境界線
帝都・中央軍大学附属士官予備課程。
精鋭たちの集う学舎に、リシア・ヴェルンは戻ってきた。
制服に身を包み、整列する若者たちの中で、彼女の姿はすぐに目を引いた。
その理由は、階級章でも成績でもない。
――彼女だけが、既に“命のやりとり”を経験していた。
「リシア・ヴェルン、戦地任務帰還後の復学か……」
「前線に出されたって聞いた。やっぱ“例の特別適性”ってやつ?」
「怖いな……あの目、兵士っていうより……犬が首輪外れたみたい」
そんな噂が囁かれる。
だが、それ以上に響くのは――
「でもさ、彼女が指揮して、7人中5人生還って、本物じゃないか?」
「あの任務でそれは異常だよ。数字だけなら候補生でトップだよ、もう」
尊敬と畏怖。
理解ではなく、“距離”で形成された感情。
リシアは、自分が浮いていることに気づいていた。
だが、孤立しているとは思っていなかった。
(彼らには“死の匂い”がない。それは責めるべきことではない。
ただ、私は……それを知っているというだけ)
その夜、リシアはひとり、士官学校の図書室で戦術書を読みながら思った。
(ここで私は“浮いて”いる。だが、排除されてはいない。
ならば――この立場を利用する)
(現場を知る者として、知識だけの者たちを“導く”ことはできる。
そのためには、“人間らしさ”すら戦術の一部になる)
リシア・ヴェルン。
戦場を知る下士官候補生として、士官課程の中で“異物”として存在を刻み始める。




