第55話 吸血貴族は森がお好き
城山公園の奥には、深い森が広がっている。
公園の入り口付近には芝生やアスレチックなどの遊び場が整備されており、その奥にある緩い坂を上っていくと、コナラやクヌギなどからなる小さな森がある。
下草の刈り取りもそこそこに、周りにはベンチらしきものもなく、公園と山林の境にあるようなひとけのない場所。
そこへ、雄斗とイオネラはやってきた。
見知らぬカップルとの「はい、あ~ん対決」を制したイオネラは、昼食後、思い出したように「ところで森はどこじゃ? 早く連れていかぬか」と雄斗に命じた。
芝生で遊び始めたのはイオネラだろ、と雄斗は心の中で文句をたれつつも、彼女を連れて公園の奥にあるこの森までやってきたのだった。
コンクリートの地面から、土がむきだしになった上り坂に様相を変えた歩道を進んでいくと、ほどなくして二人の目の前に、木々の生い茂る森が姿を現した。
「ここらあたりが森の入り口。つってもこの奥はすぐに山だけどな。道も無いし」
彼らの歩いてきた道は、もう少し進んだところで草に覆われ、とぎれている。
その先にははっきりした道は無く、奥にけもの道らしきものが見えるだけだった。
「ここでいいか、イオネラ――」
前を歩いていた雄斗がふり返る。
と、そこにはぼうぜんと口をあけたままでたたずむイオネラの姿があった。
「――イオネラ?」
「……森じゃ」
小さくつぶやいたイオネラは、何かに惹かれるようにゆっくりと歩き出す。
その先には、一本の太いアラカシの木があった。
木の根元まで近づいたイオネラは、かがみこんで地面にあった落ち葉を拾う。
そのつけ根を指でつまんだままクルクルと回し、葉脈の入った茶色い表面を感慨深そうに見つめる。
そしておもむろに、彼女は空に向かって広がる木の枝ぶりを見上げた。
「……大きいのう」
常緑樹であるアラカシは、クチクラでコーティングされた光沢のある鮮やかな緑色を呈している。
しばらくその様子を眺めていたイオネラは、木の幹へおもむろに近づくと、その樹皮を右手でやさしくなでた。
「久しぶりじゃな、この感触。やはり木はどの国でも同じじゃのう……」
そういいつつ、イオネラは抱きしめるように、幹を両手で深く抱え込んだ。
木の鼓動を聞こうとでもするかのように、イオネラはぴったりと右の耳を樹皮にあて、目をつむる。
さきほどまで「フハハハハハ! 下民ごときが、吸血貴族に勝負を挑むなど百億年早いわ!!」などと叫んでいた彼女からは想像できないくらい安心しきった様子に、雄斗は少し戸惑い気味に息をついた。
「――イオネラは、木が好きなのか」
そう訊く彼に、イオネラは静かに目をあけると、また樹冠を見上げた。
「好きじゃ。それに草も、土も、空気も。森をつくり出す全てを、わらわは好いておる」
アラカシの木から少し離れると、イオネラは森の空気を味わうように、息をめいっぱい吸い、はきだす。
「いつ見ても、木はよいものじゃ。心が落ち着く。やはり木は我らの味方じゃな。わらわの国、トランシルヴァニア公国にも、数え切れぬくらいたくさんの木があった」
「でもイオネラ、さっき木を一本、しっかり倒してたよな」
雄斗の指摘に、イオネラがムッと眉を寄せてふり返る。
「……デリカシーのないやつじゃな。わらわもさっきのことは悪いと思っておるぞ」
そして視線をアラカシに戻そうとして、彼女はやや離れたところにある黒いものに目をとめた。
「あれはなんじゃ?」
イオネラが近づいていく。
そこには、さきほどのアラカシよりも大きく太い、スギの木があった。
人が何人も両腕をのばしてようやく一周するくらい太い幹が、平らな地上からまっすぐに空へ伸びている。
スギの葉に陽の光はすっかりさえぎられており、木の下は鬱蒼としていた。
奥には山の斜面にかけてスギ林が広がっており、ただ大きいだけの木なら他にもありそうだった。
