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非日常のはじまり  作者: ありま氷炎
第8章 新しい人生
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10

 駿志が寮につくとすっかり門は閉じていたわけだが、どうにか中に入れてもらった。しかし、風呂場の利用時間はとっくに過ぎていて、昼間の汗を落とさないまま、着替える。ルームメイトは他の部屋に行っているのか、机の上には雑誌が広げられたままになっていた。

 時間は夜の九時半、寝るには早すぎる時間だ。が、駿志は自分のベッドに入った。明日の目的を果たすまでに自分の正体を漏らすわけにはいかなかった。だから、早々に寝ることにしたのだ。体もだるかったので、すぐに 睡魔がやってくるだろうと駿志は考えた。

 彼の予想通り、十分以内に睡魔が訪れる。しかし、訪れたのは睡魔だけではなかった。



 理璃香もほぼ同じ時間に、ベッドに横になっていた。違うのは眠れないということだった。彼女は自分の両親が好きではなかった。育ててくれたことに恩は感じている。でも、それだけだ。彼女は両親から愛情というものを感じることができなかった。

 それに比べて、花埜の両親は心のそこから彼女を愛しているように思えた。

 理璃香はベッドから不意に起き上がると、机の卓上ランプを付ける。そして昼間見つけた詩を広げた。それをもう一度読んでから、引き出しの中に入っていた紙に思いついたことを書いていく。


『あなたは一人じゃない。お母さんもお父さんもあなたのことを愛している。他にもあなたのことを想っている人はいるから。勇気を出して。勇気を出せば、あなたの人生は変わるから』


 そう書き留めた紙を詩が入っていた本に挟みこむ。

 余計なことかもしれない。が、彼女はそうしなければならないと思った。



「八島、清吉!?」


(なんで)


 体を起して歩こうか、どうしようかと思っていると浅葱と共に二人の姿が見えた。大は反射的に体を起こす。ぴりっと痛みが走ったがそれどころではなかった。


「捕まったのか……」

「そうではない。この二人は自ら戻ってきたのだ」


 彼の茫然としたつぶやきが天人には聞こえたらしい。いつもの感情のこもらない声で答える。


(自ら?)


「どういう意味だ?」


 大は必死に立ち上がると非難するように清吉を見る。彼は不機嫌そうな様子で口を開く。


「お前たちは現世に戻るべきだ。お前が花埜のことを好きなのもわかっている」

「?!なんで!」


 淡々と言われたが、好きと本当の気持ちを突かれ、大の顔が真っ赤になる。


「俺は死人だ。俺が彼女と共に時間を過ごすのは間違っている。だから、お前に俺の役目を引き渡す。わかったな」

「そんなこと、」


 嬉しいがそんなこと一方的に言われ、少年は戸惑う。恐る恐る花埜の顔を見ると彼女の顔もほんのり赤い。


「……現世に戻るのが怖い。みんなに会うのが怖いの。ずっと一人でいた。友達なんて作れなかった。だけど、どうにかやってきた。でも、今、そんな風にできるか自信がないの。だから、少し、少し力を貸してくれたら嬉しい」

「もちろんだ。ずっとごめん。俺は全然周り見えてなくて、八島のことも名前しか知らなかった。でも今は違うから。絶対に一人になんかさせない。だから……」


 なんだか照れくさくてそれ以上の言葉が言えなかった。好きだなんて直接言えない。ただ現世では花埜を一人にさせない、側にいることを伝えることで精いっぱいだった。

 大が差し出した手に、花埜が触れる。それだけなのに、少年の心臓がばくばく言い始めた。極めつけに自分に向けられたこともなかった笑顔を見せられ、大は再び自分が倒れてしまうのではないかと思った。


「それでは行くぞ」


 浅葱がタイミングよくそう三人に告げる。花埜を見つめる清吉が少しさびしげな表情をしていた。


「清吉さん」

「心配ない。あなたはあなたの人生を歩め」


 清吉は柔らかく笑う。それは愛しいものに向ける本当に優しい笑みだった。

 怨霊だった少年は今や心の底から癒されているようで、その表情に以前のような暗さはない。

 天人が大と花埜に自分の腕を掴むように促す。現世には飛んでいくらしい、戸惑いながらも二人は素直に浅葱の両腕をそれぞれ掴む。

 ふわっと体が浮き始める。さっきのように突然飛んだりはしない。それなら先ほどもそうしてほしかったと思いつつ、大は小さくなっていく清吉を眺める。

 そっと横目で花埜の様子を見ると、天人の腕をぎゅっと掴み、名残惜しそうに少年を見下ろしていた。

 その様子にずきっと胸が痛むが、大は仕方ないと自分に言い聞かせる。


「田倉大!花埜のことを頼むぞ!」


 すでに親指ほどの大きさまでになった清吉の声が、大に届く。かなり叫んでいたようだが、聞こえた声は注意深く聞いてわかるくらいだ。


「わかってるよ!」


 清吉が聞こえるように、大は精一杯声を張り上げる。するとありがとうと声が返ってきた。

 声はそれっきりで、清吉の姿は完全に見えなくなった。


「いくぞ」


 浅葱がそういい、体にかかる風の強さが変わる。そして二人は天人に連れられ、空高く上った。


⭐︎


「……」


 水鏡から飛天茜はその様子を見ていた。胸が痛い、天女は初めて感じる痛みに顔をしかめる。


「あなたの行ったことは間違いでしたが、八島花埜に時間を与えることは良いことだったようですね。茜、あなたにとってもいい勉強となったでしょう」


 神殿に呼び出され、新邑駿志と真下理璃香を別の体を使って生き返らせたことを糾弾された。そして処罰として神殿内で五年謹慎することになった。茜の後始末は天人――浅葱が引き継ぎ、神の思惑なのか事はうまく運ぼうとしていた。

 神は水鏡を食い入るように見ている若い天女に穏やかな視線を向ける。


「茜。人の心とは単純なものではありません。あなたもこの件でよくわかったでしょう」

「……神よ。私はわかりません」


 天女は首を横にふる。自分の中の感情というものが、理解できない。悲しみ、苦しみそれが全て一緒くたになっていた。

 天国で生まれたものに、苦しみはないはずだった。しかし、胸に巣食うものは痛み、苦しみとしか思えない感情だった。

 神は慈しみの笑みを浮かべる。


「天人が苦しみを知る時、それは終わり――転生の時です。茜、あなたにもその時が来たようですね。記憶はすべて失われ、新しいものに生まれ変わります」

「新しいもの、記憶が失われる……」


 苦しみがなくなるのはうれしかった。でも今の想い、それがなくなるのは悲しかった。


「わたし、」


 水鏡の縁を掴んでいた手が消えていくのがわかる。


「神よ。最後に私の願いをかなえていただけますか?田倉大に、大くんに最後にもう一度会わせてください」

「飛天茜。それはできないことです。しかし、来世で必ずあなたが田倉大に会うことができるように取り計らいましょう」


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