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王妃様の弟殿下に一服盛ってしまった結果  作者: もも
毒茶、飲ませました
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2/16

第2話 抹殺してやる!!!!! モルゲンロート公爵!!

 ギーゼラとリーゼロッテの姉妹関係は少々難しい。


 リーゼロッテが正式な結婚を経て生まれた嫡子である一方、ギーゼラは庶子なのだ。


 母の身分が物を言うツヴィーリヒト王国の貴族社会では、公的な扱いに大きな差が出る。

 リーゼロッテはまごうことなく公爵令嬢として遇されたが、ギーゼラは公爵令嬢の称号を与えられなかった。ただ「デーマルング嬢」とだけ呼ばれている。


 何故このようなことが起きてしまったか。

 姉妹の父デーマルング公ルドルフが好色だったからというわけではない。


 もともとデーマルング家当主のルドルフは、次男坊で家督を継ぐ教育を受けたわけではなかった。かなり自由に過ごしており、本人曰く「風来坊」だったという。

 そんな風来坊な彼は、いつしか下級貴族の未亡人と同棲するようになった。内縁関係というものだ。ふたりの間には子供まで生まれる。ギーゼラだ。


 名門であるデーマルング家ではルドルフの行状は認められない。

 ところが、状況は一変する。


 家督を継ぐ予定だったルドルフの兄が不審死を遂げる。ルドルフが呼び戻されて急遽きゅうきょ世継ぎに立てられ、デーマルング家の当主となった。

 そうするとデーマルング家の当主にふさわしい家格の妻を迎えなければならないということで、名門貴族の娘エリーザベトを正式な妻に迎える。その結果生まれたのがリーゼロッテ。


 ギーゼラの身分は宙に浮くことになったが、エリーザベトの度量は広かった。

 実の母が同時期に亡くなって身寄りのいなくなっていたギーゼラを手元に引き取り、リーゼロッテとともに我が子同然に愛情深く育てたのだ。

 リーゼロッテもギーゼラを姉として慕ってくれる。


 ギーゼラにとって、自分に深い愛情を掛けてくれたエリーザベトとリーゼロッテは何よりも大切な存在だ。もちろん父も。


 それに、とギーゼラは思う。


(リーゼロッテ様はありえないくらい可愛い……)


 大きくぱっちりとした目。翡翠を思わす緑の瞳。ぷるぷるとした唇。もっちりとした頬。

 華奢でほっそりとした体つき。

 性格も明るくて元気。


 妹のことを考えるだけで世界が薔薇色に染まる。


 ──ふふふふふふ。


 王宮の廊下をしずしずと歩きながら、ギーゼラは妹可愛さに頬を緩めた。


(おっと、いけない)


 すぐに顔を引き締める。


 モルゲンロート家の人間により撒かれたと思われる糞尿の匂いがリーゼロッテに移ってしまった。

 早く王太子妃の部屋へ戻り、香水を取りに行かなくてはならない。


 下品にならないようバタバタ走らず、だが着実に急いで歩く。


 しかし、もうすぐで王太子妃の部屋へと着く頃、男性たちの一団が廊下の向こう側からやってきた。王と廷臣たちだ。


(うわー、運が悪い!)


 礼を失さないように完璧なカーテシーをする。ギーゼラの心は焦った。

 王と廷臣たちの行列はやや長い。しかももっとも敬意を表さなければいけない存在。足止めを食らった、とギーゼラは内心で歯噛みする。


 集団の中心にいたのはもちろん王。

 だが、その隣に控えているのは、金髪で水底のような青い瞳をした少壮の男。

 デーマルング家の仇敵であるモルゲンロート家の若き当主、モルゲンロート公ヴァルターだった。王妃の弟だ。


 くわっ、とギーゼラは目を見開く。


 王の穏やかな声とヴァルターの怜悧な声が交互に響いた。


「では、所領の件で弟と揉めていた領主の訴えは聞き入れたのだな」

「ええ。精査しましたところ、兄領主の訴えのほうが法にかなっておりましたので」

「それはよかった」

「それから陛下、国王諮問会議における資料を作成しました」

「おお、ありがとう」


 ギーゼラは奥歯をさらに噛んだ。


(お父様のほうが経験も実績もあるわ。なぜ陛下はお父様をそばにおかないで()()のモルゲンロート公爵ばかりそばに置くのかしら……)


 ヴァルターはギーゼラより()()である。()()呼ばわりされる筋合いはないのだが、ギーゼラはともかく悔しかった。


(……それに)


 政治手法が冷徹だ。


 世間ではヴァルターを「王の参謀役」という。

 たしか年齢は三十代に手が届くくらいだったと思うが、忠誠心は高く聡明怜悧で極めて優秀。彼の手腕でさまざまな係争が解決している。

 しかし、目的のために冷酷な手段を取ることを厭わない。


 以前、王国西部のある地域で税の未払いが起きていた。ヴァルターはその地域を治める代官や農民の代表者を呼び寄せると冷徹にも公開処刑を命じた。

 それから農民たちは恐怖のあまり税をきっちりと収めるようになった。


(そんなの、税を収めない理由があるに決まってるじゃない……! ただでさえ暮らしが大変な農民に対して残酷なことをして何になるの!?)


