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25. ダン・アールグレーン家の絶望

 三軒目はお兄さまを殺そうとしたブレナン・アールグレーンの実家であり、お父さまの弟である、次男ダン叔父さまの家だった。


 ブレナンは長男で下に妹が二人、どちらも私より少し年下だった筈。私が領地を出るときはまだ二人とも幼くて、叔母さまや叔父さまに抱っこされていた気がする。


 前二軒と同じように、お兄さまが家族の所へ、私とアルヴィンさまは執務室に行く。

 大叔父さまの家と全く同じように、裏帳簿が引き出しにしまってあった。


「隠す必要もないほど舐められていたんですね……。お陰で探す手間が省けて楽をできますが、腹が立ちます」

 裏帳簿に目を通すと、大叔父宅と同じくらいの収入があり、支出の方は大叔父宅よりやや多めで少し借金がある。


「表帳簿の方もほぼ一緒ですね。自分で考えることもしない愚か者相手だと楽ですよ。今までで一番、楽な査察です」


 楽だと言いながらとても棘がある。

 考えなしだけれど悪意だけは十分なところが理由だと思う。私の親戚だから、多少は言葉を選んでいるだけで。


「散財の証拠を確認に行きましょうか」

 きっと夫婦の寝室には宝石やドレスがたくさんあるのだと思う。三人の子供たちの衣裳部屋も贅沢な衣装の山だろうと思いながら足を向ける。


 そして思った通りの状況に頭痛がしてくる。

 従妹たちはまだ背が伸びている最中にも関わらず、袖を通しきれないほどのドレスを持っていた。準男爵では社交の場に出る必要もほぼない筈なのに、普段着に混じって訪問着もたくさん。年齢的にまだ早い宝石も多い。


「叔父さまたちはまだ伯爵家や男爵家に属していると思っているのでしょうか?」


 叔母さまの実家は男爵家で、領地は王都を挟んでアールグレーン伯爵領とは反対側にある。領地内に街道はなく、さほど羽振りも良くないけれど、それでも貴族としての体面を損なうほどではない。領地の大きさも収入も、特筆するところのない普通の男爵家だ。


「日々の暮らしはクランツ侯爵家より贅沢ですよ。さすがに夫人のドレスは質が違い過ぎますから、服飾費で逆転しますが」


「招待状が届くのは町の名士くらいでしょうし、王宮の夜会に出るようなドレスは流石に場違いなんだと思います」

 そういう私は年齢的にデビュッタントはまだだし、当然夜会に顔を出したこともないから、想像でしか言えないのだけれど。


「さきほどの家もそうだったが、貴族籍を抜けたという自覚がないみたいだね」

 準男爵を名乗っていて、対外的には貴族の末端ではあるけれど、大叔父さまや叔父さまの持つ爵位ではない。


「お祖母さまがよくお父さまに、弟たちが可愛くないのかと言ってました。弟は貴族でさえないのにって。お父さまはお祖母さまに頭が上がりませんでしたし、大人になっても叔父さまは子供のように甘やかされてましたの。自覚を持つのは難しかったのだと思います。きっと大叔父さまたちも一緒ね」


 お祖母さまは叔父さまたちに甘かった。

 嫡男としてお祖父さまに厳しく育てられたお父さまと違って、きっと幼いころから自分の手で育てた子の方が大切だったのかも。


 使用している部屋を一通り見て回り一階に戻る。

 近づくにつれ女の子の金切り声や、叔母さまも罵声が大きくなっていく。


「お兄さま、こちらは終わりました」


 食堂に入るのと同時に、叔母さまが立ち上がり私に掴みかかろうとする。

 もちろん私に触れるどころか数歩で確保され椅子に無理矢理座らされたが。


「私たちの家に手をつけないで!」

「話になりませんね」

 叔母さまはこちらに向かって言うけれど、私はお兄さまと話すだけで相手にしない。


「借金も見つかりました。少額とはいえ担保になるようなものはありませんし、救済すべき本家に借金がありましたから、もって数年といったところでしたね。今すぐなら身の回りのものを処分して清算できそうです」


「嫌よ! 私のドレス!!」

「私たちのものを盗らないで!」


 下の従妹が叫んだ。続いて上の従妹も。

 必死な様子に多少の心が痛む。父と兄は罪を犯したけれど従姉妹たちは手を染めていない。とはいえ彼女たちの持ち物は不正に得た収入で購入したものだから、元から過ぎた物なのだけれど。


「叔父上、説明したらどうですか? 子供たちの持ち物は横領によって得たものだと」

 お兄さまは先ほどと同様、冷ややかな態度だった。


「嘘よ! お父さまはちゃんと仕事をしていたわ!」

 叔父さまがこたえるよりも早く下の従妹が声を上げる。


「していなかったから、今、この事態なのよ。執務室を見て来たけれど、バートンが作った表の帳簿を、ただ書き写していただけだったわ。それを仕事とは言わない」


「そんなことない! だっていつもお父さまは忙しくしていたもの!!」

「叔父上、どのような仕事をされていたのか、じっくりと聞かせてください」


 執務室に残されていた書類を見る限り、仕事をほとんどせずに遊び暮らしていてもどうにかなる程度。

 でも忙しかったとすれば、まだ露見していない別の良からぬ事に手を染めていたか、家ではできないような事……例えば妻以外の女性の元に通うような、そういった用ではないかと邪推してしまう。


