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第59話 吸血貴族は気の利いた下僕がお好き


「おかえり~! ――って、ど、どうしたの姉さま!?」


 家に帰ってきた雄斗とイオネラを出迎えたツグミは、二人の姿をみて驚いた。


「おお、ツグミよ。出迎えご苦労。いや、たいしたことではない。少しクツずれしたものでな」


 そう言い訳するイオネラは、しっかり雄斗の背中におぶさっていた。


「クツずれ……?」


「ああ。こいつ、帰りの駅を降りてから少し歩いたところで、足が痛くて歩けないって突然言い出すもんだから、しかたなく俺がおぶってきてやったんだ」


「しかたなくとはどういうことじゃ。下僕ならば主を背負うくらい、自ら進んで行うものじゃろう」


「はいはいイオネラ姫様。背負わさせて頂き雄斗は大変うれしゅうございました。――ってかいつまでおぶさってるんだよ」


 雄斗の背中から降りてすぐイオネラは座り込むと、痛そうにクツを脱ぐ。

 見ると、かかとのあたりが赤くにじんでいた。


「あ、姉さま、血が出てるね。いま奥の部屋から救急箱持ってくるから」


「よいよい。わらわが部屋へ行く。……ぬう、皮がめくれておるのう」


「ったく、なれないクツで走り回るからだよ」


「なぬ? ツグミのコーディネートにケチをつけるつもりか? クツもツグミが選んでくれたのじゃぞ?」


「クツのせいじゃなくて、イオネラがはしゃぎすぎだって言ってんだよ」


「なんじゃと。下僕の分際で生意気な……!」


「じゃあなんて言ったらいいんだよ……!」


「ほらほらほら姉さま! お兄ちゃんも帰ってきて早々ケンカしない!」


 ツグミの仲裁で、二人はお互いをにらみながらも言い合いをやめた。

 雄斗は先にクツを脱いで玄関を上がる。イオネラもそれに続こうとするが、足が痛いのかすぐには立てない。


「いつつ……」


「ったく、何してんだよ。ほら」


 彼はイオネラにそっと手を伸ばした。

 反射的にイオネラがその手をつかむと、雄斗はやさしく引き上げる。

 引っぱり上げられたイオネラは、ややきょとんとした顔で雄斗の顔をみつめた。


「ユウト……?」


「――なに」


「……いや、なんでもない。ありがとう……。救急箱はわらわの部屋じゃったな? 先にいくぞ」


 イオネラはそう言うと、さっさと雄斗を追い抜かし奥の部屋へ歩いていく。

 そんな彼らのやりとりをみていたツグミが、なぜかうれしそうに微笑んだ。


「――お兄ちゃん、いつのまにそんな気の利く人になっちゃったの?」


「は? どこが……?」


「フフ、何でもない……。で、どうだったのお兄ちゃん」


「なにが」


「姉さまとのデ・ー・ト。どうだったの?」


 ひじでこつくツグミに、雄斗はひたすら困った顔をする。


「どう、って……別に何にもねえって。ただ城北公園に行って帰ってきただけだし」


「その間に何かなかったの? 手をつないだりとか、腕を組んだりとか」


「しねーよそんなこと。腕を組むってなんだよ」


「えー。なんだぁ。弁当をお互いに食べさせあったりとか、したと思ったのに」


「あ、それはしたけど……」


「え、うそ! ホントに!?」


「でもあれは、イオネラに無理やりやらされたから……」


「無理やりでもなんでもやればカップルだから。そっかぁ。姉さまもけっこうその気なんだね~」


「どの気だっつーの。こっちはあいつの命令に一日中従わされて疲労困憊ひろうこんぱいなんだからな」


「でも立派なカップルでしょ。はい、あ~んとかしたんでしょ。もう言い逃れはできないよお兄ちゃん、ククク」


「何だよその気味の悪い笑い……」


「まあ、私としてはもう少し進んでほしかったんだけどね~」


「バカ。何言ってんだよ。ツグミこそ、変な妄想ふくらませすぎだろ」


「そうかなあ。シャイなお兄ちゃんなら、姉さまが寝ちゃった隙にこっそりキスしたりとか、やるんじゃないかなと思ったんだけど」


「う」


「え、なにいまの一文字リアクション。まさかお兄ちゃん、本当に――」


「し、してない! するわけないだろ。何を言ってるんだ妹よ、ははは」


「変なキャラになってるよお兄ちゃん……あやしいなあ」


「いや、ほんとにしてないし! 俺がイオネラにそんなことするわけ――」


「なにをわらわにするのじゃ?」


 と。

 奥の部屋から戻ってきたイオネラに、雄斗が驚く。


「い、イオネラ!?」


「何の話をしておったのじゃ、二人して。いま『俺がイオネラにそんなことするわけ』というふうに聞こえたが」


「あ、いや、その……お、『俺が足を痛めたイオネラを放っておくわけないだろ』ってことを言ってたんだ。うん、そうだ。ははは」


「なんじゃ、そういうことか。それくらいは下僕として当然のことじゃろうに……」


 そう話すイオネラの右手には、雄斗のスマホが握られていた。


「なんだ、まだミナミナにかからないのか」


 雄斗の言葉に、イオネラは「うむ」と不満そうにうなずく。

