対等なる施し(Period11 終)
────以上のような内容を、僕はつらつらと述べる。
思いついたままに述べたものだから、理論としてはできが悪いものになってしまったかもしれない。
お金絡みのことを毛嫌いする、潔癖かつ青臭い理論に聞こえただろうか。
その辺を気にして、僕は客観的な問題点も続きとして並べることにする。
僕の主観的な意地とは違って、分かりやすく迷惑行為もしているのだと。
それだけは、指摘はしておかないといけない。
「棚上げしてたけど、こんなバイトをまとめ本に載せたのも大問題だろう?普通に大騒ぎになったし、大勢の人間を徒労に巻き込ませている」
「……一応、バイトの情報には審査の結果落とされることもあるとは明記させたわ。申し込みをした次の日には不採用を通知させるように徹底させて、無駄な時間は極力使わせないように……」
「言い訳になってない。対策はしたからと言って、やって良いとはならない」
初めて口をきいた香宮を、僕はピシャリと叱りつける。
苛立ってはいなかったけれど、言わざるを得なかった。
アキラの話によれば、このバイト募集はかなりの噂になっていたらしい。
それはつまり、テスト前後の大事な時間を、このバイトのために費やした人間がかなりいたということだ。
幻葬市でお金に困っている人間は、決して僕だけではない……あれだけ割の良いバイトがあれば、テスト期間中であろうと飛びつく人間は多いだろう。
もしも彼らが、バイトの申し込みばかり気にして、テスト勉強を疎かにしてしまったら?
そのせいで落第したり、成績を落としたりしてしまったら?
香宮一人のワガママのために、学生たちにはとんでもない影響を残してしまうことになる。
たかがテストじゃないか、なんてことは現代では口が裂けても言えない。
幻葬高校での成績は、将来の就職先などにも大きく影響するからだ。
優月先生が殺された事件だって、元を辿れば落第生の逆恨みが原因である……幻葬高校の学生の成績を落とすと言うのは、殺人の理由になる程に重大なのだ。
「考え過ぎかもしれない。でも、仮に採用されるはずもないバイトの申し込みに時間を使ったせいで、テストに落ちるような人が現れたら……その人は、図書館側を逆恨みするかもしれない。探偵狂時代は、どんな小さなことでも殺人の動機になる時代だ。有り得ない話じゃないだろう?」
「……それは」
「もしもこれで、逆恨みした学生が図書館職員を襲うような事件が起きたら?その時、香宮はどんな風に責任を取るんだ?僕が図書館職員だったなら、こんな恨まれやすいバイト募集を指示した香宮を強く憎むけど」
「……っ」
「大勢の人間を巻き込むようなワガママを、お金や権力でゴリ押しするっていうのは、そういうことだと思う。どうしたって歪みが生じるし、予想もできないトラブルを呼び込みやすい。それを後から、『九城君のためにやった』なんて言われても……喜べない」
「……」
「両親が日本にいない中で、君が何にお金を使うかは君の自由だ。本来なら、僕がどうこう言う話じゃない。だけど……少なくとも、こんなことは止めてくれ。これは決して、優しさじゃない」
はっきりと断言してしまうと、香宮は殆ど何も言わなくなってしまった。
本当に小さく、「ごめんなさい」と呟いただけ。
それを最後に、地下室は沈黙に包まれる。
すると、途中から黙っていた終夜が僕と香宮の間にすっと立った。
僕に正対する形になった彼女は、僕の唇を自身の掌で軽く抑えた。
「二人とも、そこまで。これ以上は言う必要は無いわ……ここから先は、嫌なしこりが残ると思う」
互いの意見は、もう十分に伝わったでしょうと。
香宮と僕の両方に言い聞かせるように、終夜は穏やかな声を出す。
不思議なもので、それを聞いた瞬間に場の空気がパッと変化した気がした。
「二人とも言いたいことは言ったんだから、ここから先は相手の意見を咀嚼する時間よ。その上で、また話し合いましょう……それで良い?」
──要するに、時間を置けってことかな。
