26. ハロルド・アールグレーン家の親子喧嘩
「何なんだ! 兵士なんか送り込んで!!」
大叔父さまの激昂した声で出迎えられたけれど、だからと言ってどうしようもない。
お祖父さまの弟で四男に当たるハロルド大叔父さまは、一昨日の親族会議の場で一番声が大きかった。
「昨夜、屋敷に侵入者があったので、その対応の一環です」
「儂は何もしておらんぞ!」
「三つの分家の中で二家までが手を出したのですよ。ちなみに私と妹の殺害未遂です」
私は殺されるのではなく汚されそうになった、というのが事実だけれど。
でも縄やナイフを持っていたからどちらとも取れる。
「はっ!?」
怒り一色だった大叔父さまの顔が一瞬にして驚愕に染まった。
「儂はそんなことはしてないぞ! そもそもする気もないがな!!」
ただの横領と殺人では罪にも大きな差がある。何より人を殺すという行為に忌避感を覚えるのが普通。狼狽えながらも真向否定するのが、大叔父さまのように常人の態度だろう。
「わかってますよ。だから朝の遅い時間に兵を派遣したのです。他家には犯人を取り押さえた直後に兵を差し向けてます」
少し離れたところから使用人の出入りなどは見張っていたけれど、実際に兵士たちが訪れたのは、当主家族が皆、朝の身支度を終えたと思しき時間だ。
「わかっているなら、そもそも兵士を寄越す意味もないだろう!」
「不正はしてましたからね。否定しなくても良いですよ。既に証拠はバートンの執務室から押収済ですから」
「……」
先回りしたお兄さまの言葉に、大叔父さまは二の句が継げない。
「不正があったのはわかりましたが、横領額やその使用用途まではわかりませんからね。そのための拘束です」
自分の罪を知られたと理解してようやく怒りを納める。判断が遅い上に筋違いも甚だしい。
「娘に話を聞かせたくない」
「良いですよ。応接室でも居間でも移動しましょう」
お兄さまは優しい。大叔父さまの面子を気にして差し上げるなんて……と思ったけれど、罪を知らなかった家族の方を慮ったのかもしれない。
この家の住人は大叔父夫婦、従叔父夫婦のほかに嫡男の再従兄弟と、その姉と弟妹がいる。姉の方は嫁いでいるけれど、食堂にそれらしい年齢の女性がいたから帰省していたのかも。妹の方は独身だけれど私より少し年上みたいだから、結婚間近でもおかしくない。
「応接室で」
「では移動しましょう。セラフィナたちは執務室の方に」
私は小さく頷いて、お兄さまたちが食堂から出るのに続いて廊下に出た。
それまでに調べたほかの家と同様、隠す気のない裏帳簿に呆れる。
「ほかの家よりは堅実ですね。日頃から贅沢はあまりしてないみたいです」
「遡って確認してみましょうか」
前の三家は一年分しか確認していないけれど、十分だと思えるほど日々の生活が派手だった。服飾費だけでなく生活の全てが贅沢だった。勿論、伯爵邸に戻ってから押収した帳簿類を全て確認するけれど、おおよそ今までのお金の流れがわかる。
ハロルド大叔父さまの家も、それなりに贅沢をしていた。ただ不正に得た金額と日々の生活費、貯蓄額に大きな乖離がある。
どういった理由なのか、アルヴィンさまと手分けして帳簿を辿っていく。
そして三年前に、大きな買い物の跡を発見した。
「嫁入り仕度だったんですね……」
新居の建設費に始まり、馬車や家具一式、花嫁衣裳と続く。下位貴族の婚姻と遜色ない費用をかけていて、その殆どを負担しているみたいだった。
「お金がかかる訳です……」
婚家で大切にされるように、という親心かもしれないけれど、身の丈にあっていない。
「長男や次女にも同じくらいお金をかけるつもりだったんでしょうね。今住んでいる家も建て替えるつもりだったのかしら?」
「可能性はありますが、本人に聞かなければ本当のところはわからないでしょう」
「そうですね、戻りましょうか……」
ほかの家のように寝室を見て回る必要はないだろう。
一階に戻ると、食堂から啜り泣きが聞こえてきた。あけ放たれたドアの向こうで姉妹が泣いていた。少し胸が痛む。
少し歩いて応接室に行くと、微かに怒鳴り声が聞こえてきた。声量を抑えて、食堂まで届かないようにする程度の配慮はあるみたいだけれど、ひどく感情的だった。
室内に入ると、立ち上がって頭ごなしに怒鳴っている再従兄弟の姿があった。食堂とは対照的な姿だ。
不正を知らなかった様子で、自分の父親と祖父に怒りをぶちまけているみたいだ。
「なんでそんなことを!」
今更言っても、やってしまったことは取り消せない。どちらかと言えば、どう償うのかといった建設的な話し合いをしてくれる方がありがたいのだけれど。
お兄さまは上座で溜息をつきながら、親子の会話風景を興味なさそうに眺めていた。
「どういう状況でしょうか?」
