その陸―走馬灯―
「はぁっ……はぁっ……」
全身は傷だらけの襤褸雑巾のような成りで、口からの酸素だけでは心もとなく、肩で息をする恭徳。
そして、その周りには足の踏み場もない程、転がっている敵の屍。
――終わった…………早く、皆の元へ行かなければ……
恭徳がふらつく足を一歩、前に進めようとした時――
突如、恭徳は得体の知れぬ目眩に襲われた。
その瞬間、恭徳は横ざまに倒れ、気がつけば口からは土の味がした。
立ち上がろうとしたが、立てなかった。手足に知覚がなく、まるで雲を踏んでいるようだ。
「くそっ……何故だっ!!」
いや、本当は分かっていた。その事実を――分かっているが、それを認めたくなかった。
だが、いくら振り払おうとしても、身体は言う事をきかない。
昼夜関係なく、幾日も闘い続けてきた恭徳の身体はもう、限界などとうに超えていたのだ。
「くそっ…………」
いくら足掻いても結果は同じことだった。
両手両足、指先の一本に至るまで、身体が地面に縫い付けられたかのように、微動だにしなかった。
「ちくしょう……!! 僕は……”おれ”は……まだ……こんな所で……く……たばる……わけ……に…………は…………」
恭徳の思いとは裏腹に、靄がかかったように意識が朦朧とし始める。
瞼が重い。ただただ眠かった。
薄れゆく意識の中で、恭徳の耳には微かな音が聞こえてきた……
――ガリガリッッ……
――ガシャン……ガシャン……
これは……昔から馴染みのある音……懐かしささえ感じるこの音は……石を削る音…………
父さん…………
恭徳は、靄がかる意識の中、薄らと浮かび上がる情景をぼんやりと眺めていた――
***
恭徳は高嶺大山のとある村の石工職人の元に生まれた上に兄と姉を持つ三人兄弟の末っ子だった。
恭徳の故郷、高嶺大山は岩石に囲まれた地で、石細工が盛んな村だった。
普通の人からすると石を加工する時、発せられる耳障りな音も、物心ついた頃からずっと側で聞いていた恭徳にとっては、何の変哲もない岩が次々と新しい物に姿を変える魔法の音楽のように思えた。
いつか将来自分も家業を継ぎ、兄と共に石工職人になるものだと思っていた――
だが、そんな恭徳の人生を大きく変えたのが、"朱雀"の存在だった。
世界を守る為、悪を裁く侍達の姿に強く惹かれた恭徳は、いつしか自分も侍になりたいと強く望むようになった。
しかし、そんな恭徳の夢に家族――特に父は強く反対した。
――石工職人の息子が何を言うか!
――刀も持ったことのない奴が侍なんかになれるものか!
それでも恭徳は、家族に猛反対されながらも、侍になる夢を諦めなかった。
――いくら周りから馬鹿にされようが僕は侍になるんだ! そしていつか朱雀と同じくらい強くなるんだ!
それからというもの、恭徳は日々剣の鍛錬に励み、地元では名の上がる程の、腕にまで成長したのだった。
そんな恭徳の姿に目を付けたのが、たまたま朱雀の任務で高嶺大山に来ていた直樹だった。
(こいつは将来、凄い侍になるぞ)
そう直感した直樹は朱雀の本拠地である"市原虎の尾"に戻ると、街の総長であり、朱雀の総指揮官でもある、鴛鴦丈芳にその事を報告した。
それがきっかけで、今回武士櫻を守る七人の侍"三代目"の仲間の一人に恭徳が、抜擢されたのだった。
その事を直接、直樹をはじめとする五人の仲間達が、恭徳の元へ伝えにやって来た時には、寝耳に水だった。
憧れの朱雀の総指揮官からの直々の指名。それはとても光栄なことだし、飛び上がりそうな程、嬉しいことだった。
しかし、同時に不安が押し寄せてきた。
隊長二人は現役の朱雀。更には、"最強の侍"と呼ばれている侍までいるのだ。
――格が違いすぎる。
そう思った。
そして、迎えた出発の日――最後の最後で怖気付いた恭徳は家に閉じこもった。
外から何度も自分の名を呼ぶ、仲間達の声に、恭徳は耳を塞いだ。
怖かった。ただただ怖かったのだ。
――あんな天才とも呼べるべき人達の中で、こんな素人に毛が生えた程度の腕では、この先、足を引っ張ってしまうだけだ。僕には自信がない。
恭徳はその後も引き篭もり続け、遂に三日が経った。
――もう皆はとっくに、僕のことなんか呆れて見放してるよな……ごめんなさい。折角、任命して頂いたのに、僕が弱いばかりに……本当にごめんなさい。
恭徳は俯きながら、溢れ出る涙をそっと拭った。
そんな恭徳の背中を押したのは、他ならぬ、父だった。
「お前の覚悟はそんなものだったのか」
父の言葉に恭徳はそっと顔を上げる。
「あいつら、お前を信じてまだ外で待っているぞ。普通なら早々に見切りをつけられる所をあいつらは……ああいうのを"真の仲間"って言うんじゃねぇのか」
――まだ待ってる? 三日も経っているのに、こんな僕のことを?
恭徳は信じられなかった。
「行ってこい。今ならまだ間に合う。しっかり頭下げて、謝ってこい」
うんと頷き、立ち上がった恭徳は、表へと向かった。
そこへ父もやってきて、ある物を恭徳の前へ差し出した。
「持っていけ。俺は石工職人だが、こいつは俺が今まで生み出してきた物の中でも最高の出来だと思う」
それは二尺三寸(※六九センチ)ほどの刀だった。
「父さん……」
恭徳はその刀を両手でしっかりと握りしめた。
その刀の名は「暁」
望んでいたことが実現するように。父から子への想いが込められた名だ。
旅立つ息子の背中に、父が最後に言った言葉。
「恭徳。侍になれば人を斬ることもあるだろう。それは仕方のないことなのかも知れない。だがな、人を平気で斬るような侍にだけはなるなよ――」
父の言葉だ……
すでに閉じられた筈の瞳に、様々な情景が浮かんでは消えていく。
――ああ、これが走馬灯ってやつか……
恭徳はふっと笑みを浮べると、そっと呟いた。
「父さん……母さん……お二人より先に逝くことを許して下さい…………」
そして、恭徳の意識は完全に停止した――
全てが遠くなっていく。
恭徳の意識はゆっくりと、深い闇の中へと溶けていった――
"三代目侍"最大の危機(´;ω;`)
一体どうなってしまうのか!?




