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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period11:ツギハギサポート

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即断即決

「もしも怪しい話を一度も聞いたことがないのなら、そう言って欲しい。逆におかしな噂を知っているのなら、買い取りたい……どちらにせよ、お金は出すからさ」


 これまでの事件だと、協力関係にあったことなどから、彼に情報料を払うことはまず無かった。

 しかし本来、これは現代では有り得ないことだ。

 例えまだプロではない「情報」専攻相手でも、有用な情報を与えられたら謝礼を払うのが礼儀である。


 特に今回は殺人事件などの緊急事態──情報料を払う暇すら惜しいような状況──ではなく、僕の個人的なバイト話である。

 いくら何でも、この情報を無料で貰うのはアキラを便利に使い過ぎだろう。

 今までは結構なあなあだったので、僕は敢えて財布を出して手持ちのお金を数えた。


 しかし僕の行動とは裏腹に、スマホの向こうでは意外な返答がなされる。


『あー、いや、これについては別に無料で良いっすよ、兄貴。入院していた兄貴は知らないのかもしれないっすけど、有名な話なんで、そのバイト』

「え、そう?」

『はいっす。それこそ、兄貴が入院した時期くらいにまとめ本に載ったバイトで……割が良いってことで、皆が噂してたんすよ。だから情報屋に頼らなくても、今じゃあ殆どの人が知っているんじゃないすかね?流石に自分も、こんなポピュラーな話で情報料をせびる程には阿漕じゃないっす』


 そう言って、アキラはすらすらとこのバイトについて説明してくれる。

 何でも、このバイトの情報が載った時には多くの生徒が僕と同じ反応をしたらしい。

 楽な作業と高い時給に驚き、次に背後の事情を疑い、念のために学校教師や「情報」専攻の探偵に裏取りをした訳だ。


『自分のところにも、このバイトに裏がないか調べて欲しいって話が何度も来たっす。まあ自分はテスト関係の小遣い稼ぎに忙しいんで、片手間に情報収集するくらいしかしてないっすけど』

「逆に言えば、テスト期間中でも確かめたくなるくらいに割の良いバイトだったんだね、これ」

『まあ、そうっすね。何にせよ自分の調べた範囲では、あの図書館に変な噂は無かったっす。まあ元々、おかしな事情があったら高校側のチェックで弾かれるんで、あの冊子に載らないっすけど』

「それはそうだ……じゃあ今では、皆もそう認識するようになってるのかな」

『そうだと思うっすよ。自分以外の情報屋もそう言ったっすから、自然とその話も広まって。だからテスト前から、申し込みが殺到してたはずっす』


 そうだよな、と僕は苦い顔をする。

 割の良いバイトの募集枠がすぐに埋まってしまうのは、旧時代でも探偵狂時代でもあるあるネタだ。

 テスト勉強をしながらバイトの応募に向かった生徒が多数いたくらいなのだから、その熱意は察するに余りある。


「そうなると、もう決まっちゃったのかな、雇う人は。見た感じ、誰にでもできそうな作業みたいだし……」


 募集人数は明記されていなかったけれど、作業内容からして五人も十人も雇う気はないだろう。

 僕は出遅れた、ということだ。

 入院さえなければなあ、と僕はちょっと愚痴って……しかし同時に、電話口からは気になる情報が伝えられた。


『いや、それがまだ決まってないらしいんすよ。バイトを申し込んだ生徒たち、全員不採用になったみたいっすから』

「全員不採用?」

「そうっす。ネットで応募した次の日には、審査の結果不採用となりましたって電話やメールが来たって話で……このバイト、そのことでも噂になったんすよ。何故か採用基準が異様に厳しいって。自分が確認した限りでは、未だに一人も採用されていないはずっす』


