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非日常のはじまり  作者: ありま氷炎
第8章 新しい人生
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8

「あなた!」


 娘の部屋に入った少年を見て、妻は夫に抗議の声を上げる。そして、娘の部屋に行こうとした。しかし夫に腕を掴まれる。


「後で呼びにいけばいい。田倉くんが変なことするわけないだろう。二人で話したいこともあるはずだ」

「あなた?」


 夫に強くそう言われ、妻は従うしかなかった。

 クラスメートの少年のことを疑っているわけではなかった。いい少年であることはわかっている。あまりにもおかしなことがありすぎて、二人っきりにすると何かがまた起きそうで怖かったのだ。


「大丈夫だ」


 しかし夫は心配げな妻に優しげに微笑むと、今夜の夕食は何かと催促し始めた。



「新邑くん、何かあったの?」


 部屋に招きいれ、扉を閉めた後、理璃香は恋人の顔色が悪いことに気が付いた。


「……母さんに会ってきた。すごい疲れていた。でも何もできなかったんだ」

「……」


 少女は少年の手を掴む。

 何か慰めの言葉をかけてあげたいが、何も浮かばず、ただ恋人の辛さを一緒に分かち合おうことしかできない。

 二人は無言でお互いを見つめあう。言いたいことがある。言わなければ、しかし言葉に出すことが怖かった。

「……理璃香。俺は母さんに本当のことを言おうと思う」


 どれくらい黙っていたのか、駿志はそう口を開き沈黙を破る。

 彼の言葉の意味は、別の意味にも取れる。彼は天国に、または地獄に戻ろうとしているのだ。


「ごめん。折角一緒に新しい人生を歩もうと思ったんだけど」

「わかってる。私もこのままじゃ駄目だと思ったの。私は八島さんの代わりになれない。彼女の両親は彼女のものだし、その人生も彼女のもの。私が割り込んでいいものではないの」

「ごめん」

「謝らないで。私も、両親に会おうかな。ひどいこと言われるかもしれないけど。一応悲しんでるかもしれないしね」

「……君の両親も悲しんでるよ。俺の父さんを殴りつけたらしい」

「!そんなこと」

「それだけ悲しいってことだよ。君も会うべきだと思う。そしてできれば誤解を解いてほしい。俺のわがままだけど」

「……父さんは新邑くんのせいで、私が死んだと思ってるのね。酷い話ね。うん。わかった」

「じゃ、明日決行だ。一緒に行こう」


 二人の表情は明るかった。自分たちの正体を話すこと、それは現世を去ることだ。しかし二人に悔いはなかった。



⭐︎


「田倉大」


 自分を呼ぶ声と同時に見知らぬ者が傍に降り立つ。装いは茜と同じ、だから天女なのだろうが、どう見ても女ではなかった。厳つい顔、戦にでもいくのではないかと思うようながたい。


(そういえば三国志アニメにこういうキャラいたよな。さすが羽衣は羽織ってなかったけど)


 天国という場所だ。どんな不思議な人がいてもおかしくない。少年は鋭い眼孔に戸惑いながらも男――天人を見つめた。


「田倉大。私と一緒に来い。現世に戻る」

「!?」


 天人の申し出に大は目を丸くする。


「戻るって、戻れるわけないじゃないか!俺の体には新邑先輩の、」


(まずい!)


 言いかけて、茜に口止されていることを思い出す。


「道理をただすのだ。新邑駿志と真下理璃香は死人だ。他人の体を借りたとはいえ、現世に戻ったことは間違いだ」


 しかし天人は少年の動揺を気のする事なく、淡々と述べた。


「田倉大。来るのだ。八島花埜の元にまずは飛ぶ」


 ぐいっと制服の襟首がつかまれる。


「八島?!俺は行きたくない。放せ!」


 会うつもりなんかなかった。大は手足をばたつかせて抵抗する。しかしその抵抗は天人にとって何の意味もなかった。少年を気にする様子はなく、そのまま空に飛び立とうと膝を折る。


「え、おい?!」


 ひゅっと風を切る音がして、浮遊感がする。足が地面についていない。


「降ろせ、この野郎!」


 宙ぶらりんの状態は気持ちいいものではなく、大は天人の腕を叩く。が、それも男にとっては蚊にさされたようなものだった。


「行くぞ」

「?!」


 風が一気に大の体を襲う。少年の気持ちを無視したまま、天人は大を引き連れ空を駆けた。



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