<無魔力の忌み子>エメルダと主従契約関係.③
今回の話も<歌姫>ルフ視点でお送りします。
ご理解の程、よろしくお願いいたします。
<風の大精霊>ルフの片割れであるフルルの能力は、『口に出したことをそのまま相手に従わせる』ことに他ならない。つまり、決して逆らえぬ命令を下し、意のままに操れるのと同義なのだ。
だからこそ、
『――辞めろ。離せ』
まるであーしを拒絶するフルルの言葉にあーしは抗うことができなかった。
あーしは未だ残るフルルの手の感触を噛み締めつつも、彼女が落ちていった穴を覗き込む。
もう既にフルルの姿は見えない。当然彼女には空を飛んだり浮いたりする力は皆無。落ちれば最期、もう戻ることは叶わない。
(あ、あ……あーしが助けに行けばもしくば……)
そうすれば助けられない可能性はゼロではなくなる。
フルルの歌声があーしに無いように、フルルに無い物をあーしは持っている。それはきっとフルル救出に役立つだろう。
それでもだ。
(で、で……でも本当にできるの……? い、い……未だ<神器>を”開放”し切れていない。こ、こ……このまま飛び込んでやっぱり無理だったとあれば両者共倒れだ……)
あーしが今すぐにも飛び込めないのは、自分の力に自身を持てないからだけではない。
精神面だけではなく物理面においても、あーしは二の足を踏まざるを得なかった。それはフルルが落ちた穴に手を伸ばすことで理解することができる。
「――痛ッ!」
その瞬間、伸ばした手に切り傷が刻まれる。さながらそれは鎌イタチ。
まるでフルルの拒否感を示すその反発を押し退けられなかったあーしは思わず涙を流す。
(ごめん、フルル……。最後の最後で諦めてしまうあーしをどうか許して――)
そしてそのまま仕方なく手を引っ込めようとした刹那、
「――ダメだよ! その手は絶対に伸ばし続けて! そうでなきゃ――そうでなきゃ……ッ! ルフもフルルも永遠に苦しみ続ける。そんなの貴女達の友人として見過ごせないッ!」
あーしの手を力強く掴み、そして何があっても離そうとしない一人の少女――<無魔力の忌み子>が決死の覚悟で訴えかけてきたのでした。
●
突然のエメルダの登場にあーしは、驚きではなく失笑を漏らしていた。
「い、い……いきなり茶々を入れて説教気取り……? よ、よ……余計なことをしないでよ……」
精霊なんかよりもよほど貧弱なニンゲンの手を振り解こうとするが、エメルダは全く引こうとはしなかった。
「知らない。例え無用なお節介だと言われようとこの手だけは離さない」
「そ、そ……そんなことをして何になるっていうの……? げ、げ……現にあーしはフルルの言い付けに従うしかない……。あ、あ……あーしはもうここから一歩も動けないよ……」
「ならこの私めが引っ張ってあげる。ルフだけに痛い思いはさせない」
エメルダはあーしの手を握ったまま、フルルが開けた穴へと導く。すると、エメルダの手にもフルルが遺した向かい風の刃が降りかかる。
フルルの拒否はあーしだけに限った話ではない。フルルは誰からの助けをも認めようとはしなかった。
「――――」
エメルダは悲痛で顔を歪めつつも声を押し殺し、さも涼し気な態度を示す。
「こんなの……へっちゃらだよ……!」
「や、や……やせ我慢だよ、それ……。い、い……意味分からない、どうしてそこまでするの……?」
「ルフとフルルを仲直りさせたい。ただそれだけだよ」
「な、な……仲直りなんて変なこと言うなぁ……。そ、そ……それはもう無理だよ……。き、き……君も見ていたでしょ……? あ、あ……あーしの生放送を……」
「うん、観た上でこうしてる」
「え?」
エメルダは一体何を言っているのだろう?
散々あーしの嘘が暴露され、当然の如く非難を受けたというのに。
散々無抵抗な姉を手に掛ける愚かな妹の姿を露呈させ、性格の悪さも知れ渡ったというのに。
それでも尚、あーしを擁護するというの?
本当に心の底から意味不明だと言わんばかりにエメルダの目を見つめる。そんな彼女の目はどこまでも澄み切った純粋無垢の翠色をしていた。
「ルフとフルルが一緒にいて欲しいと願い、背中を押しているのは私めだけではない。この光景を見てる五十万人以上にも上る視聴者達も同じ気持ちだよ?」
「!?」
信じられない!
フルルに酷いことをして糾弾されるならまだしも、あーしを応援しているだって?
