第4話 皇帝の決意
「ご苦労諸君。玉座は話すのに向かん。緊急だ。ここへ集まってもらった」
ここは、皇帝ウィンザルフの居館にある貴賓室。既に監視員を除き、事を知る人物は集合していた。
「お休みのところ誠に申し訳ありません、陛下」
「構わん、ノルンより状況は聞いている。さっさと本題に入ってくれ」
ウィンザルフも緊急性を察してか、カーライルの口上は無用と話を進めるよう促す。
「はっ、それでは私から。事の擦り合わせと、今後の対応について具申いたします」
パルテールは魔法陣の反応や目視したその姿形、現在の進行方向などを説明し、自身とカーライル、カデシュの意を添えて、相手は神獣ロードフェニクスであるとの結論をウィンザルフに伝えた。
「ふむ。ゆるりと茶を飲みながら書物を読んでいたと思ったら、数刻後には亡国の危機とはな」
笑いながらそういうウィンザルフだったが、目が全く笑っていない。『亡国』という言葉に、本人を除く全員に改めて緊張感が走る。
「続きを」
「はっ。すぐさまマイルズのドリード卿へ連絡し、騎士団にて神獣の後を追うよう、命を発するべきかと。これは、討伐や拘束の為ではなく、神獣の被害を受けた領土のすみやかな把握の為です。あと、野に居る無謀な冒険者や野盗がいた場合、神獣に攻撃を与える可能性もゼロではありません。万が一、危害を加えて神獣の気に触ればそれこそ――――」
「国は亡ぶ…か。余には後者が主のように聞こえたが」
「…仰せの通りです」
「パルテールの言う通りだ。そのようにしよう。カーライル」
「はっ。私もパルテールと同意見です。加えて、もし神獣が地上に降り立った場合、そこは”魔素溜り”となって強力な魔物の巣窟となるのは明白でしょう。それに神獣ほどの魔力で出来た魔素溜りからなら、これまでに無い規模の魔物大行進が発生する可能性もございます。こうなってしまうと、仮に神獣の被害が無くとも甚大な被害が予想されます」
「なるほどな。カーライルの申す事ももっともだ。そうなるとマイルズの騎士団だけでは心許ない。ここからも速やかに兵を出そう。仮に運よく神獣が何もせず領土を去ったとしても、民たちはこの地を恐れ、土地を捨ててしまう可能性がある。そのような事にならぬよう、帝都の騎士団が出撃し、国内を見回る事によって、大事無しである事を喧伝する事も出来よう」
「御英断にございます。陛下」
(若くして配下の言を言外も含め即理解し、柔軟に対応し、お決めになる迅速な決断力とその先をも見通される先見性。この方さえ居られれば、帝国の更なる繁栄は間違いない)
「では陛下。先帝陛下と共に南部のビターシャまでご移動願います。かの城塞都市ならば、神獣との距離も取れまするし、万が一の事態になりましても、都としての役も果たせましょう」
「何を言うカーライル。私も騎士団と共にゆくぞ」
「そっ、」
――――それだけはなりませんっ、陛下!!
カーライル、パルテール、ノルン、カデシュの声が貴賓室に響き渡る。
「ノルンと翁まで大きな声を出すのだな」
ククッと笑うウィンザルフに、ノルンとカデシュが慌てる。
「た、大変失礼致しました。しかし陛下。どうか爺の最後の頼みと思うて、ここはご自重下さいませ!」
カデシュは額に汗をかきながら、ウィンザルフに懇願する。
「カデシュ老の言う通りです陛下! 陛下に万が一の事があれば、帝国はどうなります!」
「私もカーライル殿と同じでございます。陛下がご存命である限り、この国は何度でも蘇ります!」
その後もカーライルとパルテールは滔々と説得するが、
「ふむ、二人とも、あまり時間は無いのではないか? 余を案ずるお前たちの心は十分に伝わった。しかし、もし戦となれば帝国の全戦力をもってしても、かの神獣を滅ぼすことは敵わぬのであろう? カーライル」
「っつ!…見込みは薄いかと」
「パルテールはどうだ?」
「…残念ながら、不可能にございます」
「翁、ノルンも聞いたな? 帝国軍最高クラスの力をもつ二人がそういうなら、そういう事よ。ならば、アルバート帝国皇帝として戦うまでだ」
◇ ◇ ◇ ◇
強化魔法に優れた百名の団員達を率いて、先頭を駆けるマイルズ騎士団長ボルツに、すぐ後ろを走る通信士が声を上げる。
「団長! アルバニアより伝令! アルバニア騎士団、魔法師団の混合部隊五百名が先程アルバニアを出陣! 目標はスルト! マイルズ隊もスルトへ向け、可能な限り駆け続けよとの事です!」
「やはりスルトか。了解だ!」
通信士とは各都市に配備されている、騎士団に所属する陣魔法師で、その国特有の魔法陣を使い、長大な距離の通信魔法を扱う職に就くものをいう。
平時は都市間連絡員だが、戦時は当然出陣する。ボルツの後ろを走る通信士もマイルズに所属する三人の通信士の内の一人だ。
「全隊よく聞け! 目標は事前に話した通りスルトだ! 通常なら五日かかるが、このペースで駆ければ二日で到着できるはずだ。気合で馬に強化魔法を掛け続けろ! 通信士より先にバテた奴は、帰ったら特別訓練だ! そのつもりで駆けろ!」
ボルツは部下達に目標を伝えるついでに、檄を飛ばす。
彼らの多くは近接戦に特化した騎士である。近接戦では無属性魔法である身体強化や、武器強化が物をいう。
また、彼らは騎乗する馬にも強化魔法をかける事ができるので、一日中馬を走らせることも可能なのである。このような強行軍は彼らの得意とするところだった。
それに引き換え通信士は陣魔法師であるため、強化魔法も使えなくはないが専門外なのである。
「団長~そりゃないっすよ~」
「陣魔法師より先にバテたら流石にダメだろ」
「なぁ、どうやってションベンすりゃいいんだ?」
「漏らせよ。仕方ねぇから笑ってやる」
「いやいや、お前ら。二日眠れない事確定だぞ?」
馬を駆けさせながら思い思いに喋る団員達。だが、これは決して状況を楽しんでいるのではない。
襲い来る恐怖から少しでも気を紛らわせているに過ぎなかった。




