通達
中央軍第三参謀室。
古びた書類棚と、魔導記録水晶が並ぶ一室で、リシアは呼び出しを受けた。
「リシア・ヴェルン。貴殿は前線戦闘任務において臨機応変な戦術判断を行い、
小隊を統率のもとに帰還させたことにより、下士官資格の正規取得をここに認定する」
係官が金属の小さな徽章を差し出した。
中央に剣と翼が刻まれた**「帝国正規軍・曹長補」**の徽章。
「本来は卒業後に授与される階級だが、特例適用とする。
今後は“候補生”でありながら、“戦地経験者としての下士官の権限”も持ち合わせることになる。……期待しているよ、“特例者”」
その目にあったのは、評価ではなく“観察”だった。
だがリシアはそれを受け入れる。
徽章を握りしめながら、思った。
(私は、戦場で“兵士”になった。
ならここでは、“士官として生きる術”を学ぶ)
それは、選ばれた者ではない――**努力の果てに認められた“立場”**だった。
その夜。
静かな校舎の中、リシアは図書室でひとり戦術書を読みながら思っていた。
(ここで私は“浮いて”いる。だが、排除されてはいない。
ならば――この立場を利用する)
(現場を知る者として、知識だけの者たちを導くことはできる。
そのためには、“人間らしさ”すら戦術の一部になる)
そのとき、背後から声がした。
「……ヴェルン。久しぶり」
金髪に翡翠の瞳――治癒魔術師、ティア・ノエルだった。
「どうだった、戦場?」
「血は温かかった。死体は重かった。
それ以外に、言葉は必要か?」
「……そのままだね。君、変わったようで変わってない」
ティアの微笑みの奥に、どこか哀しみがあった。
「でも、変わるよ。君みたいに“壊れずに”見てしまう人は、
“壊れること”を知らないから、いつか――自分を疑うことになる」
その言葉が、なぜか胸に残った。
リシア・ヴェルン。
帝国軍曹長補。
下士官でも士官でもない、境界に立つ異物。
その名が、この士官学校に――そして帝国に、
新たな“選択肢”として刻まれ始めていた。




