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第66話 メイドは主を守るための戦いがお好き

「ついったあず」は、日本を含め世界でも有数の規模を誇るSNS――ソーシャル・ネットワーキング・サービスである。

 この基本機能は、150文字以内の短文「ついーと」を、いつでも気軽にインターネット上へ送ることができることにある。

 送ったついーとは、自分をフォローしている人「ふぉろわあ」全員に送られ、彼らが送られたついーとに対し返信等をすることで、離れた相手といつでもメッセージのやりとりができる。

 ツグミの「ふぉろわあ」は約五百人。つまり、ツグミが送信すれば、その五百人にツグミの「ついーと」が送られることになる。


 ツグミは「ついったあず」では、自分がCSOの最高魔術師・クローディアであることを明かしていなかった。

 もし明かせば、「ふぉろわあ」の数はCSOのプレイヤーを中心にいまより格段に増えるだろうと予想できた。

 しかし不特定多数の知らない人からメッセージを送られるのを嫌ったツグミは、よく知った人とのやりとりだけに「ついったあず」を利用することに決めていたのだった。

 こんなことになるのなら、クローディアであることを明かしてでも「ふぉろわあ」を増やしておくべきだったと後悔しつつ、ツグミは玄関に座り込みながらスマートフォンでテキストを打ち続けた。


 内容は、イオネラの外見の情報と行方を求む呼びかけ。

 彼女の容姿、服装、背格好など。それらを短文にのせ、ツグミは自分のフォロワーへ「行方を探しています」とメッセージを送ろうとしていた。

 幸か不幸か、イオネラの外見は町中ではよく目立つ。赤く長い髪に、紅色の猫目。そして何より、この初夏に暑苦しい長袖のジャケットをまとっている。

 家に残された衣類から、イオネラがお気に入りの赤と黒基調のジャケットを着用していることは分かっていた。

 もしツグミのメッセージを読んだ「ふぉろわあ」なら、一目見ただけで該当する人間だと分かるだろう。


 とはいえ、ツグミのフォロワーは世界中――ほぼ日本中だとしてもたかが五百人程度。都内にしぼれば、さらに少なくなるだろう。

 それだけの人数にメッセージを送ったところで、警察に匹敵するくらいの規模の捜索は不可能だ。


 だが「ついったず」には、「RTりついーと」という機能がある。

 これは、送られてきた「ついーと」を、自分の「ふぉろわあ」へ転送するというもの。

 つまり、RTされたついーとは「ふぉろわあ」の「ふぉろわあ」へ送られることになる。


 これが繰り返されれば、自分のメッセージは次々と「ついったず」上に――ネット上に拡散していく。

「ふぉろわあ」の多い人物がRTしてくれたなら、その効果は特に上がる。

 ツグミの狙いは、そこにあった。


 ツグミがイオネラの情報を集めるためのメッセージを書き終える。

 人を捜しています。容姿、特徴。見かけた方はツイートください。

 最後に【拡散希望!】と文頭に付け、彼女は送信ボタンを押した。


「これでよし、と」


 それからRTされたことを知らせる通知がいくつか届く。

 一分ほどして、返信が来た。アカウント名は「ノボル」。

 CSOでの冒険をともに戦ったメンバーの一人「ノボル=D=サキヤマ」だ。


〈リーダーからの頼み事? 珍しい。ってことはよほどのことなんだよな? まかせとけ! 俺の言葉も入れてすぐに拡散するから!〉


 一日百回以上ついーとしているノボルは、こちらからついーとを送るといつも三分以内に返信をくれる完全な「ついーと民」だった。

 だがこの職業不詳のノボルの「ふぉろわあ」は、なぜか百万人以上に達している。

 有名タレントか一流企業の社長でもない限り、なかなかこれほどの数が集まることはないのだが、ノボルは何をどうやってか、これだけの「ふぉろわあ」をずっと以前から確保していたのだった。

 ノボルの謎は深まるばかりだが、いまはこの実績が大きな力になる。


 案の定、ノボルの拡散によりRTの通知が格段に増えた。

 そしてCSOの仲間からも次々に返信が来る。


〈ひさびさクロたんからのついーとktkrきたこれー! ツンデレクロたんからのお願いとかヤバすぎでしょ! だがミナミナ親衛隊の自分としては今日十二時からのワイワイ生放送見逃すわけにはいかないのだ! でもそれまでならRT手伝おう!〉