「お前たちが儂を排除しようとするから!」


「排除など……。不正は正すべきですが、親戚ですからね。それだけなら無理のない範囲で、不当に得た金子を返還させる程度ですよ。我が家の醜聞にならない穏便な形に納めます」


 実際、アールグレーン伯爵領地の運営に、三つの分家とその他二つの合わせて五家で補佐するのは多すぎる。とはいえすべてを排除するのも無理な話。古い澱を一新する力のない我が家で、お父さまから私が滞りなく領地を引き継ぐには、分家の協力は不可欠なのだ。

 少々の事なら水に流すしかないのが実情で、そこに自分の感情を差し入れる余地はなかった。


「お兄さまを殺して伯爵家を乗っ取ろうとしたのは、流石に許容範囲を超えてます。処分が優しくないのを覚悟してください」


「はぁっ!? どういうことよ!!」


「どうもこうも、昨夜、あなたのお兄さまが我が家に押し入って、私のお兄さまを殺そうとした結果、捕縛されたという話です。私欲のために人を殺そうとする狂人を野放しにはできません。地下牢に収監しています」


「そんな……」

「お兄さまを唆したのは、あなたがたのお父さまです」


「嘘よ、絶対に嘘!」

「嘘ではないから、今の状況なのですよ。証拠隠滅の恐れがあるから、事件後すぐに兵士を派遣したのです」


 従姉妹たちは私の言葉で黙った。自分の意志によって口を閉じたのではなく、呆然として何も話せなくなったというのが正確な表現。まさか自分の父や兄が、人を殺そうとするなんて思ってもいなかっただろう。

 けれど叔母さまは痛痒を感じていないようだった。


「だから? 私たちは関係ないのだから解放なさい!」


「わかりました。身一つで出ていくのなら、何時、出ていかれても構いませんよ。但し持ち出しは一切許しません」

 家族を殺そうとした人の母親に、手加減したいとは思わなかった。

 本当はお兄さまが矢面に立って、私に恨みが向かないようにと言われていたけれど、でも……許せなかった。


「持っていくわよ! 我が家の財産なのよ!!」


「不正に得たものです。伯爵家のものは伯爵家に、準男爵家のものは準男爵家に。調べたらわかるでしょうけれど、手元に残るものがあるかどうか微妙でしょう。もしかしたら足が出るかもしれません。その時はどう清算されるつもりでしょうか?」


 言外に負債が出た場合は、その身で支払わせると滲ませる。

 この国に人身売買的な野蛮な制度は存在しない。例え膨大な借金を抱えていても身売りは違法だ。春を(ひさ)ぐ女たちだって自分の意志で春を売り、無理強いされることはない。借金漬けにして返済が終わるまで辞めさせないなんて非道も。


 だから負債が出た場合は働いて返すだけだ。労働者に混じって肉体労働に従事するのは大変だろうけれど、慣れてしまえばどうにでもなる。


 今回の場合で言えば、労働力が当てにならないから、足が出た分はこちらが被害を被る形で決着するだけ。もしかしたら夫人の実家が弁済するかもしれないけれど。

 でもわざわざ教えて差し上げる気はない。


「叔父さま以外は出ていかれても構いませんよ。所在がわっていれば、清算後に残った財産をお渡しします。どうぞ、ご自由に。そういう事情なので、二階に上がるのは許可できません。夫人の実家に身を寄せるのなら、それでも構いませんよ」


 もちろんその場合でも、我が家から馬車を出す気はない。頑張って駅馬車を乗り継いでいってもらうだけ。


 行き倒れるのを期待して追い出すほど非情ではないから、旅費程度の路銀を用立てる気はある。とはいえ貴族が泊まるような高級宿ではなく平民が泊まるような安宿になるし、目的地に着くまでお世話して差し上げる気もないから、引率者である夫人が頑張らなければどうにもならない程度だけれど。


「お父さまはどうなるの……?」

 妹に押されてあまり口を開かない姉の方が問う。


「今わかっている範囲だけで判断すると、領地からの放逐と遡っての除籍でしょうか。もしそれ以上の、例えばお兄さまだけでなく私やお父さまの殺害を計画していたり、既にお父さまに毒を飲ませているという事実があれば、その限りではありませんが」


「そんなことはしていない!!」

「信じられると?」

 叔父さまの強い言葉。


 実行していない罪に対する否定なのか、実際の罪を軽くしたいがための否定なのかわからない。

 当主殺害を試みたと思われる方が、嫡男殺害よりも重い罪だとでも思ったのだろうか?

 対するお兄さまは叔父さまに対する全否定。


 家族という意味ではどちらも変わらないし、法は忖度したりはせず、心情的には許せるものではないのだけれど。

 叔父さまの言葉を一つとして信じる気はない。どれほど言い訳を重ねたところで一蹴するだけである。


「調べればわかることです」

 自分でも驚くほど冷たい声だった。

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