王宮
ガサガサ!
僅かな振動で葉が揺れ、葉音がする。
「催促されないと言えないって、どういうこと!!?」
バン!
木がガサッと揺れる。
「しかも妻と娘に、ご苦労様、って何??!」
ガン!
レネの心の声丸聞こえである。
聞いているのは、レネの警護の騎士と、連絡を受けて飛んできたメイナード。
レネの背後の木陰に隠れている。
「ずっと、ああなのか?」
小さな声で、メイナードが騎士の一人に聞く。
「はい、夜更けの庭に出て行かれるので、隠れて着いて参りましたところ、ああやって木を叩いたり、蹴ったりしておられるので、殿下に報告した次第です」
答える騎士も小声だ。
メイナードは、昼間の謁見での王の事だと想像がつく。
「あんな男、捨てちゃえばいいのよ。
離縁よ、離縁!」
そう言うと、レネは木をなで始めた。
「ごめんね、八つ当たりして。
明日、朝食を作ったら野菜クズを持ってきて、根元に埋めてあげるから許してね」
ペンペンと幹を軽く叩いているレネ。
「朝食を作るだって?」
思わず木陰から飛び出したのはメイナードだ。
レネは背後の存在に気付いてなかったらしく、暗闇から男が飛び出して来た事で、悲鳴をあげた。
「きゃああ!」
「エミリーローズ落ち着いて」
慌ててレネの口を押さえるメイナードも、落ち着かねばならない。
まるで暴漢にしか見えない。
「待って、落ち着いて!」
力づくでレネの叫びを止めているメイナードは、息まで苦しがっている事がわからないほど動転している。
口を押さえられているレネが、男の姿を確認して、お兄様と言っているが、フゴフゴとしか声が出ない。
「少しは反省なさい。
息が止まるかと思ったわ!」
それは大げさだが、息が苦しかったのは本当だ。
レネはメイナードの部屋に連れて来られ、侍女から受け取った紅茶カップを口元に持っていく。
レネは、メイナードの私室に連れて来られて、開き直ったのだ。
恥ずかしいところを見られた、という自覚はあるが、後ろからこっそり見ているとはイヤらしい。
何故かメイナードは、レネに怒られて嬉しそうだ。
ある種の変態か? レネでさえ、そう思う。 控えている護衛達もいぶかしげである。
「僕を怒る人がいるなんて、新鮮だな」
王太子という身分で、言いたいことは分かるが、やっぱり変だと思ってしまう。
昔、ジルディークにバレた時は、恥ずかしかった思いがある。
誰にもバレないように、庭の端の木立の中にいたのだ。
孤児院では走り回っていたことが、公爵家ではおとなしくしていなければならない。
8歳のレネは、常にいい子でいようとした為に精神の負担が大きかった。
「こんな所で、一人でいたら危ない。屋敷から離れているではないか」
ジルディークはそう言って、木を叩いて赤くなっているレネの手を取ったのだ。
「慣れない生活で、我慢しているのだろう?
木に当たれば誰にも迷惑かけないと、思っているのか?
レネはまだ小さいんだ。
もう少し、屋敷に近い場所の木にしなさい」
レネの手を引き、屋敷に近い所で木を探すのを手伝ってくれた。
人の目に付きにくく、丈夫そうな木。
それから、八つ当たりだけでなく、いろんな話も木を相手にした。
思い出したら、ジルディーク様に会いたいな。
「エミリーローズ」
レネが思い出に浸っているのを、ぶち壊すメイナードの声。
なんだろう、と顔を向ければ、レネの赤くなった手を取っている。
「エミリーローズなりに、迷惑をかけないように木に当たっているんだと分かっているが、赤くなっているではないか。
夜の庭園は危ない。ちゃんと警護を連れて行きなさい」
あれ、ジルディーク様と似たような事を言っている。
フフフ、とレネが笑顔を見せるので、メイナードも安心したようだ。
「ところで、朝食を作ると言っていたが、厨房にはいるなど危険ではないか」
「大丈夫です。 お母さまに消化のいいものを作ります。」
得意です、と自慢するレネに、メイナードが諦めたようだ。
「王女が料理などと、初めて聞く。
そうだな、明日は僕も相伴したいな」
レネの心配をしているようだが、朝食に興味もあるようだ。
メイナード自らレネを部屋に送り、戻って行くメイナードの後ろ姿は楽しそうだ。
「おやすみなさい、お兄様」
家臣達がいたとはいえ、メイナードは王宮で一人戦ってきたのだろう。
明日から、私も参戦します、と心の中で呟く。




