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猫のように制服の襟首を掴まれ飛ぶのは、ゆらゆらと揺れ最悪な状況だった。吐きそうになるのをこらえてながら我慢する。するとふいに揺れが収まる。止まったらしい。ふわっと地面に足が着く。
(八島……)
かろうじて立ちあがり、顔をあげるとそこに見えたのは清吉に寄り添う花埜。見たくない光景で、胸がちりちりと焦がれる。しかも気持ち悪さも加わり、大はこのまま消えてしまいたくなった。
「八島花埜。現世に戻る。着いて来い」
そんな様子に構わない天人は先ほど少年に告げたことを同じ内容のことを口にする。
花埜は唇をきゅっとかみ、ますます清吉の背中に隠れるように下がった。少女を守る少年は男を睨みつける。
「お前はだれだ?」
「私は浅葱。神の使いだ。田倉大と八島花埜を現世に戻すのが私の任務だ」
天人――浅葱は感情の篭らない声でそう答える。
花埜の姿は清吉に阻まれてほぼ見えなくなっていた。だから、彼女がどんな表情をしているか、大にはわからない。ただ、彼女が現世に戻ることを嫌がることは想像できる。そしてそのボディーガードのような清吉もだ。
(俺はどうしてほしいんだろう。現世に八島と戻りたい、戻れたらいいなと思う。でも彼女は嫌がってる。だったら……)
「俺達が嫌だといったら、戻らなくてもいいのか?」
気がついたら、大はそう口に出していた。
「お前達の意志は関係がない。これは道理なのだ。お前達は戻らなければならない」
浅葱はその厳つい顔を崩さないまま、告げる。
「道理、道理ってなんだよ。戻りたくないもの戻りたくないんだよ!」
気がついたら大は男に掴みかかっていた。喧嘩など遊びでしかしたことがない。しかも相手はかなりの強者だ。
「清吉、八島を連れて逃げろ!捕まんなきゃ、戻らなくていいはずだから」
彼の言葉に少しだけ花埜が清吉の背中から顔を出す。
彼女の瞳が自分に向けられ、大はそれだけで元気になる気がした。
好きになるなんて思わなかった。一緒に屋上から落ちるまで、名前を知っているだけの唯のクラスメートだった。それが今はこんなにも好きな気持ちが大きく、大を突き動かすエネルギーになっている。
「清吉!」
自分はこんなことしかできない。いい勝負なんてできるわけがない。少しでも時間を稼ぐだけだ。
必死の少年の叫びに、清吉は花埜の手を掴むと走り出した。
「母さん、このハンバーグ美味しい」
「うん、美味しいです」
夕食時、理璃香は娘として、駿志は大として振る舞い、二人に罪悪感が付きまとう。しかし、目的を遂げないまま正体が発覚し、天国もしくは地獄に逆戻りするわけにはいかなかった。だから二人はできるだけ演技をした。
演技は好評で疑われることなく、楽しい時間が過ごすことができた。
惜しまれながら八島家を後にして、寮への帰路につく。
こうして、現世の夜を歩くのも最後だと思えば、なんだか名残惜しい気持ちが浮かんできて、駿志はゆっくりと街頭が照らす街を歩いた。
⭐︎
「田倉大!遊びは終わりだ」
最初は遠慮していたのか、自分を止めようとする大を粗末に扱うことはなかった。が、時間が経過するにつれて、ついに天人は少年を掴むと投げ飛ばした。
「っつ」
地面に叩きつけられ、大は全身を強く打つ。血などは出ない。しかし、魂だけの身のはずなのに痛みを感じ、少年は動けなかった。
「そこでおとなしくしていろ」
浅葱は怒りのためか一段と低い声でそう言うと、消えた二人を追う。
(やっぱりだめか)
飛んでいく天人の背中を見て、大は自嘲する。そして二人が捕まらないことを祈った。
「花埜」
走っていた清吉がふいに足を止める。魂でも疲れは感じるらしい、息を切らした花埜は何かあったのかと見上げる。
「やはりあなたは戻るべきだ。神の使いから逃げることなんてできないし、無意味だ。現世はあなたにとって辛いところかもしれない。しかし、あの少年は信じることができる存在だ。俺の代わりに彼はあなたを守ってくれるだろう」
「……そんなこと」
花埜はきゅっと唇を噛む。
(田倉くんは優しい人だ。太陽のように明るい。でも一緒にいられない。彼と私では違いすぎる。彼が私と一緒にいられるわけがない)
「花埜。逃げることはやめよう。帰るのだ」




