みんな…仲よく温泉だよ
山間の旅館の露天の湯も宵の口を過ぎると、すっかりと温泉地の風情がにじみでてくる。
ただの物見遊山でこの場にいるのなら、どれほど心からの極楽を堪能できたであろうか。
隼人に続いて、ジャッファも気が付いた様だ。
戦いの為の力を得ようと旅を始めたというのに、目的のエルフの郷にもたどり着けないうちに、またもやあの老騎士に出会ってしまった。
(クッ よりによって、丸腰のこんなところで。まさか俺たちを追ってきたのか?)
湯気にでも、隠れるようにうつむいてこの災難が去ってくれるように願う。
二人の焦りも露ほども知らず、エルは国内随一の剣豪に出会った事に顔をほころばせている。
伯爵という上位の地位にいながら年配の騎士をたてて、湯船から立ち上がると軽い会釈をする。
隼人、
(あちゃーっ! エルの知り合いかよ。スルーしていってくれ~)
隼人達も立ち上がり、エルの後ろに控える様にかくれて会釈する。
「いや、この国のかなめ、辺境伯殿にそのように、丁寧な挨拶をされては、一介の騎士である此の老兵、身の縮む思いでござる。国を離れ、この大森林の寂れ宿、老いも若きも訳隔てなく、只々気楽に宝の湯を楽しめばよろしいでしょう」
「のう!……山賊のせがれども」
(クッ!…ですよね~気が付かないわけがないよな。イージー、脱衣所のリュックの無限収納から此処までグロッグを取り出せるか?)
(可能です。今ならば、イザークも丸腰。打ち取れる可能性は高いと思われます。しかしイザークの今の状態、戦う気はまるでないようです。低い心拍数、柔らかいα波を感じます。奥さんを連れている事から、完全な家族旅行の最中にたまたま出くわした、と言ったところでしょう。様子を見るべきです。エルの知り合いでもある事ですし、我らに害を及ぼすことはないと判断します)
「コートジオール辺境伯殿の連れであったとは、意外や意外。全くおぬしらのお陰で、契約の給金を減らされてしまったわい。 とんだ悪さをしてくれおって。おおっ そうじゃ、あの時のドワーフの騎士も一緒に来ているのか? 話をしてみたかったのだ」
隼人は、エルの後ろから進み出ると、
「アハハ! どうもその節は。…………ドワーフのおっさんは、別に動いています。元々俺たちと行動を共にしているわけではなかったので、此のジャッファの弟弟子が知り合いだった為に、助けに現れたようです。おかげで命拾いしました。」
エルも、隼人たちの襲撃の話は聞いているので助け船を出す。
「この者たちの取った行動は、褒められたものではありませんが、私が王都勤めの際に、どうしてもとアルトマン公爵に進められて雇った代官が我が領土の財をかすめたのが原因でありまして、泣きを見る民を見かねての事と聞いております。まだ若い者達でもあり、義憤に駆られての事と許してやってください。」
隼人、黙って首を振る。
(そうです。そうです。聞いてやって!)
「わたしが、アルトマン公爵の策略に気付かぬばかりに、領民に辛い思いを今回はさせてしまったようです」
(そうだよ! 代官くらい自分の家来の中から探しておけよ。此の遊び人…)
「どれ、立ち話もなんじゃ。浸かりながら話そうかの」
二人そろって、隼人たちの湯船に入ってくる。
「私は、あちらで湯を楽しんでまいります」
奥方は、男達の話に気を利かせて離れていった。
隼人、
(では、僕もあちらで…てっ いてててっ)
ジャッファが、睨みながら湯の下で思いっきり隼人の腕を掴んだ。
(なんで、考えている事が分かった~?)
(お前の、目線が不埒なんだよ! ちゃんと話を聞いておけ!)
イザークが、伸びたひげをさする。
「そうであったか。ワシも給金の高さに目を奪われ気楽に護衛など引き受けてしまったが、辺境伯殿にとっては、迷惑な仕事を引き受けてしまったという事だったようじゃ」
其の後もエルによって、隣国アルフヘイム皇国と繋がり国の転覆を謀とするアルトマンの動きも事細かくイザークに話して聞かせた。
「そうじゃな、アルフヘイム皇国に近い領土を持つ北の貴族達などは、どうしても南の海に面したあたたかな領地を、たとえ飛び地であっても欲しがるからな。だが国を割っての戦に繋がる事は、許せるものでは無い。この儂も現王の剣と誓った男爵なればなおさらじゃ」
イザークが、隼人とジャッファに向き直る。
「おい! 青年たちよ、此度の一件。このコートジオール辺境伯殿に免じて水に流してやろう。此の辺境伯殿に加勢し、アルトマンの策略を邪魔するもよし、現王派に対峙することなく、動き回るならばこの儂の敵ではない。安心するがよい」
(うおっ! 助かったのか? 持つべきものは辺境伯様の友達? エルも役に立つじゃないか)
「ありがとうございます。この前のイザーク様との一戦にて、自分の力の無さを思い知らされました。俺にはまだ倒すべき敵、ベベルと言う魔法使いが、います。此の宿も力を得るためにエルフの郷へと向かう道中に立ち寄ったものです。イザーク様との偶然にして和解が叶い、助かりました。」
(温泉なだけに、お湯に流してくれたんだね)
イザーク、
「しかし、これを聞いてこの儂が何も助太刀できぬというのも現王の剣を自負する名に恥じる事となるの。辺境伯殿と行動を共にして更なる情報がほしいところ。されど小さくとも領地を任された身なれば、そうそうに動きも取れん」
「おおっ そうじゃ」
「パンパン!」
「クロエ! 来なさい」
イザークの呼びかけに応じ、脱衣所の扉を開ける音がする。
皆の視線を集める中、湯気の向こうから質素ないで立ちの赤い髪を伸ばした一人の少女が姿を現した。
片膝をつき、控える小柄な少女。
「この者は、ワシの女房殿の身のまわりの世話を頼んでいる者だが、なかなかに身軽で腕も立つ。少々儂が剣法も仕込んでいるが筋もいい。若いが中々に役に立つ便利なおなごヨ。エルモ殿、しばらく儂の代わりに此の者を側においてはくれまいか? 足手まといとなるならば、いつでも返してよいのでな」
「イザーク殿の家のご家中であれば、何とも心強い。ありがたくお借りする」
「よろしくな、クロエ」
「はい! 辺境伯様のお力になれることをうれしく思います。宜しくお願いします」
(オーッ 女子きた~。しかも赤髪!)
隼人は、一行に女子が加わるという展開に思わず頬が緩む。
周りが、一斉に隼人を振り向いた。
(えっ! なにか?)
ジャッファ、
「隼人、心の声が漏れ出でいるぞ」
「ガハハハハッ! 若い者は、素直でけっこう! 長話で湯にでもあたったのじゃろう。愉快じゃ。さあ上がって皆で酒でも飲もうかの。ワハハハ」
イザークが、笑いながら湯船から立ち上がった。




