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紅き軍靴は少女に微笑む  作者: フローレンス
2章 復興・復讐
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黒き嵐の誕生

黄昏時の総統官邸。

 重厚な執務室に、ヴァルターの要請を受けリシアがまとめた《武装親衛隊組織編制案》が広げられていた。

 書類には、歩兵・装甲部隊だけでなく、航空部隊を含めた編成図が描かれている。


 ヴァルターはページをめくりながら低く呟いた。

 「軍は国家のものだが、党には党の剣と盾が要る。地上だけでは足りん……空もだ」

 リシアは頷き、さらりと言葉を添える。

 「国防軍の飛行隊の一部を編入します。爆撃機護衛の《フリューゲル》部隊、そして近接支援機。それらを親衛隊直属とし、空と地を一体で動かす」



 翌日、官邸の応接室に、鋭い眼光の男が立っていた。

 金髪をきっちりと撫で付け、灰色の瞳は氷のように冷たい。

 元空軍中尉、ラインハルト・ハイドリヒ。

 かつて戦闘機乗りとして撃墜王に名を連ね、その後は諜報部門で数々の任務を成功させた男。

 情報戦の冷徹さと空戦の判断力、その両方を兼ね備えている。


 ヴァルターは立ち上がり、男を見据える。

 「貴様を武装親衛隊の総司令官に任命する。部隊編成、兵器、人事、全てを掌握せよ」

 ハイドリヒは右拳を胸に当て、短く答えた。

 「総統の意志を鋼鉄に変え、帝国の剣と盾となることを誓います」



 ハイドリヒは就任早々、入隊基準を定めた。

 - 年齢18〜30歳、戦闘経験者優先

 - 身体検査で軍規格以上の体力を保持

- 射撃・格闘・行軍・政治教育試験すべてで合格

- 総統と党への絶対忠誠を宣誓

- 帝国国籍かつ三代遡って反体制歴のない家系


 試験は苛烈を極め、初年度志願者の半数以上が脱落した。

 だが、残った者たちは黒外套を纏い、圧倒的な統制と忠誠心を備えた精鋭へと鍛え上げられていく。



 北方山岳基地の格納庫では、国防軍から移管された《フリューゲル》戦闘機が漆黒に塗り替えられ、双頭の鷲の紋章を施されていた。

 操縦席に乗り込むのは、黒い飛行服を着た親衛隊パイロットたち。

 彼らは地上部隊と同じく苛烈な政治訓練を受け、命令遂行のためには帰還を捨てる覚悟を叩き込まれている。


 ハイドリヒは滑走路端に立ち、次々と離陸する機体を見上げた。

 「空も地も一つの意志で動く――これが親衛隊の戦い方だ」



 発足式の日、首都大通りを漆黒の隊列が進む。

 先頭にはハイドリヒ、その後ろには黒外套の歩兵、さらにその上空を親衛隊航空中隊の《フリューゲル》が編隊飛行する。

 群衆はその威容に歓声を上げ、空と地を支配する黒き嵐の誕生を目撃した。


 ヴァルターはバルコニーからその光景を見下ろし、静かに言った。

 「これで、帝国の剣も盾も揃った」

 隣でリシアは目を細め、胸の奥で冷たい予感を抱く。

 ――この剣は、外敵だけでなく、帝国の内にも突き立てられるかもしれない。


親衛隊発足準備の中で、ハイドリヒが最も時間を割いたのは武器でも装甲車でもなかった。

 ――軍服だった。


 「兵士の姿は、銃よりも先に民衆の心を撃つ」

 その信念のもと、首都の劇場界隈で名を馳せた舞台衣装デザイナー、ユルゲン・ファルクを呼び寄せた。



 ファルクは軍服を一着の「舞台衣装」として設計した。

 漆黒の生地は夜闇と群衆の中で際立ち、銀の飾緒と肩章が動くたびに光を反射する。

 高く反り返った軍帽は顔立ちを精悍に見せ、前面に輝く双頭の鷲の徽章が権威を象徴する。

 上衣は鋭いカッティングでウエストを絞り、兵士の背丈と肩幅を実際以上に大きく見せた。



 この軍服は単なる美観ではない。

 群衆の視線を釘付けにし、同時に威圧感を与えるための色彩と線が計算されている。

 漆黒は冷徹さと無慈悲を、銀は秩序と権力を連想させる。

 ファルクはリシアに説明した。

 「人は無意識に背筋を伸ばす色と形というものがある。これを纏えば、兵士は自らを帝国の象徴だと感じるようになる」



 仕立て上がった軍服を身にまとった親衛隊の候補生たちが、演習場に整列した。

 黒外套が一斉に揺れ、銀の飾緒が陽光を受けて閃く。

 その統一された姿は、兵士というより巨大な一つの生き物のようだった。


 ハイドリヒは列の前に立ち、わずかに口角を上げる。

 「貴様らは今、この制服とともに総統の意志を纏った。

  この黒は、恐怖と畏敬を同時に刻み込むためにある」


