4.気を付けないと
しばらくの間、司の胸に頭をあずけてじっとしていた。
コンコン、と扉が叩かれる。
「入っていいよ」
司が扉に向かって声をかけると、扉が横にスライドして開いた。
「目ぇ覚めたのか」
男子が聞いてくるからうなずく。
「熱は?」
「下がったと思う」
「一応測れよ」
司をよけて逆側に回った男子から体温計を渡される。
「わかった」
体温計をわきの下に挟んでしばらく待つ。
ピピピピと軽い電子音がして取り出せば、三十六度七分。
まあ平熱って言っていいんじゃないかな。
「体調は悪くないな?」
熱も下がったし体の重さや痛さもない。ちょっとだるいのは寝すぎたせいだろう。
「うん」
笑って返事をしたら、男子は大きくため息をつくと一歩近づいてきた。
「よし。じゃあ、歯ァ食いしばれ!」
いきなりガツンと頭に衝撃が来た。
痛くはないけど、くらくらする。
「ええっ?」
びっくりして男子を見上げたら、司に抱き寄せられた。
「なにしてるの」
司の声が低い。
明らかに怒ってる司に向かって、こぶしを握ったままの男子が言い返す。
「見りゃわかんだろ。怒ってんだよ。
どうせお前は叱ってもないんだろ」
男子の声に、私を抱きしめる司の腕の力が強くなる。
「このままほっといたらこいつは同じこと繰り返すぞ。青柳もそこにいていいからちょっと黙ってろ」
……これは、どうも私が何かやらかしたっぽい。
司の腕をぱしぱし叩いて力を緩めてもらって、怒っている男子に向き直る。
「……私、何したの?」
「お前、自分がどれだけヤバいことしたのかわかってないだろ。
倒れてから何日たったと思ってる」
「……え、ちょっと待って日単位なの?」
窓の外が明るいから一晩くらいだと思ってたんだけど。
「二日半!熱は高いし、防御力上がってるせいで点滴の針も刺さらないし、もうちょい起きるの遅かったら胃までチューブ入れて流動食流し込むとこだぞ」
うえ。それはちょっと嫌だ。
なんだか思ってたより大事になってたみたいだ。
「魔力専門外来に運び込んで胃洗浄して全身スキャンして。使役獣が動いてるっていうから下手に薬も飲ませられないし、点滴もできない。青柳は一瞬でも離れたくないからって飯も食わなきゃ水も飲みやがらねえ」
え。それって、司は大丈夫なの?
思わず振り返ったら、困ったような顔で笑われた。
「多少の不具合くらいどうとでもなるから大丈夫だよ。
それに雪柳が魔力をかなりの勢いで持っていってるから、近くにいた方が効率いいし」
「……ごめんなさい」
また迷惑をかけてしまった。
謝ったら司が頭をなでてくれて、男子が大きなため息をついた。
「なんでこんなバカやらかしてるんだよ」
「図書室で資料調べて、雪柳が魔力の毒性をなくせそうだってわかったから。確かめてみようと思って……」
「それにしたって、青柳に一言相談するべきだろ?」
「その通りです……」
最初から言ってれば、ここまで大きなことにはならなかったかもしれないし、心配だってかけなかったよね……。
「ったく。なんでお前が一人であせってんだよ」
「いや、でも。こんなの言いづらいっていうか……」
司とキスしたいんだけどどうしたらいいと思う?とか本人に言うのはどうかと思うし。
男子とか月草さんに相談とかは……さすがに恥ずかしい。
「あー……女子同士でないと、ってやつか」
男子は察してくれたのか頭をぐしゃぐしゃとかき回しながらため息をついた。
「まあたしかにおれらには言いづらいこともあるか。
そこらで適当に女子会とか……あーそっか。お前友達いないもんな」
そうなんだよね。実は特に親しい相手ってあんまりいない。
群衆同士で仲良くなっても次の日普通にいなくなってたりするから、あんまり仲良くならないようにしている。友達とか知り合いがすごく多い男子は、そういうの怖くないのかなってたまに思う。
「うん。それもあるけど。そもそも色付きと恋愛してる人なんていないし……」
親しくしてる人がいるとかいないとか以前の問題なんだよね。
「あーなるほどな。配慮が足りてなかったな。
お前と同じような状況のやついるから、落ち着いたら女子会してこい。
解決しなくてもしゃべるだけでもかなり違うから」
「同じような状況って……そんな人いるの?」
群衆で色付きと恋愛してる人が?自分で言うのもなんだけどかなり珍しいと思うんだけど。
「同じクラスにな。とりあえずまずはここで検査受けて、平気だったら青柳の家に行くぞ」
「なんで司の家?」
「お前が寝てる間に夏休み始まったんだよ。ここにいても状況変わりそうにないし、お前が起きても起きなくても今日退院して青柳の家に行く予定だったんだよ」
「そうなんだ……」
なんだかもう、迷惑かけすぎだよね私。
……反省しよう。一人で突っ走っちゃだめだ。
「とりあえず医者と月草呼んでくるから、お前はそこの馬鹿に何か食わせてろ」
指示を残して、男子は部屋から出て行った。
「……ごめんね」
後ろから抱きしめてきたままの司に謝ったら、ぎゅっと抱き寄せられた。
「ううん。でも、お願いだから無茶はしないで」
「わかった。次からはちゃんと相談するね」
「そうして。言ってくれたら、一緒に考えるから」
「うん」
……怒られてよかった。
男子がちゃんと怒ってくれなかったら、多分私は自分がしたことの重大さがわからないままだった。
司の反応も、ただ心配かけたんだなって思うだけで、深く考えたりはしなかった。
本当に、気を付けないといけないな。
「それにしてもご飯はちゃんと食べないとだめだよ」
「うん」
司のこういうところも心配なんだよなあ……。