第29話 ツグミは桃色の髪とオッドアイの瞳がお好き
亜斗蘭逓州大学。
広大な敷地をもつこの大学の最も奥まった場所に、小さな研究施設がある。その中に、いま二十人以上の人間がぞろぞろと集まっていた。
そのほとんどは白衣を着た研究者だったが、中にはスーツ姿の堅苦しそうな格好をした者も混じっていた。
何も無い殺風景な部屋で、全員が立った状態で居並び、前にいる一人の人間を注視している。
彼らの前にいるのは、神経質そうな顔をした初老の学者。
「あれからもうずいぶんとたつが、いまだに有力な情報はなしか……!」
くやしそうに両手をにぎりしめ、その学者は部屋にいる者たちをにらみつけるように見回した。
「あのバイオロイドをなんとしてでも回収しなければ、私の研究はとん挫してしまう。この数年間、私が取り組んできた研究テーマの成果を、あんなわけのわからん形で失うわけにはいかんのだ! なんとしてでも探し出さなければ……!」
「で、ですがミヤワキ教授、あの秋場原のイベント会場から逃げ出して以降、バイオロイドに関する情報は途絶えたままで……手がかりがなければ探しようが――」
前列にいた若い研究者の言葉に、ミヤワキと呼ばれた学者は声を荒げた。
「その手がかりを探せといっておるのだ! あの体を使って、わしは本物の人間に限りなく近い究極の人造人間をつくらねばならんのだ! それともなんだ? お前はもう捜索をあきらめろと、そう言いたいのか? あ? どうなんだ!?」
「い、いえ、そういうことでは!」
「なら黙って捜索を続けろ! 全く、せっかくスポンサーにも協力してもらって何億もの資金を集めたというのに、このままでは全てが水の泡になる……」
「そうです、教授」
集団の中にいたスーツ姿の男の一人が、口を開いた。
「出資している我々としても、あの体を一から作り直すということはなるべく避けたい。こちらもできる限りの協力は致しますので、なんとしてでも尻尾をつかまえて頂きたい」
「申し訳ない。警察にも依頼しているが、日々捜査員を減らされている。このままバイオロイドが見つからないという最悪の事態だけは何としても避けなければと、我々も考えている次第で……」
「分かっています。協力は惜しみません。もし手間取りそうなら、こちらも『それなりの』人たちに連絡する用意はできていますので、なんなりとおっしゃって下さい」
そのオールバックに細い目の男が発した「それなりの」という言葉に、ミヤワキ教授はどっと冷や汗を流した。
「……で、できるだけその力は借りないよう、善処するつもりだ……」
「そうですね。そのほうがこちらも、余計な泥をかぶらなくて済むので助かります」
「……とにかく。これだけ捜しても見つからないということは、だれかがかくまっているかもしれん。すでにニュースが散々報じているが、メディアへは今後も積極的にやつの顔写真を見せて、一般市民にもバイオロイドの顔を認識してもらう。見つけたら無理やりにでもなんでも構わん。必ずつかまえろ!!」
血走った目で、教授は室内にいる研究員らに叫んだ。
その声には、もうすぐ還暦を迎える彼の歳には似合わぬ苛立ちと執念が込められていた。
「じゃあ、行ってくる」
朝。いつものように、茶色の制服に身を包んだ雄斗は、白いスニーカーをはくと、玄関から出た。
「うむ。気をつけるのじゃぞ。今日は午後六時から『蒼寂のパープル・ゲート』が放映されるからな。それまでに必ず帰ってくるのじゃ」
「だから俺はアニメ見ないっての。見るんならひとりで勝手に見ろよ」
「な!? それが下僕の言うセリフか? かくなる上は市中引き回しの上、つるし上げて三日間火あぶりの刑に――」
「はいはい、わかったわかった。もう時間ねえからいくぞ」
「ぬおっ!? ユウト、約束じゃぞ! 定刻までに必ず帰ってくるのじゃ!」
もはや見慣れた二人の玄関先でのやりとり。
そこへ、今日はもうひとり、小鳥のような声が加わった。
「大丈夫。お兄ちゃんが帰ってこなかったら、代わりに私が姉さまといっしょに見るから」
「うむ。さすがはツグミ。主の命にすぐ従うこの忠実な態度が本来の下僕というものじゃ。ユウトももう少し妹を見習うがいい」
「へいへい、わかりました」
