ep.18 始動
翌日。
休日の朝に私は昨夜作ったクッキー生地をオーブンで焼いていた。
香ばしく、甘い香りがキッチンを漂う。
『菜乃、そろそろ来るかな…』
時刻は正午過ぎ。
特に何時に来るとは約束していない。
だがお昼とはこのくらいの時間帯だろう。
—— ピンポーン——
インターホンの鳴る音が部屋じゅうに鳴り響いた。
モニターを見ると言わずもがな、菜乃だった。
私はオートロックを解除して彼女を部屋に招く。
「お邪魔しまーす!
……いい匂い。なんか作ってた?」
『クッキー。
丁度焼けたとこ』
「やったぁ!
美愛のクッキー大好き!」
菜乃は愛嬌のある笑顔を浮かべた。
彼女の手には色々手荷物が握られている。
手土産をいくつか持ってきてくれたようだ。
『お昼どうする?
何も用意してないけど』
「買ってきた!」
菜乃は手に提げていたビニール袋を目の前に掲げた。
食欲を誘ういい香りが袋からだだ漏れている。
ちゃんと用意してきてくれてたみたい。
彼女は黒髪の癖のない髪を伸ばし、ハーフツインテールにした可愛いらしい女の子。
写真投稿アプリでフォロワー100万人以上を誇るインフルエンサー。
主に新作コスメを紹介するアカウントらしい。
『ありがとう。
仕事、忙しそうだね』
「まぁ、そこそこかな。
好きな仕事だからあんまり苦に感じないんだよね」
キラキラの笑顔で菜乃は言った。
彼女はリビングのソファーに腰掛け、身体を背もたれに預ける。
紅茶の入ったグラスをテーブルに置き、焼きたてのクッキーを菜乃に差し出した。
身を乗り出してそのクッキーに彼女は手を出す。
「おいしい!」
『よかった』
「お店のよりおいしいよ」
『そりゃ、焼きたてだからね』
「食べよっか!
チキンとチキンサンド買ってきた」
ガサガサ、とビニール袋から目当てのものを取り出す菜乃。
なんともバランスの悪いラインナップだろう。
確か冷蔵庫に作り置きの副菜があった筈。
チキンづくしではあまりにも油っこすぎる。
私はそれを一品、皿に取り分けてテーブルに置いた。
キュウリとツナ缶の和えものを。
『作り置きだけどよかったら食べて。油っこいでしょ』
「ありがとう。
いただきます!」
私達は素手でチキンを貪った。
ザクザク、と咀嚼音を鳴らせながら。
「ここ、いいとこだね。
おじさんとこの?」
『うん。
丁度一部屋空いてたから』
おじさん、というのは私の父親のことだ。
不動産会社を経営している。
このマンションも彼のおかげもあり、破格の金額で借りれていた。
家族の特権、というやつだ。
「いいなぁ…
もう一部屋空いてたりしない?」
『さぁ…
今度会った時聞いてみようか?』
「お願い」
父親と会う予定は今んとこない。
あの人は殆ど家にはいなく、実家には母親が一人寂しくペットと暮らしている。
何故離婚しないのだろう、と思うくらい彼等は不仲だった。
それは子供の頃からずっと。