あーしはフルルが投げ捨てた電子端末を拾い上げる。その液晶画面に映っているのはあーしとエメルダの姿。そして、
『諦めるな、頑張れ~!』
『ルフは一人じゃない! みんなが付いてるよ!』
『例え歌声が他人のだったとしても、ルフたんの演奏は最高なんだ! それをもう一度見せてくれ~!』
『大切な家族なんでしょ!? ここで飛び込まないでどうするの?』
『もしかして失敗するのが怖いのか! 一番怖いのは大切な人を失うことだろうが! この分からず屋!』
だなんて、あろうことかあーしを後押しする言葉が目にも留まらぬ速さで投稿され続けていた。
全く予想外の反響にあーしの頭は処理が追い付かず半ば崩壊寸前。
唖然とし、言葉を失うあーしにエメルダは優しく語り掛ける。
「ルフ……貴女は勘違いをしているの。<歌姫>ルフの真実を知ったら、皆が落胆して見放すと。でもそんなことは断じて無かったんだ」
当然偽りの活動をしていたことは許されず、その責任を負うことを求める者も多かったけど、誰一人として『それで引退を納得する者』は皆無だったという。
「確かに<歌姫>ルフ――いいえ、正確にはフルルですか――の声は多くの人を魅了した。でもルフが人々の興味を惹き付けたのは声そのものではなく、ルフが放つ唯一無二の輝きが認められたからなんだよ? フルルからもそう言われていたんじゃない?」
「そ、そ……そうだけど、あーしはそんな風には全然思えなかった……。だ、だ……誰もあーしのことなんて興味がなかっただろうし……」
「でも実はそうじゃなかった。ルフが皆に好かれていたのは、紛れもなく貴女本人の努力や工夫、歌や踊りに対する愛情が受け入れられたから。つまり、私め含めこの放送を閲覧している者は全員、ルフのことが大好きなんだ!」
エメルダの言葉にハッとし、心臓の鼓動が早くなる。
それでもにわかに信じ難い。どうしてもこの現実を受け止められず、たどたどしい弱気な声がさらに震え上がってしまった。
「う、う……嘘だ……有り得ない……」
「この反応を見てまだ言うの。もうそろそろ受け止めないと。誰もルフのことを悪人にしようとはしていない。騙されても怒っていない。ルフのルフによるルフにしか見せられない演奏を待っていることを。……そして固唾を飲んで期待している。ルフがフルルと共に同じ舞台に立つことを」
「……!」
「そんな人達をルフは裏切れる? ――違うでしょ」
「……ッ!?」
エメルダから真実を伝えられている間もずっと、手に持った端末上の画面はあーしを鼓舞する言葉で埋め尽くされていた。
どうやらあーしは大きな思い違いをしていたらしい。
「そこまで言われちゃやるしかないじゃん……」
あーしはエメルダ……そして全世界のあーしを愛する者達の想いを一身に背負い、覚悟を決める。
「――わかったよ、そんなにあーしの……あーし達の大復活公演を観たいのなら魅せてあげる。その為に力を貸して、エメエメ!」
そう言ってあーしはか弱くも力強い少女の手を引き、そのままフルルの嘘を断ち切るように逆風を跳ね除け、正しく空中を駆けるように走り出したのだった。
●
こうして足に装着する<神具>”タラリアン”を使い、始めて空を華麗に飛んでいるが、この時のあーしは一切の恐怖を感じていなかった。
もう何も怖くない。晴れやかな気持ちでグングンと速度を上げるあーしの気分は最高潮に至っていた。
「エメエメ! 風を切るのってこんなに楽しんだね! 何だか小っちゃいことで悩んでたのがバカみたい!」
「ゴメン、シルフ! ちょっと喋る余裕無い! 大丈夫? 実は普通に落下してるだけとは言わないよね!?」
「多分平気! まぁもし事故っても、その時はその時ってことで!」
「それ信用できないんだけどもぉ~!?」
エメエメ――<水の大精霊>ディーネがエメっちと呼ぶのに倣い、使うことにしたあだ名――が腹から絶叫を上げるのを他所に、あーしはフルルの気配を探る。
伊達に元々一つの身体を分け合ってはいない。すぐに位置を特定できた。どうやら垂直に落ちた訳ではなく、強風で徐々に横方向へ流されているらしい。
「ちょっと急旋回すんね! 舌噛み注意報発令~!」
エメエメに一言詫びを入れ、身体の向きをグイッと傾ける。その様はさながら鳥。やはりエメエメと”主従契約関係”を結んだことで<神具>の力が安定しているように感じられた。
「うへあぁわ~!?」
当然エメエメはその急激な移動に耐え切れず顔を青くさせる。……おっと少しやり過ぎちゃったかも。制御制御っと。
そんなこんなで上手く速さを調整しつつ移動を続けると、視界に不自然な人影が入って来た。
「フルル、見っけ!」
あーしは器用に減速しながら件の人物に近付く。
あーしの存在に気付いた相手は、さも待ってましたと言わんばかりにほくそ笑んだ。
「――ったく、世話の掛かる妹だこと」
「その言い方、こうなることを予測してたの?」
「そりゃそうだろ? どこに好き好んで大空に投身するアホがいる?」
「その節は多大なご迷惑と心配をお掛けしてスミマセンでした……。そしてありがとう、ずっとあーしのことを見守ってくれて」
「わかればいいっての。……ほら、なら早い所合体しようぜ? もうすべきことは理解してんだろ?」
「うん」
あーしはフルルと固い握手を交わし、彼女の身を自分の体に取り込む。
――こうしてあーしは完全に成った。真の<風の大精霊>ルフに。
だがこれで終わりではない。まだやらなければならないことがある。
『さぁて! そんじゃ、ゼピュローヌシャチョーに退職届を叩き付けにいくとしますか!』
そう問題はこれから。
あーしと心の中のフルルは<風神>ゼピュローヌとの決闘を前に、決意を固めるのだった。




