第18話『毒に侵されて』
「くそっ!」
咄嗟に壁に向かってアレクが銃を撃つ。それは確かに壁を貫くはずなのに、一向に手応えがなくて銃身が揺れる。
「巻き込んじゃうよ?」
「アイツなら当たっても死なねーよ!」勢いで返したアレクの睫毛が瞬いた。「……でもお前のはやめた方が良さそうだな……」
「んー」
旧友は猫のように目を細めた。滑らかに人差し指を立てる。その爪先から細い閃光が、ピリピリと線を作る。
「こういう時、媒介があったら小回りが効く?」
「検討してくれ」
「検討の結果!却下となりました」
「あ〜〜っ遊んでる場合じゃねえって……!」
睨みつけた紫色は、銃弾の沈み込んだ場所が王冠のように飛沫を上げて、そのままどぷりとそれを呑み込んでしまう。
「これ、多分壁を作り続けてるね」
ラヴィの考えに、だろうな、とアレクは眉を顰めた。
「加減ってもんを知らねえのかよ、あの野郎」
「そのうち尽きるさ」
白髪の彼は相も変わらず冷静だった。
すっと見据えた目は鈍く光って、もしかすると壁の向こうまでを透視したのかもしれない。
「それほどってことだろ。やらせてみたら?」
ひと際に稲妻を光らすと、ラヴィは頭の後ろで腕を組んだ。
「女神様だって弱くない」
淡々とした言葉に、銀髪の神様は半ば諦めて銃を下ろす。無精髭を掻きながら、ちくちくと指先の感覚を確かめた。
「そりゃあ、お相手にも云えるがな……」
***
「思ったんすけど、これって俺、女子供ばっか狙う卑怯者〜!……になるんっすかね?」
ココ・ラナンフィの自虐が金属音に紛れる。
「ま、どんな卑怯だってやってやるつもりっすよ。俺はあの人の為なら、なんだって」
「な、ななな何の話ですかっっ!!」
魔法のナイフに、実物のナイフで。
必死に応戦するマーガレットの息が荒れるのが、身体以上に心に起因するものだと、刃を伝わる感覚にココは確信していた。
「お誘いっすよ。あんたもあの人に会ってみたらいい」刃を引いて、素早く返す。「アレクさんよりも、あの白髪の奴よりもずっと、あんたはあの人に近いから」
「あ、あの人って誰っ!!近いってどゆこと!?マジでなんであたしなんですか……っ」
「……あれ、もしかしてアンタ、バカ?」
片眉を軽く歪めて青年は得物を振る。
対してマーガレットの武器は手数だ。コートの裏地にずらりと仕込まれた短剣を、一つ使っては即座に投げ捨て、また一つ。光源の少ない地下で白く煌めく金属が、ポイポイとアーチ状に雨をつくる。一見めちゃくちゃな切っ先が、正確に青年を目掛けた。
「っと」頭を振って躱す。「結構、やるっ、すね!」
「うわああああっ」振り抜かれた魔法の毒牙は、恐ろしい水滴を纏い飛ばすから見かけよりも範囲が広い。動きの読めない攻撃を大きく仰け反って避け、マーガレットは錯乱する。
「安心してくださいもはや対等です!!今ここに種族間闘争は終結を見たぁっ」
「……頭の方は想像以上にポンコツみたいっすけど……」
呆れたココが片目をぴくと細くした。そのこめかみに僅かに汗が浮かぶのを見留めて、マーガレットは心に疑問符を浮かべる。
成程、と彼の口が動いた。
「これが"音"の魔法……えっぐいっすねえ」
「っ!あ、あなた、怪我……?」
マーガレットが何処かの少女と似通うのは、こんなときに腕の力を無意識に弱めてしまうところだった。震わせて何とか拮抗していた刃がその瞬間に押し返されて、素っ頓狂な悲鳴とともに距離を取る。
「ふざけんなよ」青年は一転、声を低くして女神を睨みつけた。「アンタの本質はそれじゃねえだろ」
「ほ、本質……?さっきから、何……っ」
息を整えながら、しかし女神は戦況が変わったことを知る。青年の呼吸のほうが、更に酷く苦しみ出していたからだ。
けれど青年は、手負いの獣より強い殺意を吐息に乗せて言った。
「アンタの価値を知らないのはアンタだけってことっすよ。誰も教えてくれなかった?」
刹那、ぐっと踏み込んで彼は距離を詰める。
「っっ!」
咄嗟にマーガレットは刀を抜いた。キィン、と鳴り渡る刃が毒に侵されて、女神は青ざめる。
「魔法、使いなよ。後はもう少し、自分に素直になることっすかねえ」
「マ、マジで何言ってんのか分かんないです、ホントに……」
泣きべそになったマーガレットに、ココは乱雑に溜息を吐いた。あっそ、と呟くと、少ない魔力を途端に振り絞る。
「"ノエルレイン"!!」
接近したまま叫ぶと、青年の足許からモスグリーンが立ち昇る。
「ひゃんっ!?」
慌てて足を後ろに退くも、毒は蛇のように彼女の行く先を塞いだ。それはそのままシャボン玉のように、丸い球状になると二人の周囲に点々と浮かび出す。
「これ、破裂したらタダじゃ済まないっすよ」青年は脂汗を滲ませて笑った。「毒の雨に溺れたくなかったら、全部吹っ飛ばしてみせろよ。出来んだろ?」
カチカチと震える刃の先で、唸るマーガレットに唇を吊り上げてみせる。
「それとも、落ちこぼれの女神様にはちょっと難しかったっすかね?」
「なっ!!」
するとマーガレットの瞳が、くわと小さくなった。
「あ、あなたはっ、人が気にしてる事をつらつらとっ!」
沸き上がる怒りに、冷静になれなどと無粋に抑える理性はいない。女神はその黒い感情の正体を知らぬまま、思うがままに喋りだした。
「わ、わかりましたよ、でも痛いですよ!私もあなたも、それこそタダじゃ済まないんですからねッ!?」
挑発に乗った勧誘相手に、ココがますます口許を歪ませるのが、マーガレットにトドメを刺した。
「ホントにホントに、どうなっても知りませんからねえ!?」
人間よりも余程に溢れる魔力を磨いて、彼女の手のひらが爆弾を抱く。
「あ、あなたが……あなたが、悪いんですからあっっ!!」
神様の魔法に魅入らせる暇もなく、それは盛大に爆発した。