だが、その木が目を引いたのは、根元にぽっかりと洞があいているためだった。
三メートルほどの高さから下へ幹が裂けるように広がり、その中に暗闇が漂っている。
入り口は大きく、体を横にすればなんとか人が入れそうだった。
イオネラはその木のそばまで近づくと、洞の中をのぞきこんだ。
「ほほう、これほどの大きな木があるとは、ニホンの森レベルもなかなかあなどれぬのう」
森レベルってなんだ、と思う雄斗だったが、そこはスルーしてひとまずイオネラの後ろについて同じように穴をのぞいた。
「へえ。久しぶりに見たけど、まだそのまま残ってたんだな」
「ぬ? ユウトよ。おぬしはここに来たことがあるのか」
「ああ。まだ小さいころ、家族で何度か来た」
「家族……なるほど。なぜおぬしがこの公園を選んだのかと思っておったのじゃが、そういうことか」
「そういうこと。まだ小学生のころ、休日になるとたまにここまで遊びに来てたんだ。ツグミがよく走り回るんで、俺はそれを追いかけて、山に登って――。この穴にもよく二人で入ってたな」
「ツグミが? 太陽の光を浴びるのは登校時だけで家にいるときは暗い自室でネット依存症の今のあやつからは全く想像できぬな」
「言い過ぎだっつーの……。ツグミはあれでも、小学生のころはずっとリレー選手に選ばれてたくらい運動神経はよかったんだ。いまから思えば、負けん気が強いのはそのころからかもな」
なるほどのう、とうなずきながら、イオネラはスギの木の洞へ足を踏み入れる。
中はそれほど大きくないものの、たしかに小学生がちょうど二人入れるくらいの空間があった。
内側は曲がりくねったスギの幹に囲まれ、木と土の香りが充満している。
イオネラはその中へ体を滑り込ませると、ためしに腰を下ろしてみた。
「ふーむ……中は意外ときれいじゃな。底の土は踏み固められておるし、周りの木肌はすべすべしておる」
「たぶん、昔からよく人が入ってるんだろうな。公園の人が手入れしてるのかもしれない」
「ほう……いい場所じゃ。木の香りに包まれたような気分じゃな。ここなら雨風もしのげるし、わらわとしては落ち着くのう。死ぬまで中に入っていたい気分じゃ」
「死ぬまでって、どれだけ好きなんだよ」
苦笑する雄斗の言葉も耳に入らない様子で、イオネラは三角座りのまましばらく感動したように洞の暗闇に身をあずけていた。
静かに流れる時間。
梢にとまっていた二羽のシジュウカラが、ツツピツツピ……と鳴きながら飛び立っていく。風が葉をそよぐ音が聞こえる。
少しして、彼女は急に穴から顔を出した。
「ユウト。おぬしも中に入れ。心地よいぞ」
「え?」
イオネラの勧めを、雄斗は拒むように首をふった。
「いやいや、二人は入れねえだろ、そこ」
「なにをいう。おぬしは小学生のころ、ツグミと二人で入っておったのじゃろう」
「それはまだ体が小さかったからで……大人二人は無理だって」
「つめればなんとかなるぞ。ほれ、早くここに腰を下ろすのじゃ」
そう言われ、雄斗は半信半疑のまま洞の中をのぞいてみる。
「……やっぱきついだろ。横並びは無理だって」
「何事もやる前からあきらめていては、大きなことを成し遂げられぬぞ」
「いや、明らかに無理だと思うんだが……それになんつーか、仮に入ったとしても密着しすぎるというか」
「ぬ、また反抗する気か? 今日はわらわの言うことを何でも――」
「わ、わかった。わかったって。でも無理だと思うけどなぁ……」
ぼやきつつ、雄斗はとりあえず洞の中に体を入れてみる。
だが、横並びになるにはやはり奥行きが足りなかった。
「もう少しつめろよ、イオネラ」
「こっちはこれが限界じゃ。おぬしがもっと入り口に体を寄せよ」
「俺もこれ以上は無理だって。イオネラが寄せろよ」
「わらわのほうにはもうすき間が無いと言っておろう」
「だからこっちも――いてて」