雄斗より先に玄関を出ていたのは、約一年ぶりに制服を着たツグミだった。
桃色の髪と左右で目の色が違うオッドアイはそのままに、茶色に赤チェックのスカートと茶色の手提げカバンを持ってすでに玄関を飛び出していた。
「ツグミよ。ひさびさの学校じゃな。せいぜい楽しんでくるがよい」
イオネラがスリッパをはき、玄関口で告げると、ツグミは小さくうなずいた。
「でも、やっぱりちょっと怖いかな。みんなどんな顔するんだろ」
「大丈夫じゃ。おぬしは世界一の魔術師なのじゃろう? 現実空間でも架空空間でも、おぬしのやったことが偉大であることになんら変わりはない。おぬしには物事を成し遂げる力がある。自信をもて」
「――うん」
ツグミは再び首を縦に振ると、雄斗といっしょにそのまま家を出た。
思えば、雄斗がツグミといっしょに登校するのは小学生以来だった。
それまでは雄斗とツグミは毎日並んで学校に登校していたが、雄斗が中学生になると登校する方向が逆になったため、家を出るとすぐに二人はバラバラになった。
ツグミが雄斗と同じ中学に通い始めると、今度はいっしょに登校するのがお互いに気恥ずかしくなり、少し時間をずらして家を出るようになっていた。
だから今日は、兄妹そろってのひさびさの登校だった。
「……なあ、ツグミ」
歩き始めて少ししてから、雄斗はツグミの方を横目で見た。
「イオネラ、今日のことで何かお前に言ってたか」
「何か、って?」
「おせっかいなあいつのことだから、ツグミにアドバイスとか何かしたんじゃないかと思ってさ」
「アドバイス……うーん。でも今日の朝、言われたよ。自分を好きになれない人間は他人からも好かれない、って。周りの人は自分を映す鏡だから、自分が正しいと思える行動をしていたら、きっと周りが変わる。だからあまり他人の態度を気にするな、って」
「……あいつらしいな」
雄斗は感心したように息をつきながら、イオネラがツグミにそのセリフを伝える場面を想像した。
「ってかツグミ。髪と目は、それでよかったのか? いくらうちの学校が髪の色自由だからって、ピンクの髪に青と赤の目って……ハードメタル演奏する軽音部のやつらでもなかなかそこまでやらねえぞ」
「うん。私も考えたんだけど……この一年間の自分を無かったことにしたくなかったから。このままにしたの」
そういうと、ツグミは明るい笑みを雄斗に見せた。それは強がりでない、自然な笑みだった。
先日までのツグミとは思えないくらいの落ち着きに、雄斗の方が逆におされていた。
「……そういえば、ツグミはそもそもなんでその髪と目にしようと思ったんだ? 何かのゲームのキャラのマネとか?」
「これ、私がCSOで使ってるキャラと同じ格好なの。クローディア、っていうんだけど……まあ、ほんとはロングヘアなんだけどね」
「そう、なのか。なるほどな」
そんな話をしているうちに、二人は雄斗の通う高校の校門前まで来ていた。少し先に、ツグミの通う中学校の門も見えている。
「じゃあ、ツグミ。また帰ったら話、聞かせてくれよ。ってか何かあったら俺、連絡くれたらとんでいくし」
「うん。ありがと、お兄ちゃん」
そう言って、ツグミは少しだけ右手を上げてから、そのまま一年ぶりの中学へ駆けていった。
その後姿を見送りながら、雄斗は不思議な感慨に浸っていた。
いまだに信じられない気分だったが、ツグミがまた学校に通うようになった。
家でもよくリビングに下りてくるようになったし、家事も手伝ってくれるようになった。
自分だけの力ではすぐにここまでツグミを変えることは難しかっただろう。イオネラがいたから――イオネラのおかげで、ツグミはひきこもり生活を脱することができた。
以前よりも、強い心を持って。
そう思うと、雄斗は自虐的な気持ちになった。
――あの様子なら、大丈夫だ。もし俺がいなくなっても、きっとやっていけるだろう。
俺の生きている意味は、もう無くなったかもな。
ツグミが引き戸を開け、教室に入ると、クラス内の空気が止まった。
同級生全員が、突然やってきた桃色の髪の生徒へ視線を集中させる。
それまで聞こえていた雑談の声が止み、そしてすぐざわめきが起きた。その大半はぎょっとした驚きの表情で、中には一瞬だれなのか分からなかったのか、隣の友人に尋ねる者も見受けられた。
