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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period11:ツギハギサポート

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一線

「香宮が僕にお金を渡したがっていたことを前提とすれば、残りの謎は大体分かる。基本的には、香宮の指示であの館長が動いてたってだけだから」

「そうなると……ええと、図書館が急にバイト募集を始めたこと自体、凪の指示だったってことよね?資金源についても、凪が館長に自分のお金を渡していたワケ?」


 説明を続けると、混乱した様子の終夜は事件の原点を聞いてくる。

 理解に間違いはなかったので、僕は「その通り」と返した。


「僕がバイトを探していたこと、そして直にお金を渡すのは断られることを察した香宮は、バイトにかこつけて多額の現金を渡すことを考えた。そこで、館長に連絡を取ったんだろう。元から交流自体はあったそうだし、館長が香宮家にアピールしたがっていたのも本当だと思う。だから、館長はすぐに指示に従った」


 バイト先としてあの図書館が選ばれたことには、そこまでの意味がある訳ではないだろう。

 バイトの仕事を用意できて、香宮の指示を聞きそうなのがあの人だったというだけの話。


 図書の補修バイト自体は前からあったので、募集することは不審に思われない。

 故に幻葬高校のチェックも潜り抜けて、あのバイトはまとめ本に普通に載った。

 少なくとも、後ろ暗い危険な事情はなかったから。


「募集時点で報酬が高額だったのは、僕の目を惹くようにするためだと思う。普通の額にしてしまったら、割が良くないと思った僕が申し込まない恐れがあるだろう?それで別のバイトを始めてしまったら、この作戦の意味がない。だから、誰でも希望するような好条件にしたんだ」

「でもそれなら、凪が直接アンタに『図書館でバイトするのはどう?』って勧めたらいいんじゃない?直に現金を渡されるのはともかく、その程度ならアンタも断らないでしょ?」

「いや、それはそれで僕に怪しまれると思ったんだろう。これまで、香宮からバイト先を勧められたことはないから……」


 急に特定のバイト先を勧めると、逆に疑念を増やしてしまうと思ったのだ。

 だから敢えてまとめ本にバイトの情報を載せて、表面上は普通に募集しているように見せかけた。

 勿論、そのせいで大量のバイト希望者を次々と落としていくという別の労働が発生した訳だが────そのくらいは必要経費と割り切ったのだろうか。


 何にせよ、香宮と館長からすれば僕を雇うことが目的なのだから、他の希望者を採用するはずもない。

 だから次の日には、全員が不採用を宣告されることになった。

 これが、アキラの言っていた「謎に好条件なのに、採用が厳しいバイト」が生まれた理由である。


 アキラに図書館の背後関係を調べてもらっても何も無かったけれど、それも当然の話だ。

 あの時警戒していたのは、「バイトの裏で、実は違法行為をやらされるのではないか」という闇バイト関連の話題のみ。

 まさかアキラも、これが香宮のワガママから生まれたバイトとは知らなかっただろうから……「危険な闇バイトではないらしい」ということしか知らなかったのだ。


「そして案の定、僕は退院後にバイトを探し始めて、香宮が用意したこのバイトに辿り着いた。流石に好条件過ぎるから、最初は躊躇したけど……」

「それでも、最終的にはアンタは申し込んだ。凪としては、計画通りだったってことになるのかしら」

「ああ。正直、嬉しかったんじゃないかな。だから僕が申し込みのためにノートパソコンを借りに来た時、すぐに電話をした。今から申し込みがされるから、すぐに雇うようにと」


 香宮としては浮かれて連絡しただけかもしれないけれど、館長としては催促されたように感じたのかもしれない。

 だから彼は部下である磯部さんに指示をして、すぐさま電話で採用されたことを伝えるように取り計らった。

 結果として、異常な速さで採用の連絡が来ることになったのである。


「その後は簡単だ。僕をバイトに呼んでから、適当な理由を付けて既定のバイト代以上の金銭を恵み続ける。勿論、扱っているのが図書館のお金じゃないから、館長が直々に香宮から預かったお金を封筒に詰める必要はあったけど」

「結構な手間だと思うけど、それでもやったのね……館長のやる気も凄いわね、これ」

「そうだね。今日は館長が休みだったから、事情を知らない磯部さんが返金に応じてくれたけど……もしも館長がいたら、返金は断られたんじゃないかな」

「凪からそういう指示がされている上に、館長としてもアピールの機会がなくなるから?」

「ああ。『君の働きっぷりに感動した』とか、『この前の事件について君の活躍を知ったから、応援したいんだ』とか、適当な理由を付けて規定額の何倍ものお金を与える理屈をつけていただろうね」


