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204 青極家の白いカエル


 誰も居なくなった中庭で、リコはすることがなくて妙にそわそわする。

 皆が徹刃を探しているなら、自分はここで大人しく待っていていいのだろうか……とは思うものの、同じ敷地内に居るのなら、一秒でも早く会いたいというのが本音でもあった。


「よし、私も───」


 探しに行こうと立ち上がった瞬間、足元に影がすり寄る。


「キュ!」


 見れば、いつの間にか帰って来た河童のカイがそこに立っていた。


「カイ……音杜さんとはもういいの?」


 白鷹という親友の居る本家に戻ってきて互いに無事を確かめ合い、心に活力を取り戻したのか、河童もすこぶる御機嫌な様子。

 白鷹は御影のところに行ってしまったのだろうか、と考えていると、ふとリコの後方に、黒い影が立った。


「リコ?」


 名を呼ばれただけで、声の主が誰であるかが分かる。

 振り返ると、そこに立っていたのは一人の男。

 今はもう短くなった青灰色の髪を整えて、身なりはいつもの軽装姿。

 戦の時は重梧のこともあってゆっくり再会を祝う暇もなかったが、こうして顔を合わせた彼は、以前に会った時のまま、どこも変わらない。


「キュフフン……」


 空気を読んだ河童が忍びのように、すり足で何処かへと去って行く。

 素早く姿を消した河童を見送ったリコが徹刃に向き直ると、徹刃はただ笑んでいた。

 おずおずと近寄っていくと、途中から腕を引かれてギュッと抱きしめられる。


 とはいえ、人間とカエルの抱擁に色恋的な甘い空気はかけらもなく、傍目には飼い主とペットの触れ合いに近いかもしれない。


「おかえり」


 優しい彼の声が、耳元に落ちてくる。

 見上げる視線の先には懐かしい微笑みがあった。 

 勝手にこんな世界に連れてこられて、右も左も分からない中で、何度この笑顔に救われたか分からない。

 元の世界から存在が移された今となっては、魂の片割れはここに居たのだ、とさえ思える。


「はい」


 何も考えずに胸に顔を寄せた。

 自分の居場所を見つけたのだ、と心にやわらかい安心感が広がると、リコの体を変化の衝動が駆け抜ける。

 

「リコ……?」


 気づくとリコは早着替えを終えた状態でヒトへの変化を成功させていた。

 杜喜波の針子がここにいたら惜しみない拍手を送ってくれるに違いない。

 全身が嬉しさに打ち震え、リコは満面の笑みを徹刃に向ける。


「ようやく帰って来れました。これからは、もう傍を離れたりしませんから」


「うん」


 そんなリコの頭を徹刃はポンポンした。


「まあ、これからは守護と守護獣同士、ずっと一緒にいる機会も増えるだろう。なんたって、100年の不死だ。……途方もないね」


 重梧が耐えられなかった不死を、果たして徹刃が同じようにならないと言えようか。

 鹿が最期に徹刃に送った言葉を思い出して彼は嘆息する。

 リコはそんな彼の前で頭を振った。


「大丈夫ですよ。徹刃さんがもし重梧さんみたいな最期を迎えても、あの灰鹿のように、私もお供しますから」


「いやいや、そこはさ、手遅れになる前に諫めておくれよ」


 2人して互いに笑いあっていると、ふと、徹刃は何かに気づいたように視線を漂わせた。


「?」


 その後、しーっと指を立てた彼を見ていると、徹刃は顔をリコの方に向けたまま、そのまま数歩だけ背後へ下がる。

 首を傾げたリコの前で、次いで、発した声は鋭く、


「御影、開彬、それに母上も。───出てくるなら、今のうちだよ」


 明らかに低い声で、彼はうんざりしたように声をあげた。


「うわっ!」


 徹刃の一声の後、体を押されるようにして屋敷の入り口方面から出てきたのは御影であった。 

 リコがびっくりするその視線の先で、人はさらに増える。


「ちょっ、ちょっと! なんで最後に来た私が先頭なのよ……!」


「なんでって、お前が兄貴に最初に名前呼ばれたからに決まってるだろ」


「そんな無茶苦茶な理由で押し出さないでよね!」


「ふたりとも、喧嘩は駄目でしょ」


「……母上、あなたも押しましたよね?」


 最終的に残りの2人も加わって、ひそひそこそこそと何やら話しつつ3人が中庭に姿を現すと、徹刃はリコを背にして振り返った。


「やれやれ、困ったものだね。母上まで一緒になって、私たちの何を盗み見る必要があるんですか」


 掛ける声は穏やかだが、徹刃の目は笑っていない。

 そんな兄の姿を前にして、御影は慌てて言葉を紡ぐ。

 

