そして全てが無に帰した
いきなり街に来てくれ!、と言い寄られた<大魔女>アメルダ様と私めは出来得る限り早足で街に到着しました。
そこから伺える街の現状は本当に酷いモノで御座いました。
「これはこれは……なるほどの~。屋敷に来た者達があれだけ切羽詰まるのも肯けるわい。やはり妾の悪い予感が的中してしもうたみたいじゃ。まさか<流星祭>の前にこんなことが起こってしまうとはな……」
街に辿り着くとすぐ、アメルダ様は険しいお顔で目を細めます。
私めも私めで、目の前に広がる無惨な光景を見て固唾を飲み込んでしまいました。
(今まで牢屋の中で生活をしておりましたから、その先に拡がる世界がどういった物かをそれ程知り得てはいません。ですがそんな私めでも分かります。きっとこれが地獄絵図なのでしょう……)
少しばかり不謹慎ではありますが、私めはキョロキョロと周囲を見渡します。……しかし、そうしてどこを見渡してもマシな景色はありませんでした。どこもかしこも巨大な岩だと見間違えるくらいの物体――隕石によって地面が滅茶苦茶に破壊されていたのです。
アメルダ様は見える範囲外の被害を確認すべく、側で隕石の撤去作業をしていた男性に話を聴きます。
「なんとも大変なことになってしまったな。街の住民は大丈夫であるか?」
「あぁアメルダ先生、大変なんてモンじゃありませんよ。生まれてからずっとこの街で過ごしてますがこんなこと初めてなんですから……。ちなみに分かる範囲ではありますが、死者はいないそうです。その代わりに怪我人は多数ですが……」
「そうであるか。取り敢えず人死にが無いだけは不幸中の幸いであったな。ともかく妾も救護活動に手を貸すぞ?」
「えぇ、それは助かります。隕石をどかす力仕事は我々に任せて、アメルダ様は治療に専念を。まずはお互い適材適所で対応していきましょう」
「うむ、任せたのじゃ」
男性との話を終えたアメルダ様はすぐ怪我人が運ばれたテントへと向かいます。その中には、私めに素敵なお洋服とお料理を恵んで下さった衣服店とレストランの女性店員がおりました。ですがそのお二人は、両手両足を包帯でグルグル巻きにし、意識を閉ざしていたのです。
お話を聞くに、どうやらお二人が勤める衣服屋とレストランに隕石が直撃し、その衝撃で全身大火傷の重傷を負った様です。なんとか一命は取り留めたというものの明らかに無事ではない二人の姿を見て、アメルダ様は動揺を隠せずにいました。そしてどこか悔しそうに奥歯を噛み締めます。
「……どうやら想定しておった可能性の中で一番マズい展開を引いてしもうたみたいじゃな。それ程までに彼女の影響力は強大ということか……」
「――本当にその通りだよ、<大魔女>アメルダ。お前の浅はかな優しさのせいでとんでもないことになってしまったな!」
「「!?」」
突然テントの外から声がしたと思ったら、数人規模の集団がゾロゾロと入ってきました。そして瞬く間に周囲を取り囲まれてしまいました。
「なんじゃ、其方らは?」
「我々はこの街の騎士団に所属する者だ。お前は知らないだろうが、こいつとは昨日会ったばかりだから覚えてるんじゃないか?」
そう言って集団のリーダー格らしき女性が私めを睨みます。
確かに私めはその女性に見覚えがあります。この人は、昨日オークション会場で私めを牢屋から競売場に運んだ方でした。
「…………」
ふとその時味わった痛みを思い出し身震いをさせると、女性騎士は突然唾を吐き捨てます。
「やはりあの時さっさと首を刈っておけば良かったな。もし早くお前を消しておけばこんな事態にはならなかっただろうな」
どこか含みを含んだ女性騎士の言葉にアメルダ様は眉を吊り上げます。
「おい、其方……悪いが言葉は謹んで貰おうかの?」
「どの口が言う? お前は間接的にこの問題を巻き起こした。だからそこお前にもそれ相応の罪を与えればならないんだよ!」
「……ふむ、どうやら其方らには其方らなりの言い分があるみたいじゃが、せめて場所を変えるのじゃ。仮にもここは身も心も傷付いた者達が集う病棟。あまり騒ぎ立てるでないわ」
「いいや、ここで真実を露わにするのに意味があるんだよ」
女性騎士はいきなり手を何度も叩き、テント内の注目を集めます。
「皆の衆、聞け! あの隕石は自然現象では決してない! ある忌まわしき悪魔――生きる厄災と評されるこの<無魔力の忌み子>が街に隕石を巻き寄せたんだ!」
そう言って女性騎士は私めのことを指差すのでした。
●
(悪魔……? 生きる厄災……? この私めがで御座いますか?)
女性騎士から言い放たれた言葉に見に覚えがない私めは首を傾げます。
(しかし、その表現をどこかで聞いたことがある様な……。あっ! もしかしてあの時では?)
