オーパーツ
あれから巫女さまは、暇さえあれば中つ海の島で見つけたデコボコな褐色の板を眺めている。
これを見つけたのは、巫女さまの住まいと同じように丸太を組んで建てられた室のなかだった。
「他のは普通だったんだよねぇ」
僕に向けては言っていない。
「もちろん歴史的な価値として考えたら、見逃せないモノばっかりだったよ。祀りの跡とか土器類とか石器類とか……」
冬が来てからというもの、飽きもせずにずっとこうだ。
しかも寒いからという理由により、僕の室で。となると側付きもいっしょについてくる。
『未婚の彦と二人きりで室になど、なりません!』
などと言って。
いまは外出中でいないけど。
「巫女さま、いいですか」
「この寒いのに暖炉もない三階建てくらいの高さにあるログハウスへ戻れと? オヒトくん鬼なの、悪魔なの?」
なんど言ってもムダだったから、冬のあいだ居座られるのはもう諦めている。
「そうではなく、なぜ横向きで地図を見ているのかなと思いまして」
「……どういうこと?」
「この文字、縦に書いてあります」
「読めるの⁉︎ てか前に字は読めないみたく言ってたじゃん」
「読めませんよ。ただ教えてもらったことを思い出しました」
巫女さまから褐色の板を取り、そのときの向きにお直して手渡した。
「——ここってもしかして」
「はい。指さされた場所はフシの地で、たしか父さまは、大山に添えられた文字をなぞり『天への階』と読んでいました」
「なんですぐ教えてくれないの!」
と言われても困る。いまのいままで、これが在ること自体を忘れていたのだから。
「まさか架空のものじゃなくて、実在の、しかも一万年以上昔の地図が出てくるとはねぇ。真鍮っぽい金属板を見つけたときも驚いたけど、ここまでくると次元が違いすぎて、もうねぇ……」
しばらく巫女さまはブツブツと。
「真ん中が古フィリピン諸島っていうのも意味深だし、スンダランドとサフルランドも描かれていて、海岸線どころか高低差も立体的とか、ホントどうなってるの……」
このあいだに僕は、冬の備えに設えられたレンガの炉穴——暖炉で、湯を沸かす。
湯気がたったところへ干したヨモギ、あとは少しだけ甘味をいれたら、出来上がりだ。
いったん注口器に入れ、巫女さまと僕それぞれの器も用意した。
「一服されては?」
「ありがと」
とは言うけど、ヨモギ湯を受け取っても地図を睨みつけたまま。
「巫女さま、舌を——」
「ぅわちちッ!」
「だ、大丈夫ですか?」
「うん。平気ぃ。ていうかいまさらだけど」
「湯を渡すとき伝えればよかったですね」
「ベロのヤケドはあたしの不注意。そうじゃなくって、こっちの文字は読めるかなって」
指先で地図のオウトツをツツツと、右上にあるフシの地から左下側までなぞった。
「ここはボルネオのキナバル山っていう場所のはずなんだけど、なんて書いてある? あとこっちの洞窟っぽい窪みも」
「ちょっといいですか?」
巫女さまの横から褐色の地図を覗き込んだ。
じっくり眺めると、なんとなく覚えがあるような気がしてきて……。
「オ、オヒトくん近い近い、さすがに近いって」
「——お静かに! いま思い出せそうなので」
「は、はい」
やはりだ。ここを指して父さまは言った。
「たしか『世界の樹』と。穴の方は自信ありませんが『ひらさか』だったかと……」
他にもたくさん聞かされた。でも、これ以上は思い出せそうにない。
「ありがとうオヒトくん。もうね、とんでもないヒントすぎて、でもめちゃくちゃな難問で。解明するにはあと七〇〇〇年くらいかかりそうな途方もなさだよ。いや、むしろ見つからない方がいいくらいのオーパーツ」
どうも、かえって疑問を深めるかたちになってしまったようだ。
それを口にしようしたとき——
「な、なにをされているのです‼︎」
側付きが戻ってきた。
なぜか、すぐさま隣にいた周防ノ彦を室の外へ押しやり声を荒げるんだ。
「男弟どの!」
え、僕がなにか?
「どういうおつもりか!」
「誤解誤解、ソバツキさん誤解してるって」
「……ほう。巫女さまからですかそうですか。だとしても、なりませんよ!」
なにやら二人は揉めはじめた。
「ソバツキさんってば、いつもそういうことばっかり考えてるんだぁ。だからすぐそういうふうに見ちゃう」
「ど、どういう意味です」
「スオウさんとイイ感じだからって、あたしらまでそういう目で見ないでよっ。ああやらしいやらしい」
さっぱりは話は見えないが、誤解だというなら、ただそれを解けばいいだけなのに。
「違っ、外に聞こえたらどうするのです——違います違います、違いますからね! 私にはそのような下心などありませぬ。お役目のために周防ノ彦どのと共にいるのですよ。そう、あくまで役目、役目ために!」
「ふぅん。役目ねぇ。ホントに? ちょっとソバツキさん過保護すぎると思うなぁ。若干ブラコンの気があるっていうか」
呆気に取られていたのはよくなかったな。いい加減止めないと。
べつに側付きを慮ってではない。これを聞かされる周防ノ彦の気まずさを想像すると、居た堪れないからだ。
「二人とも落ち着いて。巫女さま、さきほどから言葉がすぎますよ」
「む」
「側付きも冷静に。こちらの話を聞いてください」
「……はい」
「僕らは地図を見ていただけで、なにも疾しいことはしていません。ですよね、巫女さま」
「……うん」
「でしたら、はじめからそう言えばいいのです」
「ごめん」
「僕に謝ってもしかたないでしょう」
「そうだね。ソバツキさん、さっきのは言いすぎだったかも。ごめんなさい」
「こちらこそ分を弁えぬ物言いをしてしまい、申し訳ありませんでした」
あと二、三も言葉を交わせば仲は直るはず。
と——ここで周防ノ彦が室のなかへ。
「ス、スオウさん、違うからね。ホントのホントに役目であって、ソバツキさんとくっつけようとかそういう企みなんてないからねっ」
巫女さま、語るに落ちてますよ。
などという呑気な指摘をする間もなく、周防ノ彦は「そうではない」と首を横に振った。
「客人の取り次ぎだ。中つ海から来たと言っている」
「中つ海から? とにかく入ってもらって」
しばらくして通された中つ海の彦は、焦燥しきった様子だった。
そして唐突に頭を下げるなり、
「ワシらは巫女に降る! だから助けてくれ!」
と。
「待って待って。唐突すぎて、さすがに話が見えないよ」
「ワシぁ聞いたっ。セノ海には大熊狩りの彦がいるんだろ。このとおりだ、頼む!」
「ということは……熊?」
前に大熊を狩ったあと、番や子熊がいないか念入りに探したはず。ただ見つけられなかっただけか……。
「もしくは御坂山地まで流れてくる原因があるか、だね。なんにせよ、この時期に冬眠してない熊は放っておけない」
「では僕が」
「んーん。ちゃんと対策は立ててあるから。こんなこともあろうかとってやつっ」
巫女さまはパチリパチリと片目を閉じる。
僕は学んだのだ。これはなにか誤魔化したいことがあるときの仕草だと。
となると、さっき中つ海の彦が大仰に話していたあれは——
「まだ『大熊狩りのオヒト』の出番には早いって」
やっぱり巫女さまの流言か。