 それはまたどうして、と率直に思う。

 確かに今の時代、簡単そうなバイトでもすんなり採用されない事例は多い。

 特に図書館の場合、バイトが図書を盗んでしまうリスクもあるので、選考は厳しいのが普通だろう。


 しかしそれにしたって、全員不採用は厳し過ぎる。

 あんなに良い条件で人を集めておいて、大して吟味もせずに帰すとは、中々アレな話だ。

 テスト期間中にわざわざ時間を割いた生徒たちが可哀想である。


「それならとりあえず、僕が今から応募しても遅くはない……ということかな」

『そうっすね。まあこんなことをする図書館っすから、兄貴が採用されるかは分かんないっすけど』

「……繰り返し聞くけど、本当に変な裏事情は無いんだよね、この図書館」

『疑う気持ちは分かるっすけど……本当に、あの図書館からは変な話は出てきていないっす。図書の補修をするバイトだって、毎年とは言わないまでもぽつぽつ募集していたんすから。前からある、ごく普通のバイトであるはずなんすよ』


 例年だと時給は安めで、採用基準も大して厳しくなかったはずなんすけどね、とアキラは付け足す。

 どうやら、アキラとしても不思議に思っているらしい。

 テストが近かったために本格的に調べはしなかったけれど、「情報」専攻の彼も注目する謎ということか。


 ──本来なら、こんなおかしなバイトには近づかないのが鉄則だけど……別段、不採用になった他の生徒たちも危害を加えられた訳じゃない。一応、応募だけはしておこうかな。ダメ元で。


 アキラがくれた情報を反芻して、僕は密かにそんな決定をする。

 何やら採用基準に疑問があるけれど、時給が良いのは確かなのだ。

 やるだけはやってみよう、とここで決めた。




 ……アキラに礼を言って電話を切ってから、僕はすぐさま申し込みに取り掛かった。

 帰宅していた香宮に頼み、前の事件でも使ったノートパソコンを借りて──スマホでは画面が小さくて応募しにくかったから──幻葬市立図書館のホームページを表示。

 ネット申し込みの手順に従って、ポチポチと自分の経歴とスマホの番号、その他諸々の情報を送付する。


 幸いにして打ち込む内容は簡単なものが多く、大した時間はかからなかった。

 もっともアキラに言われた通り、競争率が高い上に謎に基準が厳しいこれに僕が採用される確率は低い。

 十中八九駄目であろうこのバイトに代わって、本命となる別のバイト先も探さないといけないだろう────。


 そう思ってノートパソコンの電源を切ろうとしたところで、急に僕のスマホが震え始めた。

 素早く取り出してみると、どうやら電話がかかってきたらしい。

 自然と僕は、画面の上に並んだ発信元の番号を見て……ギョッと目を剥いた。






『ああ、もしもし……初めまして、九城様の携帯でしょうか。はい、はい、私、幻葬市立図書館職員の磯部と申します。ええ、この度は当館で募集しているアルバイトに申し込みいただき、大変ありがとうございました。実は館長の指示により、即座に返事をしようと思いまして……いえ、不採用ではありません。おめでとうございます、九城様。補修作業のアルバイトに、九城様を採用させていただきたいと思います……はい、嘘ではありません、本当です。つきましては明日、当館にお越し願いたく……』