「徹刃兄上、勘違いしないで! 私は、さっきこの場に来たばかりなの!」


「それで? 何を見たんだい?」


「何も見てないってば!! ただ話が終わるまで待ってただけなの! 誓って、本当に!!」


 御影の主張の横で、兄と母も激しく頷いているので、彼らを信じるとすれば、話は聞かれてない線が濃厚と判じていいのだろう。


「まあ、聞かれて困るようなことも言ってないんだけど」


 大きな息を吐き出す徹刃の後ろに歩み寄り、ヒト型に戻ったリコが彼の横から体を半分ほど覗かせると、それに気づいて、彼の目に穏やかな光が戻る。


「まあ、いいさ。……ここに来たのは、私に用でもあったのかい?」


 リコが見やった3人の中には、リコと初めて顔を合わせる開彬が居た。

 その次兄が、口を開く。


「用も何も、そろそろ宴が始まる頃だってのに、兄貴がなかなか来ないから探してたんだよ」


「徹刃兄上たちは今日の宴の主役なんだから、出てもらわないと困るでしょ」


 次兄と妹の話を受けて、リコの中に浮かんだのは疑問符。

 リコの疑問には、間もなく素子が答えてくれた。


「リコさん、今日は私たち身内だけの祝いの席なのよ。戦も終わったから、今後の区切りにって」


 と。

 すると、徹刃は今になって何かに気づいたらしい。


「そういえば、叔父上はどうしたんだい? どこかで私を呼ぶ声は聞こえていたんだけど、それも聞こえなくなってしまったから不思議に思っていたんだよ」


「叔父貴なら、敷地内を走り回っていたんで、俺と都で捕まえておいたぞ。今は兄貴の代わりに都と2人で宴席に置いてきてる。なんでも、瀬乃殿が叔父貴とずっと話をしたかったらしいんで、いい機会だろと思ってな」


 と、ニヤニヤしながら開彬。


 ――――ああ、それであの慌てようにも合点がいった。おそらく大祐は、都との関係が瀬乃清彦にバレたのだろう。


(……瀬乃さんを認めさせるのは大変だろうな)


 思えば、青極の家族とリコが一ヶ所に集う状況は珍しいのかもしれない。

 今後、青極家は新たな体制の下で続いていくのだろう。

 そしてそこには、白いカエルの姿もある。


「兄上、ひとつ言っておくけど、私は相手が守護獣だからといって甘い対応はしないからね」


「うん? なんだい、御影。リコと喧嘩でもしたのかい?」


「兄上は知らないと思うけど、私は彼女と杜喜波で色々とあったのよ。青極の家に居座るつもりがあるなら、相応の作法は身につけてもらわないと、これから困るでしょ。前例のないことになる可能性もあるわけだし」


「前例のないこと??」


 リコが御影の言葉の意味を理解できずに首をかしげると、徹刃は苦笑いするしかない。

 いつだったか、妖獣との婚姻は前例がないと真面目に悩んだ夜もあったが、リコがヒト型を取れる以上、諸々の壁は突破できそうではある。


「まあ、時間はあるんだから、とりあえずゆっくり慣れていけばいいんじゃないかな」


 そう言って、笑いかける徹刃の見たこともないような穏やかな顔に、母と弟妹の3人はそろって驚くも、特に反論はしなかった。

 長兄の微笑みからは、大きな荷物をようやく下ろせた安堵感が伝わってくる。


「おおおおおおーい!! みんな、まだかー??! 俺を放置するなってー!!」


「あら」


 聞き覚えのある声に、最初に反応したのは素子だった。

 宴の席はこの場から結構な距離があるので、もしかすると彼は逃げ出してきたのかもしれない。

 逃げてきた理由も察して、素子は徹刃らに向かって切り出す。


「じゃあ、皆。母は先に行ってるわね」


 母親がその場から立ち去ると、残された息子と娘も顔を見合わせる。


「俺たちも、そろそろ戻るか?」


「もう少しは我慢して欲しかったところなんだけど……。都さんのこと、まだ清彦に教えるのは早かったんじゃないかしら」


 2人の弟妹がその場から去っていくと、徹刃は傍らを見る。


「リコ」


 その声に応えて顔を上げると手を引かれる。


「……今日は少数の宴だし、私も一杯くらい飲んでもいいかな」


「お酒ですか?」


「父の病もあって、今までは戒めてたんだけど、せっかくキミも戻ってきたことだしね」


「キュ!」


 いつの間にか戻って来た河童が、リコの肩に飛び乗って元気に手を上げる。


「ええ? カイは駄目だよ」


 2人と一匹が去っていくと、屋敷には静けさが戻った。


 そんな中、一度は御影と共に去ったはずの白鷹が縁側に降り立ち、皆の姿が消えた方向をじっと見つめる。


(……)


 遠く聞こえる徹刃とリコの会話を耳にする内に、ふと、その丸っこい瞳の中に、古い景色が蘇った。


 景色の中には、中庭で母と向かい合う幼い少年が一人。


『ごめんね。……ごめんね、徹刃』


『大丈夫だよ、母上。ぼく、我慢できるよ』


 まだあどけなさの残る9歳の少年は、手の甲に押された焼き印をさすっては涙ながらに謝る母を、幼いながらに慰めていた。

 幼くして実の父を亡くし、家督を退いた母に代わって偽りの鷹守となり、その小さな背中に大きな荷物を背負ってから、いったいどれほどの時間が過ぎたのだろう。

 時にうまくいかず、この庭に一人でやってきては、膝を抱えて泣いていたことも数知れず。

 本来の守護以外に寄り添うてはならないという暗黙の了解を破り、白鷹は出来うる範囲で徹刃を支えもした。


 しかし、先ほど見やった彼の瞳に、もう孤独の(くら)さはなかった。


(もう……大丈夫ね)


 白鷹は再び庭から飛び立つ。

 青極の山城の、その全景が見渡せるまで高く高く天に昇る。


 ――――あの白いカエルがそばに居る限り、徹刃が孤独のうちに道を違えることは、もうないだろう。


 太陽を背に飛翔する白い翼の下に、愛しい子らの明るい笑い声がいつまでも響いていた。 


  






 END


無事に完結できました。(2022.3.31)

*

*

全話、加筆修正の上、再アップです。(2025.12.22)


主な物語の内容は変わっておりませんが、登場人物名を変更し、各シーンを大幅に追記しました。

ここまで長いお話を読んでくださり、感謝の思いでいっぱいです。

本当にありがとうございました!( ;∀;)



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