【コミティア】の異変
言葉通りの意味でしーんと静まり返る【コミティア】の中心に立つ私めとアメルダ先生は、この状況の不可解さに背筋を凍らせます。
「せ、先生……これはどういった……?」
「待て、それについてこれから分析する。取り敢えず街をグルッと一周回ろうぞ?」
その提案に従う形で、情報収集を兼ねた街の視察を始めます。
そして数十分掛けて一通り街の様子を確認してわかることがありました。
「こんな真昼間だというのに、本当に街中に人っ子一人おらぬ。こりゃまるで誰もが外に出ぬ真夜中みたいじゃな」
「つまり街の中だけ昼夜逆転していると?」
「いや、妾達がおるこの時間軸は正常。正確には誰しもがまだ寝てしまっておるということじゃの」
そう呟きつつ先生は丁度近くに建てられた家の鍵を壊し、中へ不法侵入します。
「ちょ、ちょっと先生!? そ、それは流石に道徳上どうかと思うのですが……」
「別に物を盗んだり家の中を荒らすつもりは毛頭ない。ただ、仮説を確信に変えておきたいだけじゃ」
街の中において<大魔女>アメルダ様は知らぬ者は居ない有名人です。だからこそ全く赤の他人ではありませんが、お家の中へズガズガ不法侵入していい訳ではありません。
当然それを理解していながらも、逆に堂々とした足取りで家の中を内見する先生。そして部屋の中へ手招きをします。
「ほれ、見てみい。この家の住人全員が眠りに就いておるでの」
「そのようですが、まだ確定事項ではありませんよね? ただお昼寝をしているだけなのでは?」
「なら後五・六軒おじゃましてみるか。もしその全ての家で同様のことが起きておればお主も納得するかえ?」
こう諭され、不本意ながらも他のご自宅へおじゃましたところ、先生は満足げに口元を緩めます。
「妾の読みは当たっておった様じゃな。どうやらここ【コミティア】の住人は全て原因不明の集団睡眠にかかっておるようじゃな」
先生が口にしたとんでもない現実に、私めはただ言葉を失うばかりでした。
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結局その後も一応起きている人がいないか捜索を進めましたが、成果は出ず重い足取りで街中を歩いていると、突然先生は大きな伸びをなさります。
「――いやはや、まさか妾達が【シールス】でのんびりしておる間に故郷がとんでもないことになってしもうたわい。こりゃ驚きじゃ~」
「!?」
先生が発したのはなんとも呑気で悠長な言葉でした。
まるで危機感の感じられぬ先生の怠さに珍しく私眼の中で怒りが込み上がります。
「先生……お言葉ですが、それはあまりにも街の方々に失礼では? これが一時的なものであるのならいざ知らず、ずっと目を醒まさないことだってあるのかもしれないのですよ? 先生はそれでも構わないのですか?」
「…………」
「先生! 何か言ったら――」
私めの問いかけに対して先生は静かにこう返します。
「エメルダ……悪いが少し静かにしておれ……。お主の言いたいことはこれでもかと身に沁みておるからな」
「!」
そう返答した先生の口元をよく見て見ると、そこから血が滲み出ているのを確認しました。
(もしかして先生……)
どうやら私めは大きな勘違いをしていました。
あぁやって表面上は何ともない素振りをしているのは、ただ今にも爆発しそうな激情を口内を噛み切る程に我慢していたからだったのですね。
(私めなんかよりもよっぽど現状に憤りを覚えていらっしゃるというのに、なんと失礼な言動をしてしまったのでしょう……)
その過ちに気付いた私めは気持ちを切り替える様に頬を叩き、まっすぐ前を見据えます。
「先生、一点だけお聞かせください。この状況を打破できる手段は御座いますか?」
私めの一転した言葉に目を瞬かせた先生はすぐにこちらの意図を汲んだようで、ハッキリこう応えます。
「残念ながら今すぐに解決策は見出せぬが、必ずどうにかしてみせると約束しよう。その為に力を貸してくれるか、エメルダ?」
「はい、勿論です!」
そんな遣り取りを終えいざ行動!と意気込んだその時です。いきなり背後から声を掛けられたのです。
「あっ! その声、もしやと思ったら案の定あなた達でしたか!」
その声に振り向いた私めと先生はその声の主を見て目を見開きます。
「キューレイ! お主は無事じゃったのか!?」
「キューレイ様! ご無事だったのですね!?」
【コミティア】に戻って来てから初めての生存者との出逢いに涙腺が崩壊しそうになります。
そんな私め達の姿を目の当たりにしたキューレイ様はギョッと身構えてしまいます。
「え……えぇっ~と、二人同時に声を出さないでくれますか? でもあなた達二人がとっても喜んでるのはわかりますよ?」
キューレイ様もキューレイ様で私め達を見つけたことに驚きを隠せていないご様子でしたが、言葉通りこの御方も安心なさっている様でした。
つまり互いに平常心を保てていない中、キューレイ様はふと私めが持つ袋――ポセイン様から頂いたお魚のお土産が入っています――を見つけると目を輝かせます。