 二人の様子に、ツグミが口を開いた。


「なに? ミナミナへ電話かけてるの?」


「さっきから何度もかけているのじゃが、一向に返事がないのじゃ。できれば夜の番組までには情報を得たかったのじゃが」


「夜の番組?」


 ツグミの質問に、雄斗はかくがくしかじかと答えた。


「へー、そうなんだ……。私も見たいけど、その時間、ライブチャットがあるからちょっと無理かな……。でもミナミナが返事くれないなんて珍しいね」


「公演が長引いてんじゃねえの? そもそもスマホを身につけてないとか」


「じゃが、今まではたいてい二時間以内にはなんらかの返事がきておったからのう。はっ!? まさかミナミナの身に何かあったのでは」


「返事が二時間こないくらいで考えすぎだろ……。まあ、電話するのは番組見てからでもいいんじゃねーの」


「むう……仕方ないのう」


 イオネラはミナミナの電話番号とメールアドレスの表示されたスマホの画面を見つめながら、なかなか返事がこないことに不満を募らせていた。

 なぜか、得体のしれない嫌な予感にとらわれながら。











 薄暗いコンクリートの階段をのぼり、小さな入り口の扉を開ける。

 いつものように体を滑りこませ、静かに事務所の中へ入る。

 変装のための巨大な茶色いサングラスをかけたまま、彼女はスタッフのいる部屋に姿を現した。

 その瞬間――



「ミナミナ、19K正式メンバー決定おめでとーーーーーーーーー!!」



 と同時に――

 パン! パン! というクラッカーの音がいくつも鳴り響く。


「えっ――?」


 部屋に入ってきたミナミナが、ぽかんとする。

 彼女の前には、待ち構えていた同じアイドルグループのメンバーや事務所のスタッフが並んでいた。


「みんな……」


「ミナミナ、おめでとうー!」

「19K、正式メンバーだって! すごいじゃん!!」

「候補生でもなかなか大変なのに、いきなりごぼう抜きだよ?」

「ミナミナの勢いはとまらないね~」


 歓喜するみんなに、ミナミナは戸惑う。


「あの、これは……?」


「ミナミナの19K正式加入のお祝いだよ! みんなでミナミナをびっくりさせようって、クラッカーもって待ってたの!」


 そう答えたのは、さきほどミナミナに第一報を伝えたユカリンだった。


「ミナミナほんとにすごいよ。このまま日本一のアイドルまで一気にかけのぼっちゃうね! 私、全力で応援しちゃうから! あ、でも私ももっと頑張らなきゃだね」


「あ、うん。ありがと……」


 満面の笑みを浮かべるユカリンに、ミナミナは複雑な表情をみせた。


「あれ、どうしたのミナミナ。なんか表情固いよ?」


「え? あ、その……まだ実感がわかないから、かな。はは……」


「そうだよねー。私たちもいまだに信じられないから……あっ、プロデューサー!」


 ユカリンの言葉にふり返るミナミナ。

 そこには、さきほど彼女が入ってきた入り口から現れた、プロデューサーの姿があった。


「なんや、帰ってきとったんかいな! しもたぁ、わいもクラッカー鳴らしたかったのに……」


 買い物なんかに行っちゃうからですよぉ、などと話し笑うユカリン。

 それからすぐ、プロデューサーはミナミナの方に目を向けた。


「ミナミナ、ようやったな。わい、19Kになるのは絶対無理や、いうとったもんな。謝るわ。いまのミナミナはわいらの想像の域をはるかに超えとるで。ほんますごいわ」


 そう言って感慨深そうに話すプロデューサーに――

 ミナミナは、ようやく心の底からの笑みをみせた。


「あ、ありがとうございます、プロデューサー……。ミナミナ、これまで以上に頑張ります。頑張って頑張って、絶対、日本一のアイドルになってみせます……!」


「いきなりそんなに気負わんでもええで。いまはとにかく、難攻不落や思うてた19Kへの正式メンバー入りを喜ばんとな!」


「でもミナミナ、もう日本一になるって決めたから。絶対に……」


 ミナミナ、意識レベル高過ぎ! とスタッフから声がとぶのに、みんなが笑う。

 なごやかな雰囲気。だれもが、ミナミナの大きな飛躍をうれしがっていた。

 その中で――

 当事者であるミナミナだけが、胸に重いわだかまりを感じていた。


 彼らとひととおり話し終えてから、ミナミナは事務所のわきにあるソファに座り、変装用のサングラスと帽子をはずす。

 ――と。

 ミナミナが肩にかけていたバッグに入っていたスマホから、音が聞こえてきた。

 着信音。

 スマホを取り出し、画面を確かめる。

 そこには、「着信:☆イオちゃん☆」の表示があった。


「イオちゃん……」


 ミナミナはその文字を確認すると、急に冷たい目つきになった。

 彼女は画面を指でタップして音だけ消し、電話には出ないまま再びバッグにしまう。

 そして何事もなかったかのようにソファから立ち上がると、今夜の公演に向けた練習を行うべく、隣の広い部屋へ歩いていった。


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