大体の想像はつくけれど、一応確認してみる。
「三代に渡る親子喧嘩というか、孫が一方的に切れてる図かな」
「それって私たちが居る必要がありますか?」
「いや、まったくないね」
苦笑いが返ってきた。
「じゃあ、帰りましょうか」
居る必要がないなら、さっさと引き上げて休みたい。
普段通りの穏やかで柔らかな雰囲気に戻ったお兄さまが立ち上がる。
「あとは家族会議で決めてください。執務室内の書類などはすべて押収します。それ以外にも兵が屋敷内を捜索して、必要と思ったものを差し押さえますが、後は好きにして良いですよ。しばらくは屋敷の出入りなど監視が入るとはいえ、あまり厳しいことにはなりません」
そう言い終えてその場を後にする。私とアルヴィンさまも、お兄さまの後に続いて馬車に乗り込んだ。
「演技だったのか、本当に知らなかったのかどちらでしょう?」
「さあ? どちらもありうると思うよ。まあ調べていけばどちらかわかるだろうね」
「そうですね」
お兄さまやお父さまの命を脅かすようなことをしていないから、割とどちらでも良いと雑な感想しかない。
この家の住人が横領程度の不正で満足する小悪党で良かったと心から思う。
馬車の中から見る風景はあまり変わり映えしない。
少しだけ伸びた影が、昼から夕方に向かっているのを示している。
でもまだ帰れない。あと一軒、残っているから。
バートン家と同じように、我が家の分家ではなく、平民で領地管理に携わっているリグリー家だ。バートン主導の不正にも関わっていないらしい。とはいえ十年以上も監査を行ってきていないし、お父さまが杜撰な管理をしていた所為もあって、調査しなければいけない。
お祖父さまの代から我が家に仕えているらしいから代替わりしていると思うけれど、二代目なのか三代目なのか詳しく知らなかった。
馬車を降りた先は、今日回ったどの家よりもひっそりとしていた。
「お待ちしてました」
使用人に連れられて入ったのは、居間と応接室を兼用した部屋だった。多少は裕福な名士程度で、多くの部屋を持つ屋敷を構えるのは難しい。家自体も良く手入れはされているものの、多少古びて傷みが見える。
出された茶器やお茶も、まあまあと言ったところで、それがむしろ好感に繋がった。身の丈にあった生活を丁寧に送っているようで。
「やっぱり、と言ったところですね」
少し疲れた顔をしている。朝食後に兵が現れてから随分時間が経っている。監査のためとはいえ執務室は閉鎖され、屋敷の外を兵士が見え隠れするのだから、ずっと張り詰めた空気の中で過ごしていたのだろう。
「知っていたのですか?」
「大体のところを察していた程度ですが」
お兄さまの問いに、疲れを滲ませながら納得した様子を見せる。
「では何故、告発しなかったのです?」
「できると思いますか? 先代の頃に来た新参ですよ? 俺以外、全員が関わってるんです。そんなことしたら領地から放り出されて路頭に迷うだけでしょう?」
「だったら、こちらに連絡するなり、ほかにも何か考えられる方法はあったのでは?」
「あったかもしれません。だけど変な真似して、睨まれたらどうなるか……」
どこまでも小心だった。管理監督する立場からすると、無責任なほど。
とはいえ頼りない領主の元で働くには、ある意味仕方がないと同情すべきところもあった。
今回、明るみになった件に関わっていないという理由から行動制限はしないことを、お兄さまから告げる。
「祖父が亡くなるまでの二年と、父が領主になってからの十年間、まともに領地運営がされていたとは言い難いから監査を入れる。終わるまで執務室は閉鎖するけど、それ以外の行動制限はないよ」
お兄さまの言葉に、当主があからさまにほっとした。
「ただほかは全て不正に関わっていたから、処分がないことを逆恨みされるかもしれない。だから外出は控えた方が良い。それと念のために兵士を置いていくけど、監視のためじゃない。守るためだから領主の不興を買ったとは思わないでほしい」
多分、不正に関わっていないと思うから、高圧的にならないよう気を使いながら説明していく。
「襲われるとかでしょうか?」
「今のところ拘束してるから大丈夫だよ。拘束を解くのは領地から放逐する時かな。だから本当に念のためだね。護衛が居た方が安心じゃないか?」
「それは、まあ……」
少し不安そうではあるけれど、一応は納得したらしい。
「査察のためにまた来るけど、できるだけ早く終わらせるよ。奥方や子供たちにも、安心するように伝えてほしい」
ふわりとした笑みを見せたけれど、どこまで不安が取れたかはわからない。
私とアルヴィンさまは、お兄さまが説明している間、執務室に入って確認したけれど、ざっとみた限り帳簿に不正はみつからなかった。
そして今日一番の短さで家を後にした。




