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紅き軍靴は少女に微笑む  作者: フローレンス
2章 復興・復讐
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悪魔のささやき

再建省・深夜


雪は止んでいた。


街は静まり返っている。


机の上には地図。


エルダリア。

王国。

サヴェリナ公国。

さらにその向こうの大国。


リシアはゆっくりと赤鉛筆を取る。


「世界は、二度焼かれてようやく学んだ」


その事実が頭から離れない。


第一次大戦。

第二次大戦。


学習は、常に大戦の後に訪れた。


彼女の思考は、危険な方向へ進む。


もし――


この世界がまだ学んでいないのなら。


もし勝者が傲慢なままなら。


もし再び敗戦国を締め上げる構造が続くなら。


「ならば……」


赤鉛筆が地図をなぞる。


小規模戦争では足りない。


限定紛争では変わらない。


構造を壊すには、


全員が痛みを知る規模が必要になる。


その瞬間、彼女は自分の思考に気づく。


これは狂気だ。


だが同時に、冷酷な合理でもある。


大国同士が巻き込まれれば、


戦後は必ず新秩序が作られる。


勢力圏の再編。

経済ブロックの再設計。

集団安全保障。


歴史はそれを証明している。


「犠牲の規模が大きいほど、学習は深い」


その理屈が、あまりにも美しく整いすぎている。


自覚


リシアはゆっくり椅子に沈む。


ティアの顔が浮かぶ。


あの血。


あの雪。


それでも思考は止まらない。


もし、今ここで大戦を制御できるなら?


完全破滅ではなく、


“計算された崩壊”に留められるなら?


世界を一度震わせ、


その後に包摂秩序を設計できるなら?


それは傲慢だ。


だがヴァルターもまた、傲慢だった。


違いは――


彼が「勝利」を求めるのに対し、


自分は「学習」を求めていること。


しかし、


犠牲者から見れば違いはない。


決定的な一線


リシアは地図の上に手を置く。


この線を越えれば、


彼女はヴァルターより危険になる。


なぜなら、


ヴァルターは国家のために戦う。


彼女は


歴史のために戦おうとしている。


歴史の名のもとに戦争を起こす者は、


最も止められない。


その事実を、彼女は知っている。


結論


長い沈黙のあと、


リシアは赤鉛筆を折る。


「違う」


世界に痛みを与えて学ばせるのではない。


痛みが来る前に、


“それが来ると確信させる”構造を作る。


戦争寸前の恐怖。


核兵器の均衡のような、


絶対的破滅の予感。


それによって、


世界を強制的に学習させる。


戦争を起こすのではなく、


戦争の“必然性”を演出する。


それが彼女の次の構想になる。



・再建省・戦略設計室


地図は以前と同じだが、

赤い矢印は消えている。


代わりに描かれているのは、円。


王国。

サヴェリナ公国。

北方連邦。

海洋同盟。


それぞれを囲む同心円。


リシアは静かに言う。


「戦争を起こしてはならない」


部屋にいるのは再建省の中枢参謀と数名の経済顧問。


「だが、戦争が起きる“確率”は最大化する」


誰かが息を呑む。


「……どういう意味ですか」


リシアは地図を指す。


「軍備は拡張する。

国境演習を公開する。

長距離砲の試射映像を流す。

外交では強硬姿勢を取る。」


「だが、決して先に撃たない」


沈黙。


「相手にも同じことをさせる。

双方が“撃てば終わる”と確信する状況を作る。」


「それが恐怖均衡だ」


彼女の表情は変わらない。


だが、思考は激しく動いている。


第一次大戦後は、均衡が崩れた。


敗戦国を締め上げ、力を削ぎ、屈辱を与えた結果、

怒りは地下で膨張し、やがて爆発した。


第二次大戦後は違った。


核――絶対破滅。


撃てば双方が終わるという、明確な終末。


それが均衡を生んだ。


恐怖が理性を縛った。


我々には核はない。


だが――


同等の“心理的破滅”なら作れる。


相互依存。


経済を絡める。


資源を循環させる。


鉄道網を繋ぐ。


金融を結び、債権と債務を絡ませる。


戦えば、双方が崩壊する。


勝者も敗者も存在しない構造。


戦争が合理的選択でなくなる設計。


それを作る。


だが同時に――


軍備は拡張する。


演習は公開する。


威圧は最大化する。


戦争を不可能にするほど、


戦争が“いつでも起き得る”ように見せる。


緊張を保ち続ける。


均衡は、恐怖によってのみ成立する。


冷静でいろ。


感情を挟むな。


これは復讐ではない。


これは怒りでもない。


構造だ。


設計だ。


世界を止めるための装置。


――だが。


本当にそれは止めるためのものか?


一歩踏み外せば、


それは世界を焼く導火線になる。


リシアは目を伏せる。


恐怖均衡。


それが、彼女の構想だった。

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