<黒樺の杖>
<黒樺の杖>。
それは<大魔女>アメルダ様の魔力を封印した最強の杖だそうです。
(魔術師における杖の役割は魔力を宿さぬ私めでも良く存じております)
魔女、延いては魔術師と呼ばれる方々の実力や能力を決める要因は主に二つ。
一つ目は本人の才能や魔力量。こればかりは個人差が大きく出るそうでその溝を埋めるのは相当難しいそうです。ですが、少しでもそれを覆せる手段があります。
その手段こそ二つ目の要因である杖だそうです。
(一説によると魔術遣いにおける杖は言わば魔力のブースター装置の様なモノだと聞きました。杖の選択を正しくすれば魔術師本人のポテンシャルは数十……いや数百倍にも膨れ上がります。もしアメルダ様が<黒樺の杖>を持てば、街をも飲み込んだあの隕石すら破壊出来るらしいです)
しかし、では何故その様な最強と名高い杖をアメルダ様は常備していなかったのか?
それにはちゃんとした訳があります。
アメルダ様は<黒樺の杖>を持っていなかったのではなく、持てなかったのです。
『一言で言えば、今の妾は<黒樺の杖>を使うことを堅く禁じられておるのじゃよ。理由は規格外な魔力を持った妾を暴れさせない為であるな。でも仕方がない、妾の凶暴さは妾が一番よぉく知っておるからの』
アメルダ様は<黒樺の杖>のことを説明する際そんな風に苦笑し、その後続け様にとある懸念を述べておりました。
『とは言え、こういう非常時に限り<黒樺の杖>を使うことを許可されてはいるが、一点だけ面倒なことがある。何分強固な結界に守られておるのじゃよ』
どうやら<黒樺の杖>はアメルダ様の手が届く場所にあるそうですが、その前にはほんのちょっとの魔力すら感知し、その全てを防ぎ切ってしまう防衛機能が備わっており、あのアメルダ様の侵入すら未だ拒んでいるのだとか。
『そんな結界を外せるのは結界を作った者のみ。その者は妾の知り合いであるのだが、タイミングが悪いことに今はここを離れておるみたいで頼みたくても頼めない状況じゃ。だからこそ、今現在その結界を突破出来る可能性があるのは其方しかおらぬ』
アメルダ様曰く、どんな微弱な魔力すら正確に感知し撃墜するのなら、いっそのこと魔力を宿さぬ<無魔力>の私めなら、面倒な結界から無視されるのでは?とのことです。
それでも確証は無く、成功か失敗かの二択を迫られる形にはなりますが……。
(どうやらそれこそが『私めにしか出来ないこと』の様ですね……。もしもアメルダ様の予想が外れたらただでは済まないでしょう。しかし、これが唯一の可能性です。アメルダ様が仰った通り、私めにはやるしかないので御座います)
そうして大きく息を吸った私めは<黒樺の杖>がある部屋へと向かうのでした。
●
そうして私めが立ち入ったのは、屋敷の地下から通じている一室。
そこは至ってシンプルな部屋でした。部屋の端には青色の炎を灯す燭台。その小さな光の先に祭壇らしき物が一つ。そこに一本の杖が奉られておりました。
(もしや真っ黒に染め上げられたあの杖が例の? ならこの先に件の強固な結界があると……)
私めは緊張でゴクリと生唾を飲み込みます。
もしかすると<無魔力>の私めに対してでも容赦なく防衛システムが働くかもしれません。仮にそうなってしまえば私めの結末は決まり切っております
「…………」
やるしかない。そう心を鼓舞しても、身体の方が言うことを聞いてくれません。さっきから足の震えも止められず、自然と息遣いも荒くなります。
「だい……じょ……ぶ……」
私めは何の根拠もない言葉を呟くと、半ば倒れ込む姿勢で部屋の中へと入りました。すると――
「……?」
一切何も起きませんでした。
何だか拍子抜けになりながらも、まだ油断ならず慎重に一歩を踏み出します。
そして難なく<黒樺の杖>が奉られた祭壇の前に立つのでした。
(どうか何事もありませんように……ッ!)
まだ杖を取った後に罠が機能する線も拭えませんでしたので、これでもかと天に祈りつつ、<黒樺の杖>を手に取りました。
<黒樺の杖>を回収した瞬間、一心不乱に後方へ駆け出します。そして滑り込む形で部屋の外に脱出しました。
「はぁ! はぁッ!」
(良かった~……結局何も起こりませんでした……。何とか安全を確保しましたが、全く生きた心地がしません……)
緊張の糸がまだ切れず肩で息をする私めですが、これで終わりではありません。
手に入れたこの<黒樺の杖>をアメルダ様に手渡すまでは、どんなことがあっても手放してはならないのですから。
(取り合えず地下から出ましょう。話はそれからです)
そうして立ち上がったその時でした。
また大きな地震が起き始めたのです。
(ま、まさかまた!?)
私めは否が応でも、またアレが襲来していることを悟ります。
(早くここから逃げ――)
ですがそれは手遅れでした。何せ私めが走り出した時にはもう既に、屋敷の床を豪快に突き破った隕石が真ん前に迫っていたのですから。