 バイト初日にそんな理屈付けをしなかったのは、今後の対応を試していたからだろう。

 現代の価値観で考えれば、僕が返金を申し出ることなく、普通に多額の現金をポケットに収める可能性も無いではない。

 それなら香宮としてもやりやすいので、最初は理由なしでお金を渡してみた……夕食時にあんなことを言っていたのも、その一環と考えて間違いない。


 以上で、今回の推理は終わりだ。

 こうして振り返るとちょっとややこしい事件だけれど、要点は一つ。

 香宮は僕にお金をあげたくて、多数の人間を巻き込んで芝居をさせていた……それだけだ。


 ──香宮としては……悪いことをしている気は、そんなに無かったんだろうな。


 目の前で黙り続けている香宮を見ながら、ふとそんなことを思う。

 僕の医療費を払おうとすることも、報酬の高いバイトをさせようとするのも、基本的には善意から生じた振る舞いだ。

 もしも僕があのお金を黙って受け取っていたら、バイト代どころか生活費の全てを援助しようとしていたかもしれない。


 ──悪意なんて一つも無かったことは、ちゃんと分かる……「でも」ということなんだろうな、ここからは。


 話を切り替えるように、すうっと深呼吸をする。

 地下室の冷えた空気が、僕の肺の内を一気に満たした。

 周囲のホルマリン漬けの臓器たちが、ザッとこちらを向いたような気がする。


 僕の雰囲気が変わったことを察したのか、香宮がびくりと肩を跳ね上げる。

 彼女とて、「日常の謎」専攻ではないとは言え、探偵の卵だ。

 次に何を言われるのか、概ね察しているのだろう。


 既に後悔しているのであろう姿勢を、幾らか痛ましく思う。

 しかし、躊躇いを振り切って口を開いた。

 こういうことをずるずる長引かせるのは良くない────トドメを、刺さなければ。


「香宮……君が僕のことを気にしてくれたのは、嬉しい。でも、このお金は受け取れない」

「……」

「大勢の人を巻き込んで、迷惑をかけていることもそうだけど……それ以前の問題だ。僕は、君の同居人になりたいとは思うけど、君のヒモになりたい訳じゃない。いくら入院費を穴埋めしたかったにしても、こんな形でお金を恵んでもらうのは不健全だと思う。特に、依怙贔屓で特注のバイトを用意するなんてのは、言っちゃあ悪いけど……」