「ねぇエメルダちゃん、その袋の中身って【シールス】の魚ですか?」
「はいそうです。そういえば丁度キューレイ様に捌いて頂こうと【ヴァルハラ】を訪ねようとしていたところでして……」
「えぇ!? こんな採れ立て新鮮の美味しい【シールス】の魚をこのわたしが調理してよろしいのですか?」
「逆に其方にしか頼めぬことじゃ。妾は言わずもがな、最近キューレイに料理を学んでおるエメルダであっても、まだ高度な技術だと思うしの。……まぁ、其方に調理して貰うのが一番料理を美味しく食べられるからというのが一番の理由ではあるがな」
アメルダ先生からもお墨付きを頂戴したキューレイ様も私め達とはまた違った意味で涙を流しそうになり、そのまま感極まり先生に抱擁をかまします。
「ぐぇえ~! いきなり抱き付くでないわぁ~!」
悲痛の叫びを上げつつキューレイ様を引っぺがそうとする先生でしたが、
「ん? 其方平気かえ?」
すぐにキューレイ様の足が震えていることに気が付きます。
「だらしない姿を晒してしまいごめんなさい……。街中がこんな状態でもいつもと変わらぬ雰囲気を出しているあなた達に安心してしまって、つい……」
どうやらキューレイ様は自分以外街の人は全員急に起きなくなってしまって本当に心細い想いをしていたようです。
そのお気持ちを察した先生はやれやれとぼやきつつも、キューレイ様の想いを受け止める様に彼女の身体を抱き返したのでした。
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キューレイ様。生まれも育ちもここ【コミティア】の若い女性で、実家である【コミティア】の料亭【ヴァルハラ】――先生に買われた日の夜に訪れ、生まれて初めてまともな食事を頂いた場所――の給仕役として日々笑顔を振りまいております。
明るい橙色の髪という見た目から察せられる通り、見るからに活発で元気はつらつな彼女は先生とはまた違った形で街の人々から信頼を集めており、また私めにとって数少ない良き理解者でもあります。それ故先生と共同生活を始めた当初、不慣れな家事や料理を懇切丁寧に教えて下さったということもあり、言わばもう一人の先生と言っても過言ではありません。
有難いことにそういう関係性を築かせて貰っているキューレイ様もキューレイ様で、私めのことを妹としてよく可愛がってくれます。先生の他にもう一人お姉さんが増えたような感じがあり、こそばゆくもありますが意外と嫌な気持ちにはなりません。
そんなキューレイ様と思いも寄らぬ再会を経た私めと先生は料亭【ヴァルハラ】の席で料理を待っておりました。
「いつもは賑やかなここも、妾達しか客がいないとなれば静か過ぎるでの」
「そうですね、ここまでされると本当に【コミティア】の惨状を理解せざるを得ません」
「じゃが運良くキューレイが生き残っておったのは儲けもんじゃな。正しく生きた情報源を確保出来たのじゃからの」
「そういえばどうしてキューレイ様だけ平気だったのでしょう? 私め達と同じ様に一時的でも街から離れていたのでしょうか?」
「その答えはわたしがずっと身に付けている護符が関係しているかもしれませんね」
先生との会話の途中、割り入る形で料理を持ってきたキューレイ様が両手に持った皿を手際良く机上に並べていきます。
「なんとなしに、生・焼き・煮・炒めといった具合の調理方法を試してみました。せっかくなのでわたしも食べたいですから同席しても?」
「構わぬ。その代わり食べながらでいいから話を聞かせて欲しいでの」
「最初からそのつもりです。ではまずはわたしだけが影響を受けなかった理由から話しましょうか」
キューレイ様は軽く料理を口に運びつつ、首に巻いた護符をこちらに見せつけます。
「これには不思議な力……言うなれば少々の”魔術”であれば弾いてしまう加護が込められているのです」
「”魔術”? 薄々そんな気配はしたが、”魔術”を防げる其方だけが何ともない以上、全ての元凶は……」
「はい、他者からの”マナ”介入があったとみて間違いないでしょう」
すんなりと結論に至ることとなり、私めは食べていたお刺身を固唾と共に思いっ切り飲み込んでしまいます。
「仮にそれが事実だとしたら、この現象の犯人はどれ程強力な力を持っているというのです!?」
「エメルダちゃん、多分ねその”魔術”は直接的じゃなくて間接的に作用しているのです。私の見立てでは、恐らくこれが原因なんだと思っていまして」
キューレイ様は神妙な面持ちで私め達の前に小さな紙を差し出します。
「何じゃこれは? ふんわりと鼻腔をくすぐる香りがするでの。嗅いでるだけで何だか心が浮き立ち眠くなって……って!?」
突然その袋を叩き落した先生は全てに合点がいったかのように頭を抱えてしまいます。
「――畏れいったわい。この匂い袋には睡眠という名の昏倒を促す作用がこれでもかと言わんばかりに込められておるわい……ッ!」
普段寝なくても平気な先生は眠そうに目をパチパチ瞬かせつつ、冷や汗を流したのでした。




