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S.A.K.U.R.A.~蒼の魂~  作者: 猫人間
【第参章】結
63/70

その拾壱―蟠り―

喧嘩別れした臣と龍二。

果たして二人は元に戻れるのか?

「――痛てッ!」


 突然、右腹への衝撃に臣は目を覚ました。


「ったく、龍二! 近付くなっ……て」


 いつもの調子で隣を見たが、そこに居るはずの相棒の姿はなく。代わりにうつ伏せで尻を突き上げて眠っている恭徳が居た。


(そうだった。あいつは居ないんだったな……)


 何故か溜息が零れる臣。恭徳の伸びた左腕をそっと押しやると、ゆっくり上体を起こし辺りを見渡した。

 綺麗に二つ、川の字に並べられた布団。

 いつもなら誰が川の字で寝るかという、くだらないことで争っていたっけ。当然昨日はそんな会話すらなかったのだが。


「おう、臣。起きたか」


 頭上から声がして視線を上げると、綾人がしゃこしゃこと歯を磨いている最中だった。


「ええ、まあ……」


 臣は垂れていた前髪をかき上げる。


「昨夜はよく眠れたか?」


 房楊枝(ふさようじ)を咥えたまま、くぐもった声で聞く綾人。


「いえ、あまり……」

「そうか。俺もだよ」


 そう言って綾人は苦笑いを浮かべながら頭を搔いた。そしてちらりと視線を下に向ける。


「それに比べて、こいつらは……」


 その視線の先には、これ以上ないくらい幸せな表情を浮かべ眠っている健二郎、英莉衣、恭徳の三人。

 綾人はやれやれ、というふうに力なく笑うと、恭徳の傍に屈んだ。


「おい、起きろー」


 小気味よい音を立てながら恭徳の尻を叩く綾人。それでも恭徳は起きる気配がない。


「……うーん……あと、もう少し……」

「何言ってんだ。もう出発するんだぞ」


 恭徳と格闘しながらも、綾人は後の二人を指差して言った。


「臣は後の二人を頼む」


(は? ったく、めんどくせぇ)


 内心そう思いながらも臣は渋々布団から這い出でると、二人の間に屈んだ。


「おい、起きろ」


 臣はそれぞれの脇腹を両手の人差し指でつついてみる。


「がるるる……」

「ヴぅぅぅ……」


 揃って鼻に皺を寄せ低い唸り声を上げる二人。


(こいつら獣かよ)


 そんな二人に呆れながらも、ふと臣はもう一人居ないことに気が付いた。


「そういえば、直樹さんは?」


 臣が振り返った先で、今度は恭徳の腕を掴み、見事な腕ひしぎ逆十字固めを披露している綾人。口にはまだ房楊枝(ふさようじ)を咥えたままだ。


「ああ、直樹なら朝早くに出ていったよ。あいつを迎えにな」

「痛い! 痛い! 綾、人……さん……も、もう、降参ですって……!」


 くぐもった声で答える綾人、その下でばたばたと悶える恭徳。

 なるほど。納得しながらも、臣はごくりと生唾を飲み込んだ。綾人を本気にさせると恐ろしい。

 悲鳴を上げる恭徳を横目に、臣は再び二人に目を向けた。


(悪く思うな)