 ──何なんだ、このバイト。


 翌日。

 昨日の電話通りに図書館に来た僕は、蔵書の補修をしながら呆然としていた。


 普段のように、解決できない問題を抱えて困っていた訳ではない。

 寧ろ、その逆。

 全てが僕にとって都合が良すぎたがために、これ以上ない程に困り果てていた。


 そもそも、昨日の電話からして変だったのだ。

 ネットで申し込みをしたら、直後に図書館から電話が来た。

 慌てて出てみたら、いきなり採用を告げられたのである。


 最初は詐欺を疑ったくらいだけれど、スマホに表示された番号は間違いなく幻葬市立図書館の番号だった。

 申し込みをしてすぐに結果を伝えられたというのも、アキラからの情報と一致している。

 採用か不採用かという、最終結果には大差があるが。


 その後の展開でも、御都合主義は止まらなかった。

 半信半疑のまま図書館に赴くと、館長とやらが待っていて「おお、君が九城君か。まあ頑張ってくれ」と言って、蔵書を収めた地下室へと直行。

 そのまま、「破れたページがある本を積んでおくから、テープで適当に止めておいてくれ。分からないことは受付の職員に聞くように」とだけ告げられた。


 ノルマは無いのかと聞くと、「バイト時間内で可能な限りやればいい」と返される。

 仮に全て補修し終わったらどうするべきかと聞くと、「その時は適当に時間を潰しておいてくれ、別に給料は下がらないから」と言われる。

 かくして僕は指示されたままに、本の継ぎはぎを繰り返しているのである。


「いやでも、これ……変過ぎるな。こんな楽なバイト、この時代にある訳が……」


 三冊目の本を補修し終えてから、僕はついそんなことを口走る。

 展開が物凄かったのでつい流されてしまったけれど、ようやく現実感が追い付いてきた感じがあった。

 じわじわと、このバイトへの不信を強めていく。


 多数の人間がふるい落とされてきたのに、何故か僕だけが秒で合格したこと。

 仕事の内容も大雑把で、異常に楽なこと。

 どこをとっても、筋道の通った説明ができる部分がない。


 ──アキラは裏はないようだと言っていたけど……本当かな?やっぱり、「外」でよくある闇バイトなんじゃ……。


 名探偵が目を光らせている幻葬市内でそんな業者が沢山いるとは思えないが、ここまで好条件だと疑うのが普通である。

 ここで「なんて楽なバイトを見つけたんだ、ラッキーだったぜ!」とか言えるような感覚は、とっくの昔に死滅している。

 もしも世界がそこまで優しくできているのなら、僕はコインロッカーに捨てられなどしない。


 ──どう考えても、裏はある……警戒はしないとな。


 本の補修の手を止めて、腰のベルトに吊り下げた警棒に触れる。

 守屋一の所持品だった銀色の警棒は警察に提出したけれど、僕の愛用品についてはちゃんとここにも持ってきていた。

 怪我が治り切っていないのが痛手だが、いざという時はこれで切り抜けないといけない────。


「九城さーん?いますかー?」


 密かに決意したところで、地下室にいきなり大声が響く。

 びくっとなって振り返ると、そこには図書館の職員らしい女性の姿があった。

 胸に「磯部」と書かれたプレートをしているところを見ると、僕に電話をかけてきた例の職員だろう……二十代くらいの若い司書さんだった彼女は、僕を見つけるとテクテクと近づいてきた。


「えっと、磯部さん……どうかしましたか?」

「ああいえ、単純に日給を渡しに来ただけです。もう、一時間くらい経ちますから。今日はバイト初日でもありますし、もう帰られても大丈夫ですよ?」


 そう言いながら、磯部さんは現金が入っているらしい封筒を渡してくる。

 これ自体はバイトの最初に聞いていたことなので、困惑しながらも僕はそれを手に取った。

 バイトの通帳に一々振り込みの登録をするのが手間だということで、バイト代は手渡しになっているのである……今時は銀行も経営が怪しいところが多く、この手の現金払いはかなり多い。


「幻葬高校の学生さんなら分かっているとは思いますが、お金の扱いには注意してくださいね?くれぐれも、外で見せびらかす真似はしないこと。幻葬市は流石に強盗の類は少ないですが、それでもスリのリスクはありますから」

「ええ、勿論分かってます……」


 丁寧に忠告してくれる彼女に、僕は頭を下げる。

 この辺りは、探偵狂時代のバイトについて回るリスクである。

 現金の持ち歩きが避けられる時代に、現金を手渡しするのだから、絶対に気を付けないといけないことだった。


 ──まあそうは言っても、たったの一時間だしな。そんな、封筒に入れる程の額でもないと思うけど……。


 本やテープを左手でしまって、右手では封筒を上着に収める。

 まとめ本に載っていた時給は確かに高めだったけれど、それだって「他のバイトに比べるとちょっと高い」くらいのレベルだ。

 一時間働いただけなら、そこまでの額でもない。


「ありがとうございます。じゃあ、今日はこれで帰らせていただきます」

「ええ、どうぞお気をつけて」


 ──少なくとも初日は、危険なことは起きなかったか……。


 磯部さんに礼を言いつつ、僕はバイト初日を終える。

 すぐに封筒の中身を確認するのもはしたないので、封を切らないまま帰路についた。

 諸々の疑問については、一旦棚上げして。




 それらの疑問が復活したのは、香宮邸に戻ってからである。

 帰宅して早々に封筒の中身を確認したことで、考えざるを得なくなったのだ。

 何せそこには、知らされていた額とは全く違う額のバイト代が入っていたのだから。

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