「ぬう、ならば向かい合わせならどうじゃ」
「向かい合わせ? まあそれならなんとか……ってかなんで俺たち、こんな必死になって洞の中に入ろうとしてんだ?」
「むろん、おぬしとこの感動を共有するために決まっておろう。CSOをクリアしたツグミも、他人と同じ時を共有することで、ようやく喜びの実感がわいてきたと言っておったからな」
「CSOとかひさびさに聞いたな。ってかそれいまの状況と関係ねーだろ……ん、これ、ほんとに入れるのかよ」
「もっとヒザを曲げれば――これでどうじゃ」
「ああ、それならなんとか――あ、いや、やっぱダメだ」
「ん? なぜじゃ。これなら座れるじゃろう」
「だからダメだって……」
「なにをいう。十分余裕があるじゃろうに――ユウト。おぬし、なぜ顔を赤くしておる?」
「いや、だからイオネラ……スカートの中……丸見えだって……」
雄斗の座るスペースを開けるため、ほぼ垂直に近い状態までヒザを立てたイオネラ。
そのため、彼女の短いプリーツスカートの内側が完全にのぞいていた。
言われて気付いたイオネラも「あっ」と顔を赤くして、あわてて足を斜めにたたむ。
「……ユウト。見たのか」
口をとがらせてむすっとする彼女に、雄斗は反論する。
「み、見たくて見たんじゃねえって……。ってか、イオネラが向かい合わせで座れとか言うからだろ」
「ユウトはあいかわらず破廉恥な男じゃな。先日の風呂場の件といい、おぬしは下僕としての謙虚さが全くもって欠落しておる」
「あのときはお前が風呂場からいきなり飛び出してきたからだろ。どう考えても不可抗力だって」
「ふん。――ま、よく考えれば、あのときおぬしに裸を見られておるのじゃから、いまさらスカートの中を見られたところでどうということはないな。さあ早く座るのじゃ」
「いやいやいや! よく考えればどうということあるだろ! もっと恥じらいをもてよ!」
「恥じらい? わらわが気にせんでよいと言うておるのじゃ。さっさと座れい!」
「だからそういう問題じゃねえだろ!」
「ならどういう問題なのじゃ!」
洞の中は、声がよく響く。
やはり始まった二人のケンカは、小さな穴の中にこだましてお互いの声が高まり、さらに加速するのだった。
ひととおりケンカがおさまったところで、イオネラが「なら、ここより心地よい場所を紹介せい」と主張したため、雄斗は彼女を連れてしばらく山道を歩くことになった。
洞の開いたスギの大木のさらに奥。
よく見なければわからないような道が、そこにはあった。
おそらく以前はよく使われていたのが、しばらく人の手が入らなかったため、草に覆われて分かりにくくなっているような道。
それはしだいに急な登り坂になる。
二人は坂を進み、クモの巣をかきわけ、山を登りつめる。
しばらくすると、急に視界の開けるところに出た。
森の際。木が無くなり、目の前に広々とした景色が広がる。
「――おおっ!?」
着いたイオネラが思わず目を丸くする。
上空には青空、眼下には街が一望できるそこは、絶好の展望ポイントだった。
「いい景色だろ。昔は道がちゃんとここまであったんだけどな。崖の上だから危ないし、最近はだれも来てないのかもな」
「このようなところがあったとは……。でかしたぞユウト! さきほどの罪状は全て赦してやろう!」
「へいへい、恐縮ですイオネラ姫さま」
「人間どもがあくせく働く下界。コンクリート一色の街並みの全てを見下ろすことができるこの場所こそ、支配者であるわらわに最もふさわしいではないか! フフ……フフフ……フハハハハハハハ!!」
完全に虚栄心をあおってしまったようで、大声で悦に入るイオネラ。
しばらく街を見渡して満足した様子の彼女は、うれしそうな顔で雄斗に呼びかけた。
「よし、ユウトよ。我らの最初の宮殿はここに立てることとしようぞ。この地から人間どもを支配し、我らの足元にはいつくばらせるのじゃ! さぞ気持ちよかろうのう!」