 そして、それぞれ二人の片足を持ち上げると思い切り捻りあげたのである。


 二人の絶叫は宿の外まで響き渡った――


 ***


「ふわぁ〜ぁ」


 まだ寝癖のついたままの恭徳が大きな欠伸をした。


「恭徳、もっとしゃきっとしろよ。気が緩み過ぎなんじゃないか?」

「だって、こんな朝早くから、眠いんですもん……」

「それにしても、まだかいな〜ッ……痛てて……」


 健二郎が右足を擦りながら呟いた。どうやら臣の関節技が相当効いているようだ。


「もうそろそろ来る頃なんだけどな……」


 綾人がおでこに右手を添えると、遠くを見やる。


「お〜い! 綾人ぉ〜!」


 丁度その時、向こう側から大きく手を振りながら、こちらに向かってくる人影が見えた。

 遠目からでも分かる大柄な体格。間違いなく直樹である。


「おーい! 直樹ぃ〜!」


 それに答えるように綾人が手を振った。

 そして一瞬直樹の影になって見えなかったが、その後ろにはまるで叱られた後の子供のように俯きながら歩く龍二の姿があった。


「おう、あいつも大丈夫みたいやな」


 そう呟く健二郎に、皆安心した様子だ。ただ一人、臣だけは複雑な思いでいた。

 まだ一日も経っていないというのに、何故か久しぶりに会うような感覚だった。


「悪いな。待たせたか?」

「いや大丈夫だ。俺らも今来たばかりだ」


 ようやく合流した直樹と、綾人は手を取り合って言った。

 龍二はずっと母親の背に隠れる子供のように、直樹の背に隠れている。あんな事があった後で、皆に合わせる顔がないのだ。


「ほら……」


 そんな人見知りの子供を挨拶させるように、直樹が龍二を皆の前に押し出した。


「あの……その……」


 上手く言葉が出ないのか口篭る龍二。

 たまに助けを求めるかの如く直樹を見るが、直樹は一切目を合わせなかった。

 やがて意を決したように龍二は皆の前に一歩踏み出すと、次の瞬間、勢いよく頭を下げた。


「……迷惑をかけて、すいませんでした」


 一時の間が空いて龍二が恐る恐る顔を上げた時、目の前には少し困りながらも優しく微笑む仲間達がいた。


「龍二。心配したんだぞ」

「おかえり。龍二」


 そう言って、龍二の背中を代わる代わりに叩く綾人と英莉衣。


「やんちゃなのは結構やけどな。全く、問題児は恭徳だけで十分やって」

「ちょっと! どうして僕なんですか!?」


 健二郎の言葉に頬を膨らませる恭徳。

 そんないつも通りの景色の向こうで、ただ一人浮かない表情をしている臣が居た。昨日二人の間に刻まれた溝は、そう簡単に埋められるものでは無いのだ。

 二人の間に緊迫した空気が流れる中、龍二はその足を臣の元へ進めた。

 真正面に互いを見つめたまま、暫し沈黙が続いたが、龍二の方からそれを破った。


「すまない。あの時は……酷い事を言って、悪かった……」

「俺の方こそ……殴って、悪かった……」

「…………」

「…………」


 再び黙り込む二人。何か話さなければ。それは互いが思っていることだった。

 しかし次に話すべき言葉が、どうしても出てこないのである。

 そうしてからお互い録に目も合わせぬまま沈黙が続き、遂にその気まずさから逃げるように、龍二は臣の横を通り過ぎた。


 再び二人の間で何かがぴんと張り詰めたような気がした――


「と、とりあえず、これで龍二も揃った訳だし、市原虎の尾に帰るぞ」


 気まずさを取り払うように、パンと音を立て両手を合わせると綾人が言った。

 多少の蟠りが残るものの、一同は市原虎の尾へと出発したのだった。


「ねぇー、馬使いましょうよー」


 雪に足を取られ転びそうになりながら、不満を言う恭徳。


「阿呆! とうに経費は使っちまってるんだ! 文句言わず歩け!」


 厳しい現実を突き付け、自身も転びそうになりながらも綾人は歩みを止めなかった。


 いつもとなんら変わりのない風景だ。ただ一点、その間に龍二と臣が一言も口を聞いていないことを除いては。

 その違和感に皆も気付いていたが、誰もその事に触れる者は居なかった。


 何も考えずしばらく歩いていた臣だったが、ふと何かを目にしてその足を止めた。視線の先にあるのは、あの茶屋だ。

 臣の脳裏にあの娘の顔が過ぎった。


「どうした? 臣」


 急に立ち止まった臣を訝しげに見つめる英莉衣。


「いや、なんでもない……」


 何かを振り払うように臣は首を振った。


 歩いて半日、馬を走らせれば一刻(※二時間)。決して会いに行けないことはない距離だ。しかし、かといって会う理由もない。もしかすると、もう一生会うことはないのかも知れない。

 そう思うと何故か寂しさが募ったが、気持ちを押し殺して再び皆と共に歩みを進めるのだった――


 ***


 三代目侍が市原虎の尾に帰ってきてから十日が経った頃――


 此処は市原虎の尾の一角にある屋敷。

 遥か上空を飛ぶ(とんび)ですら、その存在を確認出来るに違いない。

 この屋敷は市原虎の尾の総長である鴛鴦丈芳(おしどりたけよし)の住まいだが、屋敷の広大な敷地内には、この国一の侍一味「朱雀(すざく)」を初め、各国の強豪達が日々鍛錬を行う修行場。次世代を担う童の寺子屋などがある。そして屋敷内にある大広間は侍達の話し合いの場にも使われているのだった。