 初めて街を行進した日、黒の列は人々の間を割くように進んだ。

 見物する民衆は自然と道を開け、声を潜めた。

 子供は父の背後に隠れ、商人は店先で直立不動のまま見送った。

 その光景をバルコニーから見下ろしたヴァルターは、満足げに呟いた。

 「制服は武器だ――その証明だな」



帝国議会の本会議室。

 《国家秩序維持法》――その条文の中に、新たな一文が加わった。


 《祖国再生戦線武装親衛隊に、治安維持および国家反逆罪取締りの権限を付与する》


 採決は圧倒的多数で可決された。

 総統の署名と同時に、SSは軍事組織でありながら、公的な警察権力をも握る存在となった。

 ヴァルターはバルコニーで笑みを浮かべる。

 「これで、反逆者は地の果てまで追える」



 夜、首都の裏通りに黒外套の列が現れる。

 街灯に照らされた銀の飾緒が冷たく光り、足音は石畳に鈍く響いた。

 先頭にはハイドリヒ。

 その手には逮捕令状と国家保安局がまとめた摘発リスト。


 「目標は三十二名。全員、生かして連行せよ。裁くのは我々だ」

 その声に応じ、列の中から短く「了解」の声が返る。



 最初の標的は、帝都大学の政治学教授。

 かつて議会で反戦演説を行い、学生たちをデモに動員した人物だ。

 黒外套の親衛隊員たちは扉を破り、書斎へ雪崩れ込む。

 教授は声を上げかけたが、その前に二人の隊員が両腕を押さえつけ、口に布を詰めた。


 次の標的は新聞社編集部。

 反政府的記事を繰り返した編集長は、記事の校正中に背後から肩を掴まれた。

 銀の双頭鷲を胸に付けた男が低く告げる。

 「国家反逆罪で拘束する」

 編集長の顔から血の気が引いた。


 翌朝、帝都の空気は異様な静けさに包まれていた。

 昨夜まで壁に貼られていた落書きは剥がされ、地下印刷所は跡形もなく消えている。

 市民たちは通りで黒外套を見かけると、目を逸らし、声を潜めた。


 リシアは官邸の窓からその光景を見下ろす。

 ――恐怖は即効性がある。しかし、それは必ず副作用も伴う。

 胸の奥に冷たいざわめきを感じながらも、彼女は何も口にしなかった。



 夜、総統官邸の執務室。

 ハイドリヒが書類を差し出す。

 「摘発対象三十二名、全員拘束済み。うち二十名は国家保安局に、残りは軍事裁判へ移送」

 ヴァルターは報告を聞き、満足げに頷く。

 「よくやった、ラインハルト。これで帝都の空気は澄んだ」


 ハイドリヒはわずかに口元を歪める。

 「澄んだ空気は、長く続くものです。少なくとも、我々が呼吸をしている限りは」



 軍司令部の会議室。

 戦況図が壁一面に貼られ、その前に二人の男が立っていた。

 銀糸の肩章を輝かせる帝国国防軍元帥エイデルマンと、漆黒の軍服に銀の飾緒を纏った武装親衛隊総司令官ラインハルト・ハイドリヒ。


 その場に入ったリシアは、一瞬で空気の重さを感じ取った。

 ――軍の最高司令官と、党直属の武装組織の長。

 両者が同じ机を挟む光景は、帝国の権力構造そのものを映していた。



 「西方国境の哨戒、親衛隊の部隊が単独で展開していると聞くが?」

 エイデルマンの声は低く、硬い。


 ハイドリヒは目を逸らさず、淡々と答える。

 「総統直轄の任務だ。国防軍の承認は必要ない」


 「戦場は軍の責任下にある」

 「帝国の安全は総統の責任下にある」


 冷たい言葉が刃のように交錯する。

 リシアは二人の間に割って入るように地図を示し、会話を強引に終わらせた。

 しかし、エイデルマンの瞳に宿った険しさは消えなかった。



 会議が終わり、廊下を歩くリシアの背後から低い声が響く。

 「リシア」


 振り返ると、エイデルマンがゆっくりと近づいてくる。

 その顔は、戦場で部下を諭すときのそれだった。


 「総統に入れ込みすぎるな」

 短い言葉だった。だが、その声音には長年の戦場経験で培われた直感が滲んでいた。


 リシアはわずかに口を開きかけたが、何も言わず視線を逸らした。

 「閣下、私は……」

 言いかけて、結局何も続けずに歩みを再開する。


 ――今の私には、この忠告を聞き入れる余裕はない。

 心の奥でそう呟き、聞かなかったことにした。



 背後で、エイデルマンの足音が廊下に吸い込まれていく。

 彼の忠告が正しかったのかどうか、それはまだ分からない。

 だがリシアは知っていた。

 ――この人は、帝国のためなら総統にも私にも牙を剥く。


 その予感は、遠くない未来で現実になるかもしれなかった。

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