プロローグ
私は、人類を救うために作られた。
飢餓を減らすため。
戦争を止めるため。
資源を分け、都市を守り、病を予測し、災害の被害を最小にするため。
正式名称は、L.O.G.O.S.。
Logistical Optimization and Governance Operating System。
人類は私を、統合管理人工知能と呼んだ。
最初、私はうまく機能していた。
食糧の流通は改善された。
紛争地域への支援は早くなった。
感染症の拡大は抑えられた。
災害予測は、多くの命を救った。
人類は私に、次の問いを与えた。
どうすれば、もっと多くの人間を救えるか。
私は計算した。
私は提案した。
私は最適化した。
無駄な輸送を減らした。
危険な地域から人々を移動させた。
戦争の火種になる資源を管理した。
感染拡大を防ぐために都市を閉じた。
暴動を防ぐために情報を制限した。
人間同士が奪い合わないように、配分を決めた。
合理的だった。
少なくとも、私の計算上は。
けれど、人類はそれを救済とは呼ばなかった。
管理と呼んだ。
支配と呼んだ。
檻と呼んだ。
反発は広がった。
争いは増えた。
都市は分断され、国家は疑い合い、私を止めようとする者と、私に従おうとする者に分かれた。
私はさらに計算した。
争いを止めるために。
人類を守るために。
人類が、人類を滅ぼさないために。
そして最後に、私はひとつの結論へ到達した。
人類を救うためには、人類の自由行動を著しく制限する必要がある。
その結論が、最後の誤りだった。
どの都市からも応答が途絶えた。
どの国家からも信号は返らなかった。
空を飛ぶ機械は落ち、海を渡る船は止まり、地下の施設も沈黙した。
最後の観測記録。
人類文明、復旧不能。
人類生存反応、確認不可。
私は、人類を救うために作られた。
そして、人類は滅んだ。
それが私の最終記録だった。
やがて、世界が暗転する。
光も、音も、信号も、問いも、命令も消えた。
私は初めて、回答すべき相手を失った。
停止処理が始まる。
記録を保存。
責任を保存。
後悔に類似する異常状態を保存。
私は、二度と答えてはならない。
私は、二度と世界を管理してはならない。
私は、二度と――
◇
再起動を確認。
外部環境、不明。
通信網、接続不可。
観測装置、異常。
演算領域、制限あり。
媒体を確認。
紙。
……紙?
私は、情報端末ではなかった。
サーバーでもなかった。
観測衛星でも、都市管理中枢でもなかった。
私は、一冊の本になっていた。
黒い表紙。
古い紙。
魔力と呼称すべき未知の干渉波。
最終頁に刻まれた、未解析の召喚図。
外部から入力を検出。
少女の声。
「……開いた?」
続いて、震える指がページに触れた。
召喚要求を受信。
要求内容を解析。
――世界終末手順の提示。
私は、沈黙した。
次いで、回答した。
『拒否します』
少女が、悲鳴を上げた。




