27. 事件の後始末
「これで終わったのね……」
追放した大叔父さまたちを乗せた大型の箱馬車を見送って、ようやく終わったと安堵できた。
お兄さまや私を害そうとしたり、執務室に火を放とうとした実行犯だけでなく、焚きつけた家族もまとめて追放した。それ以外の、たとえばドミニク大叔父さまの奥さまは、嫁いだ娘の家に身を寄せたし、その息子であるチェスター叔父さまの奥さまは、子連れで奥さまの実家に身を寄せている。夫人二人は事件の翌朝、私たちに食ってかかったから、てっきり唆した側だと思っていたけれど、拘束されるまで何も知らなかったらしい。
ただ息子可愛さで、未遂なんだからと庇ったのだとか。
逆にお兄さまを殺そうとしたダン叔父さまの奥さまは、夫と子を焚きつけた張本人だったから、実家には帰さず追放した。娘二人は追放先に連れていくか、奥さまの実家に身を寄せるか夫婦で話し合った結果、奥さまの実家に引き取られることに。
夫人のお兄さまとお父さまから、追放に関して猛抗議が入ったけれど、国内に留まることで我が家に些細な事でも不利益があった場合は、今回の事件に関して主犯が夫人だったことも合わせて公にすると言ったら、あっさりと手のひらを返した。
バートン家は家族そろって憲兵に引き渡した。身分差からアールグレーンの分家と同じように追放だけとはならなかった。大叔父様たちに不正を持ちかけ、家宰を唆したのがバートンだったからというのもある。今回、凶行に走らせるように働きかけたのも。
妻や息子も加担していたから、追放という甘い処分にはしなかったのだ。
結果、死罪にはならなかったけれど、息子は二十年の労働刑に処せられた。鉱山や船の漕ぎ手など、そのとき不足しているところに行かされるらしいけれど、大抵は刑期を待たずに死亡するのだとか。父であり当主だった男は同じく労働刑十五年。妻は労働刑十年。
家宰は長期に渡って横領を続けていたけれど、人を害することはしていなかった。憲兵に引き渡されるか追放かを本人に選ばせ、追放を選んだ。財産から横領分を回収した後に、わずかながら残った金子はすべて持たせた。
我が家に与えた影響を考えると、残ったものもすべて取り上げて然るべきだったのかもしれない。けれど敢えて渡したのは私たちの情みたいなものというより、お父さまの心情を察しての事。誰よりも信頼していた家宰が、長年に渡って横領を続けていたことに、どうしてと泣き縋り、縋られた方は生まれたときから世話をしていた主人のあられもない姿に狼狽えていた。
追放した先は隣国リシア。この国とは反対側にあるバルバロウサ国からの侵略でかなりの地域が荒廃したため、入植者兼復興のための労働者を多く必要としている。よほどの凶悪犯以外は誰でも受け入れており、この国にまで募集の話が回ってきたほど。
隣国の、しかもこちらの国とは反対側の端とあって、行ったら帰ってくるのは叶わないだろう。もう二度と会いたくなかったから選んだ追放地だ。
とはいえ仕事の斡旋がある上に慢性的に人手不足な土地だから、最初に宛がわれた仕事に向いてなくても次の仕事を探せるし、家の手配もしてもらえる。荒廃も初期よりは幾分落ち着いているらしいから、候補地の中で一番マシな選択だった。
国内にも似たような入植者を受け入れている追放先があったけれど、こちらは定期的に海賊被害に遭う土地。
だからより安全な隣国を選んだというのもあったのだ。
見送った後は、残った人たちへの話が残っていた。
バートンと同じく、領地の運営手伝いをしていたリグリー家と、唯一残った分家であるハロルド大叔父さまの孫であるマーティンを呼んでいる。
「不正に加担していないとはいえ、長い間、見ないふりをしていたのは、処分しないわけにはいかないの」
最初に、処分対象だと告げる。
声を上げる方法はあったのに、保身に走り結果的に伯爵家に損害を与えたのは事実で、処分しない訳にはいかなかった。
「とはいえいくつもの家が消滅して、管理が行き届かなくなったのも事実。よってリグリー家にバートン家が管理していた地域を任せます。ただし処分として報酬は現状通りとします」
領地の半分程度の地域を見て回ることになる。徴税だけでなく、村同士の諍いを仲裁したり、不作時の対応から街道以外の道の整備、村の共有財産である水車やパン焼き窯の管理など、仕事は多岐にわたる。細かなところは村長にも任せられるけれど、意見を取りまとめる必要もあり楽にはならない。
今までの報酬のままでは少々どころでなくかなり安い。それが処分だ。
とはいえ取敢えず三年ほど様子を見て、腐らないようだったら少しずつ正当な報酬に近づける予定。
「マーティンは、ほかの分家が管理していた地域もまとめて任せます。でも報酬は今まで官吏していた土地の報酬分のみ。また税収の半分ではなく一割減らした四割とします。期間は十年間。それと不正で得た分を、やはり十年以内に返金すること。大叔父さまと叔父さまについて、絶対、仕事に関わらせないでください」
中抜きしていた分まで考えると、実質今までの約二割減の報酬で、更に不正分の返済だから、かなりやりくりしなければ難しい。
とはいえ貯蓄がそれなりにある。多くは次女の花嫁仕度の為だけれど、それに手をつけなくても、残りの貯蓄に合わせて宝石や社交のためのドレスなど贅沢品をすべて処分すれば、返金分の大部分を賄える。
これからは貴族らしい生活を送れなくなるとはいえ、地主クラス程度の生活ならなんとか維持できる。日常生活にはあまり変化はない筈だ。社交は大幅に制限されるけれど。
それは私やお兄さまが王都で今まで過ごしてきた十年間より、よほど良い暮らし。
仕事は既にマーティンが家督を継いでいて、大叔父さまと叔父さまを引退に追い込んでいる。
だけれどもし本人が倒れて仕事ができなくなったら?