『本日最後の競売品は、世にも珍しき魔力を宿さぬ悪魔の子! 正に生きる厄災と評される齢十歳のこの少女は世に存在しているだけで罪! こんな<忌み子>を側に置いてるだけで不幸が舞い降りて来そうだ~』
……そう言えば私めを競売に掛けたオークションハウスの従業員がこんなことを申しておりました。
その時はただの比喩とばかり思っておりましたが、そうはっきり言われてしまうと現実味が増してきます。
悪魔……生きる厄災……そんな剣呑な響きに私めは生唾を飲み込みます。
そんな不安に駆られた私めに対し、アメルダ様は鼻で笑いました。
「いきなり何を申すのかと思えば、とんだ世迷言じゃの。この娘は世にも珍しき<無魔力の忌み子>であるのは確かじゃが、良くも悪くもそれだけじゃ。流石の妾でも目で捉えられぬ宙を舞う隕石に魔力介入するのは無理な話じゃ。この<大魔女>ですら出来ぬことを無魔力の娘がやれると思うかえ?」
「ハッ! 白々しいにも程があるぞ! 数百年もしぶとく生き永らえているお前のことだ、その人生の中で<無魔力の忌み子>の一人や二人に会ったこともあるだろう。ならば<無魔力の忌み子>が世界に与える悪影響のことを当然知っているな?」
「…………」
女性騎士からの言葉を受け、アメルダ様は何故か神妙な面持ちをなさりました。
「確かにの。過去の大厄災の側には<無魔力の子>がおったとされておる。じゃがそれは憶測に過ぎぬわ。偶々不幸な出来事の近くに<無魔力の子>がおっただけ。そんな偶然を幼気な少女のせいにしてやるでない」
「偶々……? 偶然……? そんな訳あるか。そうでなければ、お前達が立ち寄った衣服屋とレストランだけに隕石が落ちる筈も無いからな」
「「「!?」」」
その事実を聞き、私めとテント内の人々が恐怖で身体を震え上がらせます。
見る見る内にテント内が騒然とし始めたのを見て、女性騎士がほくそ笑みます。
「<無魔力の忌み子>が立ち入った場所にだけピンポイントで不幸が舞い降りた。アメルダ、お前はこうなることを知っていながら<無魔力の忌み子>を引き取ったんじゃないのか? 街を壊滅させる為に」
さらなる女性騎士からの追及。それが引き金となり、テント内で休む怪我人達がざわつき始めます。
『あのアメルダ様がそんなことを考えて?』
『今まで散々優しくされてきたけど裏切ったってこと?』
『急に子供をこしらえたから妙だと思ってたが、まさか<無魔力の忌み子>だったとは……」
『なら急に隕石が降ってきたのも頷けるな。もしかして全部あの娘のせいなのか?』
見る見る内にアメルダ様に対する不信感がテント内に充満しているのが分かりました。
それは私めも同様です。しかし、私めの疑心はアメルダ様に向けられた物ではありません。私めは私め自身を疑い始めました。
(まさか……まさか……街に隕石を落としたのは私めのせい……なのですか……? そのせいで、私めに優しくして下さったあのお二人を傷付けてしまったたと……? もしそうなら、私めはなんて下劣なッ!)
私めは突然罪の意識に苛まれ、思わずその場でうずくまってしまいます。
(私めは本当に取り返しのつかないことをしてしまいました! それでは本当に私めは悪魔……そして生きる厄災ではありませんか!)
そう考えてしまうと震えが止まりません。
そんな私めを女性騎士が見下します。
「やっと自分が犯した過ちを自覚したか。……だがもう遅いんだよ!」
女性騎士はいきなり私めを蹴り上げ、その後強引に髪を掴みます。
「うがぁ!?」
「世界に仇なす存在はここで消えろ! これ以上被害が拡大する前に今ここでお前の首を――」
「!? やめるのじゃあ!」
アメルダ様の制止も虚しく、女性騎士が剣を私めの首筋に突き立てたその時です。いきなり大きな地響きが起きます。
そして、間もなくしてテントの外から叫び声が聞こえてきました。
『なんだ、あれ!?』
『まさかまた!?』
『それにしてもデカすぎる! この街全部を飲み込むんじゃ――』
『みんな、逃げ――』
突然世界の終わりだと言わんばかりに声を張り上げる方々にその場にいた全員が冷や汗を流します。
(一体何が?)
そんな違和感を感じつつテントの外に出た私め達。
先程声を張り上げた人達と一緒に空を見上げるや否や、私め達全員は絶望しその場で立ち尽くしてしまいました。
『ゴオオオオォォォォォ……ッ!!!!!』
そんな耳を張り裂く様な爆音と共に、どう表現したらいいか分からないくらい大きな隕石がこちらへ迫って来ておりました。
まさかこの隕石も私めが呼び寄せてしまったのでは!?
そんなことを予感している内に隕石はどんどん近付いて来ます。
「これはマズイ……ッ!」
迫りくる驚異の前に誰も動けぬ中、唯一アメルダ様だけが一歩を踏み出し杖を振るいます。
「皆の衆、今すぐ身を屈めるのじゃ! 妾が出来るだけ衝撃を抑える!」
アメルダ様は隕石の前に防壁らしき物を展開します。
しかし、最初からそんな障壁等存在しないと言わんばかりに隕石がアメルダ様の”魔術”を突破。何事もないまま隕石は一切止まる気配を見せず、
『――――』
程なくして地面と衝突。
その刹那、全てが無に帰すのでした。