 文面だけで分かる、アニオタ及びミナミナ命・シルフィからのついーと。

 これでミナミナのファンを中心にアニオタ系のついーと厨にもイオネラのメッセージが拡散されるだろう。

 それがどれほどの広がりをもつのか、ツグミには分からなかったが。


〈私も微力ながらRTするよ。ふぉろわあ20人しかいないけど(TT)〉


 ツグミが自分より年下だったことにショックを受けていた腐女子高生・ふつつかからだった。

 ふぉろわあ数に関係なく、すぐに協力してくれるその気持ちが、ツグミにはうれしかった。


 自分のついーとが拡散される状況をひととおりながめてから、ツグミはスマホをスリープ状態にし、画面から目を離した。

 ネットに情報を求め、味方をつくる布石を打った。

 だがあまり過度に期待してはいけない。

 ツグミ自信、SNSをこのように使うのは初めてだったし、どのくらいの効果が見込めるのかも未知数だった。

 ――基本は、自分の足で捜さないと。

 ツグミは玄関から立ち上がると、雄斗の軌跡を追うように、家を駆け足で出ていった。











 雨は一時的に止んでいた。

 だが空は相変わらず分厚い雲に覆われ、またいつ雨が降ってもおかしくない状態のまま。

 そんな天気の下で、傘も持たずイオネラを捜しに走る雄斗はまず、月森先生に連絡を取った。

 イオネラが突然いなくなったこと、家にミヤワキ教授が押しかけてきて家を無理やり荒らしたことを告げると、月森先生は『たたたたたたたたたた大変! そそそそれは大変です!!』と、極度に驚いて混乱したあげく、心を落ち着かせたいと言ってウイスキーの瓶に手を伸ばそうとしたため、雄斗は電話口で止めるのがむしろ大変だった。

 しばらくしてようやく酒なしで落ち着きを取り戻した月森先生は、急に心配した声になった。


『そ、それは大ごとでしたね……。わ、私もすぐに捜したいのですが、いまちょうど輸血用の血液の準備をしているところで……。じ、じつは、柊さんにピッタリの成分の血液がみつかったんですよ!』


「えっ? そうなんですか!」


 電話口で驚く雄斗に、月森先生もやや興奮した調子で答えた。


『は、はい! だからですから、いまその血を用意しているところで……。イオネラさんが血を欲しくなっても、これならまず大丈夫だと思ったんですが……す、少し遅かったですね。すみません……本当にすみません……』


 悔しそうに謝る月森先生をなだめつつ、雄斗はひとまず、いつでも輸血を受けられるよう準備をお願いしますとだけ伝えて電話を切った。

 月森先生の血の話を聞き、雄斗は走りながら再び思考した。

 もしこれからイオネラを発見できたとして、それから自分はどうすればいいのだろう。


 いまの状態でイオネラに血を与えれば、おそらく自分の体がもたないだろう。

 だが悠長に輸血などしているヒマはない。いまこの瞬間にも、イオネラは警察を通じてミヤワキ教授らに見つかっているかもしれない。

 何とかしてイオネラを月森先生のところへ連れていき、輸血用の血を吸わせるか――あるいは、イオネラに血を吸われた直後に自分が輸血を受けるか。

 だが、そんな都合のいいことが本当に可能なのか

 ――考えていても仕方がない。やはりまずはイオネラを見つけることが先決だ。


 雄斗は小詩にも連絡をとった。

 運よく今日の部活動は昼からとのことだったが、「イオネラがそんなことになってるのに、部活になんか行ってられない。大翔には話しておくから、僕も捜すよ」と、小詩も手伝ってくれることになった。

 大翔には悪いけど、いまは一人でも手がほしい。雄斗は彼に伝えた。


「見た目に目立つし、吸血衝動もあるから、たぶんそう遠くには行ってないと思う。人目のつかないところ、人気の少ないところに隠れているかもしれないから、そういうところを捜してくれると助かる」


