第8話 線香花火
佐藤と由香里は屋敷についた。
着くなり、怒声が響いた。
「おい、佐藤、門限を過ぎているじゃないか? お前はちゃんと仕事をしているのか? 」
「申し訳ありません。ご主人様」
「いったい、今まで何をしていたんだ?」
「はい、車のエンジントラブルでお迎えが遅くなりました」
「そうか、それは仕方ないな。ちゃんと、車の点検くらいしておけ」
「わかりました」
父親は書斎へと向かった。
「佐藤さん……ごめんなさい」
「いえ、大丈夫です。それより……」
「どうしたのですか? 佐藤さん?」
「もう、決まったようです……」
「何がですか?」
「それは、私の口からは言えません」
「もしかして……」
「初めから、決まっていたことですから……」
「なんとかならないのですか?」
「私に出来ることと言ったら、いえ、それ以上はやめておきましょう。ただ、由香里さん、これだけは信じてください。私は由香里さんが幼いころから、そばにいました」
「はい。私にとっても佐藤さんは最も信頼できる人です。だから……」
「……」
「どうして、黙っているのですか?」
「何も言えないというのが、私からせめてもの……そのかわり、今度からは門限だけは守ってください」
「わかりました。ありがとうございます。佐藤さん」
「お嬢様……」
翌朝
「お嬢様、そろそろ、大学へ行く時間です」
「わかりました……」
「ここで、帰りは待っています」
「ここは……佐藤さん。大丈夫ですか?」
「ベンチに花を置いていってください。私は門限前にここに迎えにまいります」
「ありがとうございます」
「それ以上は何もいわないでください」
「佐藤さん……」
公園のベンチの花は蕾から開こうとしていた。
二人の交際は始まり、時は過ぎていった。
そして、僕と彼女の物語が始まった。
あれから、もう半年、僕は彼女と限られた時間の中で過ごした。
「由香里さん。誕生日おめでとう。いくつになったのかな?」
「もう、ご存知ではありませんか。年は同じですから」
「今日はいつもより門限が遅い日だったね?」
「はい、今日は習い事があるのですけど……」
「それ以上は言わなくてもいいよ。守ってくれている人がいるからね」
「そうなんです。守ってくれている人は二人もいますから」
「そういえば、目を閉じてごらん」
「どうしてですか?」
「いいから、いいから」
「はい……」
「手を広げて」
「ほら」
「まあ、素敵なペンダント」
「僕の給料は高くないけど、頑張ったんだよ。僕もほら、ペアになっているんだ」
「ありがとうございます。大事にしますね」
「それと、花火も買ってきたんだ。よかったら、近くの海で花火をしないかな?」
「はい。是非」
夏の潮風が僕らの頬を優しくなでた。
空は次第に夕暮れ色に染まって、星たちが顔をのぞかせ始めた。
月がまるで微笑むようだった。
「ほら、もう火がついているよ」
「わあ、きれい」
「色が次第に変わっていくね」
「本当ですね。花火の色が変わるように私も変わっていくのかしら」
「それは、どういう意味?」
「私は拓真さんがよくご存じのように世間知らずの娘なのです……」
「でも、僕はそんな由香里さんが好きだよ」
「本当ですか?」
「もちろんだよ」
「でも、私はまだまだ子供、お酒だってろくに飲めません」
「お酒は関係ないよ」
「でも、同じ年代の人たちと同じく大人になりたいのです」
「さっきも言っただろう。今の由香里さんが好きだって」
「それでは、私が年を重ねていったら……」
「それはそれで、由香里さんのことを思い続けるよ」
「本当ですか?」
「ああ、それより、由香里さんはどういった職業に就きたいのかな?」
「私は子供を見ているとなんだか幸せな気分になるのです。保母さんが素敵ですけど、私には無理です……」
「どうして?」
「だって、私は……」
「どうしたの、急に?」
「ごめんなさい」
「そういえば、残りは線香花火だけだね」
「それで終わりですか……?」
「そうだよ」
「もう……」
「どうしたの?」
「じゃあ、線香花火をしましょう」
「そうだね……」
線香花火の落ちていく玉がどこかしら僕の胸に響いた。
「そろそろ、帰らないといけません」
「そうだね」
「公園まで送っていくよ」
「はい。拓真さん」
「あっという間だったね。時間がたつのって早いね」
「はい、でも……」
「でも?」
「はい、こんなに幸せでいいのか……」
「どうしたの? 急に涙を流して」
「怖いのです。幸せがいつまで続くのか……」
「どうして、そんなことを言うのかな」
「私は、私は……」
「大丈夫だよ。ほら、こうして、いつも由香里さんのそばにいるよ」
「温かいです……」
「由香里さんの胸の鼓動が伝わってくるよ」
「どうせなら、このまま……」
「このままって?」
「いえ、なんでもありません……」
「由香里さんは秘密が多いね」
「ごめんなさい」
「よし、じゃあ帰ろう」
「はい」
「また、おんぶしてほしいかな?」
「はい、でも、恥ずかしいです」
「大丈夫だよ。ほら」
「どうか幸せが続きますように……」
「え、なんて?」
「いえ、なんでもないです」
僕は月が欠けていることに気づかなかったんだ




