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王都への旅立ち

5話の続き

「――あっ!」


最初に聞こえたのは、泣きそうな声だった。


重たい瞼をゆっくり開く。


見えたのは木造の天井。


知らない場所ではない。


村の家だ。


「お兄ちゃん!!」


次の瞬間。


勢いよく飛びついてきたのはフィナだった。


その後ろではリリアが顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。


「うわっ」


「うぅぅぅぅ……!」


「わ、私がどんくさいせいでぇ……!」


「わたしが余計なことしたからぁ……!」


「ごめんなさぁぁぁい!!」


二人は完全に大泣きだった。


アタルは少し驚きながら身体を起こそうとして


「あだっ……」


「動いちゃダメ!」


慌ててフィナが支える。


その声を聞きつけたのか、部屋の扉が勢いよく開いた。


「アタル!!」


入ってきたのは母セレナだった。


目元が赤い。


ずっと泣いていたのだろう。


彼女はベッドの横まで駆け寄ると、そのまま強く抱きしめた。


「良かった……本当に良かった……!」


震える声。


「丸三日も寝てたのよ……!」


「……そう、か」


アタルは少しだけ目を伏せる。


思った以上に無茶をしたらしい。


「心配かけてごめん、母さん」


そして妹たちへ視線を向ける。


「それにフィナも、リリナも」


「自分を責めないで」


「でもぉ……」


「お兄ちゃん死んじゃうかもって……」


二人はまた泣き出してしまう。


アタルは苦笑しながら、小さく頭を撫でた。


「大丈夫。ちゃんと生きてるから」


その言葉に、二人はさらに泣いた。


 


「……父さんは?」


アタルが尋ねると、セレナは少し落ち着いた様子で答える。


「今は村の復興作業を手伝ってるわ」


「魔物に壊された場所も多いから……」


「そっか」


被害は出た。


けれど、最悪の事態は避けられた。


それだけで十分だった。


 


その時だった。


コンコン、と扉が鳴る。


「失礼する」


低い声。


扉が開く。


入ってきたのは、大柄な男だった。


重厚な銀鎧。


背中に背負った巨大な剣。


鋭い目つき。


いかにも歴戦の騎士という風格。


「……!」


空気が変わる。


「目が覚めたか」


男は短く言った。


「えっと……」


アタルが戸惑っていると、リリアが元気よく口を開く。


「この人がお兄ちゃん助けてくれたんだよ!」


そう言われて初めて気づく。


身体の痛みがほとんどない。


折れていたはずの骨も完全に治っている。


「回復魔法の類か……」


思わず呟く。


高位治癒術だ。


この時代で扱える者はかなり限られる。


男は少し目を細めた。


「詳しいな」


「……本で読んだことがあります」


咄嗟に誤魔化す。


「そうか」


男は深く追及しなかった。


アタルは軽く頭を下げる。


「ありがとうございました」


「妹だけじゃなく、村のみんなも守ってくれて」


「礼には及ばない。元気そうで何よりだ」


その時。


セレナがアタルの頭を軽く叩く。


「もうあんな無茶しちゃダメよ」


「……善処します」


「絶対しなさい」


即答だった。


 


だが。


男の表情が少し真剣になる。


「その件についてだが」


空気が変わる。


「君が、あの魔物の群れを相手にしていたのか?」


「……っ」


まずい。


アタルの背筋に冷たいものが走る。


下手に目立つのは危険だ。


前世のこと。


力のこと。


ややこしいことになる。


そう思い、適当に誤魔化そうとした、その瞬間。


「お兄ちゃんがね!」


「ばばーんってやって!」


「しゅんっ!って消えて!」


「魔物がどーん!ってなったの!」


妹たちが全部喋った。


しかも盛りながら。


「……」


「……」


部屋が静まり返る。


セレナは絶句していた。


男は感心していた。


アタルは静かに天井を見上げた。


終わった。


 


しばらくして。


男は深く息を吐く。


「……なるほどな」


そして懐から、一通の封筒を取り出した。


「これは?」


「俺はアークレイア王国近衛騎士団団長ヴァルディス・クロイツだ」


かなり偉い人だった。


アタルの顔が少し引きつる。


クロイツは続ける。


「君のお母さんから事情は聞いている」


「身体が弱いことも、王都へ行きたがっていることもな」


「……!」


セレナが気まずそうに目を逸らす。


クロイツは封筒を差し出した。


「そこで提案だ」


「王都にある英雄学園エルディアスの入学試験を受けてみないか?」


「……英雄学園?」


初めて聞く名前だった。


クロイツは椅子に腰掛けながら語る。


「《エルディアス》は王国最高峰の育成機関だ」


「騎士、魔導士、戦士――未来ある若者を集め育成する」


「特に実力主義でな。身分も血統も関係ない」


「強いやつが上に立つ」


アタルは静かに聞いていた。


「君みたいな若者を、あそこは求めている」


「推薦状は俺が書いてやる」


「だが入学試験は別だ。受かるかどうかは実力次第」


クロイツは少し笑った。


「……だが、君なら受かるだろう」


そして真っ直ぐアタルを見る。


「どうだ?」


「俺と一緒に王都へ来ないか」


願ってもない話だった。


アタルが王都へ行きたかった理由。


それが、一気に目の前へ転がり込んできた。


「……」


クロイツは立ち上がる。


「返事は明日でいい」


「また来る」


そう言い残し、部屋を後にした。


 


だが。


当然、セレナは反対した。


「ダメよ!!」


珍しく声を荒げる。


「死にかけたのよ!?」


「王都なんてもっと危険じゃない!」


フィナとリリナも涙目だ。


「やだぁ……」


「お兄ちゃん行っちゃやだ……」


胸が痛んだ。


それでも。


アタルは静かに言う。


「母さん、フィア、リリア」


「僕、行きたいんだ」


「今のままじゃ、きっと後悔する」


「……」


「強くなりたい」


その瞳を見て。


セレナも妹たちも何も言えなくなった。


この子は昔からそうだ。


優しくて。


誰かのために無茶をする。


まるで、自分の命を軽く扱うみたいに。


だからこそ怖かった。


失ってしまいそうで。


「わかった、でも」


「……絶対、帰ってくるって約束して」


震える声。


アタルは迷わず頷く。


「うん」


「約束する」


長い沈黙。


やがて。


セレナは涙を拭い、小さく笑った。


「……もう」


「昔から頑固なんだから」


 


翌朝。


クロイツが再び家を訪れる。


「返事は決まったか?」


アタルは真っ直ぐ答えた。


「行きます」


クロイツは静かに頷く。


「そうか」


「君の家族と村は、我々騎士団が責任を持って保護する」


「それは約束しよう」


その言葉に、アタルの表情が少しだけ和らぐ。


 


出発の準備はすぐに整った。


薬。


旅用の装備。


保存食。


セレナは必要以上に荷物を詰め込んでいた。


「母さん、多いって」


「多くないわ」


「絶対多い」


「ちゃんと薬飲むのよ?」


「うん」


「無理したらダメ」


「うん」


「ちゃんと寝るのよ?」


「……うん」


過保護だった。


 


ガルドは不器用に頭を掻く。


「困ったらすぐ帰ってこい」


「お前の帰る場所は、ここにある」


「……うん」


フィナとリリナは大号泣だった。


「お兄ちゃん絶対帰ってきてねぇ……!」


「もちろん、必ず帰ってくる」


少し笑う。


朝日が村を照らしていた。


アタルは振り返る。


平和な村。


大切な家族。


守りたいもの。


そのすべてを胸に刻み。


少年は今。


運命の始まりとなる王都へ向かう。


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