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S.A.K.U.R.A.~蒼の魂~  作者: 猫人間
【番外編】三代目は愉快だな
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夢を語る者。

 目の前に映る全ての景色は、どこまでも続く大海原。

 日光に照らされ、水面に反射した光が宝石のようにキラキラと輝いていた。

 塩の匂いを含んだ海風を浴びながらその男、茂庭健二郎(もにわけんじろう)は優雅に釣りを満喫しているのだった。


 しかし、そんな健二郎の背後を狙う一人の人影――

 そんなことには気づく様子もなく、健二郎は釣りに没頭し続ける。

 その人物は徐々に徐々に、標的との距離を縮めていく。

 そして――


「――よっ! 健二郎、釣りか?」

「おッッ!? なんや、英莉ちゃんやないかっ! びっくりさすなや!!」


 その男、熊谷(くまがい)英莉衣(えりい)が悪戯な笑みを浮かべながら、いきなり背後を取り抱きついてきたので、思わぬ襲撃を受けた健二郎は、心臓が止まりかけたのだった。


「悪ぃ悪ぃ」


 英莉衣が笑いながら平謝りする。


「ったく、たまの休みやし好きな事しとうなってな」


 気を取り直し健二郎は、再び竿へと向き直った。


「良いな〜、健二郎には色々な趣味があって」


 英莉衣は微笑むと、健二郎の隣へ腰掛ける。

 そんな英莉衣を横目に健二郎が言った。


「良かったら英莉ちゃんもやるか?」

「お、良いのか?」


 予備の釣竿を英莉衣に渡すと、二人は並んで釣りを始めた。

 二人は水面に垂らした糸を眺めながら、何を語るわけでもなく、ゆっくりと時間は流れていった。


 すると唐突に、遠い目をしながら英莉衣がこんなことを呟いた。


「なぁ、健二郎。この海の先には、俺達の知らない世界が広がっているんだよな……」

「どうしたんや? 藪から棒に」


 健二郎が思わず英莉衣の方を向いた。


「いや、ふとそんなことを思ってな……」

「ふーん……」


 そして英莉衣は、熱が入ったように語り始めた。


「俺は故郷の毛蝦夷(けえぞ)(やま)で生まれてから、外の世界を見たことがなかったんだ……だが三代目に入ってからは、この国の様々な地を巡り知ることが出来た。任務とはいえ、知らない地をこの目に焼き付けることが出来るということは、俺にとってとても素晴らしいことだ。だけどまだ、この海の向こうには出たことがない。この国だけじゃなく、もっと色んな国をこの目で見てみたいんだ……」


 英莉衣が熱心に語る様は、この海の如くキラキラと輝いて見えたのだった。


「そうやったんか? それは初耳やな」

「言ってなかったからな。誰にも」


 初めて聞く仲間の夢に健二郎は、自分の竿のことなどすっかり忘れ、英莉衣を食い入るように見つめる。


「それに、この刀も――」


 そう言って、英莉衣は両腰に差していた「東錦(あずまにしき)」と「綾錦(あやにしき)」に手をかけた。


「確かそれ、珍しいやつやなかったか?」

「ああ、両刀共に一角獣(ユニコーン)の角で出来ている兄弟刀だ。世界にはもう、この二刀しか残っていないそうだ」

「ユニ……コン……? なんや、その奇抜な名前。そんな生き物聞いたこともないな〜」

「伝説の生き物だからな……」


 健二郎の片言な発音に苦笑しながらも、英莉衣が答えた。


「今はもう伝説化されているけどな……だけど噂では未だに"扶桑(フーサン)"には生息していると聞く」

「扶桑って言えば、あの伝説の樹の内の一つやな」

「ああ。俺はいつの日か、そこに行ってみたいと思っているんだ……」

「せやけど、あそこは"二代目"の管轄やろ?」

「そうだけど……」


 世界に五つある伝説の樹。

 その五つの樹を守る為、それぞれ管轄があるのだった。


 例えば、世界の中心に立つ最も大きな樹「世界樹」は、この国で最強の侍一味、朱雀(すざく)の管轄だ。

 そして大和魂の象徴であり、今回の闘いの根源となった「武士櫻」は、勿論三代目侍の管轄である。


 この管轄以外の地には、基本立ち入ってはならないという厳しい掟があった。

 なので、三代目の先輩となる二代目の管轄である「扶桑」に立ち入ることは、よっぽどの理由でもない限り、立ち入ることは不可能なのであった。


「それに、あそこに関しては、行き方すらも分からへん」

「まあ、そうなんだけどさ……」


 特に扶桑に関しては、その生態系と大自然を維持する為、行き方も何処にあるのかすらも、謎なのであった。


 先程とは打って変わったように、肩を落とす英莉衣に、健二郎が優しくその肩を摩ってやる。


「ま、そう気を落とすなや。いつかはその夢も叶うかも知れへんやろ」

「うん……」


 健二郎の優しさに触れて、英莉衣が思わず涙ぐんだ。

 そして、ぐっとその涙を袖で拭うと、気合を入れ直すように言った。


「それに、今は何よりも三代目としての任務が最優先だ。弟も俺に憧れて、兄さんみたいな強い侍になるんだ。って息巻いてるんだ。俺はそんな弟の為にも、今は三代目として精一杯頑張らなきゃ」

「そういやぁ、英莉ちゃん弟がおるって言うとったな。そうか……英莉ちゃんにも色々と背負うもんがあるんやな……」


 健二郎はうんうん。と頷くと、最後に英莉衣の肩をポンと叩いた。


「せやけど、自分の夢は捨てちゃあかんで」

「健二郎……ありがとう。なんかその言葉で俺、更に頑張れる気がするよ」

「そうか。なら良かったわ」


 健二郎が右手の親指を立てて、ニカッと笑って見せた。

 英莉衣も健二郎と同じく左手の親指を立てて、ニカッと笑って見せる。


「今はこの刀と共に、三代目として任務を遂行していく。だけどいつかこの夢も叶えてみせるさ……」


 英莉衣は両腰の、両刀を擦りながら凛とした強さで宣言したのであった。

 その様子を優しい眼差しで見守る健二郎だったが、ふとある疑問を投げかけた。


「そういやぁ、なんでそんな珍しい刀を英莉ちゃんの一族は持っとったんや?」

「それは……」


 英莉衣が答えようとした時、ふと英莉衣の竿がしなる。


「おっ……!!」

「おっ! 当たりが来たんちゃうか!」


 竿に手応えを感じた英莉衣が竿を引き上げる。

 糸の先には一尺(※三十センチ)程の光沢のある魚が掛かっていた。どうやら大物らしい。


「ははっ! やったぞ!」


 英莉衣がまるで子供のような無邪気な笑顔で釣った魚を両手に持つ。

 魚はピチピチと活きのいい動きを見せていた。


「お、おう……なんや、俺よりも早いやんけ……」

(お陰で質問の答えを聞き損なったけど……そうか……)


 健二郎が苦笑いして英莉衣の笑顔を見ながらも、頭の中では別の思いを巡らせていた。


(同じ仲間でもまだまだ知らんことってあるんやな……)


 また新たな仲間の一面を知った健二郎であった。


「よしっ! 俺も負けとらへんで!」


 健二郎はそう言って、再び魚釣り勝負へと繰り出したのであった。



(完)

【補足】結果は以下の通り。

健二郎︰大物三匹、小物六匹

英莉衣︰大物五匹(内、鯛一匹)、小物十匹

よって、英莉衣の圧勝に終わる。

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