「そうですね」
「そしてここをニホン征服の拠点とし、世界征服への足掛かりとするのじゃ!」
「そうですね」
「はてはわらわの母国、トランシルヴァニアまで手を伸ばし、残っておる我らが同胞の末裔らと手を組み、全ての人間どもをひざまずかせるのじゃ!」
「そうですね」
「あ、心配せずとも、ユウトはわらわ直属の下僕として特別に生活を保障してやるぞ。ありがたく思え」
「ありがたく思います」
「……ユウトよ。なぜこの景色を見て気分が高揚せぬのじゃ。やはりまだ無気力なままではないのか?」
「イオネラのテンションが高すぎて俺が引いてるだけなんで気にしなくていいよ」
雄斗の冷めた言葉を聞き、イオネラは不満そうに口をふくらませる。
「むう……おぬしはどうも、世界征服の重要性がわかっておらぬな」
「俺としてはその途方もなく薄い実現性をイオネラにわかってほしいよ」
「……もうよい」
イオネラは急にあきらめたように言い捨てると、近くの地面に腰をおろした。
そしてそのままあおむけになって、気持ちよさそうに手足をのばす。
「今日は世界征服のことより、とにかく気分転換じゃ。――やはり森というものは心地よいのう。心が洗われるようじゃ」
さっぱりした表情で、青い空を見上げるイオネラ。
雄斗もその横に並び、景色のいいところで腰を下ろした。
「ほんとにイオネラは森が好きなんだな。ま、俺もキライじゃないけど。なんでそんなに森が気に入ってるんだ?」
地面に後ろ手をついたまま、雄斗が尋ねる。
イオネラは、まぶしそうに空を見つめながら、さらにその先にあるどこか遠いところをながめるように目を細めた。
「『トランシルヴァニア』の語源は知っておるか」
雄斗が首を横にふるのをみて、イオネラは答えた。
「『トラン』は遠い、『シルヴァニア』は森。『森の彼方の国』という意味じゃ。我らは森とともに生き、森の恵みを享受して生活してきた。森は、我らの国そのものと言っても過言ではない。
それに木は、森に陰をつくる。日差しをさえぎり、太陽に弱い我ら吸血鬼を守ってくれる。木が我らの味方だと言ったのは、そういう意味も含んでおるのじゃ。
わらわの住んでいた宮殿も、周りが森に囲まれておってな。よく両親と出かけては、周辺を散策したり、ジャムに使う果実を集めたりしておった。いま考えれば、この時代よりも時間の進み方は遅く、のんびりしておったのう。よけいな情報にふり回されることもなく、幸せな生活を送っておった」
「そっか……。じゃあ、コンクリートとアスファルトに囲まれたうちの家は、あまり落ち着かなかったんじゃないか。もっと早くここに来ればよかったかもな」
「そんなことはないぞ。おぬしの家も落ち着くし、なにより快適じゃ。水は出し放題じゃし、火だっていつでも使える。なかなか捨てがたい。じゃが――わらわは幼少から家族とともに草木に囲まれておったから、こうした場所がやけに懐かしく感じるのじゃ。不思議じゃのう……全く違う土地、全く違う時間じゃが、こうして森は同じように存在していて、わらわはその深い懐に身を預けておる。森は偉大じゃ」
まるで幼少期に戻ったかのように、ゆったりとした口調で話すイオネラ。
そんな彼女をみて、雄斗の心も同調したかのように落ち着いていた。
ふと、雄斗は気がついたように顔を向ける。
「――イオネラの家族って、どんな人たちだったんだ」
「わらわの家族か? 兄弟はおらず、いっしょに暮らしていたのは父と母だけじゃった。むろん、使用人や警備兵は多数いたがな。
父も母も、わらわには時に厳しく、時に優しかった。特に外交で他の吸血貴族や人間の権力者に会うときは、ふる舞いや身だしなみについて細かく教えられた。じゃがひとたび仕事を離れると、わらわの労を優しくねぎらってくれたものじゃ。わらわはそんな二人を心から尊敬し、感謝しておる。