 ────お金持ちのお嬢様が無思慮に札束をばら撒いているみたいに見えて、品が無いよ。


 僕が口にした露悪的な表現に、終夜がぎょっと振り向いたのが分かった。

 しかし僕は、言葉を取り消さない。

 香宮もまた、反論することは無かった。






 大前提となるが、僕は庶民の出身であり、香宮と終夜は資産家の出身である。

 だからまあ、どうしても僕が二人の世話になることは多かった。


 例えば食事は終夜が作ったものを美味しくいただいているし、香宮と親しくなってからはお菓子を分けてもらうことも多い。

 値段は聞いていないが、あれらは結構な高級品が使われているのだろう。

 お金持ちのお嬢様のおこぼれを恵んでもらっている、という言い方も間違いではない。


 そもそも僕が破格の家賃で住んでいるのだって、終夜たちがお金持ちだからこそできることだ。

 家賃収入を重視する普通の大家であれば、あんな措置は許さない。

 言わば同居の最初のところから、僕は彼女たちの「資産家であるが故の余裕」に世話になっているのである。


 だが、それでも……僕は彼女たちに対して、直接現金をねだるような行為はしていない。

 流石に、そんな情けない振る舞いをする気は無かった。

 いくら「使える力は出し惜しみしない」が探偵狂時代を生きるコツだとしても、限度というものがある。


 彼女たちと比較して、僕が金銭的に余裕がないのは事実だ。

 僕の幻葬高校進学に反対している義父さんが仕送りを打ち切る恐れもあるため、バイトを必死に探さざるを得なくなっているのも間違いない。

 香宮のような資産家からすれば、僕は毎日の生活に苦しむ貧乏人に見えたのかもしれなかった。


 でもだからと言って、同級生のヒモになるのは……ちょっと違うだろう。

 心情的にもそうだし、純粋に損得の観点からもそうだ。

 香宮から直接現金をもらうことには、パッと思いつくだけでも結構な問題点がある。


 まず、香宮が渡しているのはあくまで「香宮家」の財産であり、自分の財産ではない。

 香宮はまだ働いてなどいないから、彼女が使っているのは両親から渡された生活費だ。

 つまりこのバイトを続けると、香宮の両親の知らないところで、香宮家の財産が勝手に減っているような形になる。


 香宮の両親からすると、これはとんでもない話じゃないだろうか。

 娘のために置いていったはずの資金が、知らない男に吸われているのだから。


 幻葬市と海外の連絡は厳しく制限されているので、海外に住む香宮の両親には、僕が彼女たちと同居し始めたことすら未だに伝えていない。

 早く言わないといけないとは前から言っているのだが、外線管理機構の順番が回ってこないらしい。

 そんな状況で勝手に香宮から金銭的援助まで受けると、両親との間に不要なトラブルを招く気がする。


 次に、僕の自立の問題もあった。

 僕が幻葬市に来た目的である誕生日探しは、現状では推理に何年かかるかも分かっていない代物だ。

 今年中にあっさり分かるかもしれないし、高校三年生になるまでかかるかもしれない。


 場合によっては、幻葬高校を卒業しても誕生日が分からず、一人でこの街に留まり続ける可能性もあった。

 だからこそ、僕は可能な限り早く、単独で生活できるようになるのが望ましいのだ。

 その方が、何かあった時でも長期間の調査ができる。


 そうなると、資金源として香宮から紹介された高額バイトしかやらないのは問題だろう。

 もしも将来的に香宮との関係が悪化して──人間関係なんて不安定なものだ、有り得ない話じゃない──お金が受け取れなくなった場合、経験不足から今以上に困ってしまう。

 この街に慣れて自立して生きていくためには、普通にバイトする方がよっぽど良い経験になるのだ。


 更に言えば、香宮からお金を受け取る立場になると、香宮とは対等な関係ではなくなってしまうのも大問題だった。

 香宮の動きを考えると、このバイト代を受け取ってしまえば、これからはバイト以外でも何かとお金を渡そうとしてくるかもしれない。

 例えば本当に義父さんが仕送りを打ち切ったなら、彼女は恐らく、今回のバイト代以上の金銭を恵み始めるだろう。


 もしもその状況で、香宮が何らかの犯罪行為をしてしまったら?

 香宮に養われている状況でも、僕は探偵として真実を告発できるだろうか?

 自分の生活費を出してくれている大恩人だからと、隠蔽する方に走ってしまうのではないか?


 香宮は良い子だから、そんな犯罪行為はしない……そんな反論は意味がない。

 現に今回、香宮は大勢のバイト希望者に無駄な時間を使わせることを承知で、偽りのバイト募集を貼り出すという結構な迷惑行為に手を染めている。

 例の地主ネットワークを利用した行動もそうだが、強権的な振る舞いへのハードルは意外と低い子だ。


 探偵狂時代が示す治安の悪さの中では、条件さえ揃えば誰だって犯罪に走る。

 誰も彼もが探偵を目指すこの時代は、誰も彼もが犯罪者に転ぶ時代でもあるのだ。

 香宮がそうならないという保証など、誰ができる?


 香宮からお金を恵んでもらう立場になってしまうと、彼女が悪行に走った場合でも、それを止めるのは難しくなるかもしれない。

 それは、探偵としてどうなのだろうか。

 立場が対等である方が、何かとこの時代ではやりやすいのに。


 他にもデメリットは色々考えられるが、言いたいことはただ一つ。

 僕は探偵の卵としても、一人の同居人としても、そんな一方的にお金を恵んでもらうような関係は作らない方が良いと思っているのだ。

 お金に依存する関係は、どうしたって歪みやすいから。


 この支援を受け入れた方が、経済的には楽になることは分かっている。

 既に破格の家賃で住まわせてもらったり、警備員を病院に派遣してもらったりと、何かと援助してもらっていることも間違いない。

 そんな中で追加の援助を拒むのはダブルスタンダード染みた態度で、説得力がないことも自覚している。


 しかし、ここまで直接的な現金支援まで許すと、ずるずると僕は香宮に甘えっ放しになる気がする。

 ここは大事な一線なのだ。

 僕の中の甘えを律するためにも、彼女の善意は拒みたかった。

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