 その大広間に集まる四人。その中に綾人の姿もあった。

 いつもはもう一人の隊長である直樹も一緒なのだが、数日前から個人任務の為に現在は不在なのだった。


「やべぇ〜! やばっー!!」


 その時、廊下の方からドタバタと慌ただしく何者かが走ってくる音がした。


「――間に合った!!」


 部屋に飛び込んでくるや否や、乱れた茶髪を掻き上げて笑みを浮かべる男。笑った時に出来るえくぼが、その美形にくっきりと浮かびあがっていた。


「いえ、遅刻ですよ」


 蒼く染めた軽く波打つ髪に彫りの深い美顔。そしてその二重まぶたを向けて穏やかに話す様は、落ち着いた大人の印象を受ける。

 彼は「二代目侍」の隊長である、駿河賢司(するがけんし)だ。

 二代目侍は五人構成で、三代目の先輩に当たる。


「また遅刻ですか」


 そう言って呆れながら笑う、毛先を遊ばせた髪に鼻筋の通った美男子。

新珠(あらたま)」の隊長である、白玉亜蘭(しらたまあらん)

 新珠は三代目と同じく七人構成で、三代目の後輩である。


「てかてめぇ、朱雀の癖に、遅刻してんじゃねーぞ!」


 誰よりも男勝りな口調で言うのは、この中で唯一女である沙藤紅華(さとうこうか)だ。

 肩までかかる艶の良い茶髪と、しなやかな身体。おまけに顔も可愛いのだが、超が付くほどの毒舌である。

 そして彼女はくノ一集団「撫子(なでしこ)」の隊長なのだった。

 撫子は全員美女ばかりだが、女だと甘く見てはいけない。彼女達に刃向かい血を見た者は数知れないのだから。


 そして先程から皆に袋叩きにされているこの遅刻男が、朱雀の中では二番手に値する腕前を持つ(らしい)滝野鷹寛(たきのたかひろ)だ。


「だってぇ〜、まだ丈さん来てないしぃ〜」


 頬を膨らませて子供のように、両腕をぶらぶらさせながら身体を左右に振る滝野。

 そんな彼だが、こう見えて現在は実質上朱雀の”まとめ役”を担っているのだ。


 二年前の「武士櫻の闘い」後、当時朱雀の総指揮官であった鴛鴦が、電撃"退官"し世間を騒がせたことは、まだ記憶に新しい出来事だ。

 怪我を負ったわけでも、病に侵されたわけでも無い。押し寄せる年波に限界を感じたわけでもなく、寧ろその辺の若者にも負けない程に身体は問題なく動く中での退官だった。


『これから来る新時代の幕開けに、老体がいつまでも野鯖(のさば)ってどうする』


 退官を引き止めようとした仲間に、鴛鴦はそう笑って言ったようだ。


 更には朱雀の守り神とも呼ばれていた最強の侍、紅鶴篤士(べにづるあつし)も「武士櫻の闘い」以降、突然その姿を消した。噂では、ある極秘任務で動いているらしいが。


 最強と呼ばれる侍一味から、強大な戦力を二人も失い、犯罪率の増加が危惧された。

 が、それを抑制したのが、新たに加入した朱雀の新生達。二代目侍、新珠、撫子など、朱雀の意志を受け継ぐ後輩達。

 そして「武士櫻の闘い」より、その名を世に轟かせた三代目侍の存在があったからなのだ。

 お陰で今日までの二年間、特に大きな事件も無く平和が保たれているのであった。


「皆、お早う」


(――!!)