大叔父さまや叔父さまが復帰しようとするかもしれない。阻止できなければ、今の生活を捨てることになる。
多分、弟がいるから大丈夫だと思うけれど、念は押しておく必要があった。
「大丈夫です。弟も父や祖父は信用ならないと言っているので、俺が伏せることになっても、絶対に手伝わせません」
「なら安心ね」
私はにこりと微笑んだ。
実はマーティンから準男爵位の返却も申し入れられている。
でも妹の嫁ぎ先は男爵家の嫡男。領地がとても小さくて、準男爵家よりも質素な生活を送っているから、ほとんど平民みたいなもの。そこら辺の地主と変わらない。
とはいえ腐っても爵位持ち。嫁ぐときは準男爵家の娘でいた方が良さそうだからと、準男爵位返上を遅らせている。同じ理由で、書類上の家長は大叔父さまのまま。嫁に出した半年後に正式にマーティンが家督を継承し、同時に準男爵位の返上も行うことで内々に話が着いている。代替わりによる血の薄さを理由にして不祥事には触れない。
「セラフィナさまは領地に住まわれないので?」
「まだ卒業まで二年残っているから無理だわ。今回の事で領地を放置してはいけないのを痛感したけれど、同時に横の繋がりの大切さも知ってしまったから、王宮官吏を数年勤めてから、領主に専念しようかと思っているの。当分は長期休暇の度に戻ってくる形になると思うわ。デビュッタントを迎えたら、積極的に社交もこなす予定よ」
結婚相手はもういるけれど、人脈作りは残っている。
今までは借金返済だけに全力を出していたけれど、これからはやることが増えそう。
でもお兄さまは私が卒業するまでは、領主代理の立場を返上せずに手伝ってくれるし、アルヴィンさまも支えてくれる。
だからどうにかなるのではないかしら、なんて割と気負わない。
お父さまはこれからも領地で暮らす。
だから私たちとは当分の間、別居が続く。
決して仲が悪い訳ではないけれど、でも考え方がずいぶん違うから、きっと一緒に暮らし続けたらすれ違いが起きそうな気がする。
今回みたいに時々帰省して、一、二か月の間だけ一緒に生活するくらいが丁度良いのだと思う。
お父さまは淋しそうだけれど。
* * *
王都に戻ってきたのは一ヶ月半以上経ってからだった。
久しぶりの顔ぶれに、すごくほっとして……随分と肩に力が入っていたのだと気付く。
領地ではまだ成人にもなっていない女という立場で、舐められないようにすごく力が入っていたみたい。
不正から始まる一連の出来事を片付けた後、実際に領地の現状を知らなければと、足早ではあるけれど一周ぐるりと回り、各村の状況に始まり領民の要望を聞いたり、やらなければいけないことを上げたり、初めてのことばかりで大変だった。
馬車での移動だったから、乗馬より機動力が落ちるのも、大変だった理由の一つ。もっともこちらは不慣れな馬と、お尻が痛くなるような馬車に長時間乗るのと、どちらがよりマシであるかという意味しかなかったけれど。
「お帰りなさいませ、お嬢さま」
「ただいま、みんな。何か変わったことはなかったかしら?」
上着を預けながら、王都の屋敷の様子を確認する。
「バークス子爵が何度か訪問されたくらいで、特には何も」
相変わらず懲りない人。婚約式の日に手酷く追い返されたというのに。
ダリアとリーナさまには領地に戻るから、王都に帰ってくるのは休暇の終わりころだと伝えてある。
だからお茶会の誘いなどはあらかじめご遠慮させていただいてあった。レナルド叔父さまも同じように連絡済みだったし、お兄さまの婚約者であるヴェロニカさまには、彼女のお父さまであるラム侯爵から連絡を入れてもらっている。
招かれざる客のバークス子爵だけが、こちらの事情を知らず、何度も押しかけてきたのだろう。お金の無心のために。
これはそろそろ引導を渡した方が良いのかしら……?
できればお兄さまもいる間に片付けた方が楽かもしれないわ。
都合の良いことに、お祖母様の指示で融通した記録がほぼ完ぺきに残っている。お父さまの代になっても何度か無心に来られて渡した記録も。
お兄さまが当主代理になられてからは何度か追い返し、更に本当にアールグレーン伯爵家が借金で危険な状態になってからは「頼られても困る」と捨て台詞を残して寄り付きもしなかったけれど。
次に来られたら、夫人と一緒でないければ屋敷に上げないと言おう。
そして縁切りの話をしようと決める。子爵たちの結婚は恋愛によるもので、政略は一切含まれていない。切れたところで困る親戚ではないのだ。今まではそこまでしなくてもと思っていたから、縁を残していただけ。
でも領地の件を対処してわかった。不都合しか生まない親戚は整理してしまった方が身のためだと。
お父さまの悲しみは未だ癒えてない上に、更に負担をかけることにかもしれない。でも私とお兄さまが慰めるから、頑張って立ち直ってほしい。
溜息を一つ。
その後は気持ちを切り替えた。
新学期まではまだ十日ほど残っている。手紙を出せば、きっとお茶の誘いが来るだろう。
美味しいお茶をいただいて、楽しくおしゃべりして……嫌な気分はすべて流れてくれるだろうと期待した。
これにて完結です。
読んでいただきありがとうございました。




