姉妹喧嘩
今回の話は<歌姫>ルフ視点でお送りします。
ご理解の程、よろしくお願いいたします。
ここは【天空城】の一番端っこに建てられた劇場、【空立園】。
その名の通り、床は全面硝子張りで真下は正真正銘の空となっており、見方によってはまるで空中に浮いているような錯覚を与えるその舞台の裏方にあーしは立っていた。
ある意味ここはあーしにとって特別な場所だった。つまりただのルフが<歌姫>と呼ばれるキッカケを作った公演の場だったのである。
しかしながら、それは全ての始まりであったのと同時に全ての終わりでもあった。
そもそも<歌姫>ルフなんて歌手は存在しない。その嘘を突き通す為に、あーしは多くの善良な愛好家を騙し、そして知らず知らずの内に傷付けてきた。
その最たる被害者は他でもなく、あーしの姉フルルだ。
フルルはどんなことがあっても味方でいてくれた……応援してくれた……護ってくれた……。けれどもその献身は報われるどころか、逆に苦しめる要因となった。
あーしが弱いせいで……不甲斐無いせいで……フルルの優しさに甘えてしまったせいで、この世で一番大切な存在を蔑ろにしてしまい、彼女の幸せや栄光すらも奪ってしまった。
……果たしてそんなことが許されるだろうか? ――それは否だ。
だからこそケジメをつけなければならない。
(絶対にフルルを解放しないと。大切なもう一人の自分をもう二度と苦しめない為に。例えこの身を犠牲にしようとも……)
あーしは意を決し、目の前に設置したカメラと向き合う。
そのカメラの録画を開始した瞬間、これからカメラが捉える映像は終始【天空城】全域……いや、全世界に伝えられる。言わば中継生放送の様に。
あーしは胸にを当て一度呼吸を整えると、カメラを再生させ放送を始める。
「み、み……みんな、よく聞いて……。こ、こ……これから話すあーしの真実を……」
公演では絶対に見せない素の口調で、思いの丈を語り始めるのだった。
●
ルフは本当は歌が上手くなく、皆が聞いていたのは他人の声であったこと。
にも関わらず、<歌姫>の名を呈し偽りの称号を誇っていたこと。
そしてその名の大きさと重圧に耐えかね、その事実を秘密にしたまま引退公演を強行しようとしたこと。
普段通りたどたどしくしどろもどろになりながらも誤魔化したり変に取り繕ったりすることはせず、あーしの口から紡がれる言葉は真剣味を帯びていた……と思われていればいいな。
何せこちら側はただ映像を流すだけで、その映像を見ている者達の反応はこちらからは知り得ないから。
けれども大体は想像はつく。恐らく誹謗中傷・罵詈雑言の嵐に違いあるまい。
それでもあーしは特段悪びれた様子を見せず、その代わりに自分の極悪さをより一層理解させる為に、ある提案を口にした。
「あーしは本当に罪深い女です。そこで皆さんに質問です。こんなあーしを許しますか?」
何となく放送の空気が凍った気配を肌で感じ取った。
数秒の沈黙の後、ぎこちない笑顔が浮かぶ。
「うん、そうだよね。やっぱり――」
全てを悟り、当然だと言わんばかりに自分自身にトドメを刺そうとしたその瞬間、
「――待ちな! 勝手に話を進めてるんじゃねぇよ!」
横から投げられた一声によって【空立園】の硝子床がいきなり振動する。
そんな迫力のある声を出せるのはあーしが知る限りたった一人しかいない。その乱入者をあーしは敢えて拍手で迎え入れる。
「やっぱり来たね、<歌姫>フルル。今ここでお姉ちゃんの偉大さを証明してあげるよ」
「そんなの頼んだ覚えねぇよ。何勝手に誰も望んでねぇことしでかしてんだ、馬鹿野郎……ッ!」
そう言ってあーしの姉であるフルルはこめかみに血管を浮き立たせながら激昂したのでした。
●
少しずつこちらへと近付くフルル。彼女はカメラの存在に既に気付いているからか、丁度画角に入る位置で停止する。
それを見計らい、あーしはカメラの奥の視聴者に事実を打ち明ける。
「……彼女こそ、みんなが求める真の<歌姫>の正体だよ。それに間違いはないよね?」
「もうここまでされた以上、言い逃れは無理だな。……あぁ、そうだよ。あーしがルフの歌声を担っていた。大体の公演で聞かせていたのはあーしの声で間違いない。<歌姫>の声が潰れたと評される原因を作ったのもあーしだ」
「ほら、みんな聞いた! あーしの言葉に嘘は無かったでしょ? ねぇ、フルル、この放送の反響を見せてよ? 手に持ってる端末でそれを確認できるでしょ?」
あーしはフルルが握る小さな機械を指差す。きっとフルルはそれからこの放送を鑑賞したことでここの場所を嗅ぎ付け駆け付けたのだろう。ならそれを見れば観覧者側の態度を見ることが可能である。
だが、フルルは頑なに拒否をした。
「辞めとけ辞めとけ。何度も言ってるよな? 外野の意見なんて無視しろって。重要なのは周囲の言葉じゃなく、ここの本音を聞くことだろ?」
フルルは力強く胸を叩く。要するにフルルはこう言いたいのだ。『自分の信念に正直であれ』と。
「なぁ? これは本当にルフがやりてぇことなのか? どうしてもあーしにはそうは見えない。まるで無理してるみたいだ」
「無理をしている……? それはこっちのセリフだよ! あーしの代わりに裏方に回るのがフルルのしたいことなの? あーしの代わりに裏から声を充てることがフルルのしたいことなの? あーしの代わりにゼピュローヌ社長から虐待を受けるのがフルルのしたいことなの? あーしの代わりに歌が大好きな感情を捨てるのがッ!、諦めるのがッ!、押し殺すのがッ!、フルルのしたいことなの!? ねぇ、応えてよ!?」
あーしの心の底からの問い掛けに、あろうことかフルルは一切の感情の起伏無しにいつも通りの言葉を返す。
「――それがルフの為になるなら、そんなの些細な問題さ」
刹那、あーしの中の何かがとうとう吹っ切れたみたいに、プツリと切れたのを感じた。
するとあーしは自暴自棄を起こしたみたいに高笑いを上げていた!
