いよいよ、6回戦初戦です
俺はいつも通り朝6時に目覚め、朝のメニューをこなす。
会場が変わってからは第1試合の開始時間が午後5時40分となった為、試合当日は練習は2セットの途中で終わり、午後1時過ぎになってから会場へ移動する流れになっていた。
今日は5戦目となり、初めての6回戦となる。
今までの4回戦はC級と呼ばれていて、最もランクの低いプロボクサーである。
6回戦はB級ライセンスとなり、6ラウンド制の対戦をする事になる。
ここから2勝すれば、8回戦選手となりA級ライセンスの選手として認められる。
ここからが日本ランカーへの道となるのだが、
(あれ?3勝って事は8回戦を1回やる時に物凄くランキングの高い選手と対戦して勝たないと、挑戦権なんて得られないんだが?)
おそらく浜崎会長がお金でどうにか対戦相手を見繕ってくれるのだろう。今は勝っていくしかない。
今日の相手は甲田 拳選手。
成績は16戦13勝3敗(7KO)となり、生粋のハードパンチャである。
負けた試合は全て、攻撃にリスクを取った事によるカウンターKO負け。逆に言うと隙さえ突けば容易に勝てるはずだが、
(この段階で、苦労するようなら展数さんには勝てないだろうな)
俺は敢えて、早期KOを目指す事にした。
この試合から俺のキャッチコピーが『鋼鉄広金生命体』になった。
(順調に人間をやめたような二つ名になってきてるのだが)
浜崎会長からの提案もあるのだが、このほうが特別感があると言う事で了承している。
俺達はリングに上がり、試合開始となるのだが、
(随分と気合が入ってるな)
ファイトマネーも多めにやっていると言う事で気合が入ってるのは分かる。
しかし、拳に力を入れ過ぎな気がする。
(あんな調子で、ああ、6ラウンドまで持てば良かったな)
俺は常に12ラウンド戦う事しか考えてなかった。
逆に言うと、相手が強くなる事があるのかと疑問に感じてしまった。
レフェリーの説明が終わり、試合のゴングが鳴った。
俺は挨拶代わりに、相手にガードをさせた上で軽めの左ストレートを放つ。
ガードをして、次の動きを取ると思ったが、相手はガードしまま2mほど後方に弾き飛ばされた。
相手は明らかに焦りの色を見せていたが、自身を落ち着かせる為、数秒ほど体を止めた後、脇が開き気味の左ストレートを放ってきた。
俺は隙だらけの一撃に左に避けながら、軽く右アッパーを繰り出し、右顎へダメージを与えた。
(あ、また止まった)
相手は苦し気な表情をして、足を一歩下げた。
相手は右足が前に出た状態で無意識に右のストレートを素早く打つ。
俺は右に避けながら、軽く右ボディーフックを打つ。
これで相手は左右へとガードをしない状態となり、一瞬怯んだ。この瞬間を逃さず、俺は左ストレートを浴びせる。
無防備に顔面を直撃した相手は為す術も無く、その場に倒れた。
レフェリーがカウントを取り始める。
相手は何とか立ち上がろうとするが、無情にもカウント10の声がかかる。
今日も勝利。
TKOになりそうな気もしたが、復帰不能とはならず、通常のKO勝ちとなった。
1ラウンド22秒。例のごとく、無傷での勝利となり、周囲がざわついていた。
これから、少なくとも2連勝しないといけない為、気を緩める事は許されない。
それに今日からの3戦は俺の勝利が最低条件ではあるが、
(これじゃあ参考にもならない)
おそらく、後2戦も展数さんと勝負する為の練習にもならない事が考えられる。
(しょうがない、とにかく今は少しでも対策を取れるようにしよう)
形のない事を考えても仕方ないので、展数さんの試合ぶりを見て、隙を見極めるしかないようである。
午後8時30分。
展数さんのタイトルマッチのリングアナウンスが始まる。
「両選手、リングに入場です」
会場が一気に真っ暗になり、すぐに青の照明一色になる。
青コーナーから対戦相手が入場する。
また、真っ暗になってから今度は赤の照明一色になり、赤コーナーから展数さんが入場する。
青コーナーの選手がガウンを着用していた為、近くのセコンドにガウンを渡して、リングに入った。
「本日のメインイベント。JBO日本ミドル級タイトルマッチ、10ラウンドを行います」
「赤コーナー154.3パウンド、ミドル級日本チャンピオンとなってから早7年。
最後の負けを味わってから37戦、一切の負けを知らずにわが道進む。プロ戦績は46戦40勝4敗2引き分け。そして40勝のうち、30勝がノックアウト。
連勝中に挑戦したノンタイトル戦。非公式戦でありながら、
元キックボクシングヘビー級世界王者にPFKBルールにて完勝。
さらにはICBO元ヘビー級世界王者マジック・ダンソンにも5ラウンドKO勝利。
慎重すぎる性格が玉に傷、史上最強の世界王者。いや、日本王者だった。
この男、日本王者である。
そんな彼に今日もまた、処刑される挑戦者。
果たしたこの男に久しぶりの黒星プレゼントをするのはいつ誰になるのか、
誰でもいいから倒してくれ、日本カエルの世界を食らう者。
『確定必打のグラスファイター』グエッサー浜ァァ崎ィィ」
次に青コーナーの選手紹介に入って行く。
青コーナー選手の紹介を聞く限り、彼は日本ランキング6位らしい。
普通は1位が自動で挑戦となるはずだが、理由は簡単。
1位から5位の人が全員、展数さんと戦うのを拒否したからである。
戦う度に1ラウンドでKOされるからだ。
ただKOされるだけでなく、一撃もパンチが入らなかったり、強烈な一撃のみでKOされる事もある。
さらにもう1つの勝ちパターンがあるのだが、試合のゴングが鳴った。
最初の10秒はハンデだと言わんばかりに、相手にひたすら攻撃をさせる。当然、全て左に右に回避する。
さらに5秒。上下に角度をずらしたりして、さらなる攻撃を繰り出す。これも全て回避する。
「相変わらずの舐めプだな」
「相手、6位だからしょうがないだろ」
緊迫した試合とは程遠い、観客の声が聞こえてくる。
1ラウンド30秒。相手が右からのワンツーを打ったタイミングで、サウスポーからオーソドックスへの足の切り替えと同時に左ボディーブローを打った。
相手はワンツーの打ち終わりで対応できなく、直撃をくらった。さらに苦悶の表情を浮かべ、ダウンを何とか我慢しているように見える。
「本当、両利きの選手って有利だよな」
「あれ?両利きって住坂もじゃねえか?」
不意に観客が、俺に顔を向けた。数秒見てから、またリングに目線を戻した。
次に変化が起きたのは1分8秒。
展数さんがオーソドックスからサウスポーに切り替えるように見せかけた時に相手が左アッパーを繰り出す。
当然、サウスポーには切り替えない為、顔を後ろに逸らしつつ左のストレートボディー。
踏み込んでいない為、ダウンするほどでは無いが、同じ部分に2撃目のボディー攻撃にさらに表情が歪んだ。
相手はすぐに右のフック気味にストレートを打つが、空振り。その腕が後ろ側に行くのを確認して、サウスポーに切り替えつつ、脇を開いての大きな右フック。
今度こそ、クリーンヒットした相手はそのままダウンした。
レフェリーがカウントを数えるが、ボディーと顔を強打されて、わずかに動くのが精いっぱいのようだ。
カウントが10となり、展数さんの勝利となる。1ラウンド1分25秒。
タイトル防衛となり、ベルトを着けてカメラに目線を向ける。
俺は短いながらも色々と参考になる部分もあり、座席に座ったまま考察していると、
「よお、少しは参考になったか?」
「ええ、簡単に行きそうな気がしない事が」
前に立っていた浜崎会長が笑いながら、
「そうかい、まあここで行けると言わない辺りがその辺の選手と違うんだろうな」
慎重な発言の俺に言葉を返す。
「今までの展数の対戦相手を見てると、ほとんどが対策すれば行けると踏んでカウンター食らうか必要以上に怯えて……ああなるかだな」
リング近くの座っていた選手をさして、また笑う。
後日に聞くと、怯えていたのは『天川 星夜』選手で、ミドル級日本ランキング1位の人だったとの事。
彼は展数さんと同時期にプロデビューした人だが、グエッサー浜崎の存在によって、負け数が極端に多い選手である。
キャッチコピーはその名も『不運のダイイングスター』である。
戦績は47戦25勝22敗(13KO)で、この内、グエッサー戦は25戦3勝22敗(3KO)となる。
始めは天川選手が強かったが、展数さんが何かに目覚めてから連戦連敗との事だった。なので、目覚めてしまったのは天川選手自身の責任とも言える。
(いや、やめよう。人がどうこうじゃないな)
それよりも今は日本王者の考察が先である。
「誰かがクリンチしてくれれば、少しは分かると思うんですが」
「まあ、今日の試合内容だけじゃ分からないか」
「どのみち、最初の一撃を出さない事には、相手の調子も分からないですし、今は考える事じゃないですね」
「そうか、まあ後2戦でどうにか対策を練ってくれ。今から展数のところ行ってくるから、お前はもう帰れよ、じゃあな」
浜崎会長は俺に別れの挨拶を言って、展数さんの居る場所へ去って行く。
俺は今日の試合内容を考えつつ、親父の車でジムへと戻った。
ジムに戻ると佐藤さんと与野さんが出迎えてくれた。
「あ、戻ってきましたか。ガクさん」
「もう遅いから家に帰って寝ないと朝が大変よ?」
与野さんの言葉に時刻を確認する。
午前0時。
「……」
俺は思わず、言葉を失った。
「お休み、ガク。明日は少し遅く起きてもいいから、練習だけはしっかりしなさいよ」
「はい、これが後3回続くんですね」
少なくとも、この帰宅時間が3回続く事が確定したので、少し泣きたくなった。
俺は2人に別れの挨拶をして、ジムを出て行った。
家に帰ると、急いで風呂に入り、ベッドに寝る事にした。