妥当な意見だったので、僕は頷きながら半歩下がる。
確かに、ちょっと熱くなり過ぎていたかもしれない。
香宮も同意見だったのか、下を向いたままコクリと頷いた。
「じゃあ、一先ずはご飯にしない?凪の分は、また扉の前に置いておくから……ね?」
僕の手を軽く引きながら、終夜は地下室からの退去を促す。
敢えて笑っているのであろう彼女の顔を見て、気を遣わせちゃったな、と僕はかなり後悔した。
香宮もきっと、同じだったと思う。
「別にアンタに迎合する訳じゃないけど……今回の件は私もアンタ派ね。凪のやり方、問題しかないもの」
三十分後。
冷めてしまった天ぷらと素麺を無言で食べ終わったところで、終夜がポツリと呟いた。
この一件に関する唯一の部外者として、食事中も自分の感想をまとめていたらしい。
「なまじ館長が香宮家に媚びようとしていたから、凪の言うことをハイハイって聞いたんでしょうね。だから、凪もやり過ぎてしまった。逆に言えば、アンタが入院費とかの支払いで苦労してそうなのが、本当に気になっていたんでしょうけど」
「……退院の時、『入院費も安く済むから早めに退院する』みたいなことを言ったんだけど、あれも良くなかったのかな」
「そうかもしれない。満足な入院ができない状況なのかも、医療費すら払えないかもしれないんだ、と怖くなったんじゃない?」
苦笑する終夜の前で、僕は頭を抱える。
決して、そんな意図は無かったのだ。
確かに早めに退院したいとは言ったけれど、それは定期テストをさっさと受けたかったことが大きい……今はまだ仕送りも止まっていないので、別に困窮はしていなかった。
──地下室では、一方的に色々言っちゃったけど……僕の方も後悔するところが結構あるな、これ。前の事件で医療費について少し揉めた時点で、香宮とちゃんと話し合えば良かった。
僕が基本的に、特定個人の資金援助ばかり受けるのは嫌がっていること。
誕生日探しに費用が要るのは確かだけれど、それでも可能な限りは自立した力でやろうと思っていること。
この辺を事前に説明していれば、こんな騒動は起きなかったかもしれない。
「今更かもしれないけれど……お金の扱いとかについて、僕たちでちゃんと話し合っておいた方が良いかもしれないね。こういうことが起きないように」
「そうね。折角仲良くなれたのに、こんなことで仲違いなんてしたくないもの……この前の犯人みたいなこともあるんだから、ちゃんと考えておけば良かったわ」
終夜の示唆するところを意識して、僕は嫌な気分になる。
どうしたって、守屋一の声が脳裏をよぎったから。
──私たちみたいなのが精一杯頑張って生きているのに、金持ちが一言言えばそれは崩れ去る!こんなの……こんなの、理不尽でしょう!
──ああいう鼻持ちならない金持ちどもに、私と一緒に痛い目を見せてやりましょうよ。
守屋一はずっと、自分より幸せで、自分よりもお金持ちである人間のことが許せないと叫んでいた。
そう言う意味では、今回の香宮の行動などは守屋一からすれば怒り狂う案件だろう。
あの犯人が忌み嫌うところの、「金持ちのワガママ」が実行されようとしていたのだから。
勿論、守屋一は既に死亡しており、香宮に対して怒り狂うことなどできはしない。
しかしその代わりなのか、僕が香宮を否定する事態となってしまった。
図らずも今回、僕は守屋一と意見を一致させてしまったのではないか……。
「……ゴメン、今の無し!九城君をあの犯人と同一視しているように聞こえたわよね。ごめんなさい……その、そんな気は一切無くて」
僕が少し落ち込んだのを察したのか、終夜は慌てて手をぶんぶんと振る。
「そう言う意味じゃなくて……私たちはちょっと、他の人とは感覚が違うところがあるから、もっと注意するべきだったって話なのよ。何だかんだ言いつつ、凪も私もお嬢様的な立ち位置ではあるんだしね。金銭的な常識は、他の人とズレやすい。凪のこれはやり過ぎだったにしても、私だって似たようなことをやらかす可能性はあったわ。だからこれは、ちゃんと前例として学ばないといけない。そう思ったの」