ユウトの両親は、どうなのじゃ。いまは海外に赴任中と聞いておるが」
「俺? あー、まあお袋は優しいよ。いつも俺とツグミのわがままを全部聞いてくれるし。怒ったところは見たことないな。いつも笑顔で、どんなときも俺たちにつらそうな顔は見せなかった。すげえ感謝してるよ」
「父親はどうなのじゃ。厳しい人間なのかえ?」
「親父は……厳しいっつーか、たちが悪いっつーか」
「なんじゃそれは」イオネラが笑った。「たちが悪い、とはどういうことじゃ」
「何でもかんでも合理的に物事を考えないと気がすまないんだよ、うちの親父。で、相手を攻めるだけ攻めてあとは自分で何とかしろ、っていう。情け容赦ない人間って感じかな」
「ほほう。それはなかなか興味深いのう。ぜひとも話したくなってきたぞ。――そういえば、ユウトの両親はもうニホンには帰還せぬのか」
「いや、盆には帰ってくると思うけど」
「ぼん?」
「八月の中旬。世間みんな夏休みの期間」
「なるほど。あと一ヶ月と少しか……」
そこでイオネラは、心の隅に追いやっていた考えを少しだけ拾い出した。
「……それまでには、ユウトの貧血が解決できるとよいな」
「ああ。イオネラも、な」
「わらわも?」
「自分の血を完全に巡らせて、魔力を回復して、世界征服に乗り出すんだろ? さっき自分で言ってたじゃねえか」
「あ、ああ。そうじゃな……。そのときはもちろんユウトにも参謀下僕としてともに戦ってもらうからな。覚悟せよ」
「参謀下僕ってなんだよ……」
苦笑する雄斗。
そこへ、一陣の風が吹き抜けた。
初夏にしては涼しげな空気に、雄斗とイオネラはなごやかな表情になる。
雄斗はふと、隣のイオネラを見つめた。
彼女は木漏れ日の落ちる地面から上空を見上げ、風に揺れる木の葉を目で追っている。
赤黒く流れるような長い髪に、紅く染まった猫の目。うっすらと開いた彼女の唇の奥に、とがった八重歯がのぞいている。
安心したように顔を緩ませている彼女の横顔に、雄斗はなぜか心が揺れるのを感じた。
「――なにをじろじろとみておる」
――と。
雄斗の視線を感じたのか、イオネラは急に口を開いた。
「わらわの顔に何かついておるか?」
「い、いや、なんでもねえ……。あ、そういえば」
話題を変えることでごまかそうと、雄斗は言葉を継いだ。
「前から訊きたかったことがあるんだけど……訊いてもいいか」
「うむ。なんじゃ」
「イオネラは、そもそもなんであの棺桶に入ることになったんだ。たしか、魂だけを封じ込めたとか言ってたけど、どうしてそんなことする必要があったんだ?」
彼の言葉に、イオネラは遠い記憶へ思いをはせるように、目を細めた。
「うむ……そうじゃな。少し長くなるが、よいか」
「ああ」
雄斗がそっとうなずく。
すると、イオネラはゆっくりと、物語を語るかのように話し始めた。
「――吸血貴族には十七歳で棺桶に魂を封じられる風習があってな。そこから脱出できなければ、一人前として認められぬのじゃ。いわば大人になるための試験というわけじゃ」
「…………えっ、それだけ?」
「ウソに決まっておるじゃろう」
雄斗は拳を振り上げた。
「ま、待て、早まるなユウトよ! 冗談じゃ冗談! 先日テレビで、東南アジアのどこかの民族に、バンジージャンプをしなければ大人になれぬという風習があるというのをやっておってな。それでつい」
雄斗は拳を下ろした。
「ふう……ユウトよ。おぬしの怒りに満ちた表情は、吸血貴族をも怖れさせるほどの威圧感に満ちておるぞ」
「んなことどうでもいいわ。ったく、せっかくこっちがマジメに訊いてんのに。――で、なんでイオネラは棺おけに入ることになったんだ」
「うむ。そうじゃな……。それを伝えるには、当時の人間社会における吸血貴族の立場から説明せねばならぬ」
イオネラは、両手を頭の後ろで組んでから、今度こそ静かに話し始めた。




