第12話 たんぽぽ
由香里さんの家を訪れる前の日に僕は夢をみた。
小春日の中で由香里さんと楽しく過ごしていた。
いつも待ち合わせしているベンチ。
「拓真さん、ほら、こっちにタンポポが咲いていますよ」
由香里さんのやさしい声が届いた。
「どこ? 由香里さん?」
「ここです。ほら、可愛いですよ」
なぜか、由香里さんの顔がはっきり見えなかった。
「本当だね」
「吹けば、飛んでいくのかな?」
「そうだよ。僕が吹いてみるよ」
僕はタンポポに優しく息を吹きかけた。
綿毛がふんわりと宙を舞った。
「わあ、飛んでいきました!」
「本当だね」
それでも、由香里さんの笑顔がぼんやりとしか見えなかった。
「拓真さん、今日までです‥‥‥」
「どうしたの?」
「お会いできるのが今日までなんです」
「え、どうして?」
「それでは、さようなら‥‥‥」
「そんな‥‥‥」
由香里さんの姿が、遠のいて見えなくなった。
「待って、由香里さん‥‥‥」
僕は目が覚めると、全身が震えていた。
何気なく窓の外を見ると、
残月が、いびつに揺れていた。
そのまま、眠れない夜を過ごし朝を迎えた。
雨が降っていた。
まるで、僕の心をのぞき込んでいるように。
傘をさして、由香里さんの家へ向かった。
足取りは重かった。
由香里さんの家にたどり着いた。
塀は高く、屋敷がそびえたっているように見えた。
巨大な姿が僕を襲った。
インターフォンを鳴らすと、いつもの男性が現れた。
僕は恐る恐る、声をかけた。
「由香里さんはいらっしゃいますか?」
「いえ、ここにはおりません」
「どこにいらっしゃるのですか?」
「伊豆の別荘です」
「伊豆のどこにあるのですか?」
「それは‥‥‥申し訳ありませんが申し上げることはできません」
「そんな‥‥‥」
「ここまでです。私ができることは、どうか、お引き取りください」
僕の足音が雨に響いていた。
伊豆――
僕にはこの二文字が心に残った。
どうすればいい?
僕は無力じゃないか?
どうすることもできない、自分が情けなく思えた。
雨はいっこうにやむ気配はなかった。
僕は毎日のように公園のベンチへ向かった。
そこに由香里さんがいるように思えたからだ。
しかし、そこにはいない。
僕の無力さしかなかった。
そんな時だった。
「拓真さんですか?」
「はい、僕ですが?」
「ここにいるかと思いました」
「どうされましたか?」
「私は美咲と言います。由香里の友達です。由香里から手紙を預かっています。以前から拓真さんのことは聞いていましたので、きっとここじゃないかと思って来たところです」
「手紙を……?」
「はい、これです」
「ありがとうございます」
「少しでも、お役に立てるといいのですが……」
「由香里の手紙には別荘で過ごしていると書いてあったのですが、なぜか所在地が書いていなくて……」
「そうですか……」
僕は美咲さんと別れるとすぐに、手紙を読んでみた。
拓真さんへ
私は現在、ある別荘地で過ごしています。
拓真さんとお別れしてから、眠れない日々が続いて、
主治医からの勧めもあって、この場所で過ごしています。
窓から外を見渡すと海が一面に広がって、
白い灯台が見えてきれいです。
夜になると灯台の光が海を照らして、とてもきれいです。
その光を見ると、なぜか拓真さんを思い出してしまいます。
でも、この手紙を書いて拓真さんを忘れる決心をしました。
これ以上は、拓真さんにご迷惑をおかけするからです。
最後に私の気持ちをどうしても伝えたくて
ごめんなさい。書いてしまいました。
未練がましくてごめんなさい。
拓真さんのことは一生忘れません。
でも、拓真さんは早く私のことを忘れてくださいね。
それではどうかお体に気をつけてください。
由香里
由香里さんは所在を隠したつもりだったのだろう。
けれど、僕にはすぐにわかった。
なぜなら、手紙の消印に「下田」と書いてあったからだ。
気づいてほしかったのかもしれない。
僕はそう思った。
当然ながら、僕は伊豆の下田という場所を調べた。
調べてみると、下田は伊豆半島の南にある小さな港町だった。
海に囲まれた静かな町で、入り江には白い灯台が立っているという。
夜になると、その灯台の光がゆっくりと海を照らすらしい。
由香里さんの手紙に書いてあった灯台――
きっと、ここにいる。
僕には彼女の鼓動が聞こえてくるようだった。
何も迷うことはなかった。
足取りは自然に伊豆の下田に向かっていった。
灯台が見える場所へと――