「……ありがとう。その、僕に気を遣ってくれて」
「別に、無理して気遣っている訳ではないわ。同居人と話し合いながら、互いの地雷や許容できるラインを探していく……当然の話でしょう?」
まあ確かに、と僕はようやく笑う。
例えば僕の場合、安い家賃で倉庫に住み始めた時には、今回のようなことは言わなかった。
安い家賃の代わりに、「日常の謎」が不得意な終夜のサポートをするという交換条件もあったので、そこまで一方的な関係でもないと思ったからである。
言い換えれば、この辺りが僕の許容できるラインということになる。
一方的にひたすら善意を貰うのは、何だかやりにくいし居心地が悪い。
しかしこちらも返礼となる労働をしているなら、何とか有難く受け取れる。
アキラ相手に遅ればせながら情報料を払おうとしたのも、この辺の感覚から来ているのだろう。
古臭い感覚かもしれないが、僕は個人的にそんなラインを設けているのだ。
それを超えた施しは、色んな意味で危険である。
とても主観的な話で、香宮がこれを見誤ったのも仕方がない。
良い悪いや正しい正しくないではなく、僕の個人的な好き嫌いの話だったのだから。
それでも僕たちが対等な同居人でありたいのなら、やっておかないといけない話でもあった。
「とにかく……このバイトについては、館長に僕から言ってちゃんと断るよ。バイトのまとめ本からも取り下げてもらおう。あれはもう、載っているだけで迷惑な情報になっているから。募集自体はするにしても、以前の普通の時給だった頃のそれに戻してもらう」
「ええ。凪もきっと同意すると思う。凪の支援が止まれば、館長も元の条件で募集するしかなくなるでしょうし……でもここを辞めるとなると、九城君のバイト問題はどうするの?」
「そこはまあ、改めて探すよ。今度はちゃんと、適正価格で働く」
間違いなく、図書の補修よりもキツいバイトだろう。
だけど今の僕には、そんな普通のバイトの方がよっぽど楽に思える。
そんなことを言うと、終夜は少し笑いながら「やっぱり、アンタが同居人で良かったと思うわ」と述べた。
後日談を少し。
これから約一週間後に、僕は新しいバイトを見つけた。
繰咲駅における荷物の仕分けバイトである。
幻葬市に輸送されてきた荷物を住所ごとに仕分けて、宅配業者の手に渡していく。
文字にしてしまえばそれだけの仕事だが、実際にやってみるとまあまあ疲れる。
我が子を心配して多めに荷物を送る親が多いのか、大量の段ボール箱と格闘する必要があるからだ。
しかし、駅の倉庫内での作業がメインなので直射日光は避けられるし、時給も平均よりやや高い。
業務的に仕事がゼロになることは有り得ないので、「急にバイト先が潰れて……」なんてこともない、安定した職場である。
棚上げになっていた、守屋一からの最初の襲撃で受けた傷に対する医療費……香宮と割り勘になっていた分も、すぐに返済できたくらいだ。
結果、週三日のペースでバイトに参加していた。
まあまあ良い職場と言えるだろう。
場所が場所なので、出勤の度にコインロッカーと晶子さんのことを思い出すという弊害はあるが、文句は言えない。
「給料を貰って帰る時だけは注意しなさいよ、バイト帰りの学生って小金を持っているから、一番狙われやすいもの」
初日にふらっと様子を見に来た終夜──怪我の具合を心配していたらしい──は、そんなことを言っていた。
勿論、僕もそんなことは承知している。
帰り道でも警棒は手放していないと言うと、安心したのか帰っていった。
ただし彼女は、一つだけ土産を置いていった。
よく冷やした紅茶の入った水筒を、僕の荷物のところに置いていったのだ。
付箋を一つ、書き添えて。
『これは一方的な施しとかじゃなくて、普通にバイト初日で疲れるであろう人に差し入れしてるだけ……だってさ。このくらいなら、まあ受け取っても良いんじゃない? By雫』
その付箋を見て、僕は一度苦笑して。
バイトの帰りには、大事にそれを飲みながら帰るのだった。