だがそれは予想していたことだったので、ツグミはなんら気にとめることもなく、周りを見回した。
友人らの集団が視界に入ったが、彼女らはツグミの変ぼうぶりにおののいて何も声をかけられずにいるようだった。
ツグミはそれを無視して、ただ一人の友人の顔だけを探した。
「――ツグミちゃん?」
そのメガネをかけたおとなしそうなお下げの子は、ツグミの姿を認めると、捜すまでもなくだれよりも早く近づいてきた。
「あ、ひさしぶり」
「ツグミちゃん、もう大丈夫なの? 体のほう――」
心配そうにみつめる友人。どうやらツグミが一年間も休んでいた理由を「体調不良」とでも聞かされていたらしい。
本当の原因は、クラスメート全員が分かっていたはずだった。それでも友人は、気をつかって体の調子を聞いてきたのだった。
「うん。もう大丈夫。なんともないから」
「それにしても……すごいね、その髪の毛。目はどうしたの? カラコン?」
「うん、そう」
「ツグミちゃんがそんな髪の色してくるなんて思わなかったから、びっくりしちゃった……」
「私も、学校にくるから黒に染めかえようかなと思ったんだけど、もう一年くらいこの色だったから、もういいかな、って。カラコンもそれに合わせてつけたままなの。でも正直いうと、ちょっと恥ずかしいかな……」
「ツグミちゃん……」
すると、その友人は急に両手を口にあて、瞳をうるませた。
「ど、どうしたの、急に?」
「ごめん、ツグミちゃん。話したら、変わってなくてよかった、って思って……そしたらなんか……」
優しく純粋な性格の友人は、その場で泣き出しそうな雰囲気だった。
「――また後で聞かせてね。いろいろ」
「うん――わかったから、泣かないで」
「うん……」
そんなやりとりをしていたところへ――
横を通り過ぎようとしていたひとりの男子がいた。
ツグミは顔を上げた。
はたして、それは以前、隣の席にいたあの男子だった。
髪型は変わっていなかったが、ほおはずいぶんこけて、以前見たときよりやや細身になっているようだった。
彼の目がツグミの顔を認める。そして一瞬間をおいてから、彼は驚きに目を見開いた。
どうやら桃色の髪でやたらと目立つクラスメートが、まさかツグミだとは思っていなかったらしい。
左右で色が違うツグミの目を見て、彼は動きを止めた。だがその口からは、何の言葉も出てこなかった。というより、何と声をかけていいのかが、分からないようだった。
そんな狼狽した色をみせる彼へ、ツグミは自然と笑顔を見せた。
「おはよ」
ツグミの言葉に、彼は気がついたようにさまよっていた視線を戻した。
そして、気恥ずかしそうに告げる。
「あ――お、おう……」
彼はそのまま自分の席に向かっていく。ツグミの前にはいたたまれなくなったかのように。
考えてみれば、彼こそ自責の念にさいなまれているに違いなかった。
彼が放った言葉がきっかけで、ツグミは学校に来なくなった。それは同級生みなが認識していることだった。
彼はマジメな性格だから、そのことを意識しないわけはなかった。
おそらく、ツグミが学校に来なくなったのは自分のせいだろうと、思い悩んだに違いない。
その推測を、ツグミはいまの彼の態度から立てた。彼とはよく話していたから、その性向は理解していた。
だから――
彼と、もう一度話がしたい。
「私の席って、今どこ?」
ツグミはメガネの友人に尋ねた。一年ぶりだから、当然席替えはおこなわれているはずだった。
友人は自分の席の隣を指差した。
「なんだ。隣だったんだね」
「うん」
ツグミは笑った。友人も、笑顔を見せた。
席につこうとしたときに、ちょうど始業のベルが鳴った。
ツグミはクラスメートのざわついた様子を感じていたが、心は自分でも驚くほど澄みわたり、風の無い大海のように落ち着いていた。
大丈夫。私はいまの自分が好きだ。
私のことを怖がる人とか、バカにする人、非難する人もいるかもしれない。
でも他人を見たらダメだ。自分がやりたいと、正しいと思えることを、ひとつひとつやるだけ。
吸血鬼の義姉が、私にそのことを気づかせてくれたから。
先生が教室の扉を開けて入ってくる。ツグミにとって、新しい学校生活が始まった。




