死の淵から
――死んだ、はずだった。
満員電車のホーム、仕事帰りの夜。
終電に間に合わず、苛立ちと疲労が混ざった意識の中、視界に入ったのは線路へふらつく酔っ払い。そして――とっさに手を伸ばした自分の腕。
それが、最後の記憶だ。
次に目を覚ましたとき、そこは見たこともない石造りの天井だった。
空気は乾いていて、鉄と油の匂いが鼻をつく。
身体が重い。妙に……軽い、ような、気もする。
視線を落とすと、自分の手が――細く、小さく、白かった。
「……マジかよ」
喉から漏れた声は高く、少女のそれだった。
胸に手をやる。膨らみがある。鏡に映るのは、16歳前後の美しい少女。
だがその瞳だけは、黒く冷たいまま――他人の感情に興味がない、計算機のような光を宿していた。
数日後、名簿に記されたその名を、私は受け入れた。
リシア・ヴェルン。新兵。階級なし。年齢16。孤児。徴兵対象。
そして今――私は、戦場の最前線にいる。
戦争。銃声。魔導砲。血の匂い。
あらゆる命が価値を持たず、ただ「損耗率」として計算される現実。
狂っている。だが、合理的だ。
この世界は、命を使い潰す工場だった。
ならば――どう生き残るか。どう使い、使われずに済ませるか。
それだけだ。
私は神に問わなかった。女にされた理由も、戦場に放り込まれた意味も。
そんなもの、考える時間がもったいない。
「……まずは、この部隊で“使える兵”と認識されることからだな」
兵舎の壁にもたれながら、リシアは淡々と呟いた。
その目に、敵味方の区別はない。ただ「生存」と「支配」のルートを見極める目だった。
TS転生。異世界。戦争。少女の身体。
それらすべてを飲み込んだ上で――彼女は生きる。
冷静に。非情に。そして、成り上がるために。
――リシア・ヴェルンの戦争が、始まった。
初投稿になります。
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