「わかった。河川敷とかも見てみるよ」


 河川敷、という言葉に、何となく事件性を含んだ嫌な響きを感じつつ、雄斗は小詩にも感謝した。


 電話を切ったところで、雄斗は最初の目的地に着き、足を止めた。

 目の前には、メイド喫茶「ホワイトテイル」。

 雄斗がイオネラと出かけた、数少ない場所。

 ここのメイド長・ユラに、イオネラを見なかったか尋ねようとしたのだが――


「――あれ?」


 入り口の看板には「CLOSE」のかけ札。

 雄斗はスマホで現在時間を確かめた。朝九時。

 ホワイトテイルの開店時間は、十一時から二十一時までと表の看板に書かれている。


「開店前、か……そりゃそうだよな」


 あわてていて開店時間に気づかなかった。うなだれる雄斗。

 さすがにこんな早い時間じゃ、だれもいないだろう。仕方ない。他をあたらないと。

 そう彼が思った矢先。


「――あら、雄斗君」


 聞き覚えのある声が耳に届き、雄斗は反射的にふり返った。

 そこには彼が求めていた、メイド服姿の流麗な女性――ユラがいた。


「ユラさん――!」


「おはようございます。お久しぶりですね。こんな早い時間からお出かけですか?」


「ああ。ユラさんこそ、まだ開店前なのに、なんでメイド服……?」


「いまから開店準備なんです。今日は客席のレイアウトを少し変更しようと思って、いつもより少し早く出勤してきました。さっき離れで着替えてから、ここに来たんですよ」


 にこやかな表情で答えるユラ。

 その背後から、もう一人のメイド服姿の女の子が顔をのぞかせた。


「あー、雄斗君だ。こんな朝っぱらから、恋人ほっぽって何してるんですかぁ?」


 そう茶化すのは、以前ミナミナと店を訪れた際、『LOVELOVEデザインカプチーノ』を淹れてくれたエリだった。

 やや茶色がかったショートヘアにイタズラっ気に満ちた笑顔をふりまく彼女は、久しぶりに雄斗の顔を見るなりニヤニヤと笑みを浮かべた。


「さてはエリの『LOVELOVEデザインカプチーノ』がもう一度飲みたくなってガマンしきれなくなって、エリのことを想いながら開店待ちしてたんですねぇ? でもどうせなら貴い身分のガールフレンドも連れてくればよかったのにぃ」


「何だよ貴い身分のガールフレンドって……」


「何って、イオちゃんに決まってるじゃないですかぁ。今日は来てないんですかぁ?」


「エリ。態度が横柄すぎますよ。言葉を慎みなさい」


「いいじゃないですか、営業時間外だし」


「いけません。メイド服に着替えた瞬間から、あなたはホワイトテイルで働く誇り高きメイドなのですよ」


 はぁい、とエリは若干不満げな顔でしぶしぶ従う。

 ユラは雄斗に向き直ると、再び小さく首を傾げながら笑顔を浮かべた。


「そういえば、イオネラ様はお元気ですか? ここ最近、お姿が見えなくて、ユラも心配していたのですが」


「そのことなんだけど……」


 それから雄斗は、さきほどまでに起きたことをユラとエリにかいつまんで説明した。

 かなり深刻な事態に陥っていることを初めて認識し、二人はともに驚いた表情を浮かべて顔を見合わせた。


「――というわけだから、もしこの店にイオネラが顔をみせるようなことがあったら、すぐに知らせてほしいんだ。俺の電話の番号、教えるから……」


 雄斗の言葉を、ユラは真剣な目つきで聞き入れると、ひとつだけうなずいた。


「分かりました、雄斗君」


 そう言ったとたん、ユラはきびすを返し、店にかかっていた「CLOSE」の札を裏返した。

 そこに書かれていたのは「臨時休業」の文字。

 ――「CLOSE」の裏は「OPEN」じゃないんだなと雄斗は思いながらも、そのことには触れずユラに言った。


「え、でも……今日営業日じゃ……」


「我が主の行方が知れぬというのに、それを捜さない従者はおりません。しかも乱暴な追手が迫っているとあっては――。そんなイオネラ様の安否が分からない状況で、どうして店を開けることができましょう? 『ホワイトテイル』のメイド一同、ただいまこの時から、イオネラ様の捜索に全力であたります。ユラ」


「はい?」


「コードファイル『E』を」


「ファイル『E』――は、はい! すぐにお持ちします!!」


 ユラの指示に、エリは一気に表情を強ばらせると、すぐさま店の扉を開けて店内へダッシュした。

 何が起きたのかつかみかねている雄斗。


「あの……ユラさん。ファイルEって……?」


 それには答えず、ユラは彼の前を過ぎ、店内へ進む。

 そして入り口に入ったところで振り返ると、扉の上部にかけてあった一本の長い棒に手を伸ばした。

 両端がきれいにカットされているだけのなんの変哲もない木の棒。

 自分の背よりもやや高いほどの長さがあるそれを持ち、ユラはその感触を確かめるように両手で握りしめる。


「ホワイトテイルのメイドには、知識、技術のほか、戦士としての類まれな運動神経が求められると以前申し上げましたね。それは、この店を自分たちの手で守るため――ひいては私たちにとって大切なものを、私たち自身の力で守るために、重要な能力なのです」


 話しながら、ユラは雄斗の目の前で、手にした棒を縦に力強くふり下ろし、横にすばやくいだ。

 慣れた手つきで棒を操るユラの目の内には、青色の炎が静かに燃えていた。


「『こみぱるん』にミナミナさんのストーカーがやってきたときは、これが無かったから慌てたけれど……この『不動明王蒼木杖』さえあれば、ミヤワキ教授とその一味にも負けはしない……」


 不敵に微笑むユラに、雄斗は顔をひきつらせた。


「あの、ユラさん……?」


「ユラの華麗な棒術で、乱暴な男どもを一人残らずなぎ倒して差し上げましょう。我が主を手にかけようとした罪は万死に値します。泣こうが喚こうが、決して許しませんよ。フフフ……あ、雄斗君、どうかしましたか? お顔が引きつってますよ」


「……いえ、何でもないです」


 なぜ戦おうとしてるんだろう……。

 ってかユラさんってこんなキャラだったっけ……。

 彼女が一体何を始めるつもりなのか。雄斗は違う意味で不安に襲われた。


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