 重みのある声。その声に辺りは一瞬で緊張感に包まれた。

 皆が滝野に気を取られている隙に、いつの間にやら背後の玉座には、見るからに貫禄のある男が座り、面白そうにこちらを見ていたのである。

 ひとつに纏めた艶の良い黒長髪に、程よく伸びた顎鬚。その男こそ、この市原虎の尾の総長、鴛鴦丈芳である。


『丈さん! おはようございます!』


 皆、慌てて一列に並ぶとその前に跪いた。


「鷹寛よ。俺が居ないからと言っても、遅刻は良くないな。今一度、気を引き締めるように」

「はあっ! 申し訳ございません!」


 鴛鴦の言葉に、滝野は床に着くほど頭を下げるのだった。

 ただ言葉とは裏腹に、その柔和な瞳は温厚な人柄を象徴していた。

 鴛鴦は一度咳払いをすると、皆を見渡し話を続けた。


「さて、それでは本日の任務を告げる」


 毎朝こうして各一味の隊長が集まり、鴛鴦から任務を申し渡されるのだ。


「はじめに、朱雀。前日同様、各地の警備に当たって欲しい。そして新珠も同様に、その補助を頼む」

『御意!』


 滝野と白玉が同時に答える。


「撫子は、本日行われる童の剣術試験の付き添いをお願いしたい」

「おっす!」


 紅華が男に負けないくらいに腹の底から返事をした。

 次に鴛鴦の視線が綾人に注がれる。一時の間を置き鴛鴦が口を開いた。


「そして、三代目だが……本日も、任務は”無し”だ。各々で鍛錬に励むように」

「またかよ……」

「こら、綾人。なんだその態度は」


 小声で吐き捨てる綾人を、駿河が窘めた。

 というのも、市原虎の尾に帰ってきてから丸十日間。三代目にだけ何も任務が与えられていなかったのだ。

 あからさまに不機嫌な綾人だったが、それに対して鴛鴦は何も言わずに、その隣に居る駿河を見た。その瞳がいつになく真剣なことを、皆が感じ取った。


「最後に二代目だが……"扶桑(フーサン)"の偵察を行って貰いたいのだ」

「扶桑の!?」


 鴛鴦の言葉に駿河のみならず、その場に居た全員が驚いた。

 扶桑は伝説の五本樹の一つで、二代目の管轄だ。その力、所在地に至るまでの全貌は一部の者にしか知らされていなかった。

 そもそも伝説の樹の偵察など、余程の事態でもない限り行われないのだが。


「実はここ最近、世界樹の根本に僅かだが、”変色”が見られるのだ。根の方角から推測して、扶桑である可能性が高いと見られる。僅かでも何か変化がないか、調査をして欲しい」


 ごくん。駿河が生唾を飲み込む音が聞こえてきた。

 伝説の五本樹は地中深くで、根が全て繋がり合っている。その内の一本でも失えば均衡が崩れ、世界は闇に染まりやがて滅びる運命になるのだ。

 世界樹はその中心部となる樹だ。

 本来、伝説の五本樹はその特別な力故に枯れることはなく、又例え人の手で斬り付けようが焼こうが、その幹に傷一つ付くことはない。その世界樹に、僅かとは言えど異常が見られるということは、何か良くない事態が起こっているのだろうか。


「各々で抱えている任務もあるとは思うが、一旦こちらに集中しては貰えないか? ことが起こってからでは遅いのだ。二年前の惨劇を繰り返さぬ為にも……」


 神妙な顔付きで呟く鴛鴦。皆の脳裏に嫌でも二年前の出来事が思い出された。


「はい。分かりました」

「頼んだぞ」


 鴛鴦はもう一度駿河を見据えて頷くと、皆を見渡して言った。


「以上だ。皆、本日も誠心誠意。規律正しく務めるように」

『はい!』


 皆が気合を入れて答える中、綾人だけは不貞腐れたままであった。


「綾人」


 集会も終わり早々に立ち去ろうとする綾人を鴛鴦が呼び止めた。


「余計なことだとは思うが、聞いて欲しい。確かに、どんなに仲の良い者同士でも必ずいざこざは起きるものだ。俺の居た頃の朱雀でも、争い事が絶えなかった程だ」


 唐突に話し始めた鴛鴦に、綾人は怪訝な表情を浮かべた。


「ぶつかり合うことは良い。だがな。それを長引かせていては、いつまでも先には進めないぞ」


 その言葉が鉛のように重くのしかかる。

 三代目の内で起こっていることなど鴛鴦は全てお見通しなのだ。

 決して越えられない壁。やはりこの人には敵わないな。そう綾人は思った。


「厳しいことを言うようだが、蟠りを残したままでは、任務を与える訳にはいかないのだ。今一度、皆で話し合ってみて欲しい」

「……それはつまり、俺にまとめる力が足りない。ってことですよね」


 鴛鴦の言葉に綾人はふっと口端を上げると、半ば投げやり気味に言った。


「そうではない」

「いえ、そういうことです。だけど、俺は二年間ずっと、あいつらを傍で見てきました。ですから、ご心配なさらなくとも結構です。身内で起こった問題は、身内で解決しますので」