「もういい……もういい……もうたくさんだ! いい加減、もうそんな戯言は聞きたくない!」
「!? ルフ、落ち着け! ”マナ”が漏れ出てるぞ! このままじゃ……」
「知るもんか! もうフルルの言葉なんて聞く気はない!」
もう何もかもどうでも良くなったあーしはいつの間にか一気に飛躍し、そのまま回し蹴りを放っていた。しかしそれは女の子特有の細くて華奢なただの足ではない。
あーしの膝から下にはいつの間にか薄緑色の装甲の固い足具が装着されていたのである。
そのせいでとんでもない衝撃を受けたフルルは思わず吹っ飛ぶ。それでもまだ意識を保つ彼女は身を起こすと、奥歯を噛み締めこちらに訴えかける。
「ル……ルフ……落ち着け……。これ以上暴走したら取り返しのつかないことに……」
「どうでもいいよ! これがあーしの……フルルとの決別の覚悟だ! もし止めたいのならフルルも顕現させれば良い。あーしと同じ様に<神具>をさ」
「ッ」
あーしは相手が逡巡する間も与えず、もう一度飛び掛かる。そしてそのまま、
「あーしの決心を阻むのならこうする他無い。お姉ちゃんなんて……フルルなんて――大嫌いだ!」
冷徹な言葉と一緒に無慈悲な一蹴――<神具>”タラリアン”による一撃を繰り出すのだった。
●
あれからどれだけの時間が経っただろうか? あれからどれだけ蹴り技を打っただろうか?
【空立園】の足元の硝子はほぼ全面的に亀裂が入っているくらい激しい猛攻が繰り広げられたというのに、肝心の相手は倒れてくれなかった。
流石の疲労に肩で息をしつつも、あーしは件の人物に悪態を突く。
「どうして一切反撃をしないの!? フルルの力があればあーしの攻撃なんて簡単に捌けるじゃん!」
あーしの問いに、フルルは吐血しながらも平常心を保ちつつ返答する。
「……そんなの気が乗らねぇからに決まってるだろ? ……可愛い妹を手に掛ける姉がどこにいる?」
「何それ? やり返さなきゃ命の危険だってあるじゃない! あーしは本気なんだよ! もっとフルルのことを痛めつけることだって――」
「……もう止せって。……自分を悪者に仕立て上げるのはよぉ」
「!?」
全身血だらけになりながらもゆっくりこちらへと歩み寄るフルル。
「……大方、姉を痛めつける酷い奴を演じる所をあそこのカメラに映して、世間から幻滅されるのが目的なんだろう? ……そうすりゃその批判に乗じて自身が不要な存在だと大いに証明することができる。……もしそういう意図があるなら思い違いもいいところだ。……さっきの生放送での問い掛けといい、ルフは根本的に間違ってるぜ? ……実は誰もルフのことを――」
「黙ってよ! じゃあどうしたらいいっていうの!? あーし達二人の身体を合体させなきゃ絶対に<風神>ゼピュローヌには敵わない! まさかあの神の呪縛にずっと縛られるだなんて言わないでしょ!?」
「……そりゃそうさ。……あーしは必ずや自由にならなきゃならん。……二つに一つしか選択肢が無い以上、どちらがより要らないか議論する必要がある。……その基準として、今もこうして投稿され続けている言葉は大いに役立つ」
ふとフルルは手に持った電子器具を床に投げ捨てる。
「……もうこんな無意味なことは終わりにしようぜ? ……あーしはルフを悪者にさせたくない。……自分の不始末は自分で拭くさ」
フルルが意味不明なことを呟くと、パリンと何かが割れる音がした。
「えっ……?」
驚く間も与えられぬまま、あーしの目の前でとんでもないことが起きた。
なんとフルルが半分割れかかっていた足元の硝子を強引に破壊し穴を開け、そのまま落下したのである。
ここ【空立園】は工装上、真下には空が広がっている。すなわちフルルは真っ逆さまに空中に落ちていった。
「――フルル!」
何とか反射的に手を伸ばし、ギリギリの所でフルルを掴む。だが、
「『辞めろ、手を放せ』」
フルルが発した命令に背くことができず、掴んだ手を放してしまった。
「フル……ル……」
あーしはどんどん小さくなる姉の姿をただ漠然と見送り、その後失意の内に膝を落とすのだった。