 ギーゼラの父のルドルフであれば代官や農民の代表者から事情を聞き、対策を練るはずだ。

 ところが、今ルドルフは領地に引っ込んでいる。モルゲンロート公爵のやりように嫌気が差したからだ。


(悔しい⋯⋯悔しいわ⋯⋯!)


 ギーゼラは表情一つ変えず優雅にカーテシーをしながら、内心は口惜しさの炎で心が焼け焦げていた。


 少し視線をあげると、ヴァルターがギーゼラのほうをそっと見つめているのに気付いた。


(は? こっち向くな)


 王がヴァルターに声を掛ける。


「では参ろうか」

「はい」


 王と廷臣たちの集団は去っていった。


 緊張の糸が緩んだギーゼラは、ふう、と息をつく。

 香水を取りに急いで王太子妃の部屋へと向かった。


 薔薇の香りの香水瓶を手に取ると、王太子妃の部屋を出た。

 何故かヴァルターが先程の場所にいた。王はいないので、一人で戻ってきたらしい。

 ギーゼラは柱の陰にひらりと身を隠す。


(……何)


 誰かと話すヴァルターの声が聞こえた。


「⋯⋯王太子妃の進路を無事妨害できたか?」

「はい。旦那様。糞尿を撒きました」


 全身の血が凍りつくかと思った。ギーゼラの香水瓶を持つ手がぶるぶると震える。

 ヴァルターの冷たい理知的な声が響く。


「王太子殿下が王太子妃を寵愛することがあってはならない。デーマルング家の血を引く世継ぎを作られては面倒だ。穏便に遠ざけ側妃をモルゲンロート家からお出しする。そちらに世継ぎを作らせる」


(⋯⋯し、死ね⋯⋯)


 人生で最も殺意が湧いた瞬間だった。


(この男を、殺す⋯⋯)


 どれだけリーゼロッテが悲しんだか。どれだけリーゼロッテが苦しんでいるか。


(許さない⋯⋯)


 妹を何よりも愛するギーゼラは唇を噛んだ。その唇から血が流れ出る。

 香水瓶をしっかりと抱きしめる。


(抹殺してやる!!!!! モルゲンロート公爵!!)


 柱から離れて別の道を通って王太子の部屋へと向かいながら、ギーゼラは覚悟を決めた。


 内心は殺意マシマシ、外見は香水瓶を持って非常に優雅に歩いているギーゼラの姿を、後ろからヴァルターが悩ましげな視線で見ていることには一切気づかなかった。



 さて、殺すとなればどこでどうするか。

 もともとギーゼラは医学や薬学に詳しいので、ありとあらゆる方法が浮かんできた。


(一番穏便なのは病死に見せかけて毒殺することね)


 毒を選べば、毒と悟らせずに盛ることは可能だ。無味無臭で水にしか思えない毒もある。毒茸どくきのこや毒草を選べば、栄養価の高く美味である茸や薬草と取り違えて食べさせることもできる。


 夜ごとにモルゲンロート公爵暗殺計画を練った。


(あとはどうモルゲンロート公爵をおびき出すか⋯⋯)


 足がつくことは絶対に避けたい。

 料理人でも買収するか。


 ギーゼラはたまたま機会があり、ヴァルターの食事風景を影からこっそり見た。


(ぐっ!)


 彼は食事中も執務に励んでいたが、横には毒見役がいた。

 しかも銀器を使っている。


(毒見役なんて使うんじゃないわよ! 人の命を大事にしなさいよ!!!)


 ギーゼラのような人間がいるからヴァルターは毒見役を雇っているのだが、ともかく彼女は歯噛みした。


(しかも……。私の手持ちの毒で無味無臭の毒は銀に反応してしまう……! 毒をどこかから仕入れる? どうする……?)


 どこかから毒を仕入れば、父や義母にばれて不審がられるのがオチだ。


(どうする? どうしよう……) 


 ギーゼラは頭痛を覚えてこめかみを押さえ、座り込んだ。


 その姿をヴァルターが心配そうに見つめているのに、彼女は一切気付かなかった。

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