「だが……」

「失礼します」


 鴛鴦の話を遮るように、綾人は背を向けて部屋を出ていった。


「おい、こら綾人っ! 全く、あいつは丈さんに対して、なんて態度を取りやがるんだ……」

「何あれ、感じ悪ぅ〜」

「ちょっと二年前に名を上げたからって、調子に乗ってるんじゃないですか?」


 綾人に対して、皆が口々に言い始めた。


「皆! 彼を責めるのは違うんじゃないかな?」


 そんな中、一人立ち上がったのは滝野だ。


「今の彼を見て"傲慢"だと思っているのなら、君達は今すぐ隊長を辞めるべきだと思うね。君達には分からないのかい? 俺が思うに彼は焦っているんだよ。隊長として、自分に力が足りていないんじゃないかってね。そんな彼を責めていては、益々追い詰めてしまうことになるんじゃないか?」


 滝野の言葉に、皆は口を閉ざした。

 やはり、伊達に朱雀のまとめ役を担っているわけではないのか。

 皆は少しだけ滝野を見直したのだった。


「そうですね……彼を責めるのは良くないですね。僕は見誤っていました。鷹寛さんには……彼の気持ちが分かるのですね」

「勘さ!」

「勘ですか!?」


 前言撤回。やはり滝野は滝野だった。

 自信満々に答える滝野に、苦笑を浮かべる駿河。


「流石、鷹寛さん! 常に焦っているだけあって、説得力が違いますね!」

「いや、それ、褒めてなくね?」


 輝くような瞳で言う白玉に、何となく褒められた心地がしない滝野だった。


「てか、さっきから、なに偉そうに、説教たらしてんだよ! うるせぇんだよ!」

「そんな言い方しなくたって……あ、君もしかして、俺の事、好きなの?」

「はっ? 気色悪っ! 目障りだから消えろ!」

「うっ……流石に今のは、ちょっと傷付いたよ……」


 紅華の容赦ない言葉に、胸を押さえる滝野。

 そんな纏まりのない様子を見るに見かねて鴛鴦が窘めた。


「おいおい、お前達。その辺で大概にしとけよ」


(全く、こっちはこっちで大変だ)


 はぁ。と溜息を吐いて、困惑気味におでこに手を当てる鴛鴦だった。


 ***


 逃げるように足早に屋敷を出た綾人は、今度は反対に重い足取りで歩いている。向かう先は、三代目が毎朝鍛錬を行っている修行場だ。

 今日も任務が無いと知ったら、あいつらはどんな顔をするだろうか。

 そんなことを考えると、自然と足も重くなるのだった。


 いつもよりも時間をかけて修行場に着くと、それまで雑談をしていた仲間達がその姿に気が付き駆け寄ってきた。

 しかし、綾人の顔が浮かないのを見て、英莉衣が躊躇いがちに尋ねた。


「……もしかして、また"無し"ですか?」


 表情からある程度は察していたようだ。

 こくん。と頷く綾人に、皆は顔を見合わせる。


「まあ、それなら仕方ないっす! 何も綾人さんが悪いわけじゃないんですから、そんな顔しないで下さいよ!」


 陰気臭い雰囲気を吹き飛ばすように、綾人の背を叩いて明るく振る舞う英莉衣。


「それじゃあ気を取り直して、いつ任務がきても良いように、今日も各々の力を磨こうぜ!」

『おう!』


 もはや綾人の代わりに英莉衣が仕切っているのだった。


「ほんなら俺は久々に寺子屋に顔出してくるわ。あいつら俺が居らんと、寂しがるけんな! 恭徳、お前も来るか?」

「そうですね〜、そっちにも顔を出したい所ですが……僕は修行に行ってきます! "夢"の為に、少しでも力を伸ばさないと!」

「おう、そうか。ほな気が向いたら、こっちにも顔出しや?」

「はい!」

「じゃあ、俺は"先生"の所へGoing!」

「先生って、あの"けったいな"奴か? お前、それほんまに大丈夫かいな?」

「先生は凄いんだ! 例え皆に理解されなくても、俺は一生先生について行くぞ」

「はいはい……気ぃつけてや」


 こうして行先の決まった三人は、綾人の方を振り返って言った。


『それじゃあ綾人さん。行ってきます!』

「ああ……気を付けてな」


 手を振りながら、活気良くそれぞれ三方向に駆け出していく三人を見送る綾人。

 綾人を気遣ってなのかは分からないが、当の仲間達はあまり気にしていない様子だ。


(気にしているのは、俺だけか……)


