの長さにしている私にはかなり懐かしい長さ。中学時代はこのぐらいが校則だった。なんかやぼったい。さらにその下は純白なスリークォーターソックス。今時(と言っても未来だけれど)の女子高生よろしく、黒のハイソックスを私は履いているから、この微妙な長さがなんとも気持ち悪い。

「……ちょっと待って。お兄ちゃんが用意したこのバッグに入っていた服を全部着たよ私は。それはいい。けれど……なんでこの長さの靴下を、お兄ちゃんが持ってるの? どこで手に入れたの?」

 兄の履いていた靴下は、記憶が正しければ、踝ソックスを愛用していたはず。あまり脛を覆う、靴下という物自体が好きではないのだと。母はおばさんくさい靴下しか持っていないし、父は中年のサラリーマンよろしく、黒のソックス。この家に、こんな純白の靴下は、存在しないはずだ。

「……………………」

「なにか言ってよ!」

 兄に抱いていたイメージが崩れ落ちた瞬間であった。


 ちなみに靴下は、近所のスーパーの特売を買ってきたというオチだった。そのぐらいのお小遣いなら兄にだってある。『どうして親の金を使わないのか。私の服を揃えたのだからそれぐらいは許してくれるだろう』などと思いはしたが、趣味のために私の身につける物を買うなんて、我が家では変態で通っていない兄に言えるはずもなし(現に私だってタイムスリップをするまでは、兄が変態だとは思っていなかった。正確には、成長したから兄の言葉の意味が分かるようになっただけで、兄自身は全く変わっていないのだけれど)。

 ……という茶番はさておき。閑話休題。

「懐かしいな、学ラン着てるお兄ちゃん」

「ん? ……ああ、菜瀧はブレザーか」

 当然のことながら、兄は裁可中学校の制服である、学ランを着ている。子供にとって、四歳も年上といったら大人も同然。小学生の私は、兄をずっと大人だと思ってみてきた。学ランはその象徴。そのはずなのに、現役の女子高生である私はこの兄よりももっと大人っぽい人間を見ているから、まあなんと学ランを着ている兄が子供っぽく見えることやら。

「菜瀧の制服を着ているユキ……うーん、やっぱり、ミニスカートとかにしてんの?」

 膝丈スカートと白ハイソの間にできる、腿の小さな空間を、兄は性に飢えた男子中学生そのものな目で睨んでいる。取りあえず額を小突いておいた。これ以上私に色目を使ったら、容赦なく攻撃する姿勢は整えておく。……変態な兄のことだし下手をすると、ミニスカ等で脚が露骨に見えていた方が、むしろ私の脚に興味がなくなるのでは。

「ミニってほどではないけど、まあ時代的に」

 そういう意味では、この時代の方が『女子高生』という属性は強いのではないだろうか。ガングロ、ルーズソックス、援助交際と言った、私の大嫌いなフレーズの数々は、この時代にこそ最も当てはまる。私はどちらかと言うと、『高校生、女子』だ。女子高生をやっているのではなく、高校生の中で女をやっている。

「先輩に目をかけられるってやつか?」

「女の先輩がいる部活に所属しているとかならともかく、無差別に目をかける上級生なんていないって。昭和の不良じゃあるまいし。……とは言っても今時、膝丈とまで言わないまでも、膝上十センチぐらいの長さですら、野暮ったく思われる。私でさえも、普段はこのぐらいの長さだから」

 そう言って私はスカートを詰める。膝上十五センチくらいの長さにしてみた。

「ぶっ!」

 そして何故か噴き出す兄。

「やめなさいユキ! そんなジョシコーセーみたいな恰好して!」

「……私、まごうことなき女子高生なんだけど」

 兄にとって、『スカート丈が短い』=『今時のちゃらちゃらした女』のようだ。この辺は時代柄なのか、それとも兄が真面目な中学生だからなのか。

「でも、いい脚してるなあユキ……」

 やや欲望に忠実になりかけた兄の背中を、私はボンと強く叩いておいた。痛さのあまり海老反りになっている。これでも、マラソンをしているサッカー部員に気合いを入れるため、自転車に乗りながら片手でも威力が出るように特訓したのだ。

「あれか、サッカーしてるから脚が鍛えられて美脚とかそんなか」

「妹の脚を見ながら何を言っとるか」

 身体は痛みを訴えているというのに、声だけは平静を保とうとしている。そんなところまで気丈な兄面をしなくてもいいのに。一体、兄は『兄』という存在をどのように考えているのか。

「……というか、鬱だ。眼鏡を掛けて制服は校則通りで読書が好きで頭が良くて図書室に通うような子は、もう絶滅していくというわけか」

「あ、条件的には私が満たしてるそれ」

「マジで!?」

「今はコンタクトだけど一年の時は眼鏡だったし、校則に反した格好はしないし、毎回のように図書室に通っているわけだし、クラストップの成績だし。学年単位だと霞むけど」

「……どうやったら、チビユキがユキに繋がるんだ?」

「それだけのパラダイムシフトがあったってことで」

 私はそれだけで締めくくった。

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