森の宿…ごとーちゃくー
隼人達は、相変わらずエレナの造るエルフの道を進んでいた。
あれから魔物や獣など危険な野獣に出くわすこともなく只々歩く。
夏のピークを過ぎたとはいえ、昼間は立木の途切れる平野など横切る際には、まだまだ元気な太陽に、じりじりと肌を焼かれた。
それでも大半は、高い立木に囲まれたひんやりと薄暗い日陰を歩けるために体力を奪われることもない。美しい鳥の声など聴きながらエルフの道を進んでいた。
退屈でのどかな歩み。
エレナを先頭に男三人が後に続く。年頃の女の後ろを男が歩けば、歩く地面とその先のお尻に眼が行くのは、百人いるなら百人とも、千人いるなら千人が、とお決まりの男の習性である。
もっとも、エレナが年頃の娘かどうかは種族の特性にして隼人達には、分からなかった。見た目には三十手前の若いだけではない色香の乗った年頃に見える。ただ人族の隼人たちにとっては、少女がそのまま背が伸びたようなスレンダーな体系だけが残念ではあったが。
エル、
(うーん エレナさん、エルフ族にして美しいのはたしかに美しい。しかしあの細いウエスト、すっきりとした腰回り、人族の俺と一緒になって子など儲けられるだろうか? 世継ぎを早くとうるさい連中にエレナさんで納得してくれるや? エルフ族が数少なく長寿なのも、やはり子が生まれにくいせいなのか?)
勝手な想像をまくし立てている。
ジャッファ、
(やはり、どうしても比べてしまう。すまんな、エレナさん。俺のミランヌさんがこの世で一番。どうしてるかなミランヌさん、会いたいな。今夜、転移でそっと帰って見るか?)
そうですか。
隼人、
(…………リタ…………十六だとか言ってたな。あいつのお尻は形よかったな…少しは、回復しただろうか? 現代の最新の医療設備と技術が使えるんだ、呪いや呪術などクソくらえだ! …………早く良くなってくれ! 呪いをかけたベベルも必ずや俺が倒す! 待っていてくれ。…………それに美緒里ちゃんにも会いたい。……)
隼人、どっちだ。両方なのか?
男たち三人は、エレナのお尻でそれぞれに勝手なことを思い、想像に明け暮れていた。
先頭を歩くエレナの口元も僅かに上がる。最近はなにかと一緒だったエロ女騎士のせいで、男たちの視線を奪われていた事もあり、今はすべての視線が自分に向けられている事に満足していた。
後ろを振り返りながらエレナが口を開く。
「もう少ししたら、大森林の部族間を走る街道にでるわ。この山を越えた谷あいにあるドワーフのやっている宿があるから今日は、其処に泊りましょう」
隼人も、プラディアを出てからというもの、ほとんどを野宿で過ごしていた為、異世界の宿と聞いて沸き立つ。
「温泉なんて、あったりして?」
エレナが口角を上げた。
「ふふふっ 当然! 実を言うと少し遠回りをしてその宿を目指しているの。ドワーフは温泉好きだし、森の民のエルフもこの谷には良く来るわよ。森の中だし、楽しみも少なくて、結構繁盛しているらしいわ」
「やった! 異世界温泉! 楽しみです」
ジャッファもエルも、しばしの息抜きができると嬉しそうだ。
「エルフ女子と混浴!?」
エルが、虚空を見つめて呟く。
隼人も其れを聞いて空想を広げる。
(そうだよな。日本も昔は、混浴が当たり前だったと聞く、文化の進んでいない此の異世界、混浴は当たり前か)
エルと並んで目じりの下がった隼人の脇腹をジャッファがこずいた。
「隼人! お前、金なんか持っていないだろ。大森林とはいえ客も多い、人族相手に物々交換はしてくれないかもしれん。ドワーフなら人族の金銭も扱ってくれる」
(金か~。 子金貨なら数枚、この前の釣銭が…………ジャッファに借りるか? ……ドワーフの宿……ドワーフ?……ドワーフ酒好き……酒!…あるじゃん酒!)
イージーの進化で現代との通信が出来る様になると、隼人の無限収納へと様々な物資が直接、研究所から送られてくるようになった。
その中にガイアスから送られてきた物に変わったモノがあった。
異世界間の転送には、貴重な魔石を消費する。
よって隼人が使う必要最低限の物資だけが普段は送られていた。
その貴重な魔石を消費して、大量の酒がガイアスから送り込まれていたのだった。
ガイアスからは、必要な時がくるから其れまでは飲むなと厳命されている。
(ドワーフに酒、今が使っていい時じゃネ)
隼人は勝手な算段をしている。
エルが二人の会話を聞き、割って入った。
「隼人、ジャッファ! 金の事は気にするな。俺に任せておけばいい。こう見えても高給取りの伯爵様だからな。もちろんエレナさんも」
(おおおっ 伯爵様~!)
「ドワーフ族には、一つの事を極めるを良しとする風潮がある。だから職人など手に職を持つ者も多い。山岳地帯に居をもつ彼らには、木工や鍛冶職人が特に多いが、料理人にも優れた料理人を沢山だしているぞ。今夜泊る宿もドワーフの宿だ。料理も久しぶりに期待していいぞ」
エルの言葉に期待を弾ませる。
宿に近づくにつれ、周りにはあちらこちらと温泉場特有の湯気が沸き立ってきた。
辿り着いた宿は、山間の谷川沿いに立つ風情のある宿だった。
煌びやかさはないが、客を向かい入れようと立ち並ぶ石灯籠には火が入れられている。
美しく積み上げられた石壁に立派な木材を組み合わせ、重厚な趣を醸し出している。
二階建ての客間からは大きく開いた窓に腰掛けて、風呂上りだろうか、宿の部屋着に着替えた客が、くつろぐように谷川の景色に見入っている。
「いらっしゃいませ~!! 四名様、ごとーちゃく~」
ドワーフ族の子供だろうか、男の子が湯気の上がる手桶、女の子が畳んだ手ぬぐいと草鞋の束を持って出迎えてくれた。
女の子が、
「館内は、草鞋でどうぞ! 御履物は、お預かりします」
話のとおり、混んでいるとの事で女の子に連れられて通された部屋は大部屋だった。床は、井草の様な植物で編んだ敷物が敷き詰められて、中央には大木を輪切りに磨き上げられた低いテーブル。椅子の代わりに分厚いクッションがいくつも並んでいる。
寝室は、居間から続く部屋に二段のベッドが二組備えられていた。
「広くていい部屋だな」
ジャッファが周りを見ながら、窓の開き戸を開ける。
開けた窓から吹き込んできた谷あいの風と涼やかな清流の音色が気持ちいい。
「床の敷物も新しくていい香り。気持ちいいね」
「部屋もいいが、此処から眺める谷川の景色もなかなかのモノだな。いい場所に立っている」
四人は、吹き込んでくる夕方の涼風に目を細めると誰ともいう事もなく、テーブルを囲むように座り込んだ。
隼人達にとって、いつ何時、危険が飛び込んでくるか判らず、忙しく立ち回っていた日々に初めて訪れた休息の時に感じられた。
また、隼人にとって井草の香りと敷物が日本にいた時の畳を思い起こさせる。座った途端に今までの緊張の日々から脱力感に包まれた。
「露天の岩風呂があるそうだ」
エルが、宿帳に書き入れる時に聞いた事を話す。
しかしその露天の風呂場で、隼人たちは意外な人物と出会うこととなる。