 綾人はまた深い溜息を吐いた。

 今回に限らず、最近では三代目としての活動よりも、各々での活動の方が多くなってきている。それはそれで個人の能力を上げたり、人の役にも立てる利点はある。

 しかし任務が与えられない以上、三代目としての士気は下がっていく一方だ。


 こんな時、もう一人の隊長である直樹だったら何と言うだろうか。

 そもそも何故、三代目だけは隊長が二人なのだろうか。

 三代目の中で最年長である俺が選ばれるのは何となく分かる。ただそれだけでは心許(こころもと)ないと踏んで、直樹も一緒に選ばれたのだろうか。

 それならば、直樹一人でも十分だった筈だ。最年長を差し置いて年下に隊長を任せるのが哀れだと思われたのなら、そんな同情などいらなかった。

 丈さんはもとい、俺は直樹にすら敵わないのか。


(俺にどうしろって言うんだよ)


 気付けば相棒と比べ自己嫌悪に陥っている自分が腹ただしくて、綾人は頭を掻きむしった。


「あ、あの、大丈夫、ですか……?」


 その時、恐る恐るといった様子で声を掛けてきたのは、その場にぽつんと一人取り残された臣だった。

 いつもならば龍二と行動を共にしていた筈だが、その龍二も朝の修行が終わると同時に何処かへ行ってしまったらしい。


「あ……ああ、大丈夫だ。気にするな」


 かっこ悪い所を見せてしまった。思えば臣には、何かと弱い部分を見られているような気がした。

 綾人は誤魔化すように咳払いを一つすると、人の輪に入れずに佇んでいる幼児のような臣にそっと歩み寄った。


「それよりも、どうした臣? 行く所がないのか?」

「ええ、まあ……」


 臣はそう言ってうつむき加減に頬を掻く。


「しょうがないな……よし! 今日は一日、俺に付き合え。今日は俺も"たまたま"非番だしな。勘違いするな! "たまたま"非番なだけだ!」


 何も言っていないのに、やたら強調してくる綾人に苦笑を浮かべる臣。


「はい……」

「時間もあるし……ちょっと遠出するか」

「えっ?」

「行くぞ」

「え、ど、何処へ」


 突然そう宣言して歩き出す綾人の背を、慌てて追いかけるのだった。


 ***


 綾人が向かった先は、馬小屋――正しくは"貸馬"屋だった。異国でいう"レンタカー"みたいなものである。

 それにしても馬を使う程の遠出とは、一体何処に向かうつもりなのだろうか。


「体力のある馬を二頭頼む」

「はいよ」


 一方的に店主と話を進める綾人に対して、臣が慌てた様子で言った。


「綾人さん……俺、そんなに金が――」

「いいって、ここは俺の"奢り"だ」


 やけに"奢り"の部分を強調しながら、胸を張って答える綾人。

 しかし、馬二頭分は決して安い金額では無いはずだ。そこに関しては流石は隊長だと認めざる得ないのだった。


 こうして二人の前に、鞍を着けた二頭の馬が用意された。二頭共みるからに馬力のありそうな体格だ。


「さてと、臣。俺の後に着いてこい!」


 馬に跨った綾人はそう言うが否や、いきなり全速力で馬を走らせたのだ。


(えー!?)


 てっきりのんびりと歩いて行くものと思っていただけに、意表を突かれた臣。


「ちょっと! 待ってください!」


 慌てて臣も自身の馬を走らせると、急いでその後を追った。


「綾人さん! 一体何処に向かってるんですか?」


 必死に背を追いながら問うてみるが、綾人からの応答はない。

 地を駆ける馬の蹄の音で聞こえていないのか、或いは単に答えないだけなのかは定かではないが。

 二頭の馬はその長い鬣をなびかせながら風のように軽快に走っていく。

 そうして何度か見覚えのある道を抜けた先にある、とある街に着くと綾人はようやく馬を止めたのだった。


「此処って……」


 瞳に映るそれに唖然とする臣。

 いや。薄々頭を過ぎってはいたが、その度に、そんなはずはないと振り払っていたのだった。

 それは少し古びた看板に書かれた「分福茶釜」の文字。


「ちょっと休憩しようか」


 その看板を指差しながら、にんまりと笑みを浮かべる綾人。


(やられた……)


 臣は頭を抱えるも、もはや後の祭り。

 そこは龍二の妹、おりょうの勤める茶屋だった。

第参章、第一幕[完]


離れていく臣と龍二に、三代目存続の危機?

茶屋に連れてきた綾人の思惑とは?

どうなる三代目侍――!?

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