周囲も平和になり、その後の話
今日は月曜日の為、普通に登校日である。
俺はいつものように朝6時に目覚め、朝練をこなし、学校へ行って、帰ってきてから練習メニューをこなす一日。
俺自身には特に変化のない一日だった。
変化があったのは周囲、正確には俺とは直接関わりのない範囲の変化があったと言う事である。
まず、昨日に対戦した唐塚孝軌選手は、レフェリーの迅速な対応によって、帰らぬ人となる事はなかったが、同日の内に所属ジムの会長に引退要請をした。
ジム側は止めたが運が良かっただけと引退する意思は固かったとの事。
その代わり、今後は所属ジムのトレーナーに転身して、やって行くと言う事だった。
そして、皮肉な事に『走り高跳び非公式世界記録保持者』と言う、大変に不名誉な印象を与えてしまった事によって、国内で人気が上昇し、ボクサーをやっている時よりも給料が上がり、兼業をする必要がなくなったようである。
今回、俺の試合を担当していた上田勘治さんは相手の落下に合わせ、安全優先のキャッチをした事で人気が出る事になり、後に『エアリー上田』として、数々の試合にレフェリーを続ける事になり、最終的には世界戦でもジャッジをするようになった。
昨日の相手選手を受け止める瞬間の動画は結局、1万ほどのコメントが残され、10万再生を達成していたようだ。
レフェリー自体は決して給料は高くなく、ランクが上がったところでバイトなどと兼業するのは当たり前である。だが、人気が出るようになると、ネット動画など、通常では考えられない副収入も見込める為、軽視はできない。
そう言えば、俺の食事メニューも内容自体は変わっていないが、少し量を増やさないといけないと言う事になった。9月1日から2ヶ月の間にウェイトが落ちていた事が原因だ。少しずつ増やしていって微調整はするとの話だったが。
どうしても、段階的な階級上げを考えるなら避けては通れないし、年を重ねていくとどうしてもウェイトが上がり気味にはなってくる。今のうちに対策をするのが妥当である。
後は学校関係者の話。
中山双冶に関する事だが、先日の学力テストで学年10位に入った。
今までは下から数えて、10位くらいの成績しか取れなかったのにである。
あれから、桃山と鳰入が丁寧に教え続けていたのだろう。
朝の登校で一緒に行く事は良くあったが、帰りはほとんどが別行動になっていた。
俺の夕方以降の練習時間の間、彼もまた、勉強ばかりしていたのだろう。何より、二人に見限られる事を最も恐れていた事は想像に難くない為、必死にしている姿が頭に浮かぶ。
これでも、欧渓庭鴎大学の合格ラインには全く届かない為、今後もこの状態が続くと思う。
そして、なぜか学年1位を続けていた細野が3位に陥落し、桃山が2位、鳰入が1位となった。
大学入学共通テストは再来年の始め辺りになる為、今は気にせずに自身の学力を上げるのみだが、中山にとってはとてもきつい物になるだろう。
俺と桃山、鳰入は大学に入らない為、現時点ではそこまで勉強をする必要がない。
こうして、俺達の一日は今日も過ぎていく。




