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ハーレムエンドのその後で  作者: 雨森琥珀
その後の話
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6.打ち合わせ

 朝。

 顔を洗って寝ぐせの付いた髪を整えて仕事着に着替える。

 いつも通り、青柳本家の使用人棟にある自分の部屋から月草の部屋に移動して、一緒に朝飯を食べながら今日の仕事の打ち合わせをする。

 その途中で、月草に聞かれた。

「何か困ったことはありませんか?」

「そうだな……この仕事用のスーツだけどさ、夏用の生地が薄いのとかないか?

 緑川先輩のとこで暑さ対策教えてもらって試してみたけど、やっぱキツいわ」

 支給された仕事着は、光の当たり方で細いストライプが浮かび上がる濃紺のスーツだ。

 見るだけでもわかるくらい上等な生地で、おれの体に合わせて仕立てたのかってくらい引っかかるところもなく着心地がいい。青柳の従者としてちょっとしたパーティーくらいならこれ一着で出られる優れものだ。

 ただ、しっかりした作りの分とにかく暑い。これにきっちりネクタイまで締めるんだからなおさらだ。

 色付きにとってはどうってことないんだろうが、群衆のおれにとっては暑すぎる。

 あいつじゃないが熱中症になりかねない。

「またあなたは……困ったことがあったら一番にオレに言ってくださいって言ってるじゃないですか」

「つっても月草は群衆のことそんなに詳しくないだろ。適材適所ってやつだよ」

 緑川先輩は群衆を主力で雇ってる分、群衆について詳しい。群衆が快適に仕事をできるための道具の販売もしているし、ノウハウも持っている。

 ……まあ、さすがにそれでもこの暑さはどうしようもなかったが。

「瑠璃様が平気そうなので油断していましたね……。

 わかりました。この際なので、見た目にも涼しそうにしましょう。こちらで手配しておきますね」

「悪いな」

「いいえ。少しでも気になることがあったら何でもオレに言ってください。

 ……瑠璃様の体調は大丈夫でしょうか」

「あいつは強化されてるからもう群衆とは別物だよ。

 あとその瑠璃ってのもなあ……あいついまいちピンときてなくないか?

 青柳も一切呼ばないしな」

 対外的にはあいつの名前が瑠璃だっていうことは広まってるけど、あいつの近くであいつのことを瑠璃って呼ぶのは月草くらいだ。

 おれ自身も、あいつがどうにもしっくりきてないみたいな顔をするもんだから名前で呼ぶことはない。

 元々群衆は名前がないのが当たり前だから不自由はないんだが、あいかわらずあいつはなんか妙なんだよな。

「まあ、その辺りは名前を登録すれば違ってくるとは思いますが。この夏休み中には登録に行く予定ですから。

 その時にあなたの名前も一緒に登録しましょう」

「へ?おれも?」

「あなたの方もそろそろよさそうですからね」

 ……マジでか。特に誰からも呼ばれることもないし、名前なんてないままだと思ってた。

「マジか。どんな名前なんだ?月草は知ってるのか?」

 思わず身を乗り出して聞くと、

「知ってはいますけど、登録者が事前に呼んでしまうと登録できなくなる可能性があるので、もう少し待ってくださいね」

 内緒だというように、口の前に指を一本立てられる。

 こういうときの月草は絶対に口を割らないから、仕方なくあきらめて白米を口に詰め込む。

「あとは瑠璃様をどうするかですね……。本来なら、青柳家について色々と学んでいただきたいことはあるんですが……」

「今そんなこと言ったら確実にビビるな」

「そこが問題なんですよね」

 あいつは青柳と付き合っていくということがどういうことかいまいち気づいていない。自分が近い将来、青柳家を背負っていかないといけないなんてまだ考えてもいないだろう。

 教育なんてしようとしたらびびって逃げるのが目に浮かぶ。

 ……まあ実際、たいていの実務は青柳とおれらでどうにかできるからな。


       *


 朝飯を食べ終えて器を厨房に返した後で、月草の部屋に戻って聞いてみる。

「なあ、月草。ここにある調停系の資料って借りてってもいいか?」

 月草の部屋の棚にぎっしりと並んだ分厚いファイルを一冊抜き出してぱらぱらと中身を確認する。

 月草らしく無駄なくていねいにまとめられた資料は読みやすい。

「いいですよ。問題が起きた時のために置いてあるだけですから。でも、こんなものどうするんですか?」

「あいつもそろそろ恋愛小説だけだと飽きるころだからな。あとこの間の完全誓言の儀の時に使ったリストも持ってくぞ」

 青柳家の親戚衆の個人情報や立ち位置なんかが色々書かれた紙の束も一緒にファイルに挟み込む。


        *


 基本的に青柳家の使用人は優秀だし、月草も今まで青柳の仕事を丸投げされていただけあって仕事の処理で不安になるようなことはない。青柳も、自分から積極的に動きはしないが、渡した仕事は高いレベルでそつなくこなしてくる。

 ……問題は、調停系だ。

 青柳は共感能力が完全に死んでいる。

 理屈でどうにかなる話や利権に関する交渉は問題なくこなすが、感情が絡むような話になったとたんに使い物にならなくなる。

 仕事を青柳に投げるようになっても、月草の仕事が減らない理由の一つがこれだ。

 青柳家くらい地盤がしっかりした家になると、上の人間が現場に口出しをすることはまずない。

 この間の完全誓言の儀の時に来ていた親戚衆それぞれが大企業の社長で、じいさんや青柳はその元締めという立ち位置だ。

 だから、青柳のところに来る仕事は、何かをしたいから許可が欲しいだの、問題を処理したあとの承認だの、大きな問題が起きた時の調停だのが主になる。

 特に調停の依頼は多く、月草の仕事の半分は調停系だと言ってもいい。

 だが、それぞれ組織立っている青柳家の中で青柳にまで上がってくる問題になると、単純な利権問題はほとんどない。情だの恩だの意地の張り合いだのでどうしようもなくこんがらがった状態のものばかりだ。

『お互い納得はできないが上の者が言うなら仕方ない』という状況で話がくるから、従者である月草が出ていくとかえってややこしいことになったりもする。


『使用人じゃ話にならない。責任者を出せ!』ってやつだな。


 実際のところ、月草は青柳から全権委任書をもらっているから、青柳と同じことができるだけの権力を持っている。だが、月草自身は全権委任されていることをあまりおおっぴらにしたくないらしい。

 月草は『これも仕事ですから』と、怒鳴りつけてくる奴らをさらさらとさばいていくが、こういうのこそ本来は青柳がするべき仕事だ。

 だが、つい昨日簡単な調停を任せたら、びっくりするくらい見事に失敗しやがった。

 使えないどころかマイナスの結果におれは悟った。

 青柳に調停は無理だ。

 青柳にも、おれら従者にも難しいことだが、あいつならいけるとおれは踏んでいる。

 ……まあ、いきなり調停やれなんて無茶は言わない。

 とりあえず、読み物として興味を持ってくれりゃそれでいい。

 そろそろあいつらも朝飯食べ終わった頃だろう。

 ファイルを持ってあいつがいる青柳の部屋に向かう。

 ……青柳がどう出るかが問題ではあるけど、青柳にも言っておきたいことあるしな。

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