その拾肆―謹慎―
おりょうを庇って、十日間の謹慎処分を受けた臣。
十日間無一文の危機に扮した臣が出した答えとは――
「いらっしゃいましー!」
「空いてるお席へどうぞー」
「はい! ただいまお持ち致しますね」
人も物も流れるように出入りの激しいお昼時は、店にとって正に戦場だ。
「おりょうちゃん! これ、向こうのお客さんにね!」
「はい!」
「兄ちゃん! これ! 洗っといて!」
「あー」
「返事は、はい!」
「はい!!」
「兄ちゃん! もうちょっと手際よく洗っとくれよ! これじゃ出す分が足りないよ!」
「はい! すいません!」
そんな店の人達と並んで一際目立っている美形の横顔。慣れない手付きで食器を洗う様は見ていて危なっかしいものの、その横顔は真剣そのものだ。
その新人こと、鞍馬武臣は謹慎中の十日間だけ、この分福茶釜で働いているのだった。
十日間無一文の危機を回避したいという思いも少なからずあったが。今回の騒動を起こした責任、何よりも咎められていたおりょうを庇う為に、ここで働かせて欲しいと自ら頭を下げたのだった。
これ以上人を雇う余裕がないと、初めは渋っていた店主と女将だったが。臣の熱意に根負けして、とりあえず十日間だけということで雇われたのである。
「兄ちゃん! これ、向こうのお客さんにね!」
「えっ、俺、洗浄だけって聞いてたんすけど……」
「何、馬鹿言ってんだい! この忙しい時に呑気に皿洗いばかりしてたら店が回らないだろ! もっと周りをみな!」
「は、はい!」
(こ、怖ぇー)
女将さんに気圧され慌てて皿を持っていく臣。
その時、入れ違いで厨房に入ってきたおりょうが臣が手にした皿を見て疑問に思いながら言った。
「鞍馬さん!? それ私が」
「ああ、なんか分かんねぇけど、あん婆……女将さんが、俺に持っていけって」
何の魂胆か。首を傾げながらも、とりあえず言われた通りに席に持っていく。
「お待たせしました」
「きゃー!!」
突然、その席の若い女二人が悲鳴をあげた。
何かやらかしてしまったのか。臣は焦って身を竦めた。
「やばい! 超美形!!」
「きゃー!! きゃー!!」
悲鳴と言っても嬉しい方の悲鳴である。
その様子に臣は、困惑気味に笑みを浮かべ首の後ろを掻いた。その瞬間、何やら突き刺さるような冷たい視線を感じた。
恐る恐る振り返って見るや、おりょうが分かりやすく不機嫌な浮かべてこちらを見ていたのだ。
(ち、違う! これは誤解だっ!)
ごゆっくりどうぞ、と客に言い残して、慌てておりょうの元へ駆け寄る臣。
「良かったですね。随分と大人気のようで」
そう言って、にこ。と笑うおりょう。
怖い。その笑顔がかえって怖い。
「ち、ちが――」
しかし声をかける前に、おりょうはさっさと踵を返すとわざとらしく皿を手に取り始めるのだった。
なんとか誤解を解こうと更に声をかけようとしたが、その瞬間に後ろから両肩を力強く掴まれた。
「その調子。これからも女性客相手は頼んだよ!」
振り返ると、そこには意味深な微笑みを浮かべる女将の顔があった。
(俺を客引きの道具にするんじゃねぇ!)
「いや、だから俺は――」
「――ほら、さっさと行く!!」
「はいっ!」
その抵抗も虚しく敗れ、弾かれたように皿を持っていく臣であった――
激しく流れる川のように時が臣の体を通り抜けていき、店は閉店の時刻となった。
「鞍馬さん。私は先にあがりますね」
おりょうの声に臣は洗っている食器から顔を上げた。
その様子からどうやら機嫌は直ったようだ。臣は安堵しながら頷いて言った。
「ああ。俺はもう少しかかるからよ……先に帰ってろよ」
「分かりました。ではお先に失礼させていただきますね。お疲れ様でした」
「おう。お疲れ様」
片手を上げ挨拶を交わすと、臣は再び視線を戻すのだった。
業務を終え店主から日給を受け取ると、ようやく初日が終了したことをしみじみと感じた。
思いきり背伸びをしながら店から出ると、店の前では先に出た筈のおりょうが微笑みながら手を振っていたのだった。
「んだよ。先に帰っとけって言ったろ」
「はい。これ」
ぶっきらぼうな態度にもお構いなしに、何かが入った袋を差し出すおりょう。
受け取ると手のひらがじんわりと温かくなった。中身を確認してみると香ばしい香りを漂わせる餡饅だった。
それと連動して、ぐぅ。と臣の腹が鳴る。
「ゴホン……ん、ありがとな」
誤魔化すように咳払いを一つして、お礼を述べる。
丁度腹も減っていた所だ。自然と頬を綻ばせると餡饅を一つ取り出し、かぶりついた。
黒ごまの香りと、とろりと滑らかな餡が口いっぱいに広がった。
「鞍馬さん。ご夕食まだですよね?」
「あたりめぇだろ」
餡饅を頬張りながら、くぐもった声で答える臣。
「では、私の家で召し上がって行かれますか?」
「ん……」
一瞬、女の家に上がることに躊躇いを感じたが。正直なところ外食する余裕も無いのだった。
「……いいのか?」
躊躇いながらも、ここは素直に甘えることにした臣。
「はい!」
おりょうは微笑みながら頷いたのだった。
***
おりょうの作った飯を、水でも飲むかの如く口の中にかきこんでいく臣。
労働の後という点を差し引いてもこんなに美味い飯は初めてだ。冗談抜きで無限に食べられそうだった。
臣は空いた茶碗を差し出しながら、しみじみと話した。
「茶屋って正直、客に言われたもんをただ出せばいいだけだと甘く見てた。以外と神経使うんだな……」
「そうですよ。お分かり頂けたようですね」
米を山盛りによそいだ茶碗を手渡し、はにかみながら答えるおりょう。
「しかもあんだけ働いたのに、給金は低いし……ま、雇ってもらってる手前、何も言えねぇんだけどな……」
実は家がある市原虎の尾から此処までは歩いて半日。馬を走らせても一刻(※二時間)かかる為、臣はこの街の宿で寝泊まりしていた。
正直給金は宿泊費が占め、手取りは殆ど残らないのである。
「それなら泊まって行って下さっても良いのに」
「馬鹿。だから、それはしねぇって言ってるだろ」
さすがにそこまでは世話になるつもりはない。と断固して拒否する臣。
夫婦でもない、ましてや付き合ってもいない男女がひとつ屋根の下で一晩を過ごすなど言語道断である。
「大体、健二郎にも言われただろ? 軽々しく男を家に上げるなって。あ、お前あれだろ。他の男にもこうやって誘っているんじゃないのか?」
「――そんなことしてませんっ!!」
半分冗談のつもりで言ったのだが、珍しく向きになるおりょう。思わぬ不意打ちに、臣は鳩が豆鉄砲でも食らったかのような顔をした。
「なっ、なんだよ? 何、怒ってるんだ?」
「別に怒ってなどいませんっ!」
そう言いながらぷいと顔を横に向けてしまう。どう見ても完全に怒っている。
(ったく。女って訳わかんねぇ……)
首を傾げ頭を掻きむしる臣であった。
「大体貴方だって今日、女性客に黄色い声上げられて、でれでれしてた癖に!」
再びその話を持ち出すおりょう。まるで人を女たらしとでも言うような言い草に、臣もむっとしたように言い返す。
「はぁ? あれは、あん婆あが勝手に! というか、でれでれなんかしてねぇし!」
「鼻の下が伸びてました!」
「伸びてねぇよ! お前こそ、男に言い寄られすぎだ! 俺が気付いただけでも十回はあったぞ!」
「私は貴方みたいに、でれでれなんかしてません!」
「だからしてねぇって!」
口論していくうちに徐々に感情が高ぶっていく両者。互いに睨み合ったまま同時に言い放つ。
「――俺は全然そうは思わねぇが、お前は人よりも美人なんだから――」
「――私は全然そうは思いませんが、貴方は人よりも美青年なんですから――」
「――もっと危機感を持て!!」
「――もっと危機感持ってください!!」
両者共まるで示し合わせたかのように同じ台詞、同じ瞬間だった。
互いに一時睨み合っていたが堪らず、またも同時に吹き出したように笑い出した。
つい先程まで口喧嘩を繰り広げていたのに、今では笑いあっているのだから不思議なものだ。
「ほんと、変な所で気が合うんですね」
「ま、喧嘩するほど仲が良いって言葉もあるくらいだしな」
「喧嘩するのに仲が良いんですか?」
「ま、俺たちは本当に仲が悪いだけかも知れないけどな」
「鞍馬さんって、ほんと意地悪ですね。そんな人はモテないですよ」
「いいよ、別に……」
別に不特定多数の女にモテなくたっていい。
ただ一人、こうして何気ないことを話して、隣で笑ってくれる人が居てくれたら。きっとそれだけで幸せだ。
屈託のない笑顔。その横顔を見ながら不意に臣が呟く。
「あの……もし、お前が迷惑だったら……いいけどよ……その……」
中々言葉が上手く出てこず、もどかしげに首の後ろを掻いた。
「明日も……食いに来て、いいか……?」
予想していなかった臣の言葉に、おりょうは一瞬驚いた顔をした後、満面の笑みを浮かべて頷いた。
「勿論です!」
まるで幼女のように全面に喜びを表すおりょう。そんな彼女を見ていると、自然と臣の心も晴れていくのだった。
夕食を済ませた後、臣は宿に戻った。
部屋に入るとそのまま布団へと倒れ込む。
汗を流したいが風呂に入る気力はない。明日の朝入るか。けど早起きするのもだるいな。
などと考えているうちに、臣の思考は徐々に閉ざされていった。
こんなにも疲れたのは随分と久しぶりだ。
それでも臣はおりょうと共に働けるのならば、それも苦ではなかったのだ。
***
臣が働き始めてから四日が経った。
ようやく店にも慣れ、今では洗浄も難なくこなせるようになっていた。
昼の忙しい時間帯を過ぎ、客足が落ち着き始めた午後の時だ。
「兄ちゃん!」
「へーい」
「だから、返事は、はい!」
「はい!」
「これ、向こうのお客様に出しといてくれよ。おりょうちゃん今、休憩に入っているから」
「へ……あ、はい」
女将さんの顔を見て即座に言い直すと、渋々ながら皿を手に厨房から出る臣。
「いらっしゃいま……」
「Hey! 臣〜!!」
「来ちゃった♡」
満面の笑みを浮かべながら手を振る二人組。そこに居たのは、英莉衣と恭徳だったのだ。
「お、お前ら……何しに来やがった!?」
「酷いなぁ〜、 その言い方ー」
「そうですよぉ〜、折角来てあげたのにぃ。それに僕達はお客様ですよぉ」
「ぐぬぬ……」
言いたい放題の二人を今すぐにでも摘み出したい衝動に駆られたが、客である手前、手は出せない。
「臣がちゃんと働けてるか心配だったからな。様子を見に来たんだ」
(保護者かよ)
どうせそれは上辺だけで、面白半分に様子を見に来ただけだろう。
「しっかし、臣さん……似合いませんね〜」
確かに今の臣の姿といえば、腰には前掛け。頭には布を巻いている。普段の臣からは想像出来ない出で立ちに、ついに二人は堪えきれず腹を抱えて笑い転げた。
「てめぇら、冷やかしなら帰れよ」
臣は震える右手を抑えるのに必死であった。
「おい! 兄ちゃん! 話し込んでる暇なんかないよ!」
その時、厨房から店主の怒鳴る声が聞こえてきた。
「ちっ……ほら、怒られたじゃねぇかよ」
「悪ぃ悪ぃ」
思わず舌打ちして睨み付ける臣に、英莉衣がペロッと舌を出して両手を合わせる。
「あの、私代わりに入りましょうか? 休憩時間、鞍馬さんと交代します!」
その時、奥の方から暖簾をあげておりょうが顔を覗かせて言った。
「あっそ、それなら別にいいけど」
人手が足りれば問題はない。店主はそう言うと再び作業に戻った。
悪いな。そう目配せして、両手を合わせる臣。
大丈夫です。と微笑みを浮かべるおりょう。
「ヒュ〜ヒュ〜」
「なんか良い感じじゃないですか〜」
そんな両者を交互に見やって、英莉衣と恭徳が冷やかした。
「馬鹿! そんなんじゃねぇよ」
(こいつら、謹慎明けたら覚えてろよ)
こうして臣も席に着き、男三人の男子会が始まった。
「桜餅、お持ちしました」
「お前、いつの間に注文してたんだよ」
ちゃっかり注文していたらしい、おりょうが運んできた桜餅を笑顔で受け取る恭徳を見て、臣は呆れ顔を浮かべた。
「いいじゃないですかぁー、お腹空いたんです! いただきまーす!」
そう言うが否や、桜餅を頬張り始めた恭徳。
「おりょうちゃん! Thank you!」
「てん、きゅ……?」
聞き慣れない言葉に怪訝な顔を浮かべるおりょう。
「ありがとう。だとさ」
英莉衣のおかげで多少異国語に詳しくなった臣が説明した。
「ああ! いえいえ、こちらこそ! ごゆっくりどうぞ」
ようやく意味を理解し満面の笑みを浮かべると、おりょうは頭を下げ奥へ戻って行った。
「ところでお前さ、異国語混じえて話すの止めてくれない? なんか違和感あんだけど……」
頬杖をつきながら臣は日頃から思っていたことを呟いた。
「何言ってんだ。これからは異国の言葉も必要になってくるんだぞ」
「馬鹿馬鹿しい」
「いえ、あながち英莉衣さんの言っていることも間違いではないですよ」
そこに、餅で両頬を膨らませた恭徳が割り込んできた。
「……噂があるんです。近い将来、侍の時代が終わるんじゃないかって……」
「なッ!? そんな馬鹿な!?」
そんな馬鹿なことがあってたまるかといった表情を浮かべる臣。侍が必要なくなるなど、微塵も考えた事がなかったのだ。
「あくまでも噂ですけどね。屋敷内を出入りしてると色々耳にするので……」
「だ、だけどよ……それじゃあ誰がこの国を守るんだ? 朱雀や俺らのような、国を守る侍が居るからこそ、今日まで平和を保って――」
「――異国にはその侍が居ませんよね」
恭徳の一言に思わず次の言葉を失い、臣は唇をキュッと結んだ。恭徳はいつになく真剣な顔つきで話し始める。
「確かに現在、治安を守っているのは我々侍です。ですが同時に、格差社会を生み出していることも事実なんです……つい最近まで鎖国状態にあった龍二さんの故郷、龍雲院然り、まだまだ侍が権力を牛耳っている国が多いと聞きます。そして、これは偏見かも知れませんが。国を守っているのも、問題を起こしているのも我々侍なんです」
「…………」
恭徳の言うことも最もであり、臣は何も言い返すことが出来なかった。
「どうすれば、皆が平等で安心して暮らせる国になるのか。そう考えた時、自国の文化だけでなく、異国の文化も幅広く取り入れる。それを国内最大の侍国家である市原虎の尾が先陣をきることで、他の侍国家にも影響を与えることに繋がるわけです」
「分かったか。これからはビジネスの時代だ」
「びじねす?」
なんだその怪しい響きは。いかにも胡散臭そうな顔をする臣。
「ビジネスです」
恭徳が正しく発音し直す。
「今後はビジネスの時代が来ると。”先生”が言っていたんだ」
「ああ、あの”ヘンタイ”か?」
臣の脳裏にその"ヘンタイ"の顔が浮かび上がり、何かを振り払うように首をを振るのだった。
「まあ、あの人変わってますけど、言ってることは的を得てますけどね」
「てかお前、いつの間にそんな食ったんだ……」
気が付けば皿の上に十個はあった筈の桜餅は残すところ一つになっている。
「俺らの分も少しは残しとけよ……」
不満げに呟く英莉衣に、遠慮という文字を知らぬ恭徳が言った。
「だって美味しいんですもん! そういえば臣さんは、ここの桜餅もう食べました? 確か桜餅が大好物でしたよね?」
「ああ、勿論」
「ここの桜餅って美味しいですよね!」
「ああ、まあな……だがやはり一番美味かったのは、お袋が作った桜餅だったな……」
そう呟くと僅かに微笑みを浮かべ遠い目をする臣。懐かしそうに、ただどこか寂しげに語る臣を二人は静かに見つめていた。
「どれドーレ」
その時、不意にヌッと白い手が伸びて桜餅を一つ摘み上げた。
「oh......デリシャスなノーネ!」
「ん……? って、てめぇはっ!?」
「シリエージョ先生!!」
突然横入りして桜餅をもぐもぐと頬張っている金色のおかっぱ頭。白塗りの肌に紫の口紅を塗っているが――男である。
彼の名はシリエージョ・ド・セレッソ。
異国からの渡来者であると同時に異国の文化や知識などを幅広く教える教師で、英莉衣が師と崇めている人物だ。
が、その容姿故に警戒されることも少なくはない。
「流石、クレイジーボーイ! 目の付け所がよろしいノーネ!」
英莉衣はシリエージョからクレイジーボーイと呼ばれている。彼の教えを人一倍勤勉に努めている英莉衣は、一番お気に入りの生徒なのであった。
「出たッ! ヘンタイ!」
「てめぇ、何しに来やがった!?」
「アーラ! ジーニアスボーイとハンサムボーイじゃないノーネ! ヘンタイとは、失礼なノーネ!」
警戒の色を強める恭徳と臣に、シリエージョは唇を尖らせた。
「それよりも、アナータたち、あれから全然、来てくれないじゃないノーネ!」
確かに恭徳と臣は”一度だけ”英莉衣と共にシリエージョの教室へ行ったことがあった。
元々異国の知識がある恭徳は、今までの生徒の中でも一番の天才ボーイだと褒め称えられたのだが。異国には何の知識も興味もない臣には、全く理解出来ずにいたのだった。
「僕は異国に関してはある程度知識があるので大丈夫です。ただ、臣さんはもう少し異国のことを知るべきだと思いますけど」
「て、てめぇ、ふざけんな」
しれっと仲間を売ろうとする恭徳を臣は睨みつけた。
「実に惜しいノーネ! アナータたちにはまだまだ可能性が秘められているノーネ!」
「というか、なんで俺らのことまで覚えてんだよ」
「フフッ、ワタシ、一度来た生徒の顔は忘れないデスーノ! これ、ビジネスの基本なノーネ!」
またビジネスか。先程から何度も出てくる言葉に首を傾ける臣だった。
「ところで、このお店の桜餅は本当に美味しいノーネ! しかも此処は人の行き交う街。ビジネスをするにはもってこいなノーネ! ここの店主は中々良いセンスを持っているノーネ! これはぜひ、第二店舗を検討すべきなノーネ! オーナーと話がしたいノーネ! オーナーはどこデスーノ?」
何やら興奮気味に話すシリエージョに、内容を半分も理解出来ていない臣が怪訝な顔を浮かべて言った。
「おーなーってなんだよ?」
「店主のことですよ」
横から助け舟を出す恭徳。
「ああ、店主なら厨房だ。けど、ここの頑固親父は、次の店なんか出す気ないと思うぞ?」
厨房の方を指差しながら答える臣。
元は店主と女将さんの夫婦二人で始めたこの店。今後も粛々とやっていければ十分だ。そう話していたとおりょうから聞いていたのだった。
「それはお話してみないと分からないノーネ!」
そう言ってシリエージョはパンと両手を合わせる。
「さてと、ワタシは店のオーナーと話をしてくるノーネ! アナータたち、後は三人でゆっくりしていくノーネ!」
ゆっくりもなにも、お前が勝手に割り込んできたんだろ。心の中で突っ込みながらシリエージョの背中を見送る臣。
「……とまあ、話が逸れたが、ビジネスってのは商売のことなのか?」
「まあ商売といえばそうですけど……ただ商売をするだけでなく、その、なんと言えばいいのか説明が難しいですけど……」
「つまりビジネスはただの金儲けのそれとは違う。人と人を繋ぎ、自分の夢も、人の夢も叶えることができるんだ」
「そうそう! ビジネスは無限の可能性があります」
ビジネスに関しては未だに理解出来ないが、全く現実味のない話というわけでもないことだけは分かった。
これが新時代というやつなのか。
熱心に議論を繰り広げる二人に対して、何だか自分は旧世代に取り残された爺ような気がした。
(もしかすると、俺の夢も叶えることができるのだろうか)
ビジネスで世の中が上手く回るのであれば、侍がいる必要は無くなるのかも知れない。それによって世の中が平和になるのであれば良いことだが、それは同時に簡単なことではないことも知っていた。
「確かにビジネスというものも、悪くはないと思う……俺は別に真っ向から異国を否定するつもりはないしな。だが何れにしても、侍の時代が終わるというのは、避けて通れないのだろう? もしそうなった場合、必ず"抗争"は起きる。最悪、"仲間内"で争うことだってあり得ると思う……」
もしこのことが公になれば、侍が無くなることに抗議する者も必ず出てくる筈だ。
特にあの人は――自分の為でなく俺らの為に。
「その時はどっち側に立つのか……しっかり腹括っとけ」
臣の言葉に二人は顔を強ばらせ生唾を飲み込んだ。
「臣さんは、もしそうなった時、どちら側に立つのですか?」
「俺は……どちら側にも立たない」
その答えに思わず目を向ける二人。
「ずるい答えだと思う。だがもう、仲間内で争うことはしたくないんだ。例えどちらの側に立ったとしても、その時には……朱雀も、三代目も、"終わる"……戦いとはそういうものだ……」
抗争とはどういうものなのか。それを誰よりも身に染みて分かっている臣だからこその答えだった。
「だが、俺は生まれた時から刀と共に生きてきた。例えこの世から、侍が居なくなったとしても、俺は死ぬその瞬間まで、刀を持ち続けると思う」
強調して厳然と述べる臣。その瞳には、なんの迷いもなく真っ直ぐと前を見据えていた。
「僕もそうです!」
「勿論、俺も!」
そんな臣に掻き立てられ二人も声を上げた。
「お前はどうせ、ビジネスだろ」
「うるさい! 例えビジネスをしたとしても、芯は侍だ!」
心外だというように反論する英莉衣。芯まで異国に染められた訳ではないと分かり少し安心するのだった。
「信念を持ち続けるその志、素晴らしいノーネ……感激なノーネ……」
「なんで、てめぇが泣くんだよ……」
またも、気が付けば後ろに立ち涙を拭っているシリエージョを、不審者でも見るかのような目で見る臣。
「グスン……さてと、交渉もまとまったことだし、そろそろ帰るノーネ!」
(切り替え早ぇな)
「まとまったって……あの頑固親父をよく説得したもんだな」
「フフッ、交渉もビジネスの基本デスーノ!」
見かけによらず、交渉の腕だけは本物のようだ。
「流石です! シリエージョ先生! 一生ついて行きます!」
「やめとけって……」
「じゃあ臣。俺はシリエージョ先生を送っていくから帰るわ! GOOD LUCK!」
「それなら僕も! 臣さん残り六日間も頑張ってくださいね〜! ちゃんと皆さんには"報告"しておきますからねっ」
「てめぇら余計なこと言ったら殺すからな!」
『ぎゃあー!! 怖ッ!!』
臣の脅しに二人は尾っぽを巻いて逃げ出したのだった。
ようやく帰った二人にほっと胸を撫で下ろしていると、おりょうが笑いを堪えるのに必死というように口を押さえながら隣に来た。
「やはり楽しい方々ですね」
「ったく、疲れるぜ……全く休憩した気がしねぇよ」
「とか言って、嬉しそうですね」
「べ、別に、嬉しくねぇーよ」
誤魔化すようにそっぽを向く臣。
そんな臣におりょうはまたクスッと笑うと、不意に何かを思い出したように神妙な顔つきになって聞いてきた。
「けれど、侍がなくなるって本当なのでしょうか……」
「盗み聞きしてたのか? 悪い娘だな」
「痛っ!」
臣は人差し指と中指を立て、軽くおりょうの額を小突いた。おりょうは顔を顰めながら小突かれた額を摩る。
「すいませんっ。けれど、もしもこの話が本当でしたら……この先どうされるのですか?」
「三代目侍どころか、侍自体が無くなるなんて、考えたこともなかったからな……」
うーん、と唸りながら腕を組む臣。
「その時はまた、このお店で働けば良いのではないですか?」
「……それも、いいかもな」
まさか賛同するとは思わなかったのか、おりょうが一瞬驚きの表情を浮かべた。
無論自分は一生刀を捨てることは無い。けれど、その生き方も決して悪くはないと本気で思